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4-2. ※R18
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やっと、花瓶の完成品と呼べるものができた。
土間の中心、作品のための台に花瓶を載せ、ほうっと感嘆の溜息を吐く。至自身でも、これはという会心の出来だったし、紬にも「とても美しいです」と褒められた。
この美麗な作品を生み出せたことが嬉しく、至はいつまででも見ていたくなった。──いつか、眞下師匠の虫籠に見蕩れた、子供の頃のように。
(ああ、なんだ。馬鹿だな、俺は)
こんな単純なことすら忘れていたなんて。
「紬さん、いつか、父親を見返すことが、これを作る目的かと聞いてくれましたね」
「はい」
「俺は間違っていた。竹細工が好きだから俺は、これを作ったんです。父親を見返すのは、俺が俺の人生を全うしてからだ。そうでしょう」
至の横で、花瓶に注がれていた紬の視線が、こちらを向いた。
「その意気です」
不意に。
にっこり笑った紬がきれいで。その笑顔が、至の心臓の裏を引っ掻いたから。
もう堪えきれずに、抱き締めてしまった。
ふれた瞬間鼓動が跳ね上がり、至の胸を熱い気持ちがせり上がってくる。だがこの感情は、全く知らないという訳ではない。いつの間にか、紬を見つめるとき、紬から見つめられるときに、胸をじりじりと焦がすようになっていたものだ。
「至、さん?」
「俺、たまに思うんです。もしかして紬さんが、俺の運命の番なんじゃないかって。俺の足りないところを、あなたが足して補ってくれるみたいだ」
だから離したくないのではない。だから、こんなに切なくなるのではない。
でもどうしたって、至の身体は叫ぶ。紬を、紬だけを欲しがれと。
震える手の、震える声の紬が、それでも至を抱き返してくれた。
「……もしかしたら、運命の番かもしれませんよ」
「まさか。登録所で違うと判定されているのでしょう。でも、俺はそうであって欲しかったな」
もし紬が運命なら。
今の至は、それを喜びとして享受する。
彼以外が運命であって欲しくないとさえ、感じる。
紬ももし、そう思ってくれたらなんて、手前勝手を押し付けたくなる。これだから上位アルファは傲慢だと、至は紬に笑われるのだ。
だのに、紬は。
「運命じゃないと、番になりたくありませんか」
──紬を番として生きる人生。
何て甘い想像だろう。
「……今、あなたにふれていると、安心するし、胸が速くなる」
「私もです」
迷いもなく肯定してくれる紬に、至は息をも奪われる。これは。この感情の、名前は。
「こういうのを何て言うんでしょうね。俺は未熟だから分からないや」
「それなら、私も未熟者です」
未熟者が二人、唇を合わせた。
まるで、それが自然の摂理であるかのように。
温かい気持ち、身を焼くような衝動。それらを飼い慣らせないまま、だがこの感触を温度を感動を、至は手放せない。
唇を食んで、舌を甘噛みして。なぞりあう、確かめ合う行為が、互いの欲をどんどん煽る。
だが、焚きつけるようなものではなくて、ただ紬を大事にしたい。奪い去りたい気持ちもあるが、紬と共に、この先にあるものを、至は味わいたい。
何度も、何度も、ふやけそうになるほどキスをして。やがて「身体に力が入らなくなった」と蹲って赤面した、可愛い年上の彼の手を引いた。式台に紬を座らせる。至も彼の隣に腰掛けた。
甘えるように、紬の身体に縋り付いた至は、自分でも知らないうちに、微笑んでいたことに気付く。
今なら、弱くてみっともない自分すらも、さらけ出せるかもしれない。
「紬さん、俺は……性行為が、怖い」
「……はい」
