上 下
16 / 56

13話

しおりを挟む
 その後、私が作った手袋について聞いたが……
 まぁ驚くほど、とんでもない力だ。

 身に付けた者の筋力が飛躍的に上がり、さらに三級魔法程度なら扱えるという。
 
「ちなみに、三級魔法が使える者を雇おうとすれば……兵士百人分の報酬が必要です」
 
「ひゃ、百……!?」

「それ程の兵力が、手袋一つで可能なのだから。驚きですよ……」

 ジェイクさんが先程みせた熱弁も、今は納得できる
 その凄さは私でさえ分かるのだから。

「事の経緯を説明すると……この地区で兵士達の成長が目覚ましく。理由や経緯を調べた所、皆がこの手袋を付けてからだと判明したのです」

 ルウパパたちの言葉は真実であった。
 この手袋には、驚くべき能力がある事は間違いなかったのだ。

「恐らく、ナターリア様が持つ件の魔力が手袋に付与され、効果を発揮しているのかと」

「この手袋に……私の魔力が……」

「私も困惑しました。ですが……本日、モーセ殿から貴方の魔力について報告を受け、腑に落ちましたよ」

 私も同様に一つの疑問に答えがついた。
 
 魔法を二十歳を超えて使い始めたが、裁縫はもっと前……学園を退学してからだ。
 もしや……その時から私は無意識に魔力を使っていたのではないか?
 
 確証はないが、今まで作っていたドレスなども……
 もしそうなら、魔力が減衰していないのにも一つの答えがいく。

「豊穣の魔力について。私達も出来る限り解明に協力いたします」

 ジェイクさんは、立ち上がる。
 そして、深々と頭を下げた。

「なので是非とも、この手袋の増産を願います……」

「はい。先程言った私の要望を聞いてくれるなら、文句はありません」

 パッと顔を明るくしたジェイクさんが、幾つかの契約書を取り出す。
 手袋一つを、かなりの額で買い取ってくれるようだ。
 こんなにもらっていいの?

「感謝する」

「っ」

 急に、今まで黙っていたリカルド様が口を開く。
 謝辞を述べ、無表情のまま頭を下げたのだ。

「…………領民のに負担をかける事、許せ」

 言葉遣いを正して、再びかけられた謝辞。
 私も無礼な要求をしている身だから、感謝されるとむずがゆい。

「リカルド様、商談も終わりましたし。今日はお休みになられては? 昨夜の掃討作戦から一睡もしていないでしょう?」

「あぁ」

 契約書を書き終えた頃合いで、リカルド様が退室する。
 それを促したジェイクさんは……また深いお辞儀をしてきた。

「本当に感謝をしております。ナターリア様」

「い、いえいえ。頭を上げてください! 私も生活費を稼ぐためですから」

「いえ。これで……リカルド様は救われます」

 救いという言葉に、思わず聞き返す。
 ジェイクさんは、悲しそうな、悔しさも混じったような表情で答えた。

「あの方は、前辺境伯様に戦いのみを強いられて、それしか知らないのです」

「戦いを?」

「そうやってあの方の人生を犠牲に、この辺境伯領は初めての平和が訪れました」

 聞けば、リカルド様は常に最前線で戦い。
 孤軍奮闘ながら、獅子奮迅の活躍で……魔物を駆逐するという。

 その力と戦いぶりは常人の域を超え、凄まじい戦果をあげている。

「現に、リカルド様が当主となってから……魔物被害での死者はおりません。毎年百は亡くなった犠牲者が居なくなったのです」

 素人でもその凄さは分かる。
 正直、私の魔法が霞む凄さだ。
 彼は人生で、何百、何千と命を救ってきたのだろう。

「ですがあの方のお身体には、もう限界が迫っている」

 幾度も死線をくぐり抜けてきたリカルド様は、同時に幾度も死に瀕したという。
 骨折、断裂、裂傷、打撲。

 何度も傷ついた身体が、治る前に再び傷つき、血にまみれる。
 無事でいられるはずがない。

「医者が言うには、今のリカルド様は痛覚も途切れ、身体は壊れ……もう、余命も幾ばくも無いと……」

「え……」

「全ては不甲斐ない私達のせいです。兵の練兵が足りず、犠牲者を出さぬために……傷を負ったあの方に、何度も最前線に立ってもらうしかなかった」

 ジェイクさんは、悔しそうに拳を握りしめる。
 そして、再び頭を下げた。

「ですが、ナターリア様のお力添えがあれば……やっと私達もリカルド様のお力になれる。あの方も楽になります」

「私が、お力になれるなら……」

 リカルド様のお話を、不躾だが以前の自分と重ねてしまう。
 目的も、苦労もまるで違うが……身を犠牲にして生きる辛さは、共感できる。

「最大限、ご協力します」

「感謝します。ナターリア様」

 ジェイクさんに告げながら、私は客室を後にした。

  

