運命に至る

麻田夏与/Kayo Asada

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4-2.   ※R18

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 やっと、花瓶の完成品と呼べるものができた。
 土間の中心、作品のための台に花瓶を載せ、ほうっと感嘆の溜息を吐く。至自身でも、これはという会心の出来だったし、紬にも「とても美しいです」と褒められた。
この美麗な作品を生み出せたことが嬉しく、至はいつまででも見ていたくなった。──いつか、眞下師匠の虫籠に見蕩れた、子供の頃のように。

(ああ、なんだ。馬鹿だな、俺は)

 こんな単純なことすら忘れていたなんて。

「紬さん、いつか、父親を見返すことが、これを作る目的かと聞いてくれましたね」
「はい」
「俺は間違っていた。竹細工が好きだから俺は、これを作ったんです。父親を見返すのは、俺が俺の人生を全うしてからだ。そうでしょう」

 至の横で、花瓶に注がれていた紬の視線が、こちらを向いた。

「その意気です」

 不意に。
 にっこり笑った紬がきれいで。その笑顔が、至の心臓の裏を引っ掻いたから。
もう堪えきれずに、抱き締めてしまった。
 ふれた瞬間鼓動が跳ね上がり、至の胸を熱い気持ちがせり上がってくる。だがこの感情は、全く知らないという訳ではない。いつの間にか、紬を見つめるとき、紬から見つめられるときに、胸をじりじりと焦がすようになっていたものだ。

「至、さん?」
「俺、たまに思うんです。もしかして紬さんが、俺の運命の番なんじゃないかって。俺の足りないところを、あなたが足して補ってくれるみたいだ」

 だから離したくないのではない。だから、こんなに切なくなるのではない。
でもどうしたって、至の身体は叫ぶ。紬を、紬だけを欲しがれと。
震える手の、震える声の紬が、それでも至を抱き返してくれた。

「……もしかしたら、運命の番かもしれませんよ」
「まさか。登録所で違うと判定されているのでしょう。でも、俺はそうであって欲しかったな」

 もし紬が運命なら。
 今の至は、それを喜びとして享受する。
 彼以外が運命であって欲しくないとさえ、感じる。
 紬ももし、そう思ってくれたらなんて、手前勝手を押し付けたくなる。これだから上位アルファは傲慢だと、至は紬に笑われるのだ。
 だのに、紬は。

「運命じゃないと、番になりたくありませんか」

 ──紬を番として生きる人生。
 何て甘い想像だろう。

「……今、あなたにふれていると、安心するし、胸が速くなる」
「私もです」

 迷いもなく肯定してくれる紬に、至は息をも奪われる。これは。この感情の、名前は。

「こういうのを何て言うんでしょうね。俺は未熟だから分からないや」
「それなら、私も未熟者です」

 未熟者が二人、唇を合わせた。
 まるで、それが自然の摂理であるかのように。

 温かい気持ち、身を焼くような衝動。それらを飼い慣らせないまま、だがこの感触を温度を感動を、至は手放せない。
 唇を食んで、舌を甘噛みして。なぞりあう、確かめ合う行為が、互いの欲をどんどん煽る。
 だが、焚きつけるようなものではなくて、ただ紬を大事にしたい。奪い去りたい気持ちもあるが、紬と共に、この先にあるものを、至は味わいたい。
何度も、何度も、ふやけそうになるほどキスをして。やがて「身体に力が入らなくなった」と蹲って赤面した、可愛い年上の彼の手を引いた。式台に紬を座らせる。至も彼の隣に腰掛けた。
甘えるように、紬の身体に縋り付いた至は、自分でも知らないうちに、微笑んでいたことに気付く。
今なら、弱くてみっともない自分すらも、さらけ出せるかもしれない。

「紬さん、俺は……性行為が、怖い」
「……はい」
「恐らく、幼少時のトラウマ、というやつですね。俺の両親は運命の番でした。でも父は、母を道具のように扱って、無理矢理妊娠させて、ついに母は死んでしまいました。身体の弱いひとだったから、妊娠の負荷に耐えられなくて」
「それは……とても悲しかったでしょうね」

 男として惨めな至を、紬は受け入れ、慰めてくれた。瞼の裏が熱くなった至は、目を閉じた。

「母が、俺を竹細工と出会わせてくれました。この別荘に、眞下師匠を呼んでくれて」

 過去の中の唯一の光。それが眩くて、至はそれに導かれるよう、道を歩いた。

「師匠は、虫籠を作ってくれました。俺は譲と蟋蟀を捕まえて遊んで、母が俺たち兄弟を見守ってくれて。……でも翌日には、母と引き離されました。俺の不用意な言葉の所為で」

