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第二百九話
しおりを挟むゼロに案内されて三人は先ほどの庭へと向かった。
キースは父と向き合う覚悟を決めて、しっかりと前を向いて歩く。
父が母を蘇らせるような危険な事はしていなかった。だが、このままここで悪魔達に混ざってずっと母の傍にいる事は出来ない。
父が前を向けるように自分が話をしなければならないと、キースはそう決心した。
先ほどの庭に来ると、父の姿が見えてキースは足を止めた。
その表情は温かく、母を真っ直ぐに見つめていた。
アルルとレオはそっとキースの横に立つと言った。
「傍にいるからね?」
「無理はするなよ。」
二人の声に苦笑を浮かべ、キースはうなずくと父の元へと足を進めた。
「父様。」
そう言うと、ゆっくりとキースの父親であるヴィンセントは顔を上げて目を見開いた。
「キース、何故ここに。」
「父様こそ。」
二人の間に沈黙が落ち、しばらくの間、風の通る音が響いて聞こえた。
その静寂を破るように、キースはつばを飲み込むと勇気を出して口を開いた。
「父様。そこにはもう、母様はいない。」
ちらりと横にいる母を見てキースがそう言うと、ヴィンセントはバッと立ち上がった。
「何だと?」
「本当は父様だって分かっているでしょう?そこにいるのは確かに母様だけど、もう、そこに母様の魂はない。そこにいるのはただの母様の器だ。」
母の冷たいからだをキースは思い出す。
固くなった体に触れれば、そこにはもう優しかった母はいないのだと、キースには分かった。
そこにあるのは体だけで、温かな母の心は、魂は、そこにはもうなかった。
「父様。」
「黙れ!」
次の瞬間、明るかった庭は暗く染まり、先ほどまで近くにいた人の姿をした悪魔達は消えた。
「父様?!」
ヴィンセントの背後には悪魔が目をぎらつかせながらたたずんでいる。
「ここにセラフィーヌはいる。邪魔をするな。」
「父様!」
キースは父に手を伸ばすが、ヴィンセントはそれを振り払った。
次の瞬間、美しかった庭は消えうせ、草花達が枯れ落ちていく。
アルルとレオはキースの横に立つと魔法の杖を構えた。
「何で、、、、父様。」
キースがそう叫び声を上げると、ヴィンセントは何も聞こえないと言うように首を振り、セラフィーヌを抱きしめる。
悪魔ゼロはその様子を見ながら言った。
「アルル、レオ、キース。俺は魔術師との契約故に手は出せないぞ。」
三人はその言葉にヴィンセントから目を反らさずにうなずいた。
ヴィンセントは手を振り上げた。
「キース。黙れ。お前の母は死んではいない。ここにいる。」
「父様!目を覚ましてください!」
ヴィンセントの悪魔がキースに襲い掛かると、キースは自らの悪魔を使ってそれを防いだ。
二人の間に青と緑との奇妙な色をした炎が飛び交う。
アルルとレオは小さな悪魔達の奇襲を杖を振るって反撃した。
「うるさい!うるさい!うるさい!」
まるで子どもの癇癪のように、ヴィンセントはそう声を荒げた。
父親のそんな姿にキースは驚きながらも対峙し、悪魔同士がぶつかり合う。
キースはそんな父を見るのが辛くて目を反らしたくなった。
だが、それではだめなのだ。
嫌な事から、目を反らしては、いつまでたっても、自分はそこから前へは進めない。
「父様。母様は、、、、ここにはいません。」
「黙れ!」
「父様、俺はここにいます!母様の代わりにはなれないけど、、、、だけど!」
「黙れ!勝手な事を言うな!」
「俺は、父様の子です!一緒に悲しみを乗り越える権利はあるはずだ!」
ぐっと、ヴィンセントが少し顔を上げると、顔を歪めた。
「父様。」
苦しげに吐き出される言葉に、アルルは防御壁でヴィンセントの攻撃を防ぐと言った。
「ねぇ、キースのお父さん。」
「・・・」
「悲しいなら、泣いていいんだよ?」
