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第十話 迷える子羊(七宮勇太)
しおりを挟む真っ暗な部屋の中で、勇太は毎日泣いていた。
声に出して泣くと、痛い思いをするので声を出さずに心の中で泣き続ける。
怖い。
怖いよ。
目が覚めると、真っ暗な天井が見えて一日が始まる。
扉の向こう側から楽しそうな笑い声が聴こえて、何だろうと耳を立てて聞いていると、妹の誕生日らしく、おめでとうと言う声や、美味しそうな食べ物の匂いがして、お腹が鳴る。
その瞬間、扉が、荒々しく蹴られて、怖くなって慌てて下がると、部屋のすみに丸まった。
両耳を塞いで目をぎゅっと閉じる。
聞いてはだめなんだ。
目を閉じて、意識を遠くへ遠くへと向ける。
しばらくすると、お父さんが明るい部屋から現れて、僕を睨みつけると怒り狂う。
「お前はなんでいつも邪魔をする!」
「妹の誕生日なんだぞ!」
「なんでお利口に出来ないんだ!」
お母さんと妹がお互いに抱きしめあって光の中で蹲るのが見えた。
助けて!
怖いよ!
何度もそう叫んだけれど、お母さんも妹もきっと見えないから、聞こえないから何もしてくれないのだ。
そう思って何度も叫ぶけれど、二人共僕を見ない。
そして気付いたんだ。
僕は、生贄。
この怒り狂う男から、お母さんと妹を守るための生贄なんだ。
だから、二人は、見えているし聞こえているけれど、見えないし聞こえないフリをして、僕を捧げる。
ドン
ガシ
ズッ
痛みと、苦痛が繰り返されて、空っぽの胃の中から空気だけが漏れて、辛い時間が続く。
駄目だ。
意識を何処かへ飛ばそう。
飛んでいこう。
そうじゃないと、僕は消えてしまうから。
そう思って意識をどこか遠くへと向けると体からふわふわと浮き上がって部屋から飛び出ていく。
そして、公園のブランコに乗った。
ブランコを揺らすと、楽しくて、ずっとずっとそこにいたくて、漕ぎ続ける。
ここにいれば、怖いのなんてない。
多分、いつかお母さんが僕を迎えに来てくれるはずだから、それまでここで遊んでいよう。
久しぶりに、お母さんと一緒に二人で遊びたいな。
昔は、楽しかったのに。
お母さんと僕の二人だった頃は、いつもお母さんが僕をぎゅって抱きしめてくれたのになぁ。
お父さんが出来て、妹が産まれて、そしたらなんでか僕は暗い部屋に入れられた。
痛いのが始まった。
グス、、、
涙が、出てきたので袖で涙を拭うと空を見上げる。
空には何も無くて、静かにまたあの暗い部屋へと引き戻される。
体が痛い。
喉が焼かれたみたいにヒリヒリとする。
涙はここでは出なくなった。
「お母さん、、、」
扉が、開くのが怖くてまた意識をブランコに向けた。
ここでは一人だけど、怖いのがないから、ここの方がいいな。
その時、知らない綺麗な女の人が男の人と僕の前に立った。
女の人はにっこりと微笑むと僕に言った。
「お茶とお菓子を一緒に食べない?」
僕は、怖くなったけど、女の人が、とても綺麗で物語のお姫様みたいだったから、いいよって答えた。
そしたらその女の人はニッコリと笑ってくれたから、僕はとても嬉しくなった。
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