上 下
7 / 12

七話 アベル

しおりを挟む
 ー捨てられた。

 アベルは自室で謹慎を言い渡され、静かに部屋の中に座り込んでいた。

 セリーナとの結婚は十歳の時に決められた。その頃からセリーナは天使のような笑顔で自分を毎回受け入れてきた。

 会えば笑顔で嬉しそうに笑う少女だった。

『アベル様』

『アベル様! 大好きです!』

『アーベール様!』

 思い出の中のセリーナはいつも笑顔で自分の名前を呼んでくれる。

 けれど、先日のセリーナは別人のようであった。

 あれほどまでに冷ややかな瞳を向けられたことはなく、アベルは困惑した。それと同時に、何故突然自分を嫌いになったのかが理解できなかった。

「なんでだよ……あいつは、俺のことが」

「まぁまぁなんて哀れな男かしらねぇ」

「なっ!?」

 アベルが目を丸くして声のした方を向くと、ベッドに一人の美女が座っていた。

 そのいでたちを見たアベルは慌てた様子で立ち上がり、後ずさった。

「ま、魔女!?」

「ご明察。ふふふ。今日はね、ご馳走様って言いに来たの」

「え?」

 一歩ずつ後ずさっていくアベルに向かって、舌をぺろりと出した魔女は言った。

「女の一途な恋心っていうのは、とーっても美味しいの。でも、だめよねぇ。たまに本当に運の悪い恋に縛られる女の子が現れる。今回もそう」

 魔女はアベルに歩み寄るが、アベルは動こうとしても動けない。

 そんなアベルの元へ、魔女は一歩、また一歩と歩み寄ると、その額に人差し指を押し当てる。

「こんな、女の敵みたいな、クズな男に六年も恋心を捧げるなんて、可哀そうなセリーナ」

「ま、まさかセリーナの態度が変わったのは!? お前、魔女の仕業か!」

 その言葉に魔女は笑い声をあげると言った。

「あはははは! たしかにそうね。セリーナの恋心を美味しくいただいたのは私。でもね、これも運命よ」

「なんだと!? 戻せ! セリーナを、元のセリーナに!」

「そんなの無理よ」

 魔女は下をぺろりと出して、自分のお腹を撫でた。

「とっても美味しかったもの。私、基本的に可愛い女の子の味方なの。だからね、優しい女の子たちの代わりに、恋心を頂いたあとは、そのお相手にもご挨拶に行くのよ」

「な、なんだよ」

 強張った表情のアベルに向かって魔女は手をかざすと、言った。

「女の恋心を踏みにじるとどうなるか、知ってる?」

「お、俺は悪くない!」

「うふふ。よく言うのよねぇ。悪い男って。自分は悪くないとか、俺の自由だとか、でもねぇ、女の恋心を踏みにじったんだから当たり前のように代償は必要よ。だって、それくらい、恋心って重いのよ」

「待てよ! なんでだよ! 意味が分からない!」

「まだねぇ、踏みにじった恋心が一つだけだったらよかったのにねぇ。あなた、そうとう恨まれているわよ」

「え?」

 呆然とするアベルに魔女はにこやかに告げた。

「バカな男。女ほど怖い生き物はいないのにね。恋心を踏みにじった男は呪われるのよ」

「なっ!?」

「貴方が真実の愛を見つけられればこの呪いは解けるわ。うふふ。見つかるといいわねぇ~」

 次の瞬間アベルは自身の体が光ったかと思うと、魔女の姿は消えた。

 アベルは白昼夢でも見たのかと思っていたが、後日、魔女の呪いの恐ろしさを知る。



 婚約破棄をされた遊び人の放蕩息子が、夜の遊びが出来なくなったという噂が流れるのにさほど時間はかからなかった。


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

有能なはずの聖女は追放されました。転生しても慕ってくれた少年が、年上の騎士となり溺愛してきます

絹乃
恋愛
力を失った聖女ビアンカは、神殿を追放された。ビアンカを慕っていた少年テオドルの前で、彼女は殺されてしまう。 「わたくしは必ず帰ってくるわ」そう言い残したビアンカは、約束を果たした。王女セシリアとして生まれ変わったのだ。  ビアンカの再来を知ったテオドルは青年になり、最愛の人の魂を宿したセシリアの護衛騎士となる。 「テオドルは、もういない聖女を愛し続けているというわ」  彼が愛しているのが、過去の自分であることをセシリアは知らない。テオドルも隠し通したままだ。  そしてセシリアは、自分が聖女ビアンカの生まれ変わりであると気づく。  常にそばにいるのに、互いに隠し事を秘めた王女と騎士。主従の二人は、それぞれの恋心に気づく。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました

かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中! そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……? 可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです! そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!? イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!! 毎日17時と19時に更新します。 全12話完結+番外編 「小説家になろう」でも掲載しています。

【完結】ご安心を、問題ありません。

るるらら
恋愛
婚約破棄されてしまった。 はい、何も問題ありません。 ------------ 公爵家の娘さんと王子様の話。 オマケ以降は旦那さんとの話。

王太子の愚行

よーこ
恋愛
学園に入学してきたばかりの男爵令嬢がいる。 彼女は何人もの高位貴族子息たちを誑かし、手玉にとっているという。 婚約者を男爵令嬢に奪われた伯爵令嬢から相談を受けた公爵令嬢アリアンヌは、このまま放ってはおけないと自分の婚約者である王太子に男爵令嬢のことを相談することにした。 さて、男爵令嬢をどうするか。 王太子の判断は?

別れたいようなので、別れることにします

天宮有
恋愛
伯爵令嬢のアリザは、両親が優秀な魔法使いという理由でルグド王子の婚約者になる。 魔法学園の入学前、ルグド王子は自分より優秀なアリザが嫌で「力を抑えろ」と命令していた。 命令のせいでアリザの成績は悪く、ルグドはクラスメイトに「アリザと別れたい」と何度も話している。 王子が婚約者でも別れてしまった方がいいと、アリザは考えるようになっていた。

冷遇された聖女の結末

菜花
恋愛
異世界を救う聖女だと冷遇された毛利ラナ。けれど魔力慣らしの旅に出た途端に豹変する同行者達。彼らは同行者の一人のセレスティアを称えラナを貶める。知り合いもいない世界で心がすり減っていくラナ。彼女の迎える結末は――。 本編にプラスしていくつかのifルートがある長編。 カクヨムにも同じ作品を投稿しています。

処理中です...