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彼女が居ない生活① ヴィクターside

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 ナターリアが、屋敷から出て行った。
 それは……翌朝に分かった。

「……ナターリア? どこだ」
 
 地下室は、もぬけの殻だったのだ。
 ナターリアへ渡そうと思っていた朝食が、床にこぼれる。

「鍵を解錠したのか? どうやって……」

「どうしたの。ヴィクター」

 放心している僕に、寝起きのシャイラが近づく。
 そして彼女は誰も居ない地下室を見て……べたりと床に腰を落とした。

「え? そんな……お姉様、どこに? なんで私を置いて…」

「シャイラ……落ち着くんだ」

 目を大きく見開き、シャイラが悲し気な声を出す。
 姉への愛が深い彼女にとって、姉が自分を置いて去った事実は辛いだろう。

「大丈夫か、ナターリア」

「お姉様……なんで? 私のお願いを何でも聞いてくれる優しいお姉様が居ないと……私……私」

 動揺していて話を聞いていない。
 愛するシャイラの様子に、こんなに心配をかけるナターリアが許せない。

「ナターリア、君は身勝手だよ。愛する妹が居るのに出て行くなんて……」

「ひぐっ! ひぐ……」

「泣かないで、シャイラ。今日は学園を休んでゆっくりしているんだ」

「…………うん」

 ナターリア、分かっているのか。
 君はとうとう一線を超えて、僕や家族に多くの迷惑をかけたのだぞ。
 妹がどれだけ悲しむのか、考えもしなかったのか?
 最低だよ、君は。



   ◇◇◇



 シャイラを部屋で落ち着かせた後、ミラリアにも事情を話す。

「騎士団に相談して、ナターリアを捜索するよ。母さん」

 それが最善のはずだ。
 女性一人の足では、そう簡単に遠くには行けないだろう。
 探すなら人海戦術で早い方がいい。

「やめなさい、ヴィクタ―。みっともない妻がいる事実を、皆が知る事になるわ」

「っ……」

「前にも言ったはずよ。あの娘は貴方に釣り合わないの。むしろ居なくなってせいせいしたわ。もう顔も見なくてすむもの」

 母の言葉で、ナターリアを探そうと思っていた考えが揺らぐ。

 昔から、母の言葉はいつだって正しかった。
 幼い頃に父が亡くなってから、母は父の遺産で僕が伯爵家を継ぐまで育ててくれた。
 そんな母は、僕にとっては人生の手本だ。
 貴族としての生き方、人付き合いの方法、社交界での振る舞い方。
 それらを母は正しく導いてくれた。


 ナターリアについてもそうだった。
 僕は彼女を妻に迎えた時、その可憐な姿に心が惹かれた。
 共に過ごす日々が愛しかった。
 でも母は、僕と違ってナターリアの素性をしっかり見ていたのだ。

