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一話 麗しの令嬢

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 四大公爵家の一つ、ゼンダー公爵家には、麗しの姫君がいる。

 美しく、可憐で、それでいて勤勉な彼女は現在公爵家唯一の姫君であり、第一王子の婚約者を務めていた。

 幼い頃から神童と言われた少女の名は、リリー・ゼンダー。

 白銀色の髪と、瞳を持つ令嬢は、冬を連想させる雰囲気を醸し出しながらも微笑めばまるで春が来たかのような美しさをたたえている。

 第一王子であるハリー・リオ・オランは金色の髪と青い瞳を持っており、王族らしく凛々しくそして少し傲慢な一面のある少年であった。

 二人は18歳と同じ年であり、まもなく王立貴族学園を卒業する。

「……はぁ……」

 窓辺でため息をつくのは、リリーでありその姿を見た貴族の令嬢や令息らはそのはかなげな姿に、涙を堪え、その窓から見える視線の先にいる第一王子であるハリーを睨みつける。

 王族を睨みつけるのは不敬ではあるが、ばれなければ問題はないだろう。

 現在、ハリーは男爵家の令嬢であるマリアと共に中庭で、人目をはばかることなく楽し気にお菓子を食べている。

「楽しそうね……」

 ぼそりと呟かれたリリーの言葉に、数名の令嬢たちが連なって廊下を進んでいく。そして、ハリーがマリアと離れた瞬間に、令嬢たちはマリアを建物裏へと連れていくと言った。

「第一王子殿下は、リリー様の婚約者ですよ!」

「いい加減、貴方、身の程をわきまえたらいかが?」

「婚約者のいる男性に声をかけるの令嬢として問題のある行動だと何故気づかないのです!」

 マリアは瞳一杯に涙を携えると、令嬢たちに向かってはっきりとした口調で言った。

「ハリー様とは、友人です。私、そんなつもりじゃ」

 その言葉は令嬢たちの感情に火に油を注ぐ。

 一人の令嬢が、瞳に涙を携えながら声を荒げた。

「あなた、リリー様のお気持ちを考えたことはあるの!? あの方は……一人で耐えてらっしゃるのよ!」

「知りません! 私はやましいことなんてしていないわ!」

「このっ!」

 令嬢がマリアを突き飛ばし、その場にマリアはしりもちをついた。

 その時、風が吹き抜けたかと思うとその場にリリーが姿を現した。

「おやめなさい。貴方たち」

「リリー様!」

 けれど姿を現したのはリリーだけではなかった。ハリーも慌てた様子で走ってくると、マリアを立たせ背にかばい、そしてリリーを睨みつけると言った。

「いい加減にしろ。リリー。何故こんなひどいことをする」

「ハリー様ぁ」

 うるんだ瞳でマリアはハリーにさりげなく抱き着き、その様子にリリーは小さく息をつく。

「殿下。失礼ですが、あまりにマリア様と懇意にしすぎではありませんか?」

 その一言に、ハリーはリリーを睨みつけた。

「いらぬ嫉妬など抱くな。俺とお前は政略結婚。俺に愛情を求めるなど、滑稽にもほどがあるぞ」

「殿下……」

「しかも、マリアを突き飛ばすとは!!」

 ハリーはリリーの腕をつかむと、その場に引き倒し、そしてリリーを睨みつけると言った。

「いいか。マリアを傷つければ相応の報いを受けると思え」

 ハリーはマリアを抱き上げるとその場から立ち去って行った。

 令嬢たちは泣きながらリリーを起こし、そして頭を下げた。

「も、申し訳ございません。私たちが勝手なことをしたがために……」

「リリー様、申し訳ございません」

 そんな令嬢たちに、リリーは力のない微笑みを浮かべると言った。

「私の為と思ったのでしょう? 大丈夫よ。でも、もう二度とこのようなことをしてはダメよ? わかった?」

「は、はい!」

 令嬢たちは何度もうなずき、リリーはうなずき返すとその場を後にした。

 そして、馬車に乗ってからひねった足を撫でつつ、小さくつぶやいた。

「はぁ。いつになったらこの茶番終わるのかしら。早く婚約破棄してくれないかしら」

 第一王子を愛し、報われない思いを抱きながらも王子の浮気に耐える美女。その姿は幻であり、この令嬢、内面はかなりあっさり、さっぱりしたものであった。


 
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