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23話

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「あ……れ……」

 戻っていく意識と共に、リアは戸惑いの声を漏らす。
 確かに死のうとかんざしを突き刺したはず。
 なのに身を起こせば……傷はどこにもない。

「なん……で?」

「リア……良かった。生きて……戻って……」

「え……なんで、ルーク」

 ルークが泣きながら呟いていて、リアはまだ混乱の中で周囲を見渡す。
 どうしてと答えが見つからない中。
 ルークが彼女とは別の場所へと視線を向け、頭を下げた。

「ヴィオラ……すまない。本当に、感謝している」

 ルークの視線の先には、ヴィオラが無表情で立つ。
 リアは混乱していた思考がようやく収まり、自らが生き返らされたのだと分かった。

「……どうして、私を生き返らせたの? あのまま……殺してくれたって––––」

「っさい!」

「あぐっ!!」

 頭に振り下ろされた拳骨、痛みで呻くリア。
 加えて感謝して頭を下げていたルークにも、同じ拳が落とされていた。
 痛みで呻く二人を置いて、ヴィオラは淡々と呟いた。

「感謝なんていらないし、貴方達を助けた訳ではない……勘違いしないで」

「は……? なら……どうして」

「気に入らないのよ、不幸だと嘆いて……自らの罪が許されたかのように諦めて、なにもせずに終わろうという意志がね」

「ヴィオラ……さん?」

 戸惑い、怒られた子供のように痛みの箇所を押える二人。
 そんな二人にヴィオラは、やはり怒りを交えて言葉を続けた。

「だから、救われたなんて思わないで……これから貴方達に待つのは、きっと苦しい人生よ」

「っ……なんで死んで許してくれないの? そんな所で生きていけというの? 私、私は……」

「これから先、罪を負って生きていきなさい。それが貴方達に出来る贖罪であり、それ以外の嘆きなんて……被害者である私には関係ない」

「でも、私……私……どうすればいいの。こんな惨めな人生で、なにをしろっていうの」

 嘆くリアに、ヴィオラは冷たい瞳を向ける。
 そして、きっぱりと告げた。

「苦しみなさい」

「っ!!」

「苦しんで、苦しんで……それでも諦めずに生きて。自らが犯した罪を悔いて、悔いて。生きていくの」

「……」

 涙を浮かべ、絶望した表情を浮かべるリア。
 だがそんな彼女に、ヴィオラは「それでも……」と言葉を告げた。

「贖罪を果たした先には……貴方が惨めだと嘆く人生に意味が生まれるはずよ」

「っ!!」

「ルーク、貴方も同じよ。後悔して諦めるのはただの無責任なだけ。為政者である矜持を持ち……然るべき償いを果たしなさい」

「分かってる、すまなかった。もう僕には……君への贖罪だけの人生を歩んでいくだけで、いいんだ」

 二人へ言葉を告げた後、ヴィオラは踵を返す。
 そんな彼女に、リア達は思わず声をかける。

「ヴィオラ……さん。私……本当に、ごめんなさ」
「僕からも謝罪をさせてくれ、そして……感謝など要らないだろうが。それでも……感謝を」

「……そう思うなら、私が幸せに生きていくために、力の限りの贖罪を果たしなさい」

 言葉を残して、ヴィオラは去っていく。
 そうして後にやって来た騎士団がリアの罪を確定して連行し、ルークも偽証に騙された責が問われた。
 二人については直ぐに、その罪を問う査問会が開かれた。
 
 彼らが受けるべき判決は、死罪相当なもの。
 だが、今回の事例の特殊性ゆえに……判決はまだ少し先に出る事となった。


   ◇◇◇



 判決までの間、ヴィオラはカトレア公爵邸に戻ってハースへと全ての真相を伝える。 
 ルークから聞いた時間逆行にまつわる全てを。

「すごい……何年も研究しても辿り着けるかどうかの……未だ未開拓の魔法学の神髄ですよ、これを将来の僕が?」

 全てを知ったハースは興味津々な様子で語る。
 紙に難しい文字や式を書いて……思いついたように顔を上げた。

「そうか……ヴィオラ様が記憶を継いでいた理由が、話を聞いた今なら分かります」

「え?」

「魂に記憶と魔力が宿り、時間逆行から逃れると説明されたんですよね」

「ええ、ルークからは一度目のハースに……そう聞いたらしいわ」

 ハースは紙に文字を書きながら、嬉々として語った。

「どうしてヴィオラ様が記憶を継いでいたのか、これなら説明がつく。貴方だけの特異性が原因ですよ」

「聞かせてもらえる?」

「貴方は、前世の記憶があると言っていたはずです」

「っ!!」

「それはいわば別の世界の魂であり、時間逆行による干渉を受けないのではないでしょうか?」

 難しい話だが、ヴィオラが今もっている記憶は……
 彼女の中に含まれる、前世の魂が受け継いでいたという仮説をハースは立てた。

「この魔法の原理を知れば……いろんな魔法への転用が……」

 魔法に熱心なハースを見ながら、ヴィオラは微笑む。
 そして、そっと彼の手を握った。

「えっ……ヴィオラ様?」

「一度目、貴方はルークと協力して時間逆行を編み出した。私の幸せのために。そして今も……私の幸せを願ってくれていた」

「……」

「その真意を聞いてもいい?」

 ヴィオラからの問いかけに、ハースは求められている答えが分かって赤面していく。
 真相の中で明かされた自らの恋情。
 それを知られていると気付き、先程の熱心な知識欲はおぼろげになってアタフタと目を回す。