『あの娘、学園を退学したそうね。今になって子爵家から教えられたわ』
 
 母はナターリアの過去を知って、僕に告げた。

『最悪よ。ヴィクタ―、あれはみっともない妻だったわ』

『みっともない? ナターリアが?』

『ええ、世間体は最悪ね。あんな妻がいるなんて、恥ずかしいわ』
 
 その日、僕がナターリアへと抱く感情が変わった。
 母が言うならば、彼女はみっともない女性なのだと思えたのだ。
 
 考え始めれば、いつしかナターリアが妻である事が僕の劣等感となっていた。
 母が嫌うような女性で、自慢も出来ない妻。
 その夫の僕は、なんて惨めだろうか……と。

「貴方も分かってるでしょう? あの女は放っておきなさい」

「でも母さん。ナターリアは十日後に屋敷の家財を売る手筈を整えていると、止めないと……」

「そんなの、貴方の気を引くための嘘に決まってるわよ。馬鹿な女はそういった虚言を吐くのよ……」

 その言葉に、焦りが消えてゆく。
 母の言う通りだ。
 ナターリアは僕に引き止めて欲しくて、あんな虚言を吐いたのだろう。

「貴方にはもうシャイラさんが居るわ。将来有望な子よ、そちらを大切になさい」

「確かに、母さんの言う通りだ。うん、もうナターリアが居なくても僕の未来は明るいはずだね」

「ええ、その通りよ。それにどうせあの娘……その内、生活も出来なくて帰って来るわよ」

 確かに、貴族令嬢が一人で働いて生きていけると思えない。
 彼女はなにか仕事をしていたらしいが、それも伯爵家の名があっての稼ぎだろう。

 伯爵家や家族の看板もない今。
 そのうち泣きついて戻って来るはずだ。

「あの女は一人で生きていけない現実を知って戻ってくるわよ。その際に離婚して、側室として支える事を誓わせなさい」
 
「確かに、それが最善だったね。気付かせてくれてありがとう、母さん」

 ナターリアは僕に迷惑をかけ、心配してほしかったのだろうが墓穴だった。
 母の助言によって、僕は冷静になれたのだから。
 


   ◇◇◇



 その日の午後。
 第二王子殿下の護衛を終えた僕の元へ、ナターリアの父……フォンド殿が訪れた。

「ヴィクタ―様、ナターリアが出て行ったと聞きましたが、本当ですか?」

 シャイラから手紙で伝えられたのだろう。

「事実です、フォンド殿」

「そんな……鍵は?」

「どうやら、魔法で解錠したようです。彼女が魔法を使えるとは知らなかった僕が迂闊で––」

「そんなはずない!!」

 突然、フォンド殿が僕の言葉を遮って叫んだ。
 その様子は、驚愕という言葉がよく似合う程に動揺している。

「ナターリアが魔法を? そんなはずがありません」

「フォンド殿?」

「あれは確かにシャイラに移し終えて……もう無くなっているはずで……」

「何を言っているのですか? 落ち着いてください」

 肩を叩けば、ようやく正気に戻ったのだろう。
 フォンド殿は首を振り、慌てた様子で頭を下げた。

「申し訳ありません。ともかく……ナターリアの捜索をお願いします!」 

 なにやら、フォンド殿は心ここにあらずといった様子だ。

 僕はもう、ナターリアを探してはいないのに……
 フォンド殿からの頼みにその事実は言えぬまま……はぐらかす返事をして帰路へとついた。


   ◇◇◇


 屋敷に戻れば、シャイラは微笑んで迎えてくれた。
 どうやら、悲しみから少し立ち直れたようだ。

「ヴィクタ―様、お帰りなさい。お姉様の事は……なにか分かりました?」

「心配しなくていい……きっとナターリアはシャイラの元へ戻って来るよ」

「うん、そうよね。お姉様は私の事を愛してくれているんだもの」

「家の支えもなく暮らすのは苦労が多いはずだろうし、きっと直ぐに帰ってくるさ」

 励ましの言葉に、シャイラはさらに明るい笑顔へと戻る。
 僕に抱きつき、嬉しそうに笑ってくれるのだ。

「ヴィクター、心配かけてごめんね。お姉様は私を愛してくれているから、きっと帰って来るはずよね。だから一緒に待ちましょう!」

「あぁ、ナターリアも分かるだろう。僕やシャイラと共に暮らせる方が幸せだとね」

「うん! そうだよね」

 そう、心配はいらないはずだ。
 ナターリアが愛していた僕と、大切にしていたシャイラ。
 皆で家族になれるなら、それが一番幸せだと彼女も直ぐに気付くだろう。

「ありがとう。ヴィクタ―様、大好き」

 なによりナターリアは間違っている。
 こんなに可愛らしい妹を見捨てるなんて……

「そうだ、ヴィクター様。少し頼み事を聞いてくれませんか?」

「頼み事?」

「ええ、実は……シャイラ。今度の学園祭で着て行く服がないのです」

「制服は?」

 シャイラは僕に抱きつきながら、首を横に振った。

「同級生の公爵家令嬢が着ているドレス。シャイラは……あれが羨ましいの」

「そ……れは……」

「ヴィクタ―様。私は貴方のだから、自慢できる姿でいたいの……駄目ですか?」

 爵位階級が高い公爵令嬢御用達のドレスとなれば、相応の金額だ。
 とはいえ、困っている妻を見捨てる訳にはいかない。

「わかったよ。シャイラ」

「やった! ヴィクター様が愛してくれて……私、本当に嬉しい!」

 これから家族として幸せになるんだ。
 夫になる身として、シャイラが喜ぶ事をしてあげたい。

 なにせ僕はナターリアが羨んで帰ってきたくなるほどの、家庭を築くんだ。
 彼女はきっと、幸せな僕達を見て出て行った事を後悔するだろうね。



 ◇◇◇◇◇

読んで下さってありがとうございます。
本日、夜も投稿予定でしたが仕事が忙しくてストック作れず……この家族sideのみの投稿となってしまいます。
ナターリアをお見せできず、申し訳ないです…

また、本作は主人公をチート的に進める予定です。
(精神以外も強い主人公を描いてみたくて……)
苦手な方は、ご注意くださいm(_ _)m
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