【完結】玩具の青い鳥

かのん

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第三十話

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 聖なる塔が開いたのは、この国が誕生したときのみ。

 黒き竜と、青き翼をもつものとが争った伝説の一戦のみであった。

 それ以来聖地とされ、何人も入ることの叶わぬ場所となっていた。

 そしてこの聖地は、初代王が、神と契約を交わした場所でもある。

 その扉が、今開かれた。

 床には幾重にも伸びる古来のまじないが施されており、国を揺るがすような争いを、公正と公平をもって見守っている。

 トイは静かにその床に足を踏み入れた。正面にはすでに、アーロとフェイナの姿があった。

 中央には銀色に輝く線が引かれており、そこにはまるで壁があるかのように光が揺らいでいる。

 青い衣装を身にまとったフェイナは、髪を結いあげ、表情は硬く、今まで見てきた可憐な少女の面影はなかった。その顔を見て、トイはフェイナが覚悟を決めていることを悟った。

「さあ、決闘の時だ。トイ、頼むよ。」

「はいはい。分かっているよ。」

 計画通りここまで来た。後は仕上げだけだ。

 アーロはトイを睨み付けながら言った。

「ふん。茶番だな。」

 トイは、アーロと目を合わせようとはせずに言った。

「アーロ。あなたには確かめたいことがある。」

「なんだ?」

「なぜ、アイスを撃った。なぜ、フェイナを誘拐しようとした?」

 トイの言葉に、動揺したのはフェイナである。

 けれどそれをアーロは否定することなく言葉を述べた。

「自国の領空を見知らぬ飛行物体がいれば撃ち落とすのは通りだろう。それに、フェイナは誘拐しようとしたのではなく、一時的に保護しようとしただけだ。」

「・・・なるほどね。それで、あの兵器はどこから手に入れたの?」

「もうわかっているのだろう?」

「国境向こうの国。」

「正解。公式な取引だ。」

「王女すら知らない取引を、公式というの?」

「そうだな。・・だが、国を守るためだ。しかたがない。」

「ちょっと・・・ちょっと待って!どういうことなの?」

 フェイナは顔が青くなってきていた。話がまったく見えないのである。

 アーロは真っ直ぐに、フェイナを見つめた。

「王を導くのは家臣の務め。必要だったから動いたまでだ。お前にもそう教えてきたはずだが。」

 ゆっくりとした動作でトイは顔をあげ、アーロを見据えた。二人は笑みを交わしあい、そして互いに背を向けた。

「育てられた覚えも、教育された覚えもないね。」

「たとえどんな意図があろうと、この国の敵になることは許さない。」

「敵にはならないよ。終わってみれば分かるさ。父親としては最低だけど、家臣としては貴方を信頼している。事が終わったらフェイナをよろしくね。」

 アーロは眉間にしわを寄せ、フェイナに言った。

「俺は自分のことを貴女に信じろとは言わない。だが、国のことを思っているのは、本当だ。」

 その言葉と瞳に、フェイナは何も言えずにいた。

 自分はいったい何を見てきたのだろうか。

 この国の敵とは、いったい何なのであろうか。

 心が揺らぐのをフェイナは感じた。そんな心がトイには見えているようで、目があった瞬間フェイナは泣きそうになった。だが、泣いてはいけない。今、目の前にいるのは国を揺るがす敵なのである。