「……あ、あのですね。それは……」

 饒舌はどこへいったのか。
 しどろもどろになったハースへと、ヴィオラはそっと彼の頭を撫でた。

「貴方が……私の人生を変えてくれたの。悲劇を変える機会をくれた」

「っ……」

「そんな貴方が幸せを願ってくれるなら。私もこの国を背負うのではなく、平穏を手に入れる道を選んでみようと思うの」

 その言葉に、ハースは思わず顔を上げる。
 かつて自分が言った、『ヴィオラの幸せを優先して欲しい』
 その言葉通りの決断を下した彼女を見つめる。

「……ヴィオラ様。僕が……僕がそうなれるよう、協力します」

 恋情を寄せる彼女が、なんの心配も重みもなく生きていける道があるならば……
 それに協力するのが彼の決断だった。

「ハース、これからは王家の再編や……王国の立て直しなどの多くがあります」

「……ええ、そうですね」

「それが終わって一息ついたら、貴方の恋情に応えさせてくれますか?」

 問われた言葉に目を見開いて、ハースはヴィオラへとコクコクと頷きで返す。

「絶対です、約束ですよ!」

「……ふふ、もちろん約束は守るわ」

「例えまたやり直して記憶を失っていても……今度こそ、僕は貴方に好きっていいたいですから」

「っ……!」

「だから、もう今の内に言っておきます。好きです……ヴィオラ様。早く幸せになれるよう、僕が最後まで協力します!」

 ハースの言葉を聞いて、ヴィオラの胸が弾む。
 彼の感情の吐露に……拒否感などあるはずもなく。
 千回もの繰り返しの中で向けられる好意は、心地よいものでもあった。


   ◇◇◇


 数日後、まだルーク達の判決は出ない。
 だからヴィオラは屋敷の中にて過ごし、ルカと並び歩く。
 ふと、ルカは彼女を見て呟いた。

「るかね、きめたんだ」

「どうしたの、ルカ」

「あのね、おねさまがね……いっぱいがんばってくれたの。るかね、しってるの」

「ルカ……」

「まだね、あんまりわかってないんだけど。おとさまが……おしえてくれたよ」

 そう呟いて、ルカは屈託のない笑みでヴィオラに抱きつく。
 小さな手を伸ばして、しゃがむ彼女の頭を撫でた。

「だからね、ルカもおっきくなったら。おねさまのためにがんばるの」

「っ!!」

「だってね、ルカはおねさまがすきだったけど。いまはもっと……もっと、だいすきだから」

「ルカ……」

「おててつないで、おねさま」

 ハースと同じく、自分のために頑張る。
 そう言って頬笑んでくれるルカに、目頭を熱くしながらヴィオラは彼の手を握る。
「ありがとう」と呟いて。

「やた……えへへ。おねさまのおてて、あったかくてだいすき」

 ルカの頬笑みを見ながら、ハースとの会話を思い出し。
 ヴィオラは改めて……幸せに生きていくための決意を固めた。


    ◇◇◇


 さらに三日後。
 カトレア公爵邸の執務室にて、当主のゼインは幾つかの書類を机の上に置いた。

「ルーク陛下と、リア嬢の処罰の議論は難航している」

「……やはり、直ぐに決まりませんね」

「かつてない事例で……どの罪状に当てはめるべきか議論は尽きぬ」

「現在、もっとも有力な処罰は分かりますか?」

 ヴィオラの問いかけに、ゼインは書類を見せて答えた。

「リア嬢は、処刑……または無期の服役が妥当だと判断されている」

「……」

「そして当の王家であるルーク陛下も、此度の不祥事で信頼を失って相応の処罰が必要だろう」

 ゼインは言葉を続ける。
 
「今は王権剝奪と国外追放が妥当とされている。後継には遠縁だが王家の血筋の者がつく予定だ」

 妥当な判断ではあるが、ヴィオラはその決断へと異を唱える。
 彼女は自らの幸せのために……リアと、ルークについての処遇を決めていた。

「お父様、私から提案をよろしいでしょうか」

「どうした」

「彼らの処罰について、最善の案があります。死罪……追放で終わらせてはなりません。それでは何一つ贖罪になりませんから」

「……興味深いな、聞かせてくれるか。ヴィオラ」

 ヴィオラが告げた、二人への処罰。
 それは二人にとって長く、終わりなき苦しみとも思える罰。
 しかしながら……この王国にとっては、もっとも有益ともなる案であった。
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