上 下
33 / 56

27話

しおりを挟む
「え……え……」

 マリアは動揺して私へと視線を送るが……
 見ないでほしい。
 私だってリカルド様の告白にも近い言葉に……心臓が破裂しそうなのだから。

「ナターリアとずっと一緒にいるのは……俺だ」

「そ、それって……」

 私が聞けば、リカルド様は私の手を握り。
 ジッと見つめてくる。

「リカルド様……」

「結婚するなら俺がいい。他は嫌だ……」

 こんなに直球で言ってくれるなんて、思わなかった。
 彼の言葉へ込められた想いは、流石に分かる。

「駄目か?」

「リカルド様……私はもちろん嬉しいです。でも……本当にいいのですか?」

「あぁ。誰にも渡したくない」

「っ……」

「ナターリアとずっと一緒がいい」

「す、素直に言ってくれて……嬉しいです。よ……よろしくお願いします」

「良かった」

 驚くほどにあっさりと決まってしまう。
 きっとリカルド様は、結婚が私を守るために必要ならばと、自分が手を伸ばしてくれたのだ。

 まだ自分の想いを自覚し始めた状態のままなのに……私を手放さない選択をしてくれた。
 それが、たまらなく嬉しく感じて鼓動が鳴り止まない。

「ナターリア……貴方が辺境領に行って心配だったけれど、どうやら驚くほどに上手くいっているのね。羨ましいわ」

 マリアは今までのやり取りに、あっけにとられながらもふっと笑う。
 そして、私とリカルド様を見つめた。

「貴方は後ろ盾が居ないから、焦っていたけれど……どうやら私の杞憂だったようね。公爵家が二人の結婚の保証人となるわ。これで王家も文句は言えないでしょう」

「マリア、ありがとう。ローズベル公爵家の家名があれば心強いわ」

「よしてよ。貴方を救う事は公爵家の益にもなるの。デイトナ殿下の横暴が露見して失脚すれば、第二王子殿下に王位が継承される。公爵家にとって最高の案件よ」

 流石は公爵家令嬢で……しっかり家の損得勘定で動く事は、ある意味信用できる。
 考えの軸がハッキリしているのはいい事だ。

 そしてマリアが来てくれた事は、素直に嬉しい。
 向こうでは彼女だけが私の味方だったから。

「でも、結婚するにしてもヴィクターとの離婚はどうする気? 必要なら私が離婚届けを彼に届けるけど」

「いえ、その必要はないわ」

「え……」

「明日から、離婚するために王都へ向かう予定だったの」

「あぁ、明日ね……明日……って、えぇ!? そ、そんなに早く!?」

「奇しくも都合が良くなりました。直ぐに私とヴィクターと離婚して、リカルド様との結婚を宣言すれば……」

「殿下にはもう、偽証の信憑性を固める時間もないわね」

 その通り。
 リカルド様が私と一緒にいたいと言ってくれた事は……結果的に最善だ。

「そして、こちらから罪の証拠を要求するの」

 連行しようとしていた時、副団長でさえ不確かな証拠しか持っていなかった。
 第一王子殿下が私を捕えようとしている理由は分からないが……

 後ろ盾のないただの女性だと認識し、迂闊なやり方をしたのが墓穴だ。

「証拠もなく、私を罪人とした事について……第一王子殿下を糾弾します」

 このために迅速な対応が必要だった。
 向こうは王家……不法な証拠を作られる可能性がある。
 だからリカルド様が迅速な判断してくれた事が、なによりも私の助けになっている。