 敵、自分でそう思った瞬間、何かが違う気がした。けれど、時間というものは、自分の考えがまとまるまで待ってはくれない。

 銀色に揺らぐ光の壁が、明るくなっていく。そして、トイとフェイナにははっきりと、見知らぬ声が聞こえた。 
『光に手を伸ばせ』

 二人は一歩前に足を踏み出すと、静かに手を光へと伸ばした。その瞬間、部屋いっぱいに光が溢れ、気が付けばアーロとフィックの姿は見えなくなっていた。

 そして二人の目の前には見知らぬ一人の幼児がいた。

『やあ。こんにちは。今回はどんな戦いかな?』

 体型と言葉とがかみ合わないその幼児は、銀色の髪を持ち、瞳は黄金色で・・人とは言い難い姿をしていた。

 二人は、人の姿をした、違う存在だということをすぐに察した。

「・・本当にいたんだ。」

 思わずトイがそういうと、幼児は笑った。

『かつてのお前らの祖も同じことを言った。・・それにしても、二人とも祖によく似ているな。』

 “祖”というのが、フリュンゲル国の初代王だということはすぐにわかった。そして、それを知っているということは、この幼児はやはり、“神”ということになるのだろう。

 未だかつてあったことのなかった存在に、フェイナは言葉を失っていた。

『それで?今回はどうした?』

「この国の王に、どちらがふさわしいのか決めてほしい。」

『ほう?』

 そういうと、神はゆっくりとトイとフェイナを見比べた。そして静かに腕を伸ばすとフェイナを指差した。

『どうしてわざわざ明らかに決まっていることを聞く?王にふさわしいのは、こちらの娘だ。』

 はっきりとした物の言いように、トイもフェイナも目を丸くしていた。

 フェイナはこぶしを強く握ると、静かに尋ねた。

「一瞬にして・・・わたくしたちの何がわかるというのですか。」

『お前、私をなんだと思っているんだ?・・・人間の資質、そして考えなどすぐにわかる。とはいっても・・お前はまだ、王に立つには若いがな。』

 にっこりと、すっきりとした笑みをトイは浮かべていた。その表情を見た瞬間、フェイナはいらだちを感じた。

「トイ=ブルーバード・・・何故笑うのよ!」

「ん?すごいなぁって思って。竜を見たときも驚いたけど・・神様もいたんだなって・・思ってさ。」

「あなた・・何を考えているの?・・・本気で来いって言ったのは・・あなたじゃない!わたくしの敵になるといったのは・・・あなたじゃない!何を笑っているのよ!」

 涙をこらえるように、怒りをぶちまけるように、フェイナはそう怒鳴った。

 トイは笑顔で言った。

「うん。そうだね。だから、国民にはそう見えるようにちゃんと攻撃をして、デモンストレーションしたじゃないか。」

「え?」

「だけどね、この国を変えるのはフェイナだよ。」

『娘。言っておくが、お前らどちらでも王になれる器はある。けれど、王になる覚悟と意志をこの男はもっていないよ。』

「すごいねぇ。神様ってそんなことわかるんだ。」

『お前は本当に祖によく似ているな。』

「ふざけないで!」

 フェイナは大きな声を出してそう叫んだ。そしてトイの胸ぐらをつかむと、食い掛かるような表情で言った。

「あなたは・・・私の敵になったんでしょう!正々堂々戦いなさい!」

「言っておくけど、僕は王にはなる気ないよ。これは、キミを正式な王にするための儀式だよ。」

「え?」

 トイは言った。淡々と、そして冷淡に。

「キミ自身、もうこの国の問題には気付いているだろう?それを解決するためのデモンストレーションなんだよ。この一騎打ちは。」

「それは・・・・もうしかして、この国の空域にかかわる問題のことを・・・言っているの?」

「そう。」

 トイは笑みを浮かべると、神に向かって不躾に言った。

「なので、空の領域を人間の僕らにください。」

『人間とはなんと貪欲なことか。この国をやったのに、それでも足りぬか?』

「いいえ。足りていますよ。けれど、このままだと、この国が他の国に呑まれてしまうんです。今敵国は空を飛ぶ道具を次々に開発しています。そして、兵器も。今のままでは、いつ侵略されてもおかしくはない。だから、守るために、空域がほしいんです。」

 こんな時になって、やっとフェイナには分かった。トイが何を考え、そして今、何をなそうとしているのか。

 トイは、フリュンゲル国を守るために、わざと敵になり、一騎打ちを堂々と行えるように仕組み、神との話をする場を作ったのだ。

 この国は神の守護する国。神の了解がなければ空を飛ぶことなど許されない国。だからこそ、わざわざ敵となったのだ。

『そうだな・・・ならば、何を対価に差し出す?』

 トイは静かに神の前に跪いた。そして頭をたれ、述べた。

「神がお望みの物を差し出す所存にございます。」

 その姿を見たフェイナは少し驚いているようであった。それを見た神は、笑みを浮かべる。

『ならば、トイ=ブルーバードはこの国から去り、その目に映るものを私に差し出すというものはどうだ?私もまた、ここしばらく外の世界を見ていない。かといって、この地を離れるわけにはいかないのでな。どうだ?おもしろいだろう?』

 まるで子どものように笑う神の言葉に、フェイナの血の気は引いた

 トイが、この国から去る?それでは・・まるで・・・

「だ・・ダメです!トイは・・・トイはこの国に必要な存在です!」

 胸に手を当て、フェイナは訴えるように神に言った。その必死な形相に、神は静かな声で答えた。

『お前は王として何を成し遂げるべきか、分かっているのだろう。』

 ドキッと、胸が痛んだ。

 王として・・その言葉はとても重く、そしてなんと残酷な言葉なのであろうか。

「だって・・・だってそれでは・・トイに罪を全部かぶせて・・・しまうじゃない。」

 唇を噛み、涙を必死でフェイナはこらえた。トイは笑みを浮かべ、ゆっくりとフェイナに歩み寄ると、フェイナの強く握った拳に自分の手を重ねた。

「僕ね・・・僕には母も父もいないと思っているんだ。だけどね、それでも僕にはキミがいる。実際問題、我儘だし、真摯じゃないし、ひやひやさせられてばっかりだけど・・・キミが僕を思ってくれることがとても嬉しかった。ありがとう。」

