陰の行者が参る!

書仙凡人

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壱の章・陰の行者、離島へ参る!

二の巻 疫病神

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    [二]


 会社をクビになった幸太郎は、とぼとぼと賃貸アパートの自宅に帰ってきた。
 それから普段着に着替え、不貞腐れたように床に腰を下ろすと、大の字になって寝転がったのである。
 幸太郎の表情は面白くなさそうな顰め面であった。
 口元がピクピクと動いておるわ。イライラしてるのじゃろう。
 クビになる時は、いつも決まってこの表情じゃ。
 恐らく、己の昔の過ちをまた悔いておるのに違いない。
 幸太郎は程なくして口を開いた。

「おい、疫病神……ちょっと出てこい!」

 お呼びがかかったので、姿を現すとしよう。

「なんじゃ、幸太郎……何か用かの? それはそうと、お主……またクビになったようじゃな。ほほほ」

 幸太郎は凄い剣幕で怒声を上げた。

「うるせぇ! 一体いつまでこんな事が続くんだよ! 俺がアンタの供養塔とやらを壊したのは、10年も前の話だぞ! 俺が中学生の頃だ。もう本当に悪かったよ……いい加減に解放してくれよ……俺の人生、滅茶苦茶だよ。本物の疫病神に憑りつかれたなんて、もう最悪だよ……とほほほ。最初は成仏できない女の幽霊に憑りつかれたのかと思ったが……本物の疫病神って……どう言う事や! 俺の方がお祓いして欲しいっちゅうねん!」

 幸太郎は泣きそうな表情で、我に懇願してきた。
 ちなみに我の姿は、幸太郎曰く、『卑弥呼のような若い女の祈祷師』だそうじゃ。
 卑弥呼というのがよくわからんが、以前、スマホという物で、例えの絵を見せてもろうたので大体はわかったつもりである。
 我は自分の姿というモノを意識した事はないので、意外な容姿であった。
 じゃが、不思議と懐かしく感じる姿でもあった。
 嘗ては、我と関係があるモノだったのかもしれぬ。

「またその話か。前も言ったが、我も知らぬのじゃよ。我はお主に吸い寄せられただけじゃからな。お主があの供養塔を壊さねば良かったのじゃよ。大体、我もお主から離れたいのじゃが、離れられんのじゃ。諦めよ」

 そもそも我はどういう存在なのかすらわからぬので、こう答える以外にない。
 大体、名前すらもわからぬのじゃからのう。
 こ奴は我の事を疫病神と言っておるが、それは事実じゃから否定はせぬ。
 我が幸太郎に憑りついてからというもの、こ奴の周囲では様々な不幸が起きておるからじゃ。
 それは我も重々承知しておるのだが、如何せん、どうにもならぬのだ。
 我がそういう気を集めてしまうからである。

「あぁ……なんでこんな事になったんだろう。まぁそれはともかくだ。ここ最近、不幸が続いてんだけど、また厄落とししないと不味いのか?」

「そうじゃな。そろそろ、誰かにおすそ分けしたほうが良いかもしれぬの」

 幸太郎は我の所為で、不幸の元であるおぬの気を溜め込みやすくなっているので、定期的な放出が必要なのじゃった。
 難儀な話じゃて。

「またかよ……この間、大きな厄落としをしたばかりなのに……」

「仕方あるまい。溜まるんじゃからのう。またそのスマホとやらで、不幸そうな者共の集まりでも探したらどうじゃ? 不幸の元である陰の気は、そういう場に行かねば、恐らく放出できぬぞ。業深き者じゃないと受け取らんからの」

「えぇ……またアレしなきゃいけないレベルなのかよ……ったく、嫌なんだよな。クズみたいな人間や悪者に遭う確率高いし……」

 あまり気が進まぬのか、幸太郎はゲンナリとした様子であった。

「ほほほ、すればよいではないか。何を迷うておる。お主には、我が幾つかのおぬの呪術を授けたじゃろう。所詮、人じゃ。悪人程度に遅れをとる其方じゃないと思うがのう」

「そういう問題じゃないんだよな……社会の闇を見るのが嫌なんだよ」

 我は幸太郎に幾つかの陰の呪術を授けたのじゃが、これには理由がある。
 陰の気を呪術で使わねば、溜め込む一方になるからじゃ。
 しかし、時にはそれで追いつかぬほどの陰の気を集めるので、こういった事が起こるのである。
 まぁなかなかに物覚えは良いので、我も出来の良い弟子を手に入れたと思うておるところじゃ。
 いや……かなりの手練れであろう。我はそう思うておる。
 その昔、我には弟子がいたような気がするが、幸太郎ほどの者は居らなんだ気がする。
 まぁそういうわけで、自慢の弟子といったところじゃ。
 しかし……それはそうと、我は一体何者なのじゃろうのう。
 全く思い出せぬ。その昔……何か大事な事をしていたような……。
 まぁよいわ。今は、我の事は置いておこう。
 さて、幸太郎がスマホを手に取り、何かを調べ始めたようじゃ。
 暫くすると、幸太郎の勘に引っ掛かる案件が見つかったのか、唸り声が聞こえてきた。

「むぅ……俺の不幸アンテナがビンビン来てるのあるわぁ。これ絶対不幸なやつぅ~! っていうの出てきたよ」

「ほう……で、どんなのじゃ?」

「これは求人情報なんだが……今月末、とある離島施設で、20名くらいが集まって1か月間生活するサバイバルイべントがあるんだってよ。で、このイべント企画した会社が、それの助手を数名探してんだとさ。応募要項は学歴が高卒以上で、格闘技の経験に、キャンプや野営の知識が豊富な方ってなってるね。しかも、1か月間で50万円の報酬って書いてあるよ。なかなか破格だ」

 今は6月が始まったばかり。
 そろそろ梅雨の季節だが、施設の中ならば、そうたいした事でもないじゃろう。
 我には幸太郎の為にあるような案件に思えた。

「ほうほう……なら良いのじゃないのか? お主、防衛大学とやらを出ている上に、格闘術もそこそこできるであろう。野営の知識も十分あるのではないか?」

「まぁな……応募要件はクリアしてるが、採用されるかどうかは別だよ。それにもう決まってる可能性もあるしね。でもこれ……俺の不幸アンテナはマックスやわ。たぶん、ヤバい事が起きる気がするんだよな……どうすっかな。しかも、後援の会社がちょっと気になるんだよね。まぁ大した事ではないが……」

 幸太郎はあまり気が進まぬようであった。

「我はやってみると良いと思うがのう。そこまでの不幸な気を感じるという事は、お主の厄落としも捗るのじゃないか?」

「それはそうなんだが、面接で落とされる可能性もあるしな。面接場所が東京というのもなぁ……あそこ陰の気だらけだし」

 そう、幸太郎の言う通り、東京という都は、数多の人々の陰の気が集まっておるので、かなり危険なところではあった。
 じゃが、そうも言うとれんじゃろう。

「どうせ、そう長くは滞在せぬじゃろうて。それと面接は心配せぬでよいぞ。不幸な目に遭っている者ならば、お主に嫌悪感はそれほど抱かぬじゃろうからの。お主に嫌悪感を抱くのは、幸福で満たされている者か、普通の者だけじゃ」

「はいはい、わかってますよ。じゃ……とりあえず、応募してみっか。落ちたら、どっかの俳優みたいに、もう山籠もりでもすっかな……」――
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