上 下
11 / 56

彼女が居ない生活② ヴィクタ―side

しおりを挟む
「行って来るよ、母さん」

「ええ、ヴィクタ―。殿下の護衛……頑張るのよ」

 母の見送りを受けながら、屋敷を出る。
 別れの間際、いつものように頬へと別れのキスを交わして、母に手を振った。

「今日はシャイラさんが来るから、早めに帰って来なさいよ」

「分かってる、大丈夫」

「あの子はナターリアなんて学もない女と違って、将来は明るいのだから、逃さぬようにしないといけないわよ」

「もういいよ、行って来るから」

 母は心配症だ、心配されずともシャイラとの関係は良好なのに。
 それにナターリアと違い、僕の劣等感も刺激されなくて心地がいい。
 やはり……みっともない妻よりも、自慢できる妻の方がいいと改めて思える。

「馬車を出してくれ、王都学園まで」

「了解です」
 
 第二王子殿下の護衛のため、王都学園へ向かう。
 そのために馬車に乗りこんだ時。

「ヴィクター様! お時間よろしいですか!!」

「うぇ!?」

 突然、ナターリアやシャイラの父であるフォンド殿が馬車に相乗りしてくる。
 あまりに急で、気を抜いていたせいでおかしな声がでた。

「いったいどうしたのですか?」

「あ、あの……聞いたのですが。ヴィクタ―様が……ナターリアを探していないとは、事実ですか?」

 あぁ、言い忘れていた。
 ナターリアが出て行ってから十日、確かに一切の捜索をしていない。
 彼女は一人で暮らす事など出来ず、いずれ戻って来るだろうと、そんな事に気を回していなかった。

「事実です。ですが……心配せずとも、直ぐに戻ってくるはずで……」

「そ、早急に捜索をしてください!」

「どうしたのですか、フォンド殿。この間から……様子が変ですよ」

「ナターリアが魔法を使えると分かった今……これを放置してはなりせん!」

 はぁ? 何を言っている。
 娘が行方不明だから焦っているというよりは、何か別の事に焦燥しているようだ。

「詳しく聞かせてください、理由が分かりませんよ」

「王家には……」

「はぁ?」

「王家には知られてはなりません……お願いです、ナターリアを捜索してください!」

「なにを言って……」

 今までの彼らしからぬ、鬼気迫った様子に気圧される。
 思わず息を呑む間に、彼はもう馬車から降り始めていた。

「ま、まだクロエル伯爵領に居る可能性が高いはずです。私も捜しますが、伯爵家も本腰を入れて取り組んでください!」

 何を言っているんだ。
 せめて、その焦りの理由を聞かせてくれ。
 そう思う僕を置いて、フォンド殿は自身の馬に乗って去ってしまう。

「なんだっていうんだ……心配せずとも、ナターリアは直に帰ってくるだろうに……」

 朝から気分が悪い。
 あの学もない、惨めな妻の事など……忘れて過ごしているというのに。

「ったく。娘がそうなら、父も……どこかおかしいのか」

 苛立ちながら、僕は揺れる馬車に身を任せた。



   ◇◇◇


 第二王子殿下の護衛という任。
 といっても、僕自身がやる事はほとんどない。
 
 殿下の傍で居るだけだ。
 この王国は暗殺なんて真似が横行する程に、治安が悪い訳ではない……故に王家として体裁を整えるための見せかけの職だ。
 だが、自身の実力で勝ち取った名誉に不満はない。
 
 しかし、少し暇ではある。
 少し抜け出して……いつものようにシャイラに会いに行こうか?