 自分に重ねられた手をフェイナは握り返し、そして涙をいっぱい貯める瞳でトイを見つめた。

「わたくしは・・・あなたに犠牲になんて・・なってほしくない。」

「ある人いわく、多くの人のための犠牲は、使命と言えるんじゃないか・・だって。僕はキミを王にするのが、僕の使命なんだってことにしているんだ。他の誰かのためじゃない。僕は僕の為に、キミを大切に思うからこの使命を受けたんだよ。」

 必死に首を横に振るフェイナの頬に、トイはキスをした。そしてぎゅっと抱きしめた。

『契約完了ってことでいいんだよね?』

 いたずらっぽく、神は笑った。そして、トイがうなずくと同時にその場からすっと姿を消した。

 ゆっくりと塔の天井が開き、青い空を広げていく。

「フェイナ・・僕、一つだけキミに嘘をついているんだ。実は、あのとき見せた竜の翼は偽物なんだよね。」

 苦笑いするトイに、フェイナは何も言わなかった。ただ、トイのことを抱きしめていた。

「ねえトイ・・・わたくしは・・もう気付いているのよ。」

「え?」

「最後に、一緒に空を飛んで。一人では飛べなくても・・・二人なら飛べるでしょ。」

「・・・うん。」

 青い翼が二つ、大きく開かれた。

 両翼を大きく羽ばたかせ、二人はゆっくりと空へと登っていく。そしてだんだんとそのスピードはあがり、青く光る矢のように空へと飛び出していった。

 青い青い空が二人に迫っていく。そして大空から見下ろすフリュンゲル国は、緑あふれるとても美しい国だった。

「トイ・・・大好きよ。」

「フェイナなら、きっと良き王になれるさ。」

 二人は静かに、空を飛んだ。

 青は幸福を、翼は王を、空は自由を示す時代がここにある。

 竜と青き翼を持つ王は、裏切りのおもちゃの国を撃ち滅ぼし、今平和を築いていく。



     玩具の青い鳥

 フリュンゲル国の内乱から約1年が経った。

 玩具の国は取り潰しとなり、そこに竜たちの住まう豊かな地が出来た。竜たちは、フィックを中心として玩具の国の作った兵器をことごとく壊し、国を守ったことにより民からの信頼を得た。ただ、交流はまだ少なく、恐れる者も多い。時間をかけていくしかないのである。

 今日、フリュンゲル国に新たなる王が立つ。

 フェイティリア王女は、ゆっくりとエデンの塔に立ち、悠然と国民を見下ろしている。

 きらびやかな青の衣装は美しく、その頭上にはブルーサファイヤの散りばめられた王冠が輝いていた。その横には、軍服に身を包む、アーロの姿がある。アーロはフェイナの護衛隊長として、今王都で暮らしていた。

 玩具の国の民は、実際には昔と変わらず、玩具の町で暮らしていた。表向きには玩具の国の内乱となっているが、実際に動いていたのは、トイと竜の一族、そしてティリーシア王女であった。玩具の国を反乱分子と偽ることで、竜とフリュンゲル国国民とをつなぎ合わせたのである。

 今、フリュンゲル国の空には、いろいろなものが飛び交っている。

 フライ兄弟も、自らの作った飛行機で自由に空を飛んでいた。そして、今では空を飛ぶ飛行学者として王都で働いている。頭の良い二人は、学者としては特別であった。ただ、バカだったので未だによく騙される。

 国民はフェイナを新王として讃えた。塔での決戦以来、フェイナは国民の憧れの的であった。

「みなさん。今日はわたくしの即位式に集まってくれてありがとう。1年前の内乱、始まりの塔での決戦では皆に心配をかけました。ですが、この国は、今は一つです。青は幸福を、翼は王を、そして空は自由を示しています。共に、時代を築いていきましょう。」

 国民皆フェイナを讃える。

 国の英雄として。

 自室に戻ったフェイナは王冠を外し、ベッドに横になった。

 とても疲れていた。英雄と呼ばれ、嘘だらけの決戦の内容を皆に話し、嘘ばかりつく毎日。

「トイ・・・」

 弱音など吐いている暇はない。けれど・・・

 その時、突然突風が吹き荒れ、窓が勢い良く開いた。フェイナが驚いて飛び起きると、目の前に、シャボン玉が浮いていた。そしてフェイナの眼前でパチンと割れると、中から青い小さな玩具の鳥が現れたのである。

 玩具の青い鳥は、歌うように鳴き声を上げながら、フェイナの腕にとまった。

 その鳥を見て、フェイナはにっこりと笑みを浮かべた。                完


 ここまでお付き合いくださりありがとうごいざいました。
 少しでも面白かったと思っていただければ、幸いです。
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感想 1

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みんなの感想(1件)

いど
2020.09.28 いど

楽しく読ませて頂いています。

気になる誤字ですが

時期女王→次期女王になります。はじめのうちは仕方ないと思っていたけれど…
日本人なのでw正しい日本語を使ってほしいと思いお知らせしました。

解除

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