上 下
1 / 24

一話 断頭台に立つ令嬢

しおりを挟む
 素足で歩けば、地面の石の冷たさがまるで氷かのように感じられる。

 風は冷たく、空を見上げれば暗雲が立ち込めており、太陽の光も青い空も全く見えない。

「ふふっ……」

 質素なワンピースに、ぼさぼさの黒髪。

 その肌は荒れており、黒い瞳が映すのは、色あせた世界。

「さっさと歩け」

 少し前までは、学園で平穏に過ごしていたというのにと自嘲の笑みを浮かべながら、後ろから騎士に小突かれ、歩いていく。

 今、稀代の悪女と呼ばれ、断頭台を目指し歩いていくのはこの国の四台公爵家の一つ、ルーベリウス公爵家の娘、シャルロッテ・ルーベリウスである。

 貴族会の黒薔薇姫と称賛されていた彼女ではあったが、今ではその名は地に落ちた。

 稀代の悪女。

 王子と麗しの乙女との間を引き裂いた魔女。

 恐ろく残虐な女。

 断頭台へ続く道は石造りの道であり、断頭台への階段を上ると、そこに見えるのは怒れる民衆達である。

 その瞳は正義感で溢れ、悪女を殺せと誰かが叫ぶ。

 シャルロッテに着せられた罪は、誘拐、暴行、殺人。

 婚約者である王子を取られたくないがために、聖なる力を持った少女を陥れようとしたと民衆から石を投げつけられる。

 ある者にとっては正義の物語となるであろう。

 民衆にとってみれば、シンデレラストーリーである。

 平民の少女が今や王子の横に立つ存在。

 弱きものが悪に負けずに駆け上がっていくストーリーはいつでも民衆に好まれる。

 そう、これはそういうシナリオだったのであろう。

 シャルロッテは断頭台から、顔をあげ、真っすぐに国王、王妃、元婚約者の王子、王子に寄り添う少女、騎士、魔法使い、王子の側近である自分の兄。

 そうした者たちの姿を見上げる。

 その瞳は冷ややかなもので、私に対して憎悪を抱く。

 悪役を殺せと民衆は叫ぶ。

 国王の許可を得て、王子は発言する。

「罪人シャルロッテよ。最後に謝ったらどうだ。そうすれば天もお前に恩赦を与えるだろう」

 会場は静まり返り、シャルロッテの両手に繋がれた鎖の音が響いて聞こえた。

 シャルロッテは、真っすぐに顔をあげ、そしてにっこりと微笑みを浮かべると、はっきりとした口調で言った。

「自分達が正義だと、そう信じれば楽でしょうね。結果論としてみれば、生き残ったほうが正義となるのでしょうから。ですが、私の首が飛んだ瞬間から、自分たちに未来があるとは思うなかれ……そこが始まりとなるでしょう」

 次の瞬間、会場からは罵詈雑言が溢れかえり、シャルロッテに向かって大量の石が投げつけられる。

「殺せ!」

「悪女を断頭台へ!」

「悪い魔女だ!」

「この国に不幸を呼ぶぞ!」

 シャルロッテには、一つの石も当たらない。

 不気味なほどの、雰囲気が漂い、そしてシャルロッテの笑みに、皆が顔を青ざめさせる。

 皆がそれを正義だといい、皆がそれが国のためだとした。

 そのために、一人の少女の首がはねられる。

 ザシュッ……

 一瞬の出来事。

 ごろりと、首が転がる。

 次の瞬間、人々は悲鳴を上げた。

「なっ!? なんだ!?」

 国は暗闇に包まれ、民衆は逃げ惑う。

「の、呪いだ!」

「ひぃぃぃぃ!」

 時間の針が、時空がねじれて巻き戻り始める。

 人々にはその記憶は残らない。



 時計の針は時を戻し、そして空が青く晴れ渡る。

 シャルロッテは、目の前に並べられた紅茶をじっと見つめ、そしてティーカップを優雅に手に取ると、一口それを飲んで微笑んだ。

「さぁ、これからが始まりね」

 

 



 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄に乗り換え、上等です。私は名前を変えて隣国へ行きますね

ルーシャオ
恋愛
アンカーソン伯爵家令嬢メリッサはテイト公爵家後継のヒューバートから婚約破棄を言い渡される。幼い頃妹ライラをかばってできたあざを指して「失せろ、その顔が治ってから出直してこい」と言い放たれ、挙句にはヒューバートはライラと婚約することに。 失意のメリッサは王立寄宿学校の教師マギニスの言葉に支えられ、一人で生きていくことを決断。エミーと名前を変え、隣国アスタニア帝国に渡って書籍商になる。するとあるとき、ジーベルン子爵アレクシスと出会う。ひょんなことでアレクシスに顔のあざを見られ——。

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

公爵令嬢イライザの失恋~妹に婚約者も王妃の地位も何もかも譲ったけれど妹の元婚約者からは真実の愛を捧げられました~

しましまにゃんこ
恋愛
婚約者の訪問に喜び、応接室に向かった公爵令嬢のイライザは、そこで婚約者のレオン王子が、妹のマリーと抱き合う姿を目撃してしまう。思わず逃げ出したイライザは階段の途中から転落し、気を失ってしまうが、次に意識を取り戻したとき、レオン王子の記憶を失っていた。 妹の元婚約者候補であり、公爵家の跡取りであるククールと共に領地に戻ったイライザ。ククールは、イライザの苦しい胸の内を知っていて……。 初恋に破れ身を引いた公爵令嬢が、彼女を心から愛する人と幸せになるまでを描いたハッピーエンドの物語です。 小説家になろう、他サイトでも掲載しています。

婚約者様、勝手に婚約破棄させていただきますが、妹とお幸せにどうぞ?

青杉春香
恋愛
フラメル家の長男であるライダと婚約をしていたアマンダは、今までの数々ののライダからの仕打ちに嫌気がさし、ついに婚約破棄を持ちかける。 各話、500文字ほどの更新です。 更新頻度が遅くてすみませんorz

亡くなった王太子妃

沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。 侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。 王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。 なぜなら彼女は死んでしまったのだから。

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

もう、愛はいりませんから

さくたろう
恋愛
 ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。  王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。

本日は、絶好の婚約破棄日和です。

秋津冴
恋愛
 聖女として二年間、王国に奉仕してきたマルゴット。  彼女には同じく、二年前から婚約している王太子がいた。  日頃から、怒るか、罵るか、たまに褒めるか。  そんな両極端な性格の殿下との付き合いに、未来を見れなくなってきた、今日この頃。  自分には幸せな結婚はないのかしら、とぼやくマルゴットに王太子ラスティンの婚約破棄宣が叩きつけられる。  その理由は「聖女が他の男と不貞を働いたから」  しかし、マルゴットにはそんな覚えはまったくない。  むしろこの不合理な婚約破棄を逆手にとって、こちらから婚約破棄してやろう。  自分の希望に満ちた未来を掴み取るため、これまで虐げられてきた聖女が、理不尽な婚約者に牙をむく。    2022.10.18 設定を追記しました。

処理中です...