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第二十九話 呪われた王子

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 暗い、じっとりとした牢に入れられ、閉じ込められてからどれくらいの時間が流れたのであろうか。

 いつか、きっと父上が迎えに来て下さる。

 いや、もしかしたら、来れない理由があるのかもしれない。

 それか、もしくは部下の誰かに謀られ、自分の存在を隠匿され、探し、涙してくれているのではないだろうか。

 そんな事を毎日、毎日、毎日考えながらエドは天井をじっと見つめていた。

 大丈夫。明日にはきっと助けが来る。

 父上が来てくれる。

 そう思っている。信じている。父上は俺をきっと今も探してくれているに違いがない。

 頬を涙が伝って行く。

 本当は、そんな事はあり得ないと分かっている。けれど、そう思い込まなければ生きてなどいけない。

 臭さすら感じられなくなり、空腹を満たすためにネズミを食べたこともある。泥水をすすって生き、数日ぶりに出された食事を幾日にも分けて食べる。

 誰もが自分に本当は死んでほしいと願っているのだと、分かっていたが、信じたくなどなかった。

 その時だった。

 ガタリ。と、物音が聞こえ、何もないはずの奥の物置の方から足音が聞こえた。

 そちらに道などなかったはずだがと檻の中で身を縮めて様子をうかがっていると、暗い中を、輝くように美しい少女が歩いてくるのが見えた。

 この世のものとは思えないほどに、綺麗な少女であった。

 自分は死んだのだろうかと一瞬思ったが、檻を覗き込んでくる少女がこちらに笑いかけてきたのを見て、心臓が煩いくらいに鳴った。

 どくどくと鳴るのは心臓であり、目の前の事を現実だと告げてくる。

「こんにちは。私の名前はユグドラシル。エド様で間違いないですか?」

 澄んだ声だった。

 自分を見つめてくる瞳は蔑みなどなく、真っ直ぐであり、こちらを馬鹿にする気配さえない。

「誰・・・だ。」

 人と話をするのはいつぶりか。声を出すのも久しく、思わず咳込んだ。

 その様子にユグドラシルは慌てて自分の腰に結び付けていた水筒を外すと、エドへと差し出した。

「どうぞ。急に話しかけてごめんなさい。」

 しゅんとした様子のユグドラシルの瞳は明らかに自分を案じている。

 本来ならばそんな水筒など受け取らない方がいいのは分かっていた。なのに、エドはその水筒を素直に受け取ると、すすめられるままに、口をつけた。

「・・・・おいしい・・・」

 涙が出た。

 綺麗な清潔な水を飲んだのはいつぶりか。そればかりか、この水を飲むと体中にある傷の痛みが引いていくような気さえした。

 毎日のように与えられ続ける虐待により、骨のいくつかは折れた時の歪な形のまま固まってしまっていた。

 それは毎日痛み、眠ろうと瞼を閉じても、痛みで浅い眠りしかできなかった。

 なのに、その痛みすら消えていく。

「これ・・は・・・」

 普通の水ではない。

 ユグドラシルに視線を向けると、心配げな瞳と目が合った。

 いけないと思い慌てて目を伏せた。

 自分の瞳は呪いのせいで真っ赤な色に染まり、歯は歪なまでにぎざぎざにとがっている。形こそまだ人の形は保ってはいても、恐らく呪いの力を使おうとすれば異形へとすぐに身を落とすであろうことは、肌で感じ取っていた。

 怖がらせてしまうと思った。

 だがその時、檻の鍵が外れた音が聞こえ、思わず目を丸くしてしまう。

「え?・・・」

「もうすぐ、この砦は落とされるわ。だから、今のうちに私と一緒に来てほしいの。」

「・・お・・俺をどうするつもりだ・・・俺は・・帝国の正統なる王子だぞ!」

 出来るだけ怖がらせるように睨みつけた。

 なのに、ユグドラシルはその言葉に、静かに頷いた。

「ええ。分かっているわ。貴方はエルマティア帝国の正統なる王位継承者。そして私は、エルマティア帝国に亡ぼされたエターニア王国の・・・生き残り。だから貴方には選択する権利がある。でも、外に逃げてからでも遅くないでしょう?」

 言葉を失った。

 今、何と言った?

 エターニア王国が亡ぼされた?エルマティア帝国に?あの美しい精霊の国が?

「ま・・・まさか・・・そんな。父上は・・そんな事は・・・」

 ふと、頭をかすめるのは自分に降りかかった呪い。あの呪いは何故受けたのだ?父王は大いなる力を手に入れる為に軍を動かしていた。

 大いなる力とは・・・何だ?

 体が震えだす。

 不意に、手に温かさを感じて視線を上げると、自分の汚い手をユグドラシルが優しく包み込み、そして言った。

「私は、貴方を絶対に裏切らないわ。だから、お願い。今は私を信じて。」

「はっ・・・離せ!俺は汚い!」

 そう言って振り払おうと思った。けれど、温かさが、温もりが、心地良すぎて振り払う事さえ出来ない。

 その時、思っていた以上にはっきりと言葉を返される。

「汚くないとは言えない。けど、私も数年前まで貴方と同じように真っ黒くろすけだったから、その気持ちは分かる。」

「は?」

 言われている意味が分からずに呆然とするが、ユグドラシルは言葉を続けた。

「私、いい温泉を知っているから。大丈夫。そこで一緒に汚れを落とそう。」

「は?」

 一緒にという言葉が頭の中で繰り返される。

 明らかに目の前にいるのは少女であり、自分は恐らくこの少女よりも二つほどは年上だろう。

「とにかく、着いて来てくれる?それで、一緒に温泉に入ろう?」

 こてんと可愛らしく小首を傾げられたエドは、思わず顔を赤らめた。

 そんな様子を、ルシフェルはどこか冷めた瞳で見つめていた。

 人たらしとはきっと、ユグドラシルのような者を言うのだとそうルシフェルは悟った。

★★★★
更新が遅れていましたが、やる気スイッチを押していただき頑張れそうです。

今後の物語の展開が、恋愛要素が増えてきそうな予感がしています。
なので、恋愛部門に移そうかと思います。

完結まで頑張りますので、よろしければお付き合いいただけたら幸いです。




 

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