 至にとって、それは一生の後悔だ。大きな傷と言ってもいい。
 紬は、その無残な傷跡を知っても、至から目を背けない。それが至には甘酸っぱくて、苦しい。

「母を容赦なく殴った父と、辛そうにしながら詫びる母を、俺は忘れられない。俺の所為でまた、ひとが傷つくんじゃないかって。俺もいつか──父のように番に手を上げるんじゃないかって。そう思うと、生殖そのものが怖くて」

 紬を苦しめるんじゃないかと、心のどこかで至はずっと思っていた。
 しかし。

「なのに今、紬さんを抱きたいんです。何なんでしょうね、矛盾している」

 自嘲した至の頬に、柔らかな感触。それが紬の唇だと気付くと、身体がかっと熱くなる。思わず手を握る。

「……私も実は、少し怖かった、です」

 握り返されながら、紬の告白に、至は目を見開いた。

「オメガなのにと思われるかもしれませんが、性行為をしたことがなくて」
「え?」
「だから、今、至さんにしてほしい自分が、よく分かりません」

 紬がまた微笑むから。口付けをして押し倒す。だって、きっともう、二人とも我慢なんてできないから。
 互いに衣服を脱がせ合って。紬の裸体の美しさに、至は魅入られる。髪の白い紬は、本当に全身が真っ白で、雪兎みたいだ。

「この髪」

 紬のほのかに柔らかい頬を滑らせ、髪を梳く。手のひらにすり寄ってくる紬が可愛くて、堪らず口付け。

「ずっと、紬さんに似合うと思っていました。肌と同じ色で、きれいです」
「……至さん、もしかして、口説いていますか」
「いけませんか?」

 それに、きれいなものをきれいと言うのが口説くというのなら、至は永遠にだって紬を口説いていたい。そうしてほんのり桜色に色付く肌を堪能して、口付けていたい。

「……そんな素振り、ずっと見せなかったくせに」

 ちょっと膨れっ面の紬に、至は首を傾げる。そんな可愛い顔で、怒られるような覚えがなくて。

「これでも、あなたに拒絶されるたび、傷ついていたんですよ」
「それは…………誠に申し訳ありません」

 心の通わないセックスなど、暴力だと至は思っていた。だがそれは至が、紬から伸ばされた手に気付いていなかっただけ、だったのかもしれない。

(俺は、意外と鈍感だったのか?)

 そうかもしれない。他人の心の機微など、あまり気にしたことがない至だ。
 だが今、紬の心の中なら、何処まででも入り込んで見ていたいし、自分が付けた傷があるなら、手当してやりたい。

「すいませんでした。俺の付けた傷は──ここですか?」
「……っん」

 紬の胸の頂を、そっと舐め取る。ふれて欲しそうに、色付いていたから。その可愛い主張が、至を誘うためにされているのが、下半身に熱を齎して、至を堪らなくさせる。

「はぁっ……いたる、さん」

 そんな甘ったるい声で呼ばないで欲しい。心の内が暴れそうで、落ち着かなくて、困る。
 胸を舐る度に蕩けていく紬の表情が、愛らしくて仕方がない。こんな男に、身を委ねられている、愉悦。

「ああっ……そこ、そんなに、舐める、場所では」
「そうですか? 紬さん、気持ち好さそうですよ」
「ん……もう、馬鹿っ……!」

 羞恥心をあらわにした紬の頬に、キス。その間にも指でいじめるのを忘れない。こんなにぷっくりと、触ってほしいと叫んでいる場所が、他にあるだろうか。──至はそう思ったが、身体全体に目を遣れば、もう欲をたぎらせている彼の雄は桃色だし、微かに覗く秘所は愛液を滴らせて式台を濡らしている。

「困るな」

 欲望が膨らみすぎて、困る。

「あなたが、どこもかしこも美味しそうで」

 これほど白いから、熟れた果実であることを気付かなかったことが愚かすぎて、至は自分を殴ってやりたくなる。

「紬さん。つむぐ」
「……っ、至さん」

 呼び合う、だけで、脳がやられる。息がどんどん苦しくなって、至の胸の中に星が降る。その星はきっと、紬の肌のように白い。
 指を添えた、紬の桃色の幹。熱くて、粘膜特有の湿っぽさ。自分の赤黒いものとまるで違う、優美ですらあるそれを擦っていると、先端からどんどん溢れる、透明。指にまとわりつかせると、至がふれるのを喜んでいるかのように、もっともっと露をこぼす。

「あっ……そこ、駄目です、弱い、から……ぁ」

 紬がいやいやと首を振り、自分の手のひらに爪を食い込ませている。皮膚が、可哀想だから。そんな言い訳をして、至は紬の腕を彼の顔の横に倒し、自分の指と彼の指を、そっと絡めた。途端に、紬が泣きそうに眉を歪めたので、目許にキスを。