「リカルド様。ついてきてくれますか?」

「もちろん……俺がずっと傍にいる。手出しさせない」

 手を握ったまま、微笑んでくれるリカルド様。 
 そんな彼に心から感謝しつつ、手を握り返す。

「では明日。行きましょうか……予定通りに」

「あぁ」
 
 決断力は早く、行動は迅速に。
 暗躍する者に時間を与えぬため……動き出す事を止めなかった。



   ◇◇◇



 翌日。
 あれだけの騒ぎはあったが、辺境伯領はいつも通りだ。
 みんなが私へと、優しく接してくれる。

 きっと、ルウの一言があったおかげだ。
 そのルウと、馬車に乗り込む前に話し合う。

「ナーちゃん、しばらく会えないの?」

「うん。私は悪い事なんてしてないって、皆に教えてくるの」

 ルウを抱きしめると、小さな手が私の髪に触れて一束の髪を結い始める。
 「ルウがおめかし、してあげる~」と嬉しそうに笑い。
 見れば、三つ編みにしてくれていた。

「みつあみ! ナーちゃんおそとにいくから、かわいくしたの」

「ふふ、ありがとう。ルウ」

「おててもだして」

 言われた通りに手を出せば、ルウの小さな手が私の指を掴む。
 ギュッと握って、ルウが微笑んだ。

「ナーちゃん。帰ってきたら、ルウといっぱいあそんでね」

「もちろん! 鬼ごっこしようね」

「やた! だいすき!」

 ルウは嬉しそうに飛び跳ねた後。
 私を抱きしめるように、小さな腕を伸ばす。

「ナーちゃん……ルウ、まってるから。すぐにかえってきてね」

「うん。直ぐに戻るから。待っていて、ルウ」

「ぎゅー! ぶじにかえってくる、おまじない~」

 ぷにぷにの頬を当てて、明るく笑ったルウを見れば不安など消える。
 別れを済ませ、馬車に乗り込めば。
 ルウを抱っこしたモーセさんが頷いてくれた。

「お主達には救われた……王家がまさかこんな横暴をするとは。想像より大きな秘密があるのかもしれん」

「モーセ講師、それらも全て……第一王子殿下から聞いてきます」

「こちらでも調べておこう。ルウ坊、お利口にナターリア嬢を待てるな?」

「うん! いってらっしゃい。ナーちゃん!」
 
 別れを告げて……リカルド様が御者へと指示を出す。
 走り出す馬車の中、見送るルウはずっと手を振ってくれていた。

「いい子だな」

「はい。ルウは……本当にいい子で、何度助けられたか」

「不安を与えぬためにも、さっさと終わらせよう。ナターリア」

「はい!」

 マリアは昨日すでに辺境伯領を出ており、自らが主催する夜会に来てほしいと告げてくれた。
 そこにヴィクター達を呼び出せば、絶好の離婚の機会だ。

 さらには、公爵家主催ともなれば王子殿下も参加する。
 糾弾するにも……最適で、手っ取り早い。

「離婚、不安か?」

「……大丈夫です」

「心配するな、手出しはさせない」

「はい……でも、気になっている事もあります」

 首を傾げたリカルド様に、一つだけ心に引っかかる事を告げる。

 昨日、モーセさんの安全も確保され……一連の出来事を父へと告げた。
 第一王子殿下が私を狙う理由を聞ければと思ったのだが……

『……第一王子殿下が、動いただと?』

 父は牢の中から、憔悴した言葉を吐いた後。
 ため息と共に、私をうつろな瞳で見つめた。

『ならば、殿下は全てを知っている……のか』

『なにを知っているというのですか。お父様』

『殿下に会えばきっとお前は全て知る事になるさ。ティアという……現王政が隠したい事実をな』

 そんな意味深な言葉を残し、父はそれ以上は話してくれなかった……


「という事が、あったのです」

「全ては、殿下に会えば分かるか」

「分からない事ばかりだからこそ……傍に居てくださいね、リカルド様」

「当然だ。離れる気は無い」 

 揺れる馬車の中。
 
 全ての謎を知るため、自由になるためにもヴィクターや殿下の元へ向かう。
 その心に、不安がないのは……リカルド様が居てくれるからだろう。

 彼がいつもの無表情で私を見つめ、心配するなと瞳が語る。
 そして……


「ナターリア」

「どうしました?」

「…………手、繋ぎたい」

「ふふ、分かりました」

「傍にも寄りたい。近くにいたい」

「っ……ど、どうぞ」

「嬉しい」

 なにより、リカルド様の普段通以上の素直さに心が癒されて……
 王都へ向かう道中、一つも不安なんて無かった。

 そして私達は、ヴィクター達が参加する夜会へと参加する。
 彼との因縁を終わらせ、全ての真相を掴むために……足を踏み入れた。

しおりを挟む
感想 639

あなたにおすすめの小説

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。 塩対応より下があるなんて……。 この婚約は間違っている? *2021年7月完結

完結 冗談で済ますつもりでしょうが、そうはいきません。

音爽(ネソウ)
恋愛
王子の幼馴染はいつもわがまま放題。それを放置する。 結婚式でもやらかして私の挙式はメチャクチャに 「ほんの冗談さ」と王子は軽くあしらうが、そこに一人の男性が現れて……

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。

しげむろ ゆうき
恋愛
 男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない  そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった 全五話 ※ホラー無し

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

処理中です...