上 下
5 / 36

五話

しおりを挟む
 ラルフ王子の婚約者は結局の所保留となり、ラルフ王子は有力な令嬢とは今後も交流を取っていくとのことであった。

 シルビアンヌは取りあえずはトラウマは回避できたであろうと、屋敷の書庫で本を読んでいたのだが、そこに攻略対象者である兄ダニエルがやってきた。

「シルビー!!!ここにいたのか、私の天使は!」

 元々はシルビアンヌによって女の恐ろしさを思い知らされるというトラウマを持つはずだった兄は、何故か妹を溺愛するシスコンに様変わりしていた。

 何故こうなったのかは未だ理解できない。

 トラウマ回避が出来た事は良かったのだが、シルビアンヌにとってこの二つ年上の兄はやっかいな存在であった。

「お兄様、書庫ではお静かに。」

「あぁ、そんな事を言うお前も可愛くてしょうがない。ほらシルビー?お兄様にぎゅってして?」

「嫌です。ぎゅっとするのは子どもの時まで。もうシルビアンヌは十歳なので子どもではないです。」

 そう言うと無理やりぎゅっぎゅっと抱きしめられる。

「可愛い。可愛い。可愛いー!」

「やめて下さいまし!」

 頬擦りをし始めようとする兄の強行に、シルビアンヌは声を上げた。

「アリア!兄であろうと止めて下さいませ!」

 その言葉にアリアはダニエルの両脇に手を通して無理やり羽交い絞めにすると、ひょいとダニエルをシルビアンヌから引きはがした。

 見た目によらず怪力なアリアである。

 シルビアンヌは大きく息を吐いてぼさぼさになった髪の毛を手で整えると、キッとダニエルを睨みつけて言った。

「お兄様!無理やりそんなことをするなら、もう一週間は口をきいて差し上げません!」

「なっ!?」

 ダニエルは崩れ落ちるようにその場に膝をつき、潤んだ瞳でシルビアンヌを見上げた。

 真っ赤な髪は兄妹そろってであるが、兄は父親の瞳の色を継いでアメジストの瞳の持ち主である。通った鼻も、切れ長の瞳も父親によく似ている。

「お願いだ可愛いシルビー。兄が悪かったから、どうか許しておくれ?」

「お兄様、兄妹であろうとも、シルビアンヌは立派なレディです。今度このような事をしましたら、私もう許しませんからね!」

 頬を膨らまして唇を尖らせるシルビアンヌの可愛らしさにうっとダニエルは胸を押さえるとどうにか笑顔を作り頷いた。

「分かった。気を付ける。ちゃんと、気を付けるからね?」

「もう。しょうがないですね。」

 大きく息を吐き、シルビアンヌが許したことにダニエルはほっとした様子であった。

「お兄様、それで何かご用時でも?」

「ん?あぁ、少し話があってね。テラスでお茶でも飲みながら話さないかい?」

「えぇ、かまいませんことよ。アリア。お茶の準備をお願い。」

「かしこまりました。」

 テラスへと移動すると、アリアは手際よくお茶の準備を行い二人の前に湯気の立つ、香り豊かなお茶を出した。

 その香りのよさにシルビアンヌは笑みを浮かべた。

「とても素敵な香りね?どこのお茶かしら?」

 アリアは嬉しそうに微笑むと言った。

「シルビアンヌ様がお好きそうな香りだったので、実は私が市場で買って準備した物なんです。あ、ちゃんと執事長にはお嬢様に出していいように許可を頂いています。」

 シルビアンヌの嬉しそうな顔にダニエルも微笑を浮かべるとアリアに言った。

「アリアはシルビアンヌの好みをちゃんと理解しているんだね。素晴らしいよ。」

「ありがとうございます。」

 しばらく見つめあう二人をちらりとシルビアンヌは見つめながら内心どうなるのであろうかとドキドキしていた。

 はっきり言えばアリアと一番近くにいる攻略対象者のダニエルである。兄とアリアのカップリングか。シルビアンヌは少し想像して鼻血を吹きそうになる手前で妄想をやめると、アリアと目が合った。

 すっと目が細められ、アリアがシルビアンヌに疑いの瞳を向けてくる。

 アリアは感が良すぎるので困るとシルビアンヌは思いながらわざとらしく咳き込み、兄へと視線を向けた。

「それで、お兄様?お話というのは何でしょうか。」

「あぁ、来月ね、友人に狩りをしないかと領地に誘われているんだ。それにシルビアンヌも行かないかなと思ってね。」

「狩りですか?」

「そうだよ。春の男達の一大行事である『オレルの森・春の狩り大会』がオレル侯爵領で開かれるんだ。」

 その名にシルビアンヌの眉がぴくりと傾けられる。

 オレルの森・春の狩り大会と言えば、攻略対象者である侯爵家次男のギデオンが参加する狩りの大会であり、そこでギデオンは狩りを姉達に馬鹿にされそれが女性不信のトラウマとなる。

