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 いい朝だった、だが私の心はいつにも増して陰鬱であった、寝台から起き上がる事でさえ辛い…これだけ身体が重いのは学園に入学して初めてであった。

 何故か?私は学園に入学して初めて卒業式のこの日に遅刻確定の時間に起きているからだ、早朝に扉を叩いたモネやエリザには先に行っておいてと言ってしまい、珍しく二度寝をしてしまった。
 いつもなら二度寝をしてもスパっと起きれるのに…昨日の出来事のせいか、疲れが溜まっていたためか…いつも以上に寝てしまった。

 起きるのは嫌だがずっと寝ている訳にはいかない、起き上がってすぐさまに準備をする、卒業式だというのに情けない事だ。

 準備を済ませて足早に寮を出ていく、女子寮の玄関の扉を開けて直ぐに私は驚きの声を上げた。

「アイザック!?」

「おはようデイジー、珍しく寝坊だな」

「な、なぜここに?あ、貴方も遅刻してしまいますよ!」

「はははは!!どうせ遅刻するのなら一人よりも二人の方がいいだろう!」

「な、何を言って…ふ、ふふふ」

 アイザックはいつものように笑う、焦っていた私が馬鹿馬鹿しくなるほどに彼の陽気な考えに思わず笑ってしまう。

「行こうか、デイジー」

 伸ばされた手、私はこくりと頷いて自然と彼の手を握った。
 優しくも力強く握られて、私の隣を歩く彼の横顔を見つめる、私にしか見せない顔で私だけが見る事ができる彼の表情、嬉しくて愛おしくて…鼓動は止まらなかった。

「高等部三年生から卒業まであっという間であったが、色々な事があったな」

 私の動悸を気にせずに話す彼、慌てて頷きながら答える。

「本当に色々ありましたね…でも一度も辛いとは思わなかった、私にとって大切な思い出ばかりです」



 

 学園への道を歩く私達は思い出話に花を咲かせた。
 モネとエリザとは良い出会いとは言えなかっただろう、悪口を言われた時は私も言い返してキツイ事も言ったし、言われてわだかまりも多かった、それでもお互いに素直に話し合って分かり合って…無二の親友となった。
 私の大事なかけがえのない友達達だ。


 マキナはきっと最初の出会いこそ仕組まれたものだったのかもしれない、それでも彼自身が私を助けてくれた事は紛れもない事実だ、彼が何か困っていれば必ず手を貸すだろう…私は彼の味方で、友達だ。



 それに、何よりも私にとって信じられない事と言えばだ。
 一回目の人生で捨てられて、憎んでいた相手と今は手を握り合って話し合っているという事だ。

 許せない、怒りの感情で溢れていたはずなのに…。


「貴方との出会いは衝撃的でしたよアイザック、いきなり告白なんてね」

「わ、忘れてくれ…」

 黒歴史になっているのだろう、大きなため息を吐きながら片手で顔を抑えたアイザックに私はニヤニヤとからかうように詰め寄る。

「いえ、忘れてあげませんよ…ずっとからかってあげます」

 彼が抑えていた手を私は無理にはがしていくとアイザックは真っ赤になって照れていた。
 あの自信満々でいつもは強気な彼が乙女のように恥ずかしそうに照れている、私は不思議とそんな彼を愛おしいと思ってしまうのだ。

「君は意地悪だな、デイジー」

「幻滅しましたか?」

「するわけないさ」

 そう答えてくれると思っていた、でも実際に目の前で言われると嬉しくてニヤニヤと柄にもなく微笑んでしまう、どうしてしまったのだろうか…私は。







 これで……いいの?