「ヴィクタ―殿、よろしいですか?」

「どうした?」

 暇な時間に飽き飽きしていた時。
 王宮騎士の一人が僕に声をかけてきた。

「殿下がお呼びです」

「……」

 目の前に第二王子殿下が居るのに、殿下がお呼びという言葉。
 暗に、もう一人の王子に呼ばれた事を意味する。

「分かった」

 護衛を代わってもらい、学園の奥。
 王家が抱えている学園の一室へと、足を踏み入れる。

「お呼びでしょうか、デイトナ殿下」

 部屋で待つのは、この国の第一王子殿下––デイトナ・カリヨン。
 次代の国王として最も有力な人だ。

「急な呼び出しですまない。だが……わざわざ俺が学園にまで出向いたのだ。許せ」

「いえ、こちらこそご足労感謝いたします」

「それと、わざわざお前を呼んだ理由だが……」

 デイトナ様は、机の上にバサリと書類を落とす。
 それに目を通せば、クロエル伯爵領の税収管理に関する物だと分かった。

「こ、これは?」

「とぼけるな、お前の伯爵家が治めるべき税収の遅れがある。税を収めぬ事は王家への謀反と同義、気を付けろ」

「なっ!?」

 すっかり忘れていた。
 いつも、ナターリアに任せていたせいか……

「も、申し訳ありません」

「襟を正して業務に励め。俺がお前を護衛騎士に推薦できるのは……剣の腕だけではなく。領主として優秀でもあるからなのだぞ」

 え?
 領主としても……?

「お前の領地は、街道の整備や農地管理にめざましい成果が出ている。税収もここ数年で二割も上がり……他貴族家が期待している程だ」

 そんなことを、僕がおこなった覚えはない。
 ならまさか、ナターリアが?

