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13話

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 その後、私が作った手袋について聞いたが……
 まぁ驚くほど、とんでもない力だ。

 身に付けた者の筋力が飛躍的に上がり、さらに三級魔法程度なら扱えるという。
 
「ちなみに、三級魔法が使える者を雇おうとすれば……兵士百人分の報酬が必要です」
 
「ひゃ、百……!?」

「それ程の兵力が、手袋一つで可能なのだから。驚きですよ……」

 ジェイクさんが先程みせた熱弁も、今は納得できる
 その凄さは私でさえ分かるのだから。

「事の経緯を説明すると……この地区で兵士達の成長が目覚ましく。理由や経緯を調べた所、皆がこの手袋を付けてからだと判明したのです」

 ルウパパたちの言葉は真実であった。
 この手袋には、驚くべき能力がある事は間違いなかったのだ。

「恐らく、ナターリア様が持つ件の魔力が手袋に付与され、効果を発揮しているのかと」

「この手袋に……私の魔力が……」

「私も困惑しました。ですが……本日、モーセ殿から貴方の魔力について報告を受け、腑に落ちましたよ」

 私も同様に一つの疑問に答えがついた。
 
 魔法を二十歳を超えて使い始めたが、裁縫はもっと前……学園を退学してからだ。
 もしや……その時から私は無意識に魔力を使っていたのではないか?
 
 確証はないが、今まで作っていたドレスなども……
 もしそうなら、魔力が減衰していないのにも一つの答えがいく。

「豊穣の魔力について。私達も出来る限り解明に協力いたします」

 ジェイクさんは、立ち上がる。
 そして、深々と頭を下げた。

「なので是非とも、この手袋の増産を願います……」

「はい。先程言った私の要望を聞いてくれるなら、文句はありません」

 パッと顔を明るくしたジェイクさんが、幾つかの契約書を取り出す。
 手袋一つを、かなりの額で買い取ってくれるようだ。
 こんなにもらっていいの?

「感謝する」

「っ」

 急に、今まで黙っていたリカルド様が口を開く。
 謝辞を述べ、無表情のまま頭を下げたのだ。

「…………領民のに負担をかける事、許せ」

 言葉遣いを正して、再びかけられた謝辞。
 私も無礼な要求をしている身だから、感謝されるとむずがゆい。

「リカルド様、商談も終わりましたし。今日はお休みになられては? 昨夜の掃討作戦から一睡もしていないでしょう?」

「あぁ」

 契約書を書き終えた頃合いで、リカルド様が退室する。
 それを促したジェイクさんは……また深いお辞儀をしてきた。

「本当に感謝をしております。ナターリア様」

「い、いえいえ。頭を上げてください! 私も生活費を稼ぐためですから」

「いえ。これで……リカルド様は救われます」

 救いという言葉に、思わず聞き返す。
 ジェイクさんは、悲しそうな、悔しさも混じったような表情で答えた。

「あの方は、前辺境伯様に戦いのみを強いられて、それしか知らないのです」

「戦いを?」

「そうやってあの方の人生を犠牲に、この辺境伯領は初めての平和が訪れました」

 聞けば、リカルド様は常に最前線で戦い。
 孤軍奮闘ながら、獅子奮迅の活躍で……魔物を駆逐するという。

 その力と戦いぶりは常人の域を超え、凄まじい戦果をあげている。

「現に、リカルド様が当主となってから……魔物被害での死者はおりません。毎年百は亡くなった犠牲者が居なくなったのです」

 素人でもその凄さは分かる。
 正直、私の魔法が霞む凄さだ。
 彼は人生で、何百、何千と命を救ってきたのだろう。

「ですがあの方のお身体には、もう限界が迫っている」

 幾度も死線をくぐり抜けてきたリカルド様は、同時に幾度も死に瀕したという。
 骨折、断裂、裂傷、打撲。

 何度も傷ついた身体が、治る前に再び傷つき、血にまみれる。
 無事でいられるはずがない。

「医者が言うには、今のリカルド様は痛覚も途切れ、身体は壊れ……もう、余命も幾ばくも無いと……」

「え……」

「全ては不甲斐ない私達のせいです。兵の練兵が足りず、犠牲者を出さぬために……傷を負ったあの方に、何度も最前線に立ってもらうしかなかった」

 ジェイクさんは、悔しそうに拳を握りしめる。
 そして、再び頭を下げた。

「ですが、ナターリア様のお力添えがあれば……やっと私達もリカルド様のお力になれる。あの方も楽になります」

「私が、お力になれるなら……」

 リカルド様のお話を、不躾だが以前の自分と重ねてしまう。
 目的も、苦労もまるで違うが……身を犠牲にして生きる辛さは、共感できる。

「最大限、ご協力します」

「感謝します。ナターリア様」

 ジェイクさんに告げながら、私は客室を後にした。

  