 っ!?……問いかけられたような言葉、私は微笑んでいた表情を戻して歩いていく




「行きましょうアイザック、遅れてしまいますよ」

「待ってくれデイジー…卒業式に向かう前に君に伝えておかねばならない事がある」


 お願い…止めて、あれだけの事をされたのよ。

 彼が何を言うつもりなのかは理解できた、だが嬉しいと思う感情を抑えるように私の中に渦巻いている別の感情がそれを聞きたがらない、一回目の人生で彼に裏切られて芽生えた怒りは未だに根強く私に残っており、それは私の感情をかき混ぜていく。

「アイザック、行きましょう…卒業式に出れなくなってしまいますよ」

 歩き出した私の手を彼は握って引き留める。

「君が言ったんだ、俺の本心を聞くのを待っていると」



 言ったのは私、なのにいざこうして彼がその言葉を言うとなるとためらってしまうのだ。
 本当に彼を信じていいのか?……また裏切られてしまうのでは…と悩む気持ちが渦巻いて私の脳から離れてくれない。

 今の私は信用できないの、女性を口説くための甘い言葉や吟遊詩人のような愛の囁き、そのどれもが一回目の人生での貴方が連想して…辛くなってしまう。


「俺は…」


 だから、言わないで…お願いだから、言ってしまえば貴方を嫌いになってしまうかもしれない、この素敵な感情が曲がってしまうかもしれないの、お願い………アイザック。





 私に愛しているなんて、言わないで。

















「俺は…君が好きだ!!デイジー!!」

「っ!!」

 アイザックの言葉、私は息が詰まったように胸を締め付けられてこの後に続く言葉を待ったが、彼から送られたのは沈黙のみであった。


「あ、あの……その他には?」

「ない!!」

「へ!?」

 あっけらかんと言い放ったアイザックは豪快に笑う、そして私の目を見ながら言葉を続けた。


「卒業式までの休みは君と会って想いを伝えると決心して色々な言葉を考えた、どう伝えればいいのかとな……でも俺の本心は綺麗に彩って送るようなものではない、これこそが俺の本心で噓偽りのない本当の気持ちだ!俺は…君が好きなんだ!デイジー!」

「アイザック……」

「月並みの言葉でありふれた言葉だ、しかし多くの人々が気持ちを伝えるために紡いできた言葉でもある」

 単純な言葉だ、だけど私には重く響いた…装飾された言葉も美しくて綺麗だと思うが私は苦手だった、そんないくら綺麗な言葉でも人はあっさりと私を捨ててしまう。
 だけど、彼が選んだ言葉はあまりにも単純で……だからこそ私の心と琴線が震えた。

「デイジー、君が答えてくれるまで何度でも言う…俺は君が好きだ!」

 や、止めて……そんな事を言われてしまえば、私の気持ちが…。

「大好きだ!!デイジー!!」

 あぁ…本当は分かっている、今の彼と前世で私を捨てた彼は違う事はとっくに気付いていた、それでも私を戸惑わせたのは一回目の人生で自死を選んだ自分に合わせる顔がないと思ったからだ。
 あれだけ恨んでいたのに、怒っていたのに…私が彼と幸せになってもいいのかと…。

 

 私もローザと同じだった、かつての人生に囚われて抜け出せずに一歩を踏み出せずに自分自身の気持ちに蓋をしていたのだ。
 でも、それは間違っていた…一回目の人生で苦しんだ私の分を幸せに生きるべきだ。
 マキナの言う通りに素直に、この気持ちに正直に生きていこう…それが今の私だ。


「愛している!!」


 彼の叫びと共に、私は彼の頬に手を当てて背伸びする。
 勢いのままに唇を合わせ、私の瞳からは自然と涙が零れ落ちる、それは嬉しさと苦しみから抜け出した事による解放感から来るものか分からないがとても心地の良い涙だった。


「私も、ずっと貴方が好きだった…」

 本当は舞踏会で私の手を引いてくれた時も、騎乗競技会で一緒に馬に乗った時も…病室で私のために儀礼をしてくれた時も…私の中では今にもこぼれそうな程に気持ちが溢れていたのだ。

「好き、好きだよ……大好きだよ!酷い事を言ったのにずっと私の傍にいてくれて、守ってくれて……ありがとう、アイザック」


 素直な気持ちが溢れて止まらない、我慢していた想いを伝えるための言葉がなく子供のように素直な気持ちが溢れ出す、そしてそれが良い。
 何よりも心地良かった。
 
「デイジー…」

「好きだよ、アイザック」

 もう言葉は必要なかった、再び口付けを交わしてお互いの気持ちを伝え合う。
 
 今まで我慢していたお互いの愛を確かめ合うように、長く、長く……。
 私はもう、幸せのために歩き出した…過去に囚われる事を止めて。






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