悪魔達は激しくぶつかり合い、歪な色をした炎がぶつかり合っていたが、キースとアルルの言葉に、悪魔達が動きを止める。
アルルは言葉を続けた。
「なんでずっと我慢をしているの?」
ヴィンセントはセラフィーヌを抱きしめる。
「何が分かる?、、、、ここにセラフィーヌはいるのだ。いずれ、、、いずれ必ずその魂も死者の国から取り戻して見せる。」
恐ろしい父の言葉にキースは目を見開き、ゼロを思わず見た。
そんな事が可能なのかと問いかけるような視線に、ゼロは首を横に振った。
もし、一人の魂を呼び戻そうとした時に、どれほどの犠牲が出るかはわからない。
そんな事を許せるはずがない。
「父様!」
キースは思わず怒りが込み上げ、拳を強く握る。そんなキースをレオは怒りを鎮めるように腕を抑えた。
だが、次のアルルの行動にキースは目を見開いた。
「いずれって?いつ?」
アルルはゆっくりと歩くと、悪魔達を無視して進みヴィンセントの目の前に立ち、服の袖をひっぱった。
「いずれが来るまでの間、ずっとキースを独りぼっちにするの?」
ヴィンセントの目が、その言葉にゆっくりと大きく開き、そしてキースに視線が移った。
アルルは言った。
「ずっとずっとそのいずれが来るまでの間キースを独りぼっちにして、、、キースのお母さんがそれを許すと思うの?キースのお母さんは、キースを独りぼっちにしてもいいって言うような人なの?」
ヴィンセントは、その言葉にセラフィーヌをぎゅっと抱きしめながら首を横に振った。
「そんなこと、、、、言わない。」
「キース、待っているよ?」
「けれど、、、、、私は、、俺には、、セラフィーヌが必要なんだ、、、。」
「キースにだって、お父さんが必要だよ。」
アルルはヴィンセントの服をぐっと強く引くと言った。
ヴィンセントはキースに視線を移す。
キースは、ヴィンセントに歩み寄ると言った。
「母様は、枕が変わると上手に寝れないんだって。ずっと父様が抱きしめてたら、ゆっくり寝れないよ。」
「だが。」
「寝かせてあげよう?母様、寝るの大好きだってでしょう?」
「そう、、、、だった、、、な。」
生きていた頃のセラフィーヌの転寝をする姿が蘇り、ヴィンセントは苦笑を浮かべた。
そしてヴィンセントは指をぱちんと鳴らすと、横に花の敷き詰められた枕の乗ったベッドが現れた。
そこにセラフィーヌを寝かせると、キースは父の手を握った。
「父様。俺じゃ力が足りないかもしれないけど、俺が傍にいますから。」
どうにか笑おうと、キースがそう言った時の表情が、セラフィーヌそっくりで、ヴィンセントは唇を噛むと涙が頬を伝った。
「お前の、母を、俺は愛していたんだ。」
涙があふれ、とめどなく流れる。
「知っていますよ。母様、よく俺に言っていたもの。私はヴィンセントに世界で一番愛されているのよって。」
「う、、、、うぅ、、、、、。」
ヴィンセントはその時、父親でも、国王でもなく、ただ一人の男として涙を流した。
ずっと、立場という物によって押さえつけられていた感情が、大波になって押し寄せる。
愛していたのだ。
たった一人だった自分を、何の見返りも必要とせず、支えてくれた唯一の愛しい人。
その命が、何の前触れもなく手から零れ落ちてしまった。
もっと話をすればよかった。
もっと抱きしめればよかった。
もっと感謝を伝えればよかった。
もっと、もっと、もっと。
国王としての自分は、セラフィーヌを幸せにしてあげられたのだろうか。
そんな後悔が心を占めていた。
「大丈夫ですよ。母様は、毎日幸せそうでした。」
ヴィンセントは声を上げて泣いた。
キースはその間ずっと、父の手を握っていた。
子どものように泣きじゃくる父が初めて自分と同じ血の通った人のように思えた。
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