「恐らく、幼少時のトラウマ、というやつですね。俺の両親は運命の番でした。でも父は、母を道具のように扱って、無理矢理妊娠させて、ついに母は死んでしまいました。身体の弱いひとだったから、妊娠の負荷に耐えられなくて」
「それは……とても悲しかったでしょうね」
男として惨めな至を、紬は受け入れ、慰めてくれた。瞼の裏が熱くなった至は、目を閉じた。
「母が、俺を竹細工と出会わせてくれました。この別荘に、眞下師匠を呼んでくれて」
過去の中の唯一の光。それが眩くて、至はそれに導かれるよう、道を歩いた。
「師匠は、虫籠を作ってくれました。俺は譲と蟋蟀を捕まえて遊んで、母が俺たち兄弟を見守ってくれて。……でも翌日には、母と引き離されました。俺の不用意な言葉の所為で」
至にとって、それは一生の後悔だ。大きな傷と言ってもいい。
紬は、その無残な傷跡を知っても、至から目を背けない。それが至には甘酸っぱくて、苦しい。
「母を容赦なく殴った父と、辛そうにしながら詫びる母を、俺は忘れられない。俺の所為でまた、ひとが傷つくんじゃないかって。俺もいつか──父のように番に手を上げるんじゃないかって。そう思うと、生殖そのものが怖くて」
紬を苦しめるんじゃないかと、心のどこかで至はずっと思っていた。
しかし。
「なのに今、紬さんを抱きたいんです。何なんでしょうね、矛盾している」
自嘲した至の頬に、柔らかな感触。それが紬の唇だと気付くと、身体がかっと熱くなる。思わず手を握る。
「……私も実は、少し怖かった、です」
握り返されながら、紬の告白に、至は目を見開いた。
「オメガなのにと思われるかもしれませんが、性行為をしたことがなくて」
「え?」
「だから、今、至さんにしてほしい自分が、よく分かりません」
紬がまた微笑むから。口付けをして押し倒す。だって、きっともう、二人とも我慢なんてできないから。
互いに衣服を脱がせ合って。紬の裸体の美しさに、至は魅入られる。髪の白い紬は、本当に全身が真っ白で、雪兎みたいだ。
「この髪」
紬のほのかに柔らかい頬を滑らせ、髪を梳く。手のひらにすり寄ってくる紬が可愛くて、堪らず口付け。
「ずっと、紬さんに似合うと思っていました。肌と同じ色で、きれいです」
「……至さん、もしかして、口説いていますか」
「いけませんか?」
それに、きれいなものをきれいと言うのが口説くというのなら、至は永遠にだって紬を口説いていたい。そうしてほんのり桜色に色付く肌を堪能して、口付けていたい。
「……そんな素振り、ずっと見せなかったくせに」
ちょっと膨れっ面の紬に、至は首を傾げる。そんな可愛い顔で、怒られるような覚えがなくて。
「これでも、あなたに拒絶されるたび、傷ついていたんですよ」
「それは…………誠に申し訳ありません」
心の通わないセックスなど、暴力だと至は思っていた。だがそれは至が、紬から伸ばされた手に気付いていなかっただけ、だったのかもしれない。
(俺は、意外と鈍感だったのか?)
そうかもしれない。他人の心の機微など、あまり気にしたことがない至だ。
だが今、紬の心の中なら、何処まででも入り込んで見ていたいし、自分が付けた傷があるなら、手当してやりたい。
「すいませんでした。俺の付けた傷は──ここですか?」
「……っん」
紬の胸の頂を、そっと舐め取る。ふれて欲しそうに、色付いていたから。その可愛い主張が、至を誘うためにされているのが、下半身に熱を齎して、至を堪らなくさせる。
「はぁっ……いたる、さん」
そんな甘ったるい声で呼ばないで欲しい。心の内が暴れそうで、落ち着かなくて、困る。
胸を舐る度に蕩けていく紬の表情が、愛らしくて仕方がない。こんな男に、身を委ねられている、愉悦。
「ああっ……そこ、そんなに、舐める、場所では」
「そうですか? 紬さん、気持ち好さそうですよ」
「ん……もう、馬鹿っ……!」