 いずれは王城の騎士団に入団することを目標にしているギデオンは体を鍛え上げた屈強な男というイメージではあるが、彼もまだ十歳のはずだ。

 シルビアンヌはお茶の香りを楽しみながら一口飲むと、広がっていく味にほうっと息を吐き、それから兄に向って頷いた。

「ぜひ、参加したいですわ。お兄様。」

「良かった!シルビーにかっこいい所を見せるからね!ちゃんと父上と母上には許可を取るから安心してね!」

「はい。」

 シルビアンヌはどうやってギデオンとアリアを出会わせようかと胸が躍るのであった。



 

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

不機嫌な悪役令嬢〜王子は最強の悪役令嬢を溺愛する?〜

晴行
恋愛
 乙女ゲームの貴族令嬢リリアーナに転生したわたしは、大きな屋敷の小さな部屋の中で窓のそばに腰掛けてため息ばかり。  見目麗しく深窓の令嬢なんて噂されるほどには容姿が優れているらしいけど、わたしは知っている。  これは主人公であるアリシアの物語。  わたしはその当て馬にされるだけの、悪役令嬢リリアーナでしかない。  窓の外を眺めて、次の転生は鳥になりたいと真剣に考えているの。 「つまらないわ」  わたしはいつも不機嫌。  どんなに努力しても運命が変えられないのなら、わたしがこの世界に転生した意味がない。  あーあ、もうやめた。  なにか他のことをしよう。お料理とか、お裁縫とか、魔法がある世界だからそれを勉強してもいいわ。  このお屋敷にはなんでも揃っていますし、わたしには才能がありますもの。  仕方がないので、ゲームのストーリーが始まるまで悪役令嬢らしく不機嫌に日々を過ごしましょう。  __それもカイル王子に裏切られて婚約を破棄され、大きな屋敷も貴族の称号もすべてを失い終わりなのだけど。  頑張ったことが全部無駄になるなんて、ほんとうにつまらないわ。  の、はずだったのだけれど。  アリシアが現れても、王子は彼女に興味がない様子。  ストーリーがなかなか始まらない。  これじゃ二人の仲を引き裂く悪役令嬢になれないわ。  カイル王子、間違ってます。わたしはアリシアではないですよ。いつもツンとしている?  それは当たり前です。貴方こそなぜわたしの家にやってくるのですか?  わたしの料理が食べたい? そんなのアリシアに作らせればいいでしょう?  毎日つくれ? ふざけるな。  ……カイル王子、そろそろ帰ってくれません?

悪役令嬢、第四王子と結婚します!

水魔沙希
恋愛
私・フローディア・フランソワーズには前世の記憶があります。定番の乙女ゲームの悪役転生というものです。私に残された道はただ一つ。破滅フラグを立てない事!それには、手っ取り早く同じく悪役キャラになってしまう第四王子を何とかして、私の手中にして、シナリオブレイクします! 小説家になろう様にも、書き起こしております。

めんどくさいが口ぐせになった令嬢らしからぬわたくしを、いいかげん婚約破棄してくださいませ。

hoo
恋愛
 ほぅ……(溜息)  前世で夢中になってプレイしておりました乙ゲーの中で、わたくしは男爵の娘に婚約者である皇太子さまを奪われそうになって、あらゆる手を使って彼女を虐め抜く悪役令嬢でございました。     ですのに、どういうことでございましょう。  現実の世…と申していいのかわかりませぬが、この世におきましては、皇太子さまにそのような恋人は未だに全く存在していないのでございます。    皇太子さまも乙ゲーの彼と違って、わたくしに大変にお優しいですし、第一わたくし、皇太子さまに恋人ができましても、その方を虐め抜いたりするような下品な品性など持ち合わせてはおりませんの。潔く身を引かせていただくだけでございますわ。    ですけど、もし本当にあの乙ゲーのようなエンディングがあるのでしたら、わたくしそれを切に望んでしまうのです。婚約破棄されてしまえば、わたくしは晴れて自由の身なのですもの。もうこれまで辿ってきた帝王教育三昧の辛いイバラの道ともおさらばになるのですわ。ああなんて素晴らしき第二の人生となりますことでしょう。    ですから、わたくし決めました。あの乙ゲーをこの世界で実現すると。    そうです。いまヒロインが不在なら、わたくしが用意してしまえばよろしいのですわ。そして皇太子さまと恋仲になっていただいて、わたくしは彼女にお茶などをちょっとひっかけて差し上げたりすればいいのですよね。    さあ始めますわよ。    婚約破棄をめざして、人生最後のイバラの道行きを。       ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆     ヒロインサイドストーリー始めました  『めんどくさいが口ぐせになった公爵令嬢とお友達になりたいんですが。』  ↑ 統合しました

