上 下
59 / 75

53

しおりを挟む
マキナside

「依頼ではありません、バーバリーさん」

 僕の言葉を聞いてバーバリーさんは分かっているといった様子で肩をすくめ、瓶に入った酒を流し込むよう飲みながら再度僕に尋ねた。

「なら、何の用だ?言っとくがお前に仕事のやり方を教えたのは金を積まれたからだ…愛情たっぷりの師弟関係を望んでるのなら期待するなよ」

「分かっています、僕もそれには期待してません…」

「なら、さっさと要件を言え!俺はこれから寝る予定なんだよ」

 再び酒を飲みながら彼はソファに横になってしまう、眠たそうに欠伸をして肩肘をつき、僕に要件の催促をするように酒瓶を向けた。
 元々バーバリーさんは僕が見つけた人物ではない、ローザ様がオルレアン公爵家の力を使って見つけ出した裏稼業の人間だ、その男に大金を抱えた僕が単身で頼み込み、人の殺し方を教えてもらったのだ。

「聞きたかったんです、バーバリーさん」

「あ!?聞きたい?なにがだ?俺はお前に教えるべき事は教えたはずだぞ」

「違います、僕が聞きたかったのは………貴方が人を初めて殺した時の気分です」

「……………」

 僕が聞きたい事が伝わったのだろう、彼は横になっていた身体を起こし、酒瓶を置くと真剣な表情で僕を見つめた。

「相手は?その質問をするって事はお前も初めて人を殺すんだろ」

「女性です、僕と同じ学園の生徒で………友人でもあります」

「そうか…」

 バーバリーさんは少しだけ考え、思い出すようにポツリポツリと呟き出した、忘れていた昔の記憶を思い出すように。

「いいか、俺には初恋の女性がいた……貧しい家庭だがいつも明るくてな、俺みたいな荒くれ者にも優しくて太陽みたいな人だった、会えば元気な声で話しかけてくれて、いつも彼女に会うために帰り道を外れて寄り道して」

「……」

「でも、彼女の親父は借金を作って蒸発、母親も自殺を選んでしまい、残された娘である彼女の身体が借金の肩代わりとして使われる事になった………そ、それで、俺は…」

 バーバリーさんは頬を歪ませ、寒気のしそうな笑みを浮かべながら言葉を続けた。

「だから彼女を殺した、誰かの慰み者にされるぐらいなら俺が彼女を殺して、誰にも奪わせないようにするべきだ……何が言いたいか分かるか?……マキナ、お前が俺から話を聞いたって人生を変えるような言葉なんて出てこないんだよ、人を殺すことに葛藤があったと思ったか?一瞬でも悩んでいたと思ったか?俺とお前は違うんだよ!」

「バーバリーさん……」

「金を積まれれば女も、子供も殺した…泣き叫ぶ子供もだ!俺は正真正銘のクズであって迷える子羊を救う宣教師なんかじゃねぇ!次に意味のない質問をすればてめぇも殺してやるよ」

 彼は不機嫌そうに叫ぶと再び酒瓶を手に取って一気に飲み干してしまう、大きなゲップを吐きながら別の酒瓶を取り出して封を開ける。
 分かっていた答えだ、でも僕はバーバリーさんと話し合う必要があると感じていた。

「……確かに貴方はクズだよ、バーバリーさん」

「あぁ、分かったらさっさと帰りやがれ」

「でも、人間でもある」

「は?」

 聞き返してきたバーバリーさんに物怖じはしない、僕は彼の瞳を見ながら答える。

「少し貴方の事を調べさせてもらいました、殺害した数は分かる範囲でも26人でしたね」

「覚えてねぇな、金さえ積まれればいくらでも仕事をした」

「貴方に親を殺された子供、夫を殺されて未亡人となった者もいましたね」

「覚えてねぇ、何が言いたい?」

「彼らに差出人不明の大金が届いていました、どこの親切な方でしょうか?そんな事をするのは」

「知らねえな、金で殺した人間の代わりが務まると思うのか?きっとそいつは都合のいい罪滅ぼしがしたいだけあさ」

「ええ、だからこそ……人間なんです、まだ貴方には贖罪の意識がある」

 バーバリーさんは何も言わずに再び酒瓶を飲み、ただ黙って僕の言葉を聞いていた。

「僕がここに来た目的を教えましょう、貴方は現王の依頼も受けていた…僕に教えてくれていたある夜に酔って口を滑らせて言っていましたね」

「それがなんだ?現王が依頼した証拠なんてねぇぞ」

「いえ、それは間違いです…でなければ貴方は口封じのために殺されていてもおかしくない、依頼して来た相手に対しても警戒しろと教えてくれたのはバーバリーさんですよ」

「ち……確かに俺は現王に王印を押させた依頼書を作らせた、それを依頼が完了すれば目の前で燃やすという条件で依頼を受けて、燃やしたのはコピー品、本物は隠している、そのおかげで現王には恨まれているが身は守れてるのさ」

「僕は、その依頼書を公表して欲しいとお願いしに来たのです」

 言い終わる瞬間、酒瓶が床に叩き付けられ、音を僕が知覚した瞬間には首元にバーバリーさんのナイフが当てられていた、バーバリーさんが少しでも力を使えば殺されるだろう。

「舐めた事を言うクソガキだな、その片腕も使えない状態で説教をかましにきたのか?いつから宣教師を目指してやがる…俺は今の幸せなこの余生を手放す気はないね」

「バーバリーさん、噓をつかないでください……今の貴方が幸せなはずがありません」

「あぁ!?」

「こんな森の奥深くにわざわざ豪邸を建てて、人を寄せ付けないのは誰かに自分の犯した罪が知られるのが怖いから、酒を飲んで毎日酔ってるのはそうしないと罪の意識で眠れないから」