「領主としての仕事をおろそかにするなよ、ヴィクタ―」

「……」

 知らなかったナターリアの事実に、動揺する間もなく……
 彼女の後釜として、同じ成果を求められている事に気付く。
 
「それと。お前……妻がいたそうだな。どうして言わなかった」

「え……そ、その機会がなく……」

 突然ナターリアへと興味を示したデイトナ様に、胸が鼓動する。
 まるで、心を見透かされたようだ。

「会わせろ、少し興味がある」

「え?」

「フォンド子爵の娘だと聞いた。その魔力に興味がある……早急にだ。分かったな」

「ど、どうして」

「子爵家に二人も娘がいると思わなかった、妹は違ったから諦めていたが……」

「諦めていた?」

 どうして、デイトナ様がナターリアに興味を?
 聞こうとした時、デイトナ様は時計を見て忙しそうに書類をまとめた。

「税務関係は早急に行え、お前の妻に会わせるのもな」

「あ……あ、あの……」

「それと、妻が居るならくれぐれも学園で火遊びはするなよ? 国政は面子の世界でもある。お前が学生と不義などすれば……推薦した俺の信頼が失墜する」

 その言葉に、事実を打ち明ける事など出来なかった。
 シャイラを妊娠させて、領地管理を任せていた妻が出て行ったなど。

「わ、分かりました……」
 
 震える声を、隠せていた自信はない。
 ただ今は……ナターリアを捜索しなかった事に、後悔が生まれていた。



   ◇◇◇



 屋敷に帰れば、その惨状に言葉を失う。
 玄関を開いた途端、あるはずだった家財が……一切見当たらないのだ。

「な……いったいなにが!」

「ヴィクタ―!」

「母さん、これは……」

「商家が来て、突然家財を引き取っていったのよ。抵抗しても、全てはナターリアに所有権があるから、売却は止められないと……」

 ナターリアが言っていた事は、俺の気を引くためのものではなかったのか?
 あぁ、くそ……頭が混乱している。
 考え事が雪崩のように起きて、整理が追いつかない。
 
 分からない事、疑問だらけで。
 そして目の前の問題……対処が追いつかない。

「どうしたの? ヴィクタ―」

「っ!! シャイラ!」

 我が家の悲惨な惨状など見せたくない。
 なのに、こんな時に限ってシャイラがやってきてしまった。

「なにかあったの?」

「実は……ナターリアの言った通りに、家財が引き払われたんだ。少しゴタゴタしている。すまない」
 
「そう、大変なのね」

 意外にも、シャイラは吞気な声色で話していた。
 そして、いつものように抱きついてくる。

「シャイラね、最近……少し魔法学の成績が良くないの」

「すまない……その話はまた後で」

「だからね、前に言っていたドレス。早く買ってほしいなぁ、あれを着たらもっと頑張れるから」

「え?」

「私たち、家族だもん! シャイラをたくさん幸せにしてね?」

 思わず思考が止まる、横を見れば母も呆然としていた。

 シャイラは、現状を分かっているのか、いないのか。
 あまりにも平然といつも通りの様子で『お願い』をする彼女に……

 
 奇妙な違和感と、不気味な感覚を……感じてしまう。
 今まで可愛かった彼女の考えが、今は掴みとれなかった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者を寝取られた公爵令嬢は今更謝っても遅い、と背を向ける

高瀬船
恋愛
公爵令嬢、エレフィナ・ハフディアーノは目の前で自分の婚約者であり、この国の第二王子であるコンラット・フォン・イビルシスと、伯爵令嬢であるラビナ・ビビットが熱く口付け合っているその場面を見てしまった。 幼少時に婚約を結んだこの国の第二王子と公爵令嬢のエレフィナは昔から反りが合わない。 愛も情もないその関係に辟易としていたが、国のために彼に嫁ごう、国のため彼を支えて行こうと思っていたが、学園に入ってから3年目。 ラビナ・ビビットに全てを奪われる。 ※初回から婚約者が他の令嬢と体の関係を持っています、ご注意下さい。 コメントにてご指摘ありがとうございます!あらすじの「婚約」が「婚姻」になっておりました…!編集し直させて頂いております。 誤字脱字報告もありがとうございます!

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完結】お前なんていらない。と言われましたので

高瀬船
恋愛
子爵令嬢であるアイーシャは、義母と義父、そして義妹によって子爵家で肩身の狭い毎日を送っていた。 辛い日々も、学園に入学するまで、婚約者のベルトルトと結婚するまで、と自分に言い聞かせていたある日。 義妹であるエリシャの部屋から楽しげに笑う自分の婚約者、ベルトルトの声が聞こえてきた。 【誤字報告を頂きありがとうございます!💦この場を借りてお礼申し上げます】

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

愛せないと言われたから、私も愛することをやめました

天宮有
恋愛
「他の人を好きになったから、君のことは愛せない」  そんなことを言われて、私サフィラは婚約者のヴァン王子に愛人を紹介される。  その後はヴァンは、私が様々な悪事を働いているとパーティ会場で言い出す。  捏造した罪によって、ヴァンは私との婚約を破棄しようと目論んでいた。

婚約者が病弱な妹に恋をしたので、私は家を出ます。どうか、探さないでください。

待鳥園子
恋愛
婚約者が病弱な妹を見掛けて一目惚れし、私と婚約者を交換できないかと両親に聞いたらしい。 妹は清楚で可愛くて、しかも性格も良くて素直で可愛い。私が男でも、私よりもあの子が良いと、きっと思ってしまうはず。 ……これは、二人は悪くない。仕方ないこと。 けど、二人の邪魔者になるくらいなら、私が家出します! 自覚のない純粋培養貴族令嬢が腹黒策士な護衛騎士に囚われて何があっても抜け出せないほどに溺愛される話。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

目が覚めました 〜奪われた婚約者はきっぱりと捨てました〜

鬱沢色素
恋愛
侯爵令嬢のディアナは学園でのパーティーで、婚約者フリッツの浮気現場を目撃してしまう。 今まで「他の男が君に寄りつかないように」とフリッツに言われ、地味な格好をしてきた。でも、もう目が覚めた。 さようなら。かつて好きだった人。よりを戻そうと言われても今更もう遅い。 ディアナはフリッツと婚約破棄し、好き勝手に生きることにした。 するとアロイス第一王子から婚約の申し出が舞い込み……。

処理中です...