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25話

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「ナターリアは身を隠せ。いいな」

「はい。リカルド様」
 
 リカルド様の指示はごもっともだ。
 王宮騎士団が辺境伯領にやって来た今……父と繋がっている確証はなくとも警戒は必要。
 だからこそ、身を隠す方が安全だろう。

「王宮騎士団。今はどこにいる」

「訓練所にて辺境伯様をお待ちです」

「分かった。俺が王宮騎士団と話す。捕らえたフォンドの警備も強化しろ」

「はっ!!」

 的確な指示と共に、リカルド様はジェイクさんを見つめた。
 
「ジェイクはナターリアを屋敷に連れて行け。騎士団がフォンドと繋がる可能性を加味して保護しろ」

「承知しました!」

 リカルド様の判断力は迅速だ。

 私の安全まで手配してくれている。
 モーセさんの保護を最優先として、指示が行われた。
 私と話している時とは違い、ひとたび辺境伯領に異変が起こった際……彼の思考は当主として切り替わるのだろう。
 
 その判断力が、なによりも頼れる姿でもある。


「ナターリア……何かあれば、いつでも呼べ」


 彼はそう一言告げて、歩き出していった。
 


   ◇◇◇



 辺境伯邸へ避難する際、市場を経由する。

 防壁付近にある、領民が身を寄せ合って暮らす市場だ。
 生活に必要な物が購入できる場で、人通りが多く、森を隠すならなんとやら……で、身を隠し移動するにはうってつけだ。

 しかし市場にやって来た時、見慣れぬ黄金色に煌めく鎧の騎士が……声高らかに叫んでいた。

「我らは王家より遣わされた王宮騎士団です。モーセという人物を探しております、居場所を知っている方は情報の提供を願います!」

 なんと、王宮騎士団がモーセさんを捜索していたのだ。

「な……リカルド様の許可なくだと?」

 私の傍に居たジェイクさんが怒りの言葉を吐く。
 その怒りは当然だ。

 やり方があまりにも無法すぎる。
 辺境伯領内の捜査権は、本来ならリカルド様の容認がなくてはならないはず。
 それを無視しているなどあり得ない。

 直ぐに私は家屋の影に隠れて、ジェイクさんは外套を被せてくれた。
 でも……王宮騎士が続いて吐く言葉を無視できなかった。
 
「また……もう一人、探し人がいる。ナターリアという女性だ」

 時が止まったような気がした。
 どうして私の名前が……?
 疑問をよそに、王宮騎士団の口上は続いていく。
 
「フォンド・ヘルリッヒ子爵家の令嬢であるナターリアは、禁忌魔法を使った重罪人として身柄を王家が捜索中だ!」

「彼女は不法な魔力を持ち、すでに王都では数人を殺害した。知っている者がいれば即刻引き渡しをせよ……!!」

 そんなこと、私は誓ってしていない!
 この魔法を使いだしたのも、辺境伯領に来てからだ。
 ましてや人を殺めるなんてあり得ず……虚偽の罪である事は間違いない。

 どうして、私が彼らに狙われているのか……今は考えている余裕はなかった。
 なぜなら。
 
「え?」
「ナターリア……って?」
「最近、やってきた子よね」
 
 辺境伯領民の、騒めく声が止まらない。
 疑問の波が広がり……それを押し広げるためか、王宮騎士の口上も激しく私を罵るものに代わった。

「ナターリアという女性は、我が王国始まって以来の危機ともなり得る! 残忍な性格で危険だ、この辺境伯領の安全のためにも、情報提供を––」

 このままじゃ、私は疑われて……





「そんなことしないもんっ!!」





 止まらぬ王宮騎士の言葉、騒めく辺境領の住人。
 そんな中、聞き馴染みのある声が響く。
 その一声が……場の空気を変えた。

「ナーちゃん、そんなことしない!」

「子ども……? なにを言って……」

「うそつき! ナーちゃんは優しいもん!」

「な……」

「ナーちゃんは……ルウのやさしくて、だいすきな友達だもん! ぜったいにそんなことしない!」

 声を上げたのは……私がこの辺境伯領に来て初めてできた友達。
 ルウだった。

 大勢の大人の中……あの子は手足は震えながらも。
 私のため、声をあげてくれていたのだ。

「確かに、ルウの言う通りだな。俺たちはこの短い期間で……ナターリアさんにどれだけ世話になったか」

 ルウの隣に居たお父さんが、あの子の頭を撫でながら呟く。
 その一声による変化は……広がっていた疑いの波紋を押し返すように、皆に広まっていく。

「確かに、彼女が私達の農園に作物を実らせてくれたから……今年の食糧不足は解消したしな」
「それに手袋を思い出せよ。あれにかかった魔法が禁忌だと?」
「むしろ俺たちを守ってくれてるだろう」