「知ったような口を利くんじゃねぇ!てめぇに何が分かる!」

「今でも女性を誰一人も抱いていないのは、殺してしまった女性の事を想い続けているから…ずっと、ずっと後悔して生きているんですよね、だから意味がないと知っていても大金を遺族に送って救いを求めていた!」

「………クソガキ、お前はここで殺してやる!!」


 首元のナイフが僕に押し当てられていく力が強くなる、僕は物怖じなんてしない。

「貴方はクズだ、でも…今なら人間として人生を終える事ができる……意味のない贖罪や酒に頼らないと逃げられない後悔を抱えて生きていくより、その罪を人間の手で裁いてもらい、人間として償うしかない!!ここで変わればクズじゃなくなる」

「……」

 僕の首元には薄っすらと切り傷ができていた、しかし致命傷となるような深い傷ではない、バーバリーさんの持っていたナイフは力なく落とされていき床に音を立てて転がった。
 どさりとソファに再び座ったバーバリーさんは頭を抱えて何も言わなかった、そんな彼の前に一枚の紙を置いて僕は立ち上がる。

「もし、貴方が人間として人生を終えたいのなら…この紙に書かれた人物に全てを打ち明けてください……強制はししません……………貴方はそう思ってないかもしれませんが、僕は貴方と過ごした期間をお金だけの関係とは思っていません、厳くてクズでしたが…師匠と慕っていましたよ」

 僕は言葉を続けた。

「だから、貴方には人間として終わってほしい……」



 言い終わり、僕は玄関の扉を開くと後ろからバーバリーさんは俯きつつも声を出した。

「変わったな、お前は…前に会った時は生き方も決められないつまらないクソガキだと思ってたよ」

「変えてくれた人がいましたから…キッカケをくれた女性がいたので」

「……愛してるんだな、その女を」

「はい、叶わない恋ですけど…僕は好きです」

「その女を殺すのか?……正直に言えば俺も、お前に情を感じていた…教えていた期間に過ごした日々は俺が唯一、後悔もせずに過ごせた日々だ、だから言っておいてやる…お前は…俺のようになるな」


 僕は玄関の扉を閉じながら振り返って答える。

「僕は依頼人のために生きるだけです、僕の雇い主を救うために」

「……………そうか」


 閉じた扉、バーバリーさんの選択は分からないが僕に出来る事はこれが限界だ。
 
 僕にはやるべき事が残っている、全てはローザ様のため…彼女を救うために僕は…最後の選択をしなければならない、例えそれが彼女を失う事になろうと…。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

今さら後悔しても知りません 婚約者は浮気相手に夢中なようなので消えてさしあげます

神崎 ルナ
恋愛
旧題:長年の婚約者は政略結婚の私より、恋愛結婚をしたい相手がいるようなので、消えてあげようと思います。 【奨励賞頂きましたっ( ゚Д゚) ありがとうございます(人''▽`)】 コッペリア・マドルーク公爵令嬢は、王太子アレンの婚約者として良好な関係を維持してきたと思っていた。  だが、ある時アレンとマリアの会話を聞いてしまう。 「あんな堅苦しい女性は苦手だ。もし許されるのであれば、君を王太子妃にしたかった」  マリア・ダグラス男爵令嬢は下級貴族であり、王太子と婚約などできるはずもない。 (そう。そんなに彼女が良かったの)  長年に渡る王太子妃教育を耐えてきた彼女がそう決意を固めるのも早かった。  何故なら、彼らは将来自分達の子を王に据え、更にはコッペリアに公務を押し付け、自分達だけ遊び惚けていようとしているようだったから。 (私は都合のいい道具なの?)  絶望したコッペリアは毒薬を入手しようと、お忍びでとある店を探す。  侍女達が話していたのはここだろうか?  店に入ると老婆が迎えてくれ、コッペリアに何が入用か、と尋ねてきた。  コッペリアが正直に全て話すと、 「今のあんたにぴったりの物がある」  渡されたのは、小瓶に入った液状の薬。 「体を休める薬だよ。ん? 毒じゃないのかって? まあ、似たようなものだね。これを飲んだらあんたは眠る。ただし」  そこで老婆は言葉を切った。 「目覚めるには条件がある。それを満たすのは並大抵のことじゃ出来ないよ。下手をすれば永遠に眠ることになる。それでもいいのかい?」  コッペリアは深く頷いた。  薬を飲んだコッペリアは眠りについた。  そして――。  アレン王子と向かい合うコッペリア(?)がいた。 「は? 書類の整理を手伝え? お断り致しますわ」 ※お読み頂きありがとうございます(人''▽`) hotランキング、全ての小説、恋愛小説ランキングにて1位をいただきました( ゚Д゚)  (2023.2.3)  ありがとうございますっm(__)m ジャンピング土下座×1000000 ※お読みくださり有難うございました(人''▽`) 完結しました(^▽^)

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。 王子が主人公のお話です。 番外編『使える主をみつけた男の話』の更新はじめました。 本編を読まなくてもわかるお話です。

愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす

リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」  夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。  後に夫から聞かされた衝撃の事実。  アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。 ※シリアスです。 ※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

処理中です...