悪役令嬢に転生したので落ちこぼれ攻略キャラを育てるつもりが逆に攻略されているのかもしれない

亜瑠真白
恋愛
推しキャラを幸せにしたい転生令嬢×裏アリ優等生攻略キャラ  社畜OLが転生した先は乙女ゲームの悪役令嬢エマ・リーステンだった。ゲーム内の推し攻略キャラ・ルイスと対面を果たしたエマは決心した。「他の攻略キャラを出し抜いて、ルイスを主人公とくっつけてやる!」と。優等生キャラのルイスや、エマの許嫁だった俺様系攻略キャラのジキウスは、ゲームのシナリオと少し様子が違うよう。 エマは無事にルイスと主人公をカップルにすることが出来るのか。それとも…… 「エマ、可愛い」 いたずらっぽく笑うルイス。そんな顔、私は知らない。

悪役令嬢はヒロイン(♂)に攻略されてます

みおな
恋愛
 略奪系ゲーム『花盗人の夜』に転生してしまった。  しかも、ヒロインに婚約者を奪われ断罪される悪役令嬢役。  これは円満な婚約解消を目指すしかない!

悪魔だと呼ばれる強面騎士団長様に勢いで結婚を申し込んでしまった私の結婚生活

束原ミヤコ
恋愛
ラーチェル・クリスタニアは、男運がない。 初恋の幼馴染みは、もう一人の幼馴染みと結婚をしてしまい、傷心のまま婚約をした相手は、結婚間近に浮気が発覚して破談になってしまった。 ある日の舞踏会で、ラーチェルは幼馴染みのナターシャに小馬鹿にされて、酒を飲み、ふらついてぶつかった相手に、勢いで結婚を申し込んだ。 それは悪魔の騎士団長と呼ばれる、オルフェレウス・レノクスだった。

悪役令嬢と攻略対象(推し)の娘に転生しました。~前世の記憶で夫婦円満に導きたいと思います~

木山楽斗
恋愛
頭を打った私は、自分がかつてプレイした乙女ゲームの悪役令嬢であるアルティリアと攻略対象の一人で私の推しだったファルクスの子供に転生したことを理解した。 少し驚いたが、私は自分の境遇を受け入れた。例え前世の記憶が蘇っても、お父様とお母様のことが大好きだったからだ。 二人は、娘である私のことを愛してくれている。それを改めて理解しながらも、私はとある問題を考えることになった。 お父様とお母様の関係は、良好とは言い難い。政略結婚だった二人は、どこかぎこちない関係を築いていたのである。 仕方ない部分もあるとは思ったが、それでも私は二人に笑い合って欲しいと思った。 それは私のわがままだ。でも、私になら許されると思っている。だって、私は二人の娘なのだから。 こうして、私は二人になんとか仲良くなってもらうことを決意した。 幸いにも私には前世の記憶がある。乙女ゲームで描かれた二人の知識はきっと私を助けてくれるはずだ。 ※2022/10/18 改題しました。(旧題:乙女ゲームの推しと悪役令嬢の娘に転生しました。) ※2022/10/20 改題しました。(旧題:悪役令嬢と推しの娘に転生しました。)

転生した悪役令嬢は破滅エンドを避けるため、魔法を極めたらなぜか攻略対象から溺愛されました

平山和人
恋愛
悪役令嬢のクロエは八歳の誕生日の時、ここが前世でプレイしていた乙女ゲーム『聖魔と乙女のレガリア』の世界であることを知る。 クロエに割り振られたのは、主人公を虐め、攻略対象から断罪され、破滅を迎える悪役令嬢としての人生だった。 そんな結末は絶対嫌だとクロエは敵を作らないように立ち回り、魔法を極めて断罪フラグと破滅エンドを回避しようとする。 そうしていると、なぜかクロエは家族を始め、周りの人間から溺愛されるのであった。しかも本来ならば主人公と結ばれるはずの攻略対象からも 深く愛されるクロエ。果たしてクロエの破滅エンドは回避できるのか。

処理中です...