羞恥心をあらわにした紬の頬に、キス。その間にも指でいじめるのを忘れない。こんなにぷっくりと、触ってほしいと叫んでいる場所が、他にあるだろうか。──至はそう思ったが、身体全体に目を遣れば、もう欲をたぎらせている彼の雄は桃色だし、微かに覗く秘所は愛液を滴らせて式台を濡らしている。
「困るな」
欲望が膨らみすぎて、困る。
「あなたが、どこもかしこも美味しそうで」
これほど白いから、熟れた果実であることを気付かなかったことが愚かすぎて、至は自分を殴ってやりたくなる。
「紬さん。つむぐ」
「……っ、至さん」
呼び合う、だけで、脳がやられる。息がどんどん苦しくなって、至の胸の中に星が降る。その星はきっと、紬の肌のように白い。
指を添えた、紬の桃色の幹。熱くて、粘膜特有の湿っぽさ。自分の赤黒いものとまるで違う、優美ですらあるそれを擦っていると、先端からどんどん溢れる、透明。指にまとわりつかせると、至がふれるのを喜んでいるかのように、もっともっと露をこぼす。
「あっ……そこ、駄目です、弱い、から……ぁ」
紬がいやいやと首を振り、自分の手のひらに爪を食い込ませている。皮膚が、可哀想だから。そんな言い訳をして、至は紬の腕を彼の顔の横に倒し、自分の指と彼の指を、そっと絡めた。途端に、紬が泣きそうに眉を歪めたので、目許にキスを。
「紬さん、見てもいいですか。あなたの……俺を受け入れてくれる場所」
真摯に彼を見つめると、紬は顔中を朱色に染めて、だがゆっくりと、足を開いてくれた。
白い足の付け根、潤んで赤い、紬の秘所。
(参ったな)
きれい、とか、美しい、なんて言葉では足りない。確かにそうではあるのだけれど、魅惑的で、どうしようもなく至を興奮させる場所だ。
「ごめんなさい。加減が、できないかもしれない」
だってもう至は、紬の身体の事情も聞かず、入りこんでしまいたい。かき乱して、彼を嬲って、淫らな顔を至に見せて欲しい。際限なく膨らむ、欲望。
「至さん」
こんなに至の手で乱されていても、紬の声は何処か清廉だ。凛とした花のようで、それを手折る直前の悦楽に、はまってしまいそうになる。
「もう、私を、めちゃくちゃにして」
「……そんなこと言われた男が、どんな気持ちになるか、分かりますか」
「……さあ」
「こうです」
苦しいほどに勃起した自身の雄を、至は、ねちゃりと濡れた蕾に押し当てる。奪いたい、欲しい、一つになりたい。
一瞬だけ怖がってでもいるような表情をした紬が、至の手をぎゅっと握った。
「……至さん。信じなくていいです。でも、戯れ言を、聞いて」
「はい」
紬の頬に、額に、キスを落としながら返事をする。きっと、紬にとっては大事なことなのだろうから。
「私はあなたの運命の番です。内緒ですよ」
「……紬さんがそう言うなら、信じます」
そして、そのまま、紬の中に突き入れた。
頭を振り乱したいほどにそこは甘やかに柔らかく、それでいて甘噛みされているように締め付けてくる。
(気持ちが、好い)
紬の手を握りしめると、握り返される、というより折れそうなほどに力を込められる。
「は……だ、め、気持ち、好い」
紬のか細い喘ぎが、至の理性を破壊する。
快感を逃がそうとでもしているのか、吐息を荒げて身を捩る紬にのしかかり、彼を身動きすら取れなくさせる。そのまま、激しく抽送を繰り返す。包まれる、摩擦する、心地よさ。
「あんっ、や、いた、るさ……」
「辛く、ないですか。ごめんなさい、加減ができない」
「だい、じょうぶ。もっと……」
強請る姿が、声が、扇情的すぎて。
ふつり、ふつりと、次なる欲望が湧いて、至の胸の中で暴れる。
「駄目だ。紬さんを困らせるつもりはないのに」
自分が自分で嫌になる。だが、それでも、紬に乞いたかった。
「あなたがどう感じて、俺で善がるのか、最後まで見たい」
「……いたるさん」
目を見開いた彼が睫まで白いのを、今更意識させる。この、何度もまばたく瞳は、どう潤むのだろう。