   ◇◇◇



 外に馬車を停めてくれているらしく、玄関へと向かう。
 だが途中、リカルド様が立っていた。

 まくった腕から幾つもの傷痕が見えて、先程のジェイクさんの言葉がよぎる。
 どれだけ、死線を潜り抜けたのか……全てはルウたちが暮らす平和のために。

「あ、あの……」

 声をかければ、彼は変わらず無表情のまま……呟いた。
 
「手袋の件、嫌なら断れ」

「え……?」

「練兵が追いついていないのは、俺の失態だ。責任は感じるな」

 どうやら、気遣ってくれているのだろうか。

「領民が何も気にせず生きていけるようにするのが、俺の責務。それは君も含まれる」

「でも……身体は限界なのですよね」

「心配は必要ない」

 その自己犠牲には、多くの人が救われている。
 だから、辞めてほしいなんて軽々と言えないだろう。

 でも……

「生憎ですが、私は誰かの犠牲の元で生きていくのは嫌なんです」

「っ」

「私が嫌いな……誰かたちと一緒になってしまうから」

 私は手袋を見せ、彼へと微笑む。
 これで、彼も救えるなら……頑張ろうかな。

「だから、あと少しだけ待っていてくださいね」

「……」

「それと……!」

 呆然として立ち尽くすリカルド様の腕を、私は掴む。
 先程は腕をまくっていなかったから、コレに気付かなかった。

「傷がありますよ。ちゃんとお医者様に見せました?」

「…………支障はない」

 支障はないって……
 かなり痛そうなのに、どうしてそんなに平然としているの。

「化膿すれば一大事です……ちゃんと身体を労わってください」

 懐から、幾つかの治療具を取り出す。
 子供達が転んだ時のため、治療具は常に持ち歩いていた。

「腕、出してください」

「必要な––」

「出して、早く」

 渋々と腕を出す彼に、簡単にだが治療をする。
 少しはみ出してしまうが、今は絆創膏を貼っておこう。
 
 あ……子供用だからウサギ柄の絆創膏だ……
 まぁ、今は気にしていられないか。

「はい、出来ました。貴方のおかげで、ルウや皆が笑えるのです。もっと身体を大事にしてください」

「……」

「必要なら私が治療しますから。あと……柄についてはそれしかなかったので、許してくださいね」 

 リカルド様は、黙ったままだ……
 ジッとウサギ柄の絆創膏を見つめて、動かなくなってしまった。
 どうしよう、怒っているだろうか。

 よし、怒られる前に逃げよう。

「そ、それでは!」

 慌てて辺境伯邸を出て、用意してもらった馬車に乗りこむ。
 今日は色々とあったが、とりあえずひと段落としよう。

「ひとまず明日から……ウサギ柄以外の絆創膏も持っておこうかな」

 そんな独り言を呟きながら、私は帰路へとつく。
『豊穣の魔力』という力、それによって手袋に付与された、多大な能力。

 思考は整理できていないが、やる事は一つ。
 私が自由に暮らすため、ルウたちがこれからも笑って過ごせるために……

 手袋が平和の一助になるなら、これからも作っていくだけだ!


「でも、今日は早めに寝よう……」

 家に帰れば、疲れてくたくただ。
 今日は色々とありすぎた。
 なのに、こんな日に限って珍しく手紙が届いている。

「……マリアからだ」

 友のマリア。
 彼女からの手紙に、私はある予想と共に手紙を開く。
 
「やっぱり……意外と、早かったわね」


 マリアの手紙には、離婚申請書の片割れが早めに必要との事。

 その理由は……ヴィクタ―達の不倫が、もう露呈し始めて。
 案の定、彼らは私が離婚調停をせず逃げたと吹聴を始めたというのだ。

 
 本当に……浅はかだ。
 全部、予想通り。
 対策済みだというのに。 
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