 その勢いを、王宮騎士が制止する。

「黙れっ!! 子供が口を挟むな。我ら王宮騎士団の職務を妨げる気か?」
「副団長……指示を」

 副団長と呼ばれた。
 王宮騎士の一人が頷く。

「王宮騎士への職務妨害は大罪だ。その子供を連行し、知っている事を聞き出す」

 指示された瞬間、王宮騎士が手を伸ばすが……
 ルウのお父さんが、その騎士の腕を掴んだ。
 
「おいおい。子供に手を出すのか? 騎士の風上にもおけないな」

「辺境の兵士ごときが。我ら王宮騎士の手を止める気か?」

 王宮騎士は振り払うために力を込めるが……
 それは出来ず、むしろルウのお父さんの力により、動きを制止されている事に驚愕していた。

「な……んだ。この力……」

 見れば、ルウのお父さんは……手袋を着けて応戦している。
 そしてなんと、力で王宮騎士を押し返した。

「なっ!?」

「こうやって子供守れんのもな……彼女のおかげだよ。だから、俺らはお前らよりルウの友達を信じる」

 ルウのお父さんの言葉に応じるように、数人の兵士がルウを守るように囲む。
 それを見て王宮騎士の副団長がため息交じりに呟いた。

「面倒だな。先に手を出したのはそちらだぞ……」

「副団長、いいですか?」

「あぁ、抜剣を許可する。王宮騎士団の名誉をかけて制圧せよ」 

 その言葉に、私は反応せざるを得なかった。
 もうこれ以上……ルウを巻き込みたくはない。

 ましてや、ルウのお父さんにその切っ先が向けば……あの子の心の傷は一生癒えない。
 だから……

「ナターリアさっ!!」

 ジェイクさんの声を無視して飛び出し、私は魔力を込める。
 王宮騎士達が剣を抜こうとする動きが静止した。

「っ!?」

「ナーちゃん!!」
「ナターリアさん!?」


 ルウと、お父さんが反応する中。
 副団長を含め、王宮騎士達の反応速度は……誰よりも早く私へと瞳孔を向けた。

「貴様が……!! ナターリア」
「デイトナ殿下のご意向通り、即座に連行だ!」

 第一王子––デイトナ殿下の意向?
 どうして私を……いや、今は考える余裕はない。

 王宮騎士は……ヴィクターと同じ所属の、王家が抱える王国最高の騎士だ。
 舐めていた訳ではないが、彼らの判断力と決断は想像以上であった。
 
「魔力を使わせるな! 対魔法士への陣形を!」

 速い。
 もう私の魔力の流れを読み取り、彼らは剣を抜き出す。

「辺境伯殿に連行許可はもらっていないが。ここで逃す事はできん……即刻連行を」

「だったら、残念でしたね」

「なに?」

「あの人は……この領内で無法なんて、絶対に許してくれない」

 ……私だって無謀な策を選んだ訳じゃない。
 最善の策を実行するだけだ。
 大丈夫。すでに一度、経験しているのだから。


「来てください……」

 魔力を集中しろ。
 相手の数……リカルド様だけでは、万が一にも怪我人が出る。
 

 だから私の魔力で繋がっている、手袋を持つ精鋭兵士。
 近くにいる彼らを、リカルド様を含めて……皆を呼び集める!

「お願いします。リカルド様……皆さん!」

 そう願った途端。
 周囲に光が瞬き……魔力が発露していく。

 瞳を開けば先程は居なかったリカルド様が、私の隣に立ち……
 魔力切れでよろめいた身体を、支えてくれた。

 そして。
 辺境伯領を代表する手袋所持者の精鋭兵士達……三十人が、剣を抜くという無法を行い。
 もはや言い逃れはできぬ王宮騎士を、取り囲む。

「なにをしてる」

 鋭い眼光で呟くリカルド様に、精鋭兵士達も動揺せずに王宮騎士を睨む。
 彼らはこの辺境伯領に不安を与える存在に、容赦はしない。
 
「こ……こ……れは?」

 王宮騎士は、一瞬で状況が変わった事に……ただただうろたえていた。

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