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それは何かの勘違い

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王立学園に通うエマ・ティントンは、鷲色の瞳と髪の毛を持つ令嬢であった。その頬にはたくさんのそばかすがあり、決して愛らしい令嬢というわけではなかった。




 そして何より、彼女は可愛さよりも勉学、可愛さよりも本、可愛さよりも真面目さを愛していた。




 そんな彼女は今日も今日とて図書室にて勉強をしていたのだが、そこにエマを困らせる原因がある。




「エマ。これ、キミが昨日かしてくれた本。すごく楽しかったよ。」




「え?あ、そうですか。それは良かったです。殿下。」




 図書室には、金色の髪に青色の瞳をした、この国のロアン・フォン・シルベニア王太子殿下が天使のような笑顔でエマが昨日貸した本を差し出していた。




 エマとしては、昨日たまたま王太子殿下と廊下でぶつかり、その際に、たまたま王太子殿下がエマの持っていた図書室の本に興味を示し、たまたまわざわざ図書室に許可を得て貸しただけなのだ。




 そう、たまたまだ。




 だが、王太子殿下は総頁数六百を超える大作を一夜にして読み、今現在何故か私の元へと来てそれを差し出している。




 ここに来るならば、自分で図書室に返せばいいのにとは言えない。




「エマ?私の事はロアンと呼んでとお願いしたよ?」




 可愛らしい天使のような瞳でうるうるっと見つめられそう言われ、うっと、思わず息詰まってしまう。




「いえ、王太子殿下をそのように親しげには呼べません。」




「僕とエマの仲じゃないか。」




 この王た殿下は本当に人を勘違いさせそうな発言をなされる。




 違う。断じて違う。




 私と殿下の仲は、たまたまよく廊下でぶつかり、たまたま、本をよく貸し借りし、たまたま毎日のように図書室で出会うだけの仲である。




「いえ、いつもたまたまご一緒させていただいているだけなので。」




「ふふ。そうだね。たまたま、一緒に毎日ずっといるだけだものね。」




 胃の中から何かを噴き出しそうになった。




 王太子殿下を見れば、とても美しいそのご尊顔が、とろけるような瞳で自分を映している。




 何と言う天然のたらしの才能であろうか。




 このような人がこの国の次期王で大丈夫なのだろうか。いや、大丈夫だろう。




 成績はいつもトップを行き、運動神経もさることながらその才能は留まる事を知らず、何事に関してもそつなくこなすどころか皆が褒め称える。




 それはウソ偽りなく、本当の賛美である。




 こんな完璧人間がいるのだろうかとエマはそう思っていたのだが、そんな王太子殿下にも一つ欠点があったのだ。




 それがこの、人を勘違いさせようとする天然のたらしである。




 エマはそれを知っているので絶対に勘違いなどしない。




「殿下、ご用が済んだのであれば帰ってはどうです?」




 すると、子犬のような可愛らしい表情を浮かべて小首を傾げる。




「エマはまだ帰らないのでしょう?」




「私はまだ勉強と、今日の夜読む本が決まっていませんので。」




「なら私も一緒に勉強をしよう。エマが居れば、分からないところがあっても教えてもらえるしね。」




「いえ、私に殿下に教えられるところなどありません。」




「ふふ。エマは謙遜ばかりだね。そんな所も可愛いよ。」




「なっ!?」




 何と言う王子であろうか。




 そんな事をホイホイと言っては、王太子として大丈夫なのだろうかと心配になってしまう。




「わ、私は勉強に集中しますからね!」




「うん。僕も勉強をするよ。」










 本当にエマは可愛い。




 この国の王太子はエマに出会うまでぼんくらの顔だけ王子と言われていた。




 だが、エマに出会ってその姿は変わった。




 勉強を全くしなかった王子がエマと共に勉強をするようになり今では成績がトップになり、エマが騎士たちの鍛練を見て何気なく「さすが騎士様ですね。」と言えば、鍛練にも力を入れるようになった。




 エマの興味を引くことならば何でもやるようになった。




 何故、王太子であるロアンが変わったのか。




 それはロアンの勘違いにある。




 廊下でうっかり令嬢にぶつかり面倒だなと思った。




 またどこぞの令嬢が自分の気を引くためにわざと荷物を持ってぶつかってきたのかとため息が漏れそうになる。




 だが、それは見事な勘違いであった。




「申し訳ございません。お気になさらず。」




 表情の変わらない顔で令嬢はそう告げると、さっさっさっと大量の本を自ら拾い、自分には目もくれずに立ち去って行ったのである。




 ロアンにとっての青天の霹靂であった。




 自分の勘違いに、その日の晩は羞恥に身悶えた。




 それ以降、ロアンは事ある毎にエマに視線が向き、そしてエマと行動を共にするようになってから気が付いた。




 おそらく自分はあの時にエマに一目ぼれをしたのだ。




 これは勘違いではないなと、自分の行動に無表情だった顔を赤くするようになったエマを見ながらロアンは思うのであった。
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