【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか

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「お待たせしました、2人とも」

 アイザックと共に会場にやって来た私とアイザックであったが、アイザックは競技に出場するために離れ、モネやエリザに直ぐに合流しようと思っていたのだけど、熱く赤面した表情を冷ますのに時間がかかってしまった。
 今でも思い出すと沸騰しそうな程だ、でも悪い思い出というわけではない…確かに心地よかったのだから。

 そんな訳で、遅れて会場で合流した私を見てすぐさまエリザがニヤニヤと笑いながら肘で小突いてきた。

「あらあら、2人で何を話していたのか聞かせてもらおうじゃない」

「な、何も話していませんよ」

「あらあら…そんな事言って~まだ耳元が赤いわよ」

「っ!?」

 思わず耳元を抑えた私に向かってエリザは面白そうに笑っている………やられた。

「噓よ、デイジー」

「もう、エリザ…からかい過ぎだよ」

「あはは、ごめんね…いつもと違って新鮮なのよ」

「……まぁ、少しだけ冷静でいられない事は事実です」

 私はからかってくるエリザを小突きながら会場の客席へと進んでいく、といっても芝生に椅子が置かれただけのものだけど、最前列に運よく座れた……しかもレースのゴール付近の見晴らしも良い所でもあった。
 モネやエリザと談笑をして時間を過ごしていると大きな鐘の音が鳴り響き、競技場へ参加者が馬に乗って入ってきた。

 見れば、ほとんどは貴族の令息であり自前の血統馬にまたがって進んでいく…だが血統馬を家から連れてくる事は悪いことではない、ルールで許可されている事であり、子を想う貴族の親が子供には信頼できる調教された馬に乗せたいのは当たり前だろう。
 しかし、そんな中で現れたアイザックに観客の生徒達は大きくざわついた、貴族達は見栄えの良さも加味して毛並みの良い白馬や黒馬に乗っているのが普通である、それに比べてアイザックの乗っている馬はくすんだ灰色の馬であり周りに比べて何処か見劣りしてしまう。
 
 マキナの育てていた馬に乗って参加すると言ったのは本人である、乗馬を学んでいる期間で最も心が通じ合ったと嬉しそうに言っていたのを覚えている、だからこそ周囲の視線など気にせずにアイザックは自信満々の笑みで馬を歩かせている。
 
 周囲の生徒達はアイザックの自信満々の笑みと愛嬌のある笑顔に声色を変えて声援を送る中でアイザックはキョロキョロと辺りを見渡し、私と目が合うと満面の笑みで手を振った。

「愛されてるわね」
「デイジーを見つける速さ………すごいね」

「………ぐ、偶然ですよ」

 エリザとモネの言葉を否定しながらも、こんな大勢の人々の中で見つけてくれた事に嬉しいと思ってしまう、この激しい感情を今だに操れない、顔が熱い。

「貴方って器用に見えて不器用よねデイジー」

「エリザ……私がこういった事に不慣れなだけです」

「何が不慣れなの?デイジー」

「モ、モネ…!」

 モネまでからかう事に参加してしまった、あわあわと赤面して動揺している中で一際異質な声援が上がり出す。
 
 ランドルフが颯爽と白馬に乗って参加者の列から飛び出してアピールするように手を振っていたのだ、目立つためのパフォーマンスなのだろう、ローザと正式に婚約を発表した事をモネやエリザから聞いていたがすっかり調子を取り戻したようだ。



 黄色い声援の続く中で、ピタリと止まった声援…異質な雰囲気に私は参加者の列の最後に並んでいた参加者を見る。

「マキナ……」

 下した髪で顔が隠れており、暗い印象を受けるマキナは同じく見栄えは良くない薄茶色の馬に乗っており周囲からの反応は冷たい、アイザックと違ってオドオドとした姿に声援を送る者がいない。

