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22話

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 私が屋敷を出て行った理由を、全て明かした。
 夫––ヴィクターとの日々、妹達家族により奪われていた人生。

 最後に不倫され、逃げ出した過去を……

「辺境伯領に来た理由は、こういった事情です。隠していて……申し訳ありません」

 私は頭を下げようとしたが。
 それを、リカルド様が止めた。

「リカルド様……」

「謝罪は必要ない……よく来てくれた」

 優しい言葉に、目頭が熱くなってしまう。
 さらにモーセさんまで、ニコリと笑って背中をポンと優しく叩く。

「よう話してくれたのう。辛かっただろう? そんなの逃げて正解じゃよ。儂なら着の身着のまま逃げ出すわい!」

「……モーセ講師」

「ふはは、むしろ儂と違い……理路整然と逃げる計画を立てるとは、流石じゃのう」

 思う以上に明るい反応に、心が安堵する。
 万が一にも、辺境伯領に厄介事を持ち込むなと責められる覚悟はしていた。

 出て行く決意も固めていたけれど。
 彼らは皆、いつも通りに私を受け入れてくれるのだ。

「ナターリア嬢、事情を明かしてくれて感謝する。嬢のためにも、フォンドの件はやはり儂も調べを続けよう」

「むしろ感謝したいです。モーセ講師のお力があれば心強いです」

「良い良い! お主の魔力を解明するのにも繋がるだろうしな……だから、お主はいつも通りに過ごすといい。儂はそっちの方が安心じゃよ」

 モーセさんはそう言って、リカルド様へ視線を向けた。

「リカルド様、兵士を数人お借りしても良いだろうか? 奴の過去を詳しく調べたい」

「あぁ、頼む」

 モーセさんは兵士達に幾つかの指示を飛ばし、自らも調べ物があるから去っていく。
 私も出て行くべきだと思ったが……

 リカルド様は沈黙のまま、地下室を出る際に握った手を離してくれなかった。

「あ、あの……リカルド様」

「辛かったか?」

「え?」

「過去」

「……そう、ですね。もう戻りたくないほどです」

 答えた瞬間、私の手を握る力が少し強くなるのを感じた。
 リカルド様は無表情のままだけど、私を琥珀色の瞳に写して……口を開く。

「なら––」

 リカルド様が何かを言いかけた瞬間だった。
 コンコンと足音が響いてきて、彼の言葉が止まる。

「リカルド様、ここにおられたのですね」

 やってきたのは、ジェイクさんだ。
 碧色の瞳を薄めながら、私にも会釈をくれる。

「ご報告です、魔物の動きが活発になっており……」

「直ぐに向かう」

「申し訳ありません。ナターリア様から頂いた手袋を含め、精鋭兵団が近日中に整います。……あと少しだだけ、そのお力に頼らせてください」
 
「別にいい。気にするな」

 リカルド様の手が離れて、鎧等の準備を始めてしまう。
 そんな時、私は思い出した。

「あ、あの……以前のお菓子……」

「っ」

「ルウも喜んでました。リカルド様、ありがとうございます」
 
「え? お菓子とは?」

 私の言葉に、ジェイクさんがキョトンとする。
 当のリカルド様は、黙ったまま俯いていた。

「あ……まさか、リカルド様が王都からわざわざ取り寄せた。菓子でしょうか?」

「え……?」

「いや、いきなり言われて僕も驚いたのです。普段なにも言わぬのに、珍しく所望されたので」

「そうなのですね……」

「あ……」

 言っている途中で、ジェイクさんは何かに気付いたように口を閉じる。
 リカルド様が……彼の肩を叩いたからだ。

「ジェイク……次の仕事に向かえ」

「あ、話しちゃ……駄目でしたか?」

「……別に」

 ジェイクさんは慌てて去っていく。
 リカルド様は黙ったまま、俯いてしまう。

「リカルド様」
  
「……」

「こっち、見てください」

 袖を引けば、彼は視線を逸らす。
 素直じゃないのは、照れ隠しのせいだろうか。

「ありがとうございます。私のために、そんなお菓子を用意してくださって」

「…………ん」

「でも、どうしてそこまで?」

 どうして、こんな質問をしてしまったのか。
 分からない。

 きっと、リカルド様の答えが……気になったからだろう。
 そんな私の好奇心に、彼はすんなりと答えた。
 
「分からん」

「……え?」

「だが……俺が、そうしたかった。会うための……理由が欲しくて」

 意外な返答と共に見つめてくる姿が、無垢な子供のようで。
 少しだけ、頬が赤くなっているようにも見えた。

「もっと話したい……から」

「わ、私と?」

「ほんとは、もっと会えたら、嬉しい。駄目か?」

 じっと見つめて頼まれて、駄目だなんて言えるはずない。

「……駄目じゃないです。いつだって待ってますから、今日も無事で帰ってきてくださいね」

「ん……」

 彼が……頬に笑みを見せる。
 こんな表情を向けられるなんて思わなくて、鼓動が高鳴る。

「それと……さっき言いかけた事だが」

「はい。ジェイク様が来る前の話ですね」

「近日中に、王都へ向かう……俺と、君で」

「王都に!? どうして……」

「辛かったなら、さっさと離婚した方が……君も楽だろう」

「え……そこまで、して頂けるのですか?」

「ん。俺が……そうして欲しいんだ」

 離婚の協力をしてくれるという提案。
 私のために、そんなことまでしてくれる気持ちと。
 離婚してほしいという言葉に、胸が自然と高鳴ってしまう。


 これって……もしかしなくとも。


「君はいつも通りに過ごせ。そっちの方が……嬉しい」


 疑問と混乱で慌てる私を置いて、リカルド様は戦場へと向かってしまう。
 後に残るのは、嬉しいという感情。
 それは、彼の考えが……少しだけ分かってきたからかもしれない。
 
  

   ◇◇◇ 
 



 その後、私の家へと戻る。
 リカルド様の指示で、家まで複数人の兵士が護衛してくれた。
 そして家の前では……
 
「あ! ナーちゃん!」

「ルウ?」

 両親と一緒に、ルウが待ってくれていたのだ。

「えへへ、待ってたよ。一緒にしゅくだいしよ。だめ?」

「ルウ、ふふ……そうだね。宿題頑張ろうか」

 今日は、色んな情報を知って混乱している。
 この平和な日々似つかわしくない光景でもあった。

 でも……今はリカルド様達が言ってくれたように……私は荒事から離れて。
 この辺境伯領での暮らしを、大切にしていきたい。


 

 ………………


 しかし、この日から私が思う以上に事態は目まぐるしく変わっていく。

 この僅か十日後、私はヴィクターと離婚を果たし……
 そしてある理由により、私が––––と結婚する事になると、この時は想像もしなかった。
 

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