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24話

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 会得した治癒魔法を披露した後。
 貴方を救うと断言した私を、リカルド様が抱きしめている。

 その事実に……頭が混乱してしまう

「ナターリア」

「ど、どうしました?」

「感謝してる。この恩、どう返せばいい」

 抱きしめる力は、私には痛みを与えないけれど。
 ギュッと、強まる。

「君に報いる方法が……分からない」

「…………充分、頂いておりますよ。私が学び舎に通い、ルウ達と笑って過ごせるのは貴方のおかげじゃないですか」

「……本当か?」

「はい」

「なら、嬉しい」


 暫くの沈黙……
 抱きしめられる力がさらに強まっていき、彼が見つめてくる。
 無表情のまま……言葉を続けるのだ。

「……ずっと一緒がいい」

「それって……どういう意味で」

「……分からない、けど……そう思う」

 彼すら戸惑っている言葉に、私だけは恐らく意味が分かって、頬が熱くなるのを感じる。
 でも……

「……私が離婚するまで、その気持ちに答えるのを……少しだけ、待ってくれますか?」

「なら、明日王都へ行く」

「え……え!? 辺境伯領はどうするのですか!?」

「魔物の掃討は昨日で片付いた。これから冬は魔物が大人しくなる」

「本当に……いいのですか」

「行く。決めた」

「で、ですが……」

「駄目か?」

 こんなに素直に伝えてくるリカルド様も、珍しいだろう。
 だからこそ答えたい想いが……私の心にも確かにあったのだ。

「……分かりました。行きましょうか! 私も繋がったままの関係に終止符を打ちたいです」

「あぁ、行く。絶対」

「ありがとうございます、王都まで一緒に来てくれて」

「ん……ナターリアと一緒、嬉しい」

 なんとも早く、私達は自由のために決断をする。
 こんなあっさりと人生を決める選択をしていいのか、いや……この決断力こそ、私があの屋敷を出て行った日と同じ。

 幸せへと歩み出す、行動力だろう。
 そう思い、リカルド様の手を握って微笑む。

 
 互いの気持ちを伝えるような静寂……でもこの時間は、そう長くは続かなかった。


「リカルド様! ナターリア様! ご報告があります!!」

 その声に、私達は身を離す。
 馬を走らせ、焦った様子でやって来たのは家令のジェイクさんだ。
 声を聞いた途端、リカルド様が途端に辺境伯様の顔に戻る。

「あ……お二人でお休み中、申し訳ありません」

「いい。なにがあった」

 ジェイクさんは沢山の書類を落とさぬようにしながらも……私達の近くに馬を止めた。

「馬上から失礼します。ティアという女性について……報告があり––」


 ジェイクさんは書類を広げて言葉を続けた。

「辺境伯領にて起きた過去事案の調査書類を調べた所……該当人物と思わしき名前を発見しました」

「詳細は?」

「二十三年前、辺境伯領内にてグリフォン襲撃事件の被害者として……当該人物がおりました」

 二十三年前って、私が産まれた年?

 それにこの話……以前リカルド様がグリフォンを討伐した時。
 兵士の方が辺境伯領にて襲撃事件があったと言っていた話を思い出す。
 その事件の被害者に、ティアという女性が?

「持ち物等から、ティアという女性だと判明したようです」

「被害者は一人だけか?」

「はい、何故か女性一人で辺境伯領の人里離れた街道にて、襲われた遺体が発見されたそうです」

 たまたま辺境伯領へ来ていた、魔物被害の犠牲者の一人。
 そう聞いても、違和感だらけで腑に落ちない点が多い。

「辺境伯領でそんな事件に関わっていれば王都にも広まるのでは? モーセ講師が知らなかった原因があるのでしょうか」

「ええ、僕も疑問に思いました。なので過去にこの件に関わった兵士達に聞き取った所……どうやらこの事件、途中で捜査権限が王宮騎士団に委任されたようです」

「王宮騎士団に?」

 基本的に辺境伯領での事案は、全て辺境伯家に一任される。
 なのにわざわざ内地の騎士団、それも王宮騎士団が関わる理由が分からない。

「理由は? 父が理由なく受け入れたのか?」

 リカルド様の問いに、ジェイクさんが答える。

「防壁を超えたグリフォンの被害が広まれば、王都の民に不安が広がるため……だそうです」

「それだけか?」

「ええ。そして本件は王宮騎士団で秘密裏に処理したいと……被害者の遺品や、物証などは全て差し押さえられています」


 王宮騎士団がわざわざやって来て、全ての物品等を差し押さえた。
 普段なら邪推になってしまうような考えも、父やティアという女性の関わりを知った今は。
 どうしても、無関係ではないと……何かを疑ってしまう。

「モーセ殿にも本件を報告し、現在はフォンド子爵の聞き込みに行ってもらっています」

「私も向かいます」

 父が隠している事には、王宮騎士団……王家すら関わっている可能性が高い。
 複雑で答えの分からぬ今……最も単純な答えは、父から聞き取る事のみのはずだ。
 そう思った時。

「辺境伯様っ!!」

 再び駆けつけて来たのは、辺境伯領の兵士だ。
 こんなにリカルド様への報告が重なる日なんて、今までなかったのに。
 兵士も戸惑っているようで、慌てて敬礼をしている。

「ほ、報告があります!」

「どうした」
 
「先程……王宮騎士団と名乗る騎士が、辺境伯様にお会いしたいと、我らの訓練所に訪れました……!」

 王宮騎士団が……?
 見合わせたようなタイミングに、嫌な汗が流れる。

「何用だ?」

「そ……それが……その」

 兵士は、どこか言いづらそうに顔を伏せながら答えた。

「モーセ様には国家反逆罪の疑いがあるとの事で……辺境伯様には該当人物の即刻引き渡しを要求するとの事です」

 もはや、先の事件についても……邪推ではないのかもしれない。
 
 モーセさんが、国家反逆罪など企てているとは到底思えない。 

 だけど考えられるのは、彼はティアさんについて旧友に手紙を送り王都にまで調査の網を広げていた事。
 それを王宮騎士団が止めに来たという疑いしか起きないのだ。

 父の隠す情報と、私の魔力、ティアという女性。
 これらの深い繋がりが徐々に姿を現し、大きな問題があるのだと感じざるを得ない。

「即刻、モーセを保護しろ。王宮騎士に渡すな」

「……良いのですか?」

 しかしリカルド様は、王宮騎士の命令……王命に近い指示でさえ意にも介さない。
 無表情のまま、一切の怯えもなく。
 淡々と命令を続けた。

「正当な理由もなく。俺の領民を引き渡す気は無い」

「リカルド様……」

「大丈夫だ」

 リカルド様はいつものように、私や皆を見て……「大丈夫だ」と呟く。
 いつもと違うのは、私を見る際……微笑んでくれること。

「明日ナターリアと一緒に過ごす……だから、さっさと終わらせる」

 そして、私と過ごすために早く終わらせると。
 告げてくれたのだった。
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