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6話

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「うぅ~、よく寝たぁ……」

 馬車の荷台の上で、大きく伸びをする。
 屋敷を出てから、素性を隠して旅馬車に乗り継いで……最短の時間でクロエル伯爵領は抜け出した。
 
 領地を出れば、簡単に見つからないはずだ。
 安心感から一気に睡魔に襲われ、荷台で寝てしまっていた。
 
 久々の快眠のおかげで、目を丸洗いしたかのようだ。
 今までろくに眠れぬ日々だったが、睡眠は偉大だと改めて思える。

「嬢ちゃん、お目覚めかい? もう目的地に着くよ」

「っ!! ありがとうございます」

 御者の声に、お礼を告げる。
 旅馬車を降りて、目的地であった大きな屋敷の前に立った。
 ここは……私のだ。
 
 まず、門兵へと声をかける。

「ナターリアが来たと、伝えてください」

「はっ!! 今日はお早いのですね。ナターリア様」

 門兵はさっそく屋敷へと走っていく。
 暫くして屋敷扉が開き……一人の女性が微笑みながら私を手招いた。

「ナターリア。よく来たわね」

 蒼色の髪を揺らす美しい女性が、端正な顔立ちに可憐な笑みを浮かべる。

 彼女はローズベル公爵家令嬢––マリアだ。  
 爵位階級にて首位に君臨する公爵家令嬢。
 私とは天と地も差がある彼女だが、私が半年だけ過ごした学園で知り合い、今でも友人だ。

「なによ、その大荷物。いや……部屋で話しましょうか」

 私が両手に荷物を抱えているのを見て、マリアは色々と察したようだ。
 案内されて、いつもの部屋に入る。

「なにがあったの?」

 マリアが、この大荷物の理由を問う。
 でも私は説明の前に、部屋に置いていた……ある物へと視線を移した。

「話す前に、仕事を終わらせるわね」
 
 部屋に置かれていたのは、鮮やかな桃色のドレス。
 その布地に触れて、トランクから取り出した裁縫針を添わせる。
 もう完成間近だったそれに、仕上げのレースを縫い付ければ……完成だ。
 
「マリア。これで完成よ、妹さんの学園祭に間に合いそうね」

「流石ね。仕上げも綺麗で……公爵家として恥ずかしくない服飾よ、感謝するわ」 

 これが、私の仕事だ。
 ドレスや礼服、手袋やハンカチに至るまで、衣服を作る仕事をしている。 
 
「まさか、こんな綺麗なドレスになるなんて……この仕事に特化して学んだだけの事はあるわね」

 マリアの言う通り、私は学園を退学した一年後にヴィクターと結婚するまでの間。
 ただ絶望した訳ではない。
 学園で学ぶ機会は失ったから、手に職を付けようと服飾知識や技術を必死に学んだのだ。

 運も良く。
 公爵家御用達の衣服を任せてもらい、仕事にまでする事ができていた。

「元から手先が器用だったの? ナターリア」

「いえ……裁縫が得意になったのは成り行きよ」

 幼き頃、煌びやかなドレスを買ってもらって喜ぶ妹。
 彼女の横で、いつも同じくたびた衣服の自分が恥ずかしくて……
 妹達が社交界に出た日、一人屋敷で取り残された私は、少ない小遣いで買ったフリルなどを古い衣服に縫い付けていたのだ。

 その経験が、今は仕事になってくれているのだから……悪い事ばかりではない。

「成り行きとはいえ、今や社交界で誰もが欲しがるドレスにまでなってるのだから、誇っていいわよ」

 マリアの言葉が、少し気恥ずかしい。
 正直に言えば私の裁縫関係の技術は素人に多少の毛が生えた程度、本職のプロには敵わない。
 だけど、ドレスデザインが好評なおかげで、それなりの稼ぎを出ている。

「名前も伏せて作ってるのなんてもったいないわよ。公表しなさいよ」

「いえ……それはいいの」

 この職を隠しているのは、義母や家族に稼いだ金額がばれて……浪費されるのを避けるため。
 とはいえ屋敷を出た今、もう自由にしていいのだが……
 居場所を明かす事にもなるため、やはり公表はしない方がいいだろう。

「それじゃあ、仕事も終わったのだから……この大荷物の話を聞かせてくれる?」

 マリアは待ちきれないとばかりに、身を乗り出す。
 その好奇心に答えるように、私は事情を明かした。


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