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七話 悪夢
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十二年前、公爵家に悪夢がやってきた。
大雨の公爵家の門の前に捨てられていた赤子を、息子であるクリストフが拾ってしまったことからこの悪夢は始まった。
それは一夜にして屋敷全体を包み込み、その魔力の影響を受けなかったのはただ一人の三歳の可愛い愛娘だけであった。
小さな赤子が、公爵家全体に魅了の魔法をかけ、無意識下で大人を操り始めたのである。
それはあらがいようのない力であり、エターシャ公爵家当主であった私は、父として三歳の娘を守るために別館へと幼い娘を追いやることしか出来なかった。
魅了の魔力はすさまじく、王城に仕事に出かけている間、わずかにその力が薄まる時間にしか、私は本来の自分を取り戻すことが出来なかった。
すぐに国王陛下に報告をし、強力な魔力の使い手である魔法使いらにも協力を仰いだのだが、あまりに強い赤子の魅了の力に、なす術はなかった。
近寄れば魅了に洗脳されるために、手立てが少なかった。
赤子から距離を取ろうにも、屋敷に帰れば魅了に洗脳され、妻も、クリストフも、可愛いシーラも、誰一人として外へと連れ出すことが叶わない。
そして、下手に動けば、自分にもっと愛を、執着をと、エルの魔力が暴走するのである。
それは国にとっても脅威となりえる存在であった。
誰が、何のために公爵家に赤子を捨てたのか。それが故意であったのかまずは調査が行われた。そして時間をかけて、その赤子、”エル”の力を弱めるために国王陛下と魔法使いらに協力を仰ぎ、十二年という年月をかけてその力を封印してきた。
調査の結果としては、エルは無意識に魅了の魔法を使い、自分を愛し、大切にし、金銭的にも幸せになれる場所へと自分自身を導いたのだろうと結論がつけられた。
黒幕らしい存在はいなかった。
ただし問題は、エルが無意識から意識的に魔力を使い始めたことである。
使用人たちを次々と魅了し、高い宝石やドレスを買い占めるようになった。そればかりか、シーラの婚約者であるレオにこちらは出会わないようにしていたというのに、使用人らからレオがいつ来るのかを聞きそして出会ってしまったのである。
レオが魅了されたのはほんの一瞬であった。
魅了の魔力をかなり封印していた状態だったというのに、ほんの数秒で魅了された。その様子を見た時、内心この男は本当に魅了されたのか、それとも本当にエルのことを一目で好きになったのか、疑わざるを得なかった。
だが、とにかくあと少しでエルの魔力をほとんど封印できそうなのである。
これまで愛娘のシーラには辛い思いばかりをさせてきてしまっている。
十二年である。
本当に長い、悪夢である。
部屋をノックする音が響き、顔をあげると執事からシーラから話があるという伝言を受け取った。
魅了の魔力の完全封印まであと少しだが、それでも自身の魅了は未だ残っている状況である。この状態で娘に会った時、酷い言葉を放つことがないか、私は不安であった。
エルの魔力の染みついたこの屋敷では会うのは難しい。
私は内々にシーラに明日、登城し、自分の王城内にある執務室に来ることを伝えたのであった。
これが出来るようになったのもつい最近であり、それまでは家にいる間はエルの事しか考えられなかった。
「あと少し。あと少しだ」
悪夢を終わらせる日が、近づいてきていた。
大雨の公爵家の門の前に捨てられていた赤子を、息子であるクリストフが拾ってしまったことからこの悪夢は始まった。
それは一夜にして屋敷全体を包み込み、その魔力の影響を受けなかったのはただ一人の三歳の可愛い愛娘だけであった。
小さな赤子が、公爵家全体に魅了の魔法をかけ、無意識下で大人を操り始めたのである。
それはあらがいようのない力であり、エターシャ公爵家当主であった私は、父として三歳の娘を守るために別館へと幼い娘を追いやることしか出来なかった。
魅了の魔力はすさまじく、王城に仕事に出かけている間、わずかにその力が薄まる時間にしか、私は本来の自分を取り戻すことが出来なかった。
すぐに国王陛下に報告をし、強力な魔力の使い手である魔法使いらにも協力を仰いだのだが、あまりに強い赤子の魅了の力に、なす術はなかった。
近寄れば魅了に洗脳されるために、手立てが少なかった。
赤子から距離を取ろうにも、屋敷に帰れば魅了に洗脳され、妻も、クリストフも、可愛いシーラも、誰一人として外へと連れ出すことが叶わない。
そして、下手に動けば、自分にもっと愛を、執着をと、エルの魔力が暴走するのである。
それは国にとっても脅威となりえる存在であった。
誰が、何のために公爵家に赤子を捨てたのか。それが故意であったのかまずは調査が行われた。そして時間をかけて、その赤子、”エル”の力を弱めるために国王陛下と魔法使いらに協力を仰ぎ、十二年という年月をかけてその力を封印してきた。
調査の結果としては、エルは無意識に魅了の魔法を使い、自分を愛し、大切にし、金銭的にも幸せになれる場所へと自分自身を導いたのだろうと結論がつけられた。
黒幕らしい存在はいなかった。
ただし問題は、エルが無意識から意識的に魔力を使い始めたことである。
使用人たちを次々と魅了し、高い宝石やドレスを買い占めるようになった。そればかりか、シーラの婚約者であるレオにこちらは出会わないようにしていたというのに、使用人らからレオがいつ来るのかを聞きそして出会ってしまったのである。
レオが魅了されたのはほんの一瞬であった。
魅了の魔力をかなり封印していた状態だったというのに、ほんの数秒で魅了された。その様子を見た時、内心この男は本当に魅了されたのか、それとも本当にエルのことを一目で好きになったのか、疑わざるを得なかった。
だが、とにかくあと少しでエルの魔力をほとんど封印できそうなのである。
これまで愛娘のシーラには辛い思いばかりをさせてきてしまっている。
十二年である。
本当に長い、悪夢である。
部屋をノックする音が響き、顔をあげると執事からシーラから話があるという伝言を受け取った。
魅了の魔力の完全封印まであと少しだが、それでも自身の魅了は未だ残っている状況である。この状態で娘に会った時、酷い言葉を放つことがないか、私は不安であった。
エルの魔力の染みついたこの屋敷では会うのは難しい。
私は内々にシーラに明日、登城し、自分の王城内にある執務室に来ることを伝えたのであった。
これが出来るようになったのもつい最近であり、それまでは家にいる間はエルの事しか考えられなかった。
「あと少し。あと少しだ」
悪夢を終わらせる日が、近づいてきていた。
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