   ◇◇◇



 外に馬車を停めてくれているらしく、玄関へと向かう。
 だが途中、リカルド様が立っていた。

 まくった腕から幾つもの傷痕が見えて、先程のジェイクさんの言葉がよぎる。
 どれだけ、死線を潜り抜けたのか……全てはルウたちが暮らす平和のために。

「あ、あの……」

 声をかければ、彼は変わらず無表情のまま……呟いた。
 
「手袋の件、嫌なら断れ」

「え……?」

「練兵が追いついていないのは、俺の失態だ。責任は感じるな」

 どうやら、気遣ってくれているのだろうか。

「領民が何も気にせず生きていけるようにするのが、俺の責務。それは君も含まれる」

「でも……身体は限界なのですよね」

「心配は必要ない」

 その自己犠牲には、多くの人が救われている。
 だから、辞めてほしいなんて軽々と言えないだろう。

 でも……

「生憎ですが、私は誰かの犠牲の元で生きていくのは嫌なんです」

「っ」

「私が嫌いな……誰かたちと一緒になってしまうから」

 私は手袋を見せ、彼へと微笑む。
 これで、彼も救えるなら……頑張ろうかな。

「だから、あと少しだけ待っていてくださいね」

「……」

「それと……!」

 呆然として立ち尽くすリカルド様の腕を、私は掴む。
 先程は腕をまくっていなかったから、コレに気付かなかった。

「傷がありますよ。ちゃんとお医者様に見せました?」

「…………支障はない」

 支障はないって……
 かなり痛そうなのに、どうしてそんなに平然としているの。

「化膿すれば一大事です……ちゃんと身体を労わってください」

 懐から、幾つかの治療具を取り出す。
 子供達が転んだ時のため、治療具は常に持ち歩いていた。

「腕、出してください」

「必要な––」

「出して、早く」

 渋々と腕を出す彼に、簡単にだが治療をする。
 少しはみ出してしまうが、今は絆創膏を貼っておこう。
 
 あ……子供用だからウサギ柄の絆創膏だ……
 まぁ、今は気にしていられないか。

「はい、出来ました。貴方のおかげで、ルウや皆が笑えるのです。もっと身体を大事にしてください」

「……」

「必要なら私が治療しますから。あと……柄についてはそれしかなかったので、許してくださいね」 

 リカルド様は、黙ったままだ……
 ジッとウサギ柄の絆創膏を見つめて、動かなくなってしまった。
 どうしよう、怒っているだろうか。

 よし、怒られる前に逃げよう。

「そ、それでは!」

 慌てて辺境伯邸を出て、用意してもらった馬車に乗りこむ。
 今日は色々とあったが、とりあえずひと段落としよう。

「ひとまず明日から……ウサギ柄以外の絆創膏も持っておこうかな」

 そんな独り言を呟きながら、私は帰路へとつく。
『豊穣の魔力』という力、それによって手袋に付与された、多大な能力。

 思考は整理できていないが、やる事は一つ。
 私が自由に暮らすため、ルウたちがこれからも笑って過ごせるために……

 手袋が平和の一助になるなら、これからも作っていくだけだ!


「でも、今日は早めに寝よう……」

 家に帰れば、疲れてくたくただ。
 今日は色々とありすぎた。
 なのに、こんな日に限って珍しく手紙が届いている。

「……マリアからだ」

 友のマリア。
 彼女からの手紙に、私はある予想と共に手紙を開く。
 
「やっぱり……意外と、早かったわね」


 マリアの手紙には、離婚申請書の片割れが早めに必要との事。

 その理由は……ヴィクタ―達の不倫が、もう露呈し始めて。
 案の定、彼らは私が離婚調停をせず逃げたと吹聴を始めたというのだ。

 
 本当に……浅はかだ。
 全部、予想通り。
 対策済みだというのに。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私を棄てて選んだその妹ですが、継母の私生児なので持参金ないんです。今更ぐだぐだ言われても、私、他人なので。

