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第172章:それぞれの侵行デス

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 「カハハハハァァアア…ゲニタノシキハテマヒマ。ジツニカンビナカテイ。
 スベテハリュウオウノカラダヲテニイレ、コノヨヲコントン二キスルタメ。」

 八岐大蛇の魂は、その厄災を周囲に振り撒きつつ竜王の気配を追って森の奥へと突き進んでいた。

 「コノヨ二オチイデタワノツトメ…カナラズヤナシトゲヨウゾ。」

 八岐大蛇には目的があるようだった。そもそもが八岐大蛇には、その目的こそが悲願であり、なんとしても生き続ける理由だった。

 それが何かは分からないのだが。

 「サァ…ソロソロコノトウソウゲキモヘイマクトシヨウゾ…リュウオォォォオウゥゥゥ…」

 八岐大蛇は明らかに興奮していた。

 だから気付けなかったのだ。普段の八岐大蛇ならばあり得ないのだろうが。

 自らが進むそのすぐ側を、エウレスが歩いて通り過ぎていったことに。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 「や、ヤマタの病は…おさまったのか…?」

 誰ともなく、誰かが呟いた。

 竜の国・ラゴラムは酷い有様だった。

 国中の建物は軒並み朽ち果て、黒く染まった竜がそこここに倒れていた。

 この世界には未だ死が少ない。

 その為、黒くなっても八岐大蛇になり損ねた竜は、転生することもできず黒いまま苦しみ続けることになる。

 残された道は、魔法による封印。問題の先送りしかできないのだ。

 「ウウゥゥ…たスケテ…」

 「くルしい…」

 「ダレカたすけテ…」

 黒くなった体は炭のように硬く脆い。

 動けば全身に痛みが生じる。体の節々にヒビが入る。

 八岐大蛇はそうやって、取り憑いた者を苦しめ、恐怖…ある種の"信仰"を集めることができるのだ。




 _____今までは。

 「これは…どうすれば…ここまで大規模なヤマタの病は初めてだ…」

 城の門兵竜達は戸惑っていた。

 門前にひしめく救難を訴える国民。板に乗せられ、次々と運ばれてくる、黒く染まったヤマタの病の患者。それらの対処をどうすべき…今まで全ての決定・采配を、王任せにしていたが故の弊害。

 だからか、それとも必然か。気付けなかった。

 覚えて間もない気配隠し。気操けしょうに。

 荒削りな姿の撹乱。魔混まざりに。

 _____スヒンッ_____

 「あっ…かはっ……!?」

 ドサッ…!!

 「なんだ…?どうし」

 __スヒンッ__

 「うはがっ…!!?」

 ドサッ…!!

 「……タリナイ。」

 エウレスだった。

 「ネ。バイデント。アレ。」

 エウレスはハデスの得物・二叉槍バイデントに語りかけ、門前に集まる竜の群れを指す。

 ほぼ全ての国民が集まっているその場所を。

 「…ソッカ。ボクジャオジサンミタイニバイデントヲオオキクデキナイヤ。
 …ソレジャア…」

 エウレスの気操も魔混も、格段に向上していた。

 使う度にその精度を上げていく様は、死の神の器としては当然か、はたまた生来の才能たる所以か。

 ともかくエウレスは、気操も魔混も最大限に発揮して…

 まだ健全な竜も残るその群れに、ゆっくりと踏み入った。


ーーーーー同日某時刻。とある空ーーーーー


 素晴らしい…!!

 あれから戦略会議はトントンと進み、サザンシュラトは軍艦まで貸し出してくれる運びとなった。

 「ギャハハハハッ…しかも独自の魔導機構で、空まで飛ばすとは…いやはや素晴らしい!!」

 本来は遠沖で漁業網を引き上げるために使われるその機能は、他国の介入により雲の上を航行できる程にまで練り上げられていた。

 「これならば空を飛ぶ竜族にも渡り合えますねえ…ギャハハハハ!!!」

 「おい、アレス。まだか?まだ殺し合えねーのか?」

 「…ワタシはこの世界ではポレモスです。アレスと呼ばないでくださいませ。
 ノース殿。」

 ここが司令室であり、周りに人気はないものの、誰かに聞かれれば殺さなければならなくなる。ポレモスの人格に他者が入り込んでいるなど…ともすれば弱みになりかねない。
 誰であろうと、見た目と中身が違う人間を信用したくはないだろう。

 それにだ。殺すことは構わない。大大好きだ。

 だが、戦争屋としての信頼を、安い殺し合いで落とすわけにはいかない。

 どうせならもっと巨大な殺し合いを…世界大戦などが好ましい。

 「ギャハハハハ…失礼。
 大きな殺し合いならば、間もなくさせてあげますよ。それに、あなた方は素晴らしい手土産まで用意してくださっていました。
 偶然とは言えねぇ…!」

 城の地下に幽閉されていたケルベロス。

 まさか主人であるハデスの下を離れ、あんな場所にいるとは…それも、休眠状態で。

 ハデスは存外部下に慈悲深い。

 あれは切り札になる。

 「ギャハハハハハハハハ…おっと失礼。笑いが止まりませんね…」

 「はー?…どうでも良いが早いとこ殺してーぜ…ああぁぁああぁぁ~…」

 …ポセイドンを戦狂させるのは早すぎたかも知れない。

 この海神の本性は、嵐と竜巻を発生させ、地震をも起こす荒ぶる海。

 普段はニコニコと笑い、凪を装ってはいるが、戦闘となれば途端に凶暴さを増す。

 その様はまさに海そのものだ。

 こちらに引き込めば大きな力となるのは間違いないが…鬱陶しい。

 「まぁまぁ。あと少し。あと少しの辛抱ですよ。戦争は、逃げませんてば…ギャハハハハハハハハ…失礼。」

 だがまぁ分からなくもない。

 殺し合いを、戦争を、一番待ち望んでいるのは他でもない。このワタシオレだ。

 「あぁ…早く殺りたいですねぇぇ…!!!」

 竜をこの手で引き裂く。翼をもぎ、地に落とす。

 それを想像すると、涎が止まらない。

 ポタポタッ…ボタッ…

 「おっと…これでは貴方と同じですねノース殿。
 これは戦争。ビジネスでもある。あくまでも冷静に、しかし、楽しみましょう…!!」

 「ああああぁぁあぁあ~…」

 そうして思いを馳せる夜は、懇々と更けていく。

 竜の国・ラゴラムまであと少しっ…!!!
 

 

 



 

 

 
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