「紬さん、見てもいいですか。あなたの……俺を受け入れてくれる場所」

 真摯に彼を見つめると、紬は顔中を朱色に染めて、だがゆっくりと、足を開いてくれた。
 白い足の付け根、潤んで赤い、紬の秘所。

(参ったな)

 きれい、とか、美しい、なんて言葉では足りない。確かにそうではあるのだけれど、魅惑的で、どうしようもなく至を興奮させる場所だ。

「ごめんなさい。加減が、できないかもしれない」

 だってもう至は、紬の身体の事情も聞かず、入りこんでしまいたい。かき乱して、彼を嬲って、淫らな顔を至に見せて欲しい。際限なく膨らむ、欲望。

「至さん」

 こんなに至の手で乱されていても、紬の声は何処か清廉だ。凛とした花のようで、それを手折る直前の悦楽に、はまってしまいそうになる。

「もう、私を、めちゃくちゃにして」
「……そんなこと言われた男が、どんな気持ちになるか、分かりますか」
「……さあ」
「こうです」

 苦しいほどに勃起した自身の雄を、至は、ねちゃりと濡れた蕾に押し当てる。奪いたい、欲しい、一つになりたい。
 一瞬だけ怖がってでもいるような表情をした紬が、至の手をぎゅっと握った。

「……至さん。信じなくていいです。でも、戯れ言を、聞いて」
「はい」

 紬の頬に、額に、キスを落としながら返事をする。きっと、紬にとっては大事なことなのだろうから。

「私はあなたの運命の番です。内緒ですよ」
「……紬さんがそう言うなら、信じます」

 そして、そのまま、紬の中に突き入れた。
 頭を振り乱したいほどにそこは甘やかに柔らかく、それでいて甘噛みされているように締め付けてくる。

(気持ちが、好い)

 紬の手を握りしめると、握り返される、というより折れそうなほどに力を込められる。

「は……だ、め、気持ち、好い」

 紬のか細い喘ぎが、至の理性を破壊する。
 快感を逃がそうとでもしているのか、吐息を荒げて身を捩る紬にのしかかり、彼を身動きすら取れなくさせる。そのまま、激しく抽送を繰り返す。包まれる、摩擦する、心地よさ。

「あんっ、や、いた、るさ……」
「辛く、ないですか。ごめんなさい、加減ができない」
「だい、じょうぶ。もっと……」

 強請る姿が、声が、扇情的すぎて。
 ふつり、ふつりと、次なる欲望が湧いて、至の胸の中で暴れる。

「駄目だ。紬さんを困らせるつもりはないのに」

 自分が自分で嫌になる。だが、それでも、紬に乞いたかった。

「あなたがどう感じて、俺で善がるのか、最後まで見たい」
「……いたるさん」

 目を見開いた彼が睫まで白いのを、今更意識させる。この、何度もまばたく瞳は、どう潤むのだろう。

「すいません、忘れてください」
「至さん……中に、ください」

 眩しそうに笑った紬に、息を呑む。

「いや、それは」
「いいんです。あなたで、私をいっぱいにして」

 紬は繋いだ手を離し、至の首に抱きついた。密着した肌と肌、紬の言葉。それだけで達してしまいそうだ。
 もはやこの行為はセックスではなく、至があれほど恐れた生殖にすり替わってしまう、のに。
 その先にあるものを、紬と手を繋いで、見てみたくなった。

(ああ)

 この感情は、何という名前なのだろう。
 もし至が知ることができたなら、紬に一番に教えたい。きっと彼の心の中にも、同じものがあるから。

「紬さん」

 奥へ奥へと狙って紬を突き上げ、きゅう、と締め上げるような内壁の動きに、搾り取られる。堪えきれずに、最後の力で彼を抉ると。

「あ、ああっ……!」

 二人の間で、紬の吐き出した精がべとつく。だが、同じものを今、紬の胎内にも、注いでいる。脳が焼け切れそうな、快楽。

「至、さん」
「紬さん」

 呼び合うまま、再び唇を合わせた。もうこの男を至は何処にもやりたくないし、できることなら何処かにしまって至だけを見て欲しい。恐ろしいほどの独占欲は、まだ息の整わない紬を抱き上げた。

「……至さん?」
「俺の部屋で、もう一度、しませんか。あなたをもっと、味わいたい」

 このまま想いが加速したなら、また紬を傷つけるかもしれない。だのに、歯止めが利かない。
 白い肌も、熱い粘膜も、あの美しい髪の一筋まで、奪って鳴かせて、至だけを見て欲しいのだ。

「はい」

 頷いた紬は、永遠に知らなくていい。至の胸に巣くう情欲の、深さも重さも。
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