「なんだ、あの貧馬と乗っている男性は」
「アイザック様はマグノリア公爵家としての威厳を感じられましたが…あの人は平民でしょう?」
「いやですね、貴族の方々を見に来ましたのにでしゃばって平民が参加するなんて身の程知らずですわ」
「ええ、情けない馬と身の程知らずの平民………恥知らずもいい所ね」

 好き勝手に言ってマキナを蔑む声が広がっていき、周囲の反応を感じ取ったマキナは自信を無くして俯いてしまう、エリザが怒りのあまりに叫び出しそうな勢いで立ち上がりそうであったために制止をし、私は周囲の反応に言葉を返した。
 皆に聞こえるように大声で。

「本当に情けないですね」

 周囲の視線が私に向き、声が聞こえたのかマキナも視線を向ける、それと同時にさらに声を大きくして座りながら私は言葉を続ける。

「情けなくて反吐が出そうです、自身の立場にあぐらをかいて審美眼すら無くなってしまった者達ばかりでね」

「な、何言ってるのよ貴方!」

 一際マキナを笑っていた令嬢のグループのリーダーらしき人物が私の言葉が癪に障ったのか立ち上がって叫ぶ。

「平民が貴族の方々ばかりの舞台に分をわきまえずに来るなんて普通なら考えられませんわ!」

「その普通は誰が決めたのですか?貴方の言葉は貴族として器の小さな事を証明する情けない言葉ですよ?」

「いい!?あんな馬で参加なんて恥なのよ!」

「だから見る目がないのですよ、毛並みを見れば良く世話をされているのが分かります、これだけ大勢の人々に視線を向けられていても馬は落ち着いており、騎手との信頼関係も高いのでしょう………私には彼ほどこの大会に参加する資格がある人物はいないと思いますが?」

「………な、なによ…」

「自分達の見る目がない事を自覚なさい、表面的な事で物事を判断なさらないでください……わかりましたね?」

 全ての観客の生徒達に聞こえた訳ではない、しかし聞こえた生徒達は沈黙して過ちに気づいたように視線を逸らしていく、そんな中で私とモネやエリザはこちらに視線を向けていたマキナに対して声援を上げる。

「頑張ってマキナ!」
「周りなんて気にする必要ないわ!」
「頑張ってください!」


 彼に声援を送るのは私達のみだ、でもそれで良かったのかもしれない。
 聞こえた彼の口元は少しだけ微笑むと、馬を走らせ参加者の列から外れ、私達の元へとやって来た、周囲の視線なんて気にせずに。

「皆さん、僕の応援をしてくれますか?」

 彼が呟いた言葉に私達は頷くと、彼は嬉しそうな口調で覚悟を決めたように手を伸ばした。

「すみません、髪を留める物をお借りしていいですか?」

 私は持っていた茶色のピンを手渡すと、彼は髪をかきあげて周囲に自身の素顔を見せた、自信に溢れた笑みで深紅の瞳が周囲の視線を釘付けにする、舞踏会で見た以来だ。
 彼は舞踏会で他の生徒達の質問をかわしていたために、髪を下したマキナがこの深紅の瞳の男性と同一人物と知っている者は少なかったのだろう。

 現に、先程あれだけ文句を言っていた令嬢もマキナの素顔を見て惚けて顔を真っ赤にしており、それはモネやエリザも同様であり初見の彼の魔性の魅力に逆らえる人間はいない。

「応援をして頂けるのなら、僕は勝たないといけませんね」

「ええ、マキナ……私達は貴方の味方ですから遠慮せずに行ってきなさい」

「…ありがとう…デイジーさん」

 彼はそう言って再び参加者達の元へと馬を走らせて行った、その表情は先程までのように暗い感情はなく…自信に溢れた表情になっており、口元を緩め深紅の瞳を見せた彼に周囲はあっという間に虜になっていく。
 


 覚悟を決めたマキナはまるで、別の生き方を見つけたかのように、憑き物が落ちたかのように清々しい笑顔を見せた。

 

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