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マキナside

 
 ギリギリと、軋む音が鳴りながら…僕は必死に手綱を握って絶対に離さないよう歯を食いしばる。
 握る手綱の先では馬が暴れるように脚を上げており、その目前にデイジー達がいる…この手を離してしまえば彼女達が怪我をしてしまう…絶対に離すわけにはいかない。
 手綱を握る手の爪が食い込み、腕が痛い…馬の力を僕一人で抑えるのには無理があったのかもしれない、でも僕を見つめるデイジーの顔を見て、この手が勝手に動いたのだ。

「絶対に…離さない…」

 呟いた言葉、しかし現実は悲惨である。
 僕はローザ様のために日々を鍛錬で過ごしていた、しかし元が非力な僕には限界がある、軋む腕を痛めつけるように馬が暴れ、僕一人の力では到底抑えられなかった。


 ボキリ…嫌な音が鳴ったと同時に腕の感覚が無くなったのを感じた、痛みも力も全てを感じなくなってしまったのだ、手綱はゆっくりと離されていき暴れ馬が解放されていく。 
 僕はローザ様の計画を無視してデイジーを助けた、でもそれすらも果たせない…僕の人生は結局、そんなものだ。
 やっと別の道を歩み始めたと思った、でも僕はデイジーのように強くない、アイザックさんのように力があるわけではない……僕は結局なにもできない、なんの意味もない人生なんだ。






 そんなの……いやだ。

 咄嗟に僕は手から滑り落ちていく手綱に嚙みついていた、みっともなくてもいい、僕の人生が意味あるものにするためにどんな結果であろうと決めた事をやり遂げてみせる。
 必ず、デイジーを救ってみせる。


「ふ…ぐっ!」

 みっともなくても、情けない姿でも…どんな結果であろうと君が味方をしてくれると言ってくれた、それだけが僕の支えだ、例え1人でも…。

 そう思っていた刹那、僕の背後から何本もの手が伸びてきて嚙みしめていた手綱を握っていく。


「よくやった!」
「後は任せてくれ!皆、引くぞ!!この男の勇気を無駄にするな!!」


 僕は噛んでいた手綱を離し、後ろを振り返る。
 そこには先程の競技で共に走っていた貴族の方々がいた、皆が競技を放棄してこの場にやってきていたのだ。

「平民だと笑ってすまなかったな!」
「貴殿を笑う者はもういない…この場の者全てがその雄姿に感銘を受けたのだからな!」

 貴族の方々が手綱を引いていく、暴れ馬であろうと騎士科の教育を受けて身体の鍛錬を行っていた男性が束になれば身動きができずに引かれていくしかできなかった。
 
「マキナ!大丈夫ですか!!」
「だ、大丈夫!?」

 デイジーやモネさんとエリザさんが慌てて僕の元へと駆けつけるが心配させてはいけないと無理に笑顔を作って答える。

「はい、大丈夫です…心配いりませんよ」

 笑いながら答えた僕だったが、デイジー表情を動かす事なく僕の馬の元へとやって来る。

「無理しない、頼りなさい…マキナ」

「デイジー……なら、手を貸してくれますか?」

 僕が伸ばした手、答えるようにデイジーは手を伸ばしてくれる、触れた手は暖かくて…優しさを感じた。
 片腕はもう痛みも感じないし、動かす事も難しい…手を借りながらゆっくりと馬から下りていくとデイジーは頭を下げた。
 
「私や、モネとエリザを救ってくれたのはまさしく貴方です…マキナ、ありがとう」

「そ、そんな…僕はただ…」

 思わず頭を上げてくださいと言おうとした僕だったが、周囲から拍手が鳴り始め、やがてその波は大きく広がっていく、誰に対しての拍手だろうかと…思わず頭をかしげてしまう。
 見ればランドルフ王子がただ一人、この騒ぎを気にせずにゴールを駆け抜けていた、彼に送っている拍手なのだろうと思ったが、デイジーは僕の背中を叩いて微笑んだ。

「貴方に、ですよ?」

「僕に?」

 見渡せば、周囲の人々は拍手を送りながら僕に向かって称賛の言葉を送ってくれている、会場に入って来た時は違う好意的な言葉の数々や視線に僕は考えを改めた。

 僕はローザ様のために生きてきた、彼女の望みを叶える事が出来なければ人生に意味なんてないと思い、僕自身の人生が無価値になってしまう事が怖かった。
 でも、勇気を出して素直に生きると決めた結果はとても心地よくて…嬉しいと思えた。

 僕の行動に感銘を受けて助けに来てくれた貴族の方々、勇気を出した結果は沢山の称賛の言葉と割れんばかりの拍手の波……これが僕には無価値には思えなかった。


「デイジーさん、今なら…貴方の気持ちが分かった気がします」

「どうですか?今の気持ちは…」

「悪くないです…いや、生きていて良かったと、勇気を出して良かったと思えます」

「………私も同じです」


 拍手の渦の中で僕は自身の気持ちを改め直した。

 僕はデイジーを愛している……彼女を守るためにローザ様の計画を無視して怪我もいとわずに助けるために身体は動いていたからだ。

 でも、ローザ様に敬愛を抱いているのも事実だ…命を救って頂いた、この称賛の言葉を受けられているのは紛れも無くローザ様のお陰であり、その恩を必ず返さないといけない…だからこそ、これからの僕の選択は決まっている。






 デイジー………僕は、君を…。
























   ◇◇◇

デイジーside

 称賛されているマキナは憑き物が落ちたように晴れやかな笑顔だ、周囲から寄せられる称賛の言葉に頭を下げながら救護のために来てくれた講師の方々に連れられていく。

「デイジー!!無事であったか!!」

 慌てた声、私は声のした方向に向き直るとアイザックが心配そうに走ってきていた。

「私は無事ですよ」

 答えながら、自然と歩き出してしまう…彼は咄嗟にレースを捨てて救護のために騎手を助け、マキナに声を出して奮い立たせたのだ…その判断に尊敬すら感じた。

「ありがとうアイザック、貴方も私達を助けてくれたのね」

「…デイジー、俺は別になにも……凄いのはマキナさ」

「ほら、嫉妬してないで頭を下げて」

「?」


 言われた通りに頭を傾けて下げた彼に、背伸びしながら手を伸ばして髪を優しく撫でる。
 
「助かったよ、アイザック…よくできました」

「………俺はその言葉で充分だ」

 彼が呟いた言葉、彼の頭を撫でていると愛しい心が溢れてきて、喜んでくれるならずっとこうしてあげたい…彼の近くにいると鼓動が早く動いてしまう。
 ドクドクと鳴っている音は私の身体の中の音なのに大きくて、アイザックに聞こえてしまうのではないかと思った瞬間に違和感に気づいた。

 この大きな鼓動の音、異常な程に大きな音は私からではなく…目の前のアイザックから鳴っていたのだ。


「ア、アイザック…?」


 私が見つめた彼の瞳孔は開き、両頬は赤く染まっておりとても苦しそうに息遣いを荒くしている、明らかに尋常ではない様子に私は慌てて彼の頬に手を当てる。

「大丈夫!?アイザック!!」

「デイジー……お、俺は……」




 突然、アイザックが私の肩を掴む……その力は強く、私では振り解く事が出来ない事を悟る、それに彼が私に対して優しさを欠いたこのような行動をとることに驚き、身体が固まってしまう。




「デイジー…………デイジー……このままでは俺は………君を」


 苦しそうな彼は荒い息遣いのまま、私の肩を強く強く掴んで離す事はなかった。


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