上 下
10 / 13

十話 やっと婚約破棄です!

しおりを挟む
 舞踏会場には結構な人数がいるというのに、私が歩けば皆が道を開けるものだからハリーまでの道は一直線に開いた。

 マリアはまるでこちらを怖がるようにハリーに身を寄せている。

 先ほどまでは響いて聞こえていた皆の声が静まり、今は音楽の音と私の足音だけが異様に響いて聞こえた。

「ハリー様、マリア様、こんにちは。お二人とも、ペアの衣装が似合っておりますね」

 私がにこやかに声を掛ければ、ハリーはマリアの腰を抱き、私を睨みつけた。

「私が彼女にプレゼントしたのだから、似合わないわけがないだろう」

 その言葉に、マリアは頬を赤らめて少し照れたように笑った。

 私はマリアの姿を見つめた。

 庇護欲をそそるような外見と、自由気ままな性格。天真爛漫と言えば聞こえはいいだろう。

 彼女と出会って、ハリーは全て変わってしまった。

 私は、ハリーのことをじっと見つめた。

 恋愛感情は昔から抱いたことがない。けれど、もしもマリアがいなければ自分はきっとハリーと順風満帆に結婚していただろう。

 彼のことが嫌いではなかったし、王妃という役目についても仕方がないと諦めていたはずだ。

 けれど、そんな”もしも”は訪れなかった。

 この世界の強制力というものなのだろうか。

 じっとハリーを見つめていると、ハリーは自分の従者に命じて書類を持ってこさせると、それを私の目の前へと突きつけた。

「リリー。お前がこんな陰湿な性格だとは知らなかった。マリアを虐め、そればかりか他の生徒を使ってマリアを孤立させているとはな」

 じっと話を聞いていると、マリアは私をきっと睨みつけてきた。

「リリー様は、本当にいじわるです!」

 そんなマリアを支え、ハリーは言った。

「私の隣に立つべき女性にお前は相応しくない。よって、リリーとの婚約を破棄し、マリアを私の正妃へと迎えるつもりだ」

 声高らかに宣言され、私はほっと息をついた。

 やっと終わりが来たのだ。

 内心、ハリーにこれまでありがとう。さよならなんてことを考える。

 これで私は楽しみにしていた田舎暮らしを手に入れたと思った時だった。

「だが、リリー、お前のこれまでの努力自体は、認められるもの。故に、賠償金を支払えばお前を側妃の座へと迎え入れよう」

「は? 側妃でございますか???」

 ハリーの言葉に、私はちらりと国王陛下と王妃殿下がカーテン裏で控えているであろう場所を見た。ぷるぷると震えている様子から、出てくる予定だったけれどハリーの言葉が衝撃過ぎて動けずにいるということだろう。

「それは、まぁ、どうしてそのようなお考えになったのか・・・」

 私はどうしたものかと思っていた時であった。

「はははっ。本当に面白い余興だなぁ」

 響き渡った声はアイザックのものであり、アイザックは珍しく正装姿で美しく着飾っていた。

「アイザック?」

 今まで公の場に現れることを極端に嫌がっていたのに。

 もしかして、私のために来てくれたのだろうか。

「アイザック……何故この場にお前が?」

 他の貴族らはいったい誰だろうかというような顔を浮かべている。

 ハリーはアイザックを睨みつけ、マリアは何故かアイザックの姿に見惚れるように頬を赤らめている。

 会場内の令嬢らは、突然現れた美しくアイザックに目を奪われている。

「残念ながら、リリーに婚約破棄を宣言した時点で、お前の未来は決まったよ。そうですよね? 国王陛下」

 会場内にアイザックの声が響き、王族の座る上座から国王陛下と王妃殿下が姿を現した。皆が頭を下げ、そして国王陛下は静かにため息をつくと口を開いた。

「顔を上げよ。はぁ。誠に残念だ」

 ハリーは突然の出来事に何が起きているのだと戸惑っている様子であったが、マリアが引っ付いてくるので身動きが取れない様子である。

 私はその姿を見ながら、哀れに思った。

 婚約破棄、言っちゃったもんね。うん。ありがとう。

 私はにっこりと晴れやかな微笑みを浮かべて、国王陛下を見つめた。

「正式にハリーとリリー嬢の婚約破棄を認める。ただし、非があるのはハリーのみ。リリー嬢はこれまでよくやってくれた。大義であった」

 会場内にハリーが息を飲む音が聞こえた。

「この一件については、皆にはまたおって知らせる。関係者はついてきなさい」

 会場内は少しざわめきが起こる。

「ハリー殿は終わりだな」

「まぁ、仕方ないだろう」

「そうですわよ。あのお美しいリリー様を捨てて側妃にしようなんて考える方に王位など継げませんわ!」

 そんな会話が会場内には広がっていった。

 ハリーは意味がわからないというように、足早に国王陛下を追いかけた。

 私は、婚約破棄の宣言を思いだし、顔がにやつくのをやめられなかった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は婚約者を同級生に奪われました。彼女はセレブになれると思い込んでたみたいですけど。

十条沙良
恋愛
聖女のいなくなった国は滅亡すること知らないの?

