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3話

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「はぁ~~」

 私室に戻ったヴィオラは、達成感に満たされながら銀糸の髪を撫で、紫色の瞳に喜色を浮かべる。
 出だしは全て順調どころか、完璧だ。

「時間も戻ってない。やっぱり、物語通りの展開が起きたなら結果はどうあれ時間は進行するのね」

 僥倖だ。
 これならさっきのように、自らを嵌めようとする彼らを逆に落としていける。
 ヴィオラは狙い通りの展開に笑みを浮かべた。

「とりあえず、今日は寝ますか」
 
 寝る前に、妃室の扉へと防護魔法をかけておく。
 これで朝までは誰であろうと扉を開けない。

 これらの魔法も、ヴィオラが千回にも及ぶやり直しで会得したものだ。
 理由は不明だが、なぜか魔力だけは時間が戻っても引き継がれる。

 時間逆行の謎の一つだが、ひとまずヴィオラはそれを利用して魔力を高めていた。
 効率のよい修練方法も見つけ、微塵も魔力の無かったはずの彼女も、多彩な魔法を扱えるまでに成長している。

「ひとまずは……明日は廃妃されて出ていくだけね」

 寝台に身を預けながら、ヴィオラは呟く。
 廃妃されるというのに悲壮感はない。
 なぜならもう、その運命を凌駕する経験は重ねているから。


   ◇◇◇

 
 翌朝。
 気持ちのいい目覚めと共に、ヴィオラは妃室を出て王宮の食卓へ向かう。
 当然ながら、冷遇されている彼女への給仕などない。

「まぁ……これで最後だからいいけど」

 厨房へと向かって朝食を作っていると、匂いに釣られたように使用人達が目線を向けてきた。
 そして……

「みっともない……廃妃前というのに、まだ浅ましくも王宮の食卓に座る気よ」
「いやね。あれが王妃だなんて」

 聞こえる嫌味。
 使用人達は冷遇を受けている王妃のヴィオラへと、構いもなく陰口を吐く。
 これもひとえに、大臣達が諌めぬために増長された結果……王妃としての半生を蔑まれて生きてきた。

 加えて彼らは、当てつけのようにヴィオラの朝食へと掃除していたゴミを落とす。

「愛されず、子も孕めなかった妃に生きる意味なんてないわよ」
「私なら自殺してしまうわね。同じ女として情けない」

 ヴィオラは使用人達を責めるつもりはない。
 というより、ぶっちゃけどうでもいい。
 なにせ使用人達の処遇など、指先一つで終わるのだから。

(だから……さっさと居なくなってもらおうかしら。邪魔だから)

 考えた後、ヴィオラは用意していた書類を手に持ち、ニコリと微笑んだ。

「クラウス、ミオリア、マイ、コレット。来なさい」

 使用人達の名を呼び、ヴィオラは用意していた書類を渡した。
 受け取った彼女達は書面を見て目を見開く。

「え……」
「うそ……」

「書面通り、本日付けで貴方達は解雇とします。今までお疲れ様」

「待って、どういうつもりよ!」

 いきなりの解雇通知書。
 動揺と共にいきり立つ使用人だが、ヴィオラはゴミを落とされた朝食にフォークを落とす。

「この失礼な態度が理由よ、分からない?」

「こんな権限、貴方には……」

「あるのよ。私はまだ正式に廃妃されていない。今まではお目こぼしで見逃していたけど、最後だから貴方達にも報いを受けてもらう事にしました」

 うっと顔を歪ませた使用人達。 
 その中の一人には、あろうことか使用人を束ねる使用人長までいる。
 だが、その使用人長は思い出したように笑みに戻る。

「こんな事をしていいの? 私が大臣様にかけあえば、こんな書状は却下してもらえますわ」

 そう、使用人達がここまで増長したのは大臣という後ろ盾あったこそ。
 むしろ、彼の指示もあってヴィオラに嫌がらせを繰り返していた。
 しかしその盾は、昨日に潰れている。

「その大臣だけど、昨夜に重要な契約書の焼失の失態を起こしたのよ。もう貴方達へのその書状を却下する余裕もない」

「え……うそよ」
「でも、確かに……昨夜、大臣は乱心して文官達に止められていたと……」

 困惑し始める使用人達を無視して、ヴィオラは新しく調理した朝食を持って立ち上がる。
 状況を察して、彼らは一転して彼女へとすがった。

「あ、あの……謝罪の機会をください。私達は指示に従っていて」

「書類は昨日、文官達に受理させました。黙ってさっさと王宮を出て行きなさい」

「ま、まって!」

「じゃ、私は部屋で朝食を食べるので」

 慌てる使用人達になど、やはりヴィオラは興味も示さず。
 欠伸と共に、その場を後にした。


   ◇◇◇


 部屋に戻り、のんびり出て行く準備をしながら時間を過ごしていると。
 ヴィオラはようやく、待望の足音が近づくのを感じた。
 荒い足音と、もう一つは高いヒールが床を叩く音。

「やっと来てくれたわね」

 呟きと同時に、ヴィオラは部屋の扉前に立つ。
 すると、怒声が響いた。

「ヴィオラ! 開けるんだ!」

 怒声と同時に扉を開けば、予想通りに国王であるルークが来ていた。
 彼はいきなり開いた扉に驚き、その金色の髪が揺れる。
 だがいまだにその紅の瞳には怒りが孕まれる。
  
 彼の傍らには、茶色の髪から覗く碧色の潤んだ瞳で怯えるリアもいた。

「はい、開けましたよ」

「っ! お、お前には王妃の名を汚した罪にて然るべき処遇を下す。罪状はリアを害したことによ––」

「あぁ、そういうのはいいのでさっさと昨日渡した書類を見せて」

 用件など聞かずに、あくまで廃妃を決定する書類だけを望むヴィオラ。
 そのあまりに飄々とした様子に、ルークは目を瞬く。

「お前……気でも触れたのか」

「いえ、気分は凄くいいわ」

 前置きなどいいから、さっさと廃妃しなさい。
 それで物語通りに事は進むのだから。
 と、望んだヴィオラだったが……突然、リアが泣き出す。

「ルーク様。あまりヴィオラさんを責めないでください」

「リア?」

「同じ女性として分かるのです。愛した人を自らの魅力不足で奪われる気持ち、その嫉妬心は……心痛いものです」

「本当に、優しいな。君は」

「ヴィオラさんには確かに醜い事をしました。しかし私はやり直しの機会があってもいいと思うのです。彼女からの謝罪があれば、私の使用人に––」

 長い口上に、ヴィオラは耐える気などなかった。
 リアの言葉を遮り、言葉を告げる。

「あぁ、そういうのはいいから書類を渡して」

「お、お前……リアの厚意を無下にする気か?」

「早く」
 
「っ……こんな態度では、きっと後悔するぞ。必ず」

 ルークは怒りの表情で、懐から書類を取り出す。
 ヴィオラにとっては待望のそれを受け取り、一瞬でサインがされているのを確認する。
 その日、初めて彼女は目を輝かせた。

「お前は妃という地位に守られていたが、廃妃となった今。待っているのは悲惨な末路だけだ、今からでも謝罪すれば……」

「よし! サインは確認できました。廃妃は決定したので今日には出て行きまーす! それでは!」

「な……は!?」

 ルークは驚愕する。
 理解不能であったからだ。
 廃妃が決定した今、謝罪を乞うて泣き出し……謝罪の一つでも絞り出すかと思っていた。

 なのに現実は、ヴィオラはさして彼らに興味も無さそうに扉を閉めて終わったのだから。
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