百谷シカ
恋愛
「やったわ! 私がお姉様に勝てるなんて奇跡よ!!」 妹のパンジーに悪気はない。この子は継母の連れ子。父親が誰かはわからない。 でも、父はそれでいいと思っていた。 母は早くに病死してしまったし、今ここに愛があれば、パンジーの出自は問わないと。 同等の教育、平等の愛。私たちは、血は繋がらずとも、まあ悪くない姉妹だった。 この日までは。 「すまないね、ラモーナ。僕はパンジーを愛してしまったんだ」 婚約者ジェフリーに棄てられた。 父はパンジーの結婚を許した。但し、心を凍らせて。 「どういう事だい!? なぜ持参金が出ないんだよ!!」 「その子はお父様の実子ではないと、あなたも承知の上でしょう?」 「なんて無礼なんだ! 君たち親子は破滅だ!!」 2ヶ月後、私は王立図書館でひとりの男性と出会った。 王様より科学の研究を任された侯爵令息シオドリック・ダッシュウッド博士。 「ラモーナ・スコールズ。私の妻になってほしい」 運命の恋だった。 ================================= (他エブリスタ様に投稿・エブリスタ様にて佳作受賞作品)

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

【完結】男運ゼロの転生モブ令嬢、たまたま指輪を拾ったらヒロインを押しのけて花嫁に選ばれてしまいました

Rohdea
恋愛
──たまたま落ちていた指輪を拾っただけなのに! かつて婚約破棄された過去やその後の縁談もことごとく上手くいかない事などから、 男運が無い伯爵令嬢のアイリーン。 痺れを切らした父親に自力で婚約者を見つけろと言われるも、なかなか上手くいかない日々を送っていた。 そんなある日、特殊な方法で嫡男の花嫁選びをするというアディルティス侯爵家のパーティーに参加したアイリーンは、そのパーティーで落ちていた指輪を拾う。 「見つけた! 僕の花嫁!」 「僕の運命の人はあなただ!」 ──その指輪こそがアディルティス侯爵家の嫡男、ヴィンセントの花嫁を選ぶ指輪だった。 こうして、落ちていた指輪を拾っただけなのに運命の人……花嫁に選ばれてしまったアイリーン。 すっかりアイリーンの生活は一変する。 しかし、運命は複雑。 ある日、アイリーンは自身の前世の記憶を思い出してしまう。 ここは小説の世界。自分は名も無きモブ。 そして、本来この指輪を拾いヴィンセントの“運命の人”になる相手…… 本当の花嫁となるべき小説の世界のヒロインが別にいる事を─── ※2021.12.18 小説のヒロインが出てきたのでタグ追加しました(念の為)

旦那様のお望みどおり、お飾りの妻になります

Na20
恋愛
「しょ、初夜はどうするのですか…!?」 「…………すまない」 相手から望まれて嫁いだはずなのに、初夜を拒否されてしまった。拒否された理由はなんなのかを考えた時に、ふと以前読んだ小説を思い出した。その小説は貴族男性と平民女性の恋愛を描いたもので、そこに出てくるお飾りの妻に今の自分の状況が似ていることに気がついたのだ。旦那様は私にお飾りの妻になることを望んでいる。だから私はお飾りの妻になることに決めたのだ。

【完結】全てわたしが悪者みたいに言ってますが、お義姉様だって悪女ですよね?

たろ
恋愛
正妻のクラシアナ様が産んだ娘のファーラは厳しく接する父親に心を開かない。 政略結婚で妻になったクラシアナが心が病んで亡くなった。 その原因である父親の元恋人で愛人のステラ。ティアを産み育てていたが妻が亡くなったことで後妻として迎えた。 ティアを可愛がる父親。フアーラは父親に虐げられ新しい家族とも馴染めずにいた。 ティアはそんなことも知らずに幸せに暮らしていた。 15歳までは…… 父が病床についてから全ては変わっていく。 でもティアは義姉の幸せを自分が奪ったせいだと思い耐え続ける。 虐げられるのは正妻の娘。 意地悪な後妻と義妹。そんな二人を可愛がる父親。 よくある話を目線を変えて書いてみました。 主人公は義妹。 義妹視線からの話を書いてみました。 ◆かなり辛い場面があります ◆設定は曖昧です。

いらないと言ったのはあなたの方なのに

水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。 セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。 エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。 ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。 しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。 ◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬 ◇いいね、エールありがとうございます!

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

処理中です...