子爵令嬢でしたが真の姿は王女でした。婚約破棄した貴方は許しません

ルイス
恋愛
「子爵令嬢如きが侯爵である私と婚約出来ると本気で思っていたのか? 馬鹿な奴だな」 子爵令嬢フェリスの婚約者、ブンド・マルカール侯爵は身勝手に彼女と婚約破棄をした。 しかし、それは地獄への入り口だった。 フェリスは養子として子爵家に来ていただけで、実は王家の人間だったのだ。嫁ぎ先がなくなったことにより、王女に戻る話が出て来て……。

その方は婚約者ではありませんよ、お姉様

夜桜
恋愛
マリサは、姉のニーナに婚約者を取られてしまった。 しかし、本当は婚約者ではなく……?

陰謀は、婚約破棄のその後で

秋津冴
恋愛
 王国における辺境の盾として国境を守る、グレイスター辺境伯アレクセイ。  いつも眠たそうにしている彼のことを、人は昼行灯とか怠け者とか田舎者と呼ぶ。  しかし、この王国は彼のおかげで平穏を保てるのだと中央の貴族たちは知らなかった。  いつものように、王都への定例報告に赴いたアレクセイ。  彼は、王宮の端でとんでもないことを耳にしてしまう。  それは、王太子ラスティオルによる、婚約破棄宣言。  相手は、この国が崇めている女神の聖女マルゴットだった。  一連の騒動を見届けたアレクセイは、このままでは聖女が謀殺されてしまうと予測する。  いつもの彼ならば関わりたくないとさっさと辺境に戻るのだが、今回は話しが違った。  聖女マルゴットは彼にとって一目惚れした相手だったのだ。  無能と蔑まれていた辺境伯が、聖女を助けるために陰謀を企てる――。  他の投稿サイトにも別名義で掲載しております。  この話は「本日は、絶好の婚約破棄日和です。」と「王太子妃教育を受けた私が、婚約破棄相手に復讐を果たすまで。」の二話の合間を描いた作品になります。  宜しくお願い致します。  

本を返すため婚約者の部屋へ向かったところ、女性を連れ込んでよく分からないことをしているところを目撃してしまいました。

四季
恋愛
本を返すため婚約者の部屋へ向かったところ、女性を連れ込んでよく分からないことをしているところを目撃してしまいました。

婚約破棄ですか? 理由は魔法のできない義妹の方が素直で可愛いから♡だそうです。

hikari
恋愛
わたくしリンダはスミス公爵ご令息エイブラハムに婚約破棄を告げられました。何でも魔法ができるわたくしより、魔法のできない義理の妹の方が素直で可愛いみたいです。 義理の妹は義理の母の連れ子。実父は愛する妻の子だから……と義理の妹の味方をします。わたくしは侍女と共に家を追い出されてしまいました。追い出された先は漁師町でした。 そして出会ったのが漁師一家でした。漁師一家はパーシヴァルとポリー夫婦と一人息子のクリス。しかし、クリスはただの漁師ではありませんでした。 そんな中、隣国からパーシヴァル一家へ突如兵士が訪問してきました。 一方、婚約破棄を迫ってきたエイブラハムは実はねずみ講をやっていて……そして、ざまあ。 ざまあの回には★がついています。

わたくしが代わりに妻となることにしましたの、と、妹に告げられました

四季
恋愛
私には婚約者がいたのだが、婚約者はいつの間にか妹と仲良くなっていたらしい。

ヒロインが私の婚約者を攻略しようと狙ってきますが、彼は私を溺愛しているためフラグをことごとく叩き破ります

奏音 美都
恋愛
 ナルノニア公爵の爵士であるライアン様は、幼い頃に契りを交わした私のご婚約者です。整った容姿で、利発で、勇ましくありながらもお優しいライアン様を、私はご婚約者として紹介されたその日から好きになり、ずっとお慕いし、彼の妻として恥ずかしくないよう精進してまいりました。  そんなライアン様に大切にされ、お隣を歩き、会話を交わす幸せに満ちた日々。  それが、転入生の登場により、嵐の予感がしたのでした。

処理中です...