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腐れ大学生の異文化交流編

第26話 ルールとマナーを守って楽しい決闘

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 前述の通り、『監獄』は女神の加護を受けており、ちょっとやそっとの攻撃ではビクともしない。

 そのはずである。

 しかし、現在、『監獄』はケンネという魔術師の攻撃を受けて、揺らいでいた。

 姿勢を保つために思わず膝をついてしまうくらいには、揺れていた。

 机の引き出しが飛び出てスネに当たり、空の本棚がガタンガタンと音を鳴らす。

 本と雑貨にまみれた我が部屋が、今頃どうなっているかなど、想像すらしたくなかった。

「ねぇ。この建物、丈夫、なのよね?」

「だと思う」

 この『監獄』は、女神の加護により、ドラゴンの爪も、バイリィの拳も防ぐ不動要塞となっている。

 しかし、どうやらケンネは、魔術の力を内側に流し込み、建物全体に振動を送っているらしい。

 正面突破の武力行使ならいざ知らず、こういった搦め手には、加護が通用しないようだ。

 あとで女神に文句言ってやる。

「うふふ。バイリィさまー。早く出てこないと、もっともっと、揺らしちゃいますよー」

 朗らかな声で恐ろしいことを言いやがる。

 『監獄』自体にダメージはなくとも、内部にいる我々は無事ではない。

 このままだと、揺さぶられ続けて、内部が吐瀉物まみれになってしまう。ある意味、壊されるよりも恐ろしい悪魔の所業だ。

 私がぼちぼち酔いを感じ始めていると、流石にこのままではいられないと思ったのか、バイリィがベランダへと歩を進めた。

 彼女はガラリと戸を開け、眼下に向かって言い放つ。

「ケンネ。やめなさい。あたしは、ここ。出てきたから」

 途端に、振動が止んだ。急ブレーキ。反動で体が揺れる。気持ち悪さが更に増した。

「shù měi sǎo.バイリィさま」

 私もそろりと顔を覗かせる。眼下では、ケンネがうやうやしく両手を揉み合わせ、バイリィを見上げていた。

「どうして、ここがわかったの?」

「珍しいjhéngが領内に現れたという報告は聞いておりました。だとすれば、yù gánは簡単なことですよ。ここ最近、バイリィさまはお勤めも果たさずにどこかへ行っておられましたので。揺らしてみたら、Kuǒ Zán、でした」

 バイリィはぶるると唇を震わせた。不機嫌丸出しである。

「人にはいっつもRǐ Wòが大事って言ってるのに、やり方が、乱暴じゃない?」

 糸目と微笑を崩さぬまま、ケンネは言う。

「バイリィさま。いつも申し上げておりますが、Rǐ Wòとは、心の行いです。その行動がRǐに基づくならば、どれだけ荒く見えようとも、それはRǐ Wòなのです」

「へりくつ」

「バイリィさまにも、そのうちわかりますよ」

 まるで生意気盛りの小学生とその家庭教師のやり取りのようだが、バイリィの目つきは穏やかではない。

「イナバ。ごめんけど、ちょっと、暴れてくる」

「うむ。君の帰りを待ち、chocolateをたくさん用意しておこう」

 私がねぎらいの言葉をかけると、バイリィはにいっと笑った。

「Bǔ Chiàng」

 彼女はベランダの柵を乗り越え、羽のようにゆったりと降りていった。

 着地。くるりと身を翻し、ケンネを見る。

「場所、変えるわよ」

「ええ」

 バイリィとケンネは、『監獄』から距離を取り、いつぞやのドラゴンが炎を撒き散らした一帯で、歩を止めた。

 緑の草むらが茂る中に、ぽつんと在る灰色のエリア。バトルフィールドにはもってこいだ。

「さっさとやるわよ。ケンネ。あたしはまだ、今日を、楽しみきれてない」

 拳を構え、臨戦態勢を取ったバイリィ。対してケンネは、棒立ちのままで。

「駄目。駄目ですよバイリィさま。いつも教えているじゃありませんか。Kué Lìを行う時は、Rǐ Wòに則って、」

 長ったらしい講釈が続きそうな気配を察知してか、バイリィがぶるると唇鳴らし、両拳をぶつけ合わせて叫んだ。

「ああ、もう! わかったわかった! バイリィ・セイレン・シューホッカ。今よりケンネ・チュアンムに対し、Kué Lìを申し込む!」

「ケンネ・チュアンム。その提案を、受け入れます」

「あたしが勝てば、今日より、三日間の自由を所望する!」

「私が勝てば、バイリィさまを、同じ日刻分、お勤めしていただくことを望みます」

 ケンネも両の拳を突き合わせて、バイリィと同じ構えを取った。

「Tòu Cíは長いし覚えてないから、省略! 文句は、勝ってから言いなさい!」

「仕方ありませんね。では、後でまた、お勉強といきましょう」

 ぴりぴりとした緊張感が、観客席の私にまで伝わった。

 二人は互いを見据えたまま、被っていた帽子を、脱いだ。

 バイリィは乱雑に、投げ捨てるように、それを後方へ放った。

 ケンネは丁寧に、両手で優しく、同じく後方へ置いた。

「「Kué Lì」」

 その言葉が、開戦の合図であった。
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