「すいません、忘れてください」
「至さん……中に、ください」
眩しそうに笑った紬に、息を呑む。
「いや、それは」
「いいんです。あなたで、私をいっぱいにして」
紬は繋いだ手を離し、至の首に抱きついた。密着した肌と肌、紬の言葉。それだけで達してしまいそうだ。
もはやこの行為はセックスではなく、至があれほど恐れた生殖にすり替わってしまう、のに。
その先にあるものを、紬と手を繋いで、見てみたくなった。
(ああ)
この感情は、何という名前なのだろう。
もし至が知ることができたなら、紬に一番に教えたい。きっと彼の心の中にも、同じものがあるから。
「紬さん」
奥へ奥へと狙って紬を突き上げ、きゅう、と締め上げるような内壁の動きに、搾り取られる。堪えきれずに、最後の力で彼を抉ると。
「あ、ああっ……!」
二人の間で、紬の吐き出した精がべとつく。だが、同じものを今、紬の胎内にも、注いでいる。脳が焼け切れそうな、快楽。
「至、さん」
「紬さん」
呼び合うまま、再び唇を合わせた。もうこの男を至は何処にもやりたくないし、できることなら何処かにしまって至だけを見て欲しい。恐ろしいほどの独占欲は、まだ息の整わない紬を抱き上げた。
「……至さん?」
「俺の部屋で、もう一度、しませんか。あなたをもっと、味わいたい」
このまま想いが加速したなら、また紬を傷つけるかもしれない。だのに、歯止めが利かない。
白い肌も、熱い粘膜も、あの美しい髪の一筋まで、奪って鳴かせて、至だけを見て欲しいのだ。
「はい」
頷いた紬は、永遠に知らなくていい。至の胸に巣くう情欲の、深さも重さも。
土間の中心、作品のための台に花瓶を載せ、ほうっと感嘆の溜息を吐く。至自身でも、これはという会心の出来だったし、紬にも「とても美しいです」と褒められた。
この美麗な作品を生み出せたことが嬉しく、至はいつまででも見ていたくなった。──いつか、眞下師匠の虫籠に見蕩れた、子供の頃のように。
(ああ、なんだ。馬鹿だな、俺は)
こんな単純なことすら忘れていたなんて。
「紬さん、いつか、父親を見返すことが、これを作る目的かと聞いてくれましたね」
「はい」
「俺は間違っていた。竹細工が好きだから俺は、これを作ったんです。父親を見返すのは、俺が俺の人生を全うしてからだ。そうでしょう」
至の横で、花瓶に注がれていた紬の視線が、こちらを向いた。
「その意気です」
不意に。
にっこり笑った紬がきれいで。その笑顔が、至の心臓の裏を引っ掻いたから。
もう堪えきれずに、抱き締めてしまった。
ふれた瞬間鼓動が跳ね上がり、至の胸を熱い気持ちがせり上がってくる。だがこの感情は、全く知らないという訳ではない。いつの間にか、紬を見つめるとき、紬から見つめられるときに、胸をじりじりと焦がすようになっていたものだ。
「至、さん?」
「俺、たまに思うんです。もしかして紬さんが、俺の運命の番なんじゃないかって。俺の足りないところを、あなたが足して補ってくれるみたいだ」
だから離したくないのではない。だから、こんなに切なくなるのではない。
でもどうしたって、至の身体は叫ぶ。紬を、紬だけを欲しがれと。
震える手の、震える声の紬が、それでも至を抱き返してくれた。
「……もしかしたら、運命の番かもしれませんよ」
「まさか。登録所で違うと判定されているのでしょう。でも、俺はそうであって欲しかったな」
もし紬が運命なら。
今の至は、それを喜びとして享受する。
彼以外が運命であって欲しくないとさえ、感じる。
紬ももし、そう思ってくれたらなんて、手前勝手を押し付けたくなる。これだから上位アルファは傲慢だと、至は紬に笑われるのだ。
だのに、紬は。
「運命じゃないと、番になりたくありませんか」
──紬を番として生きる人生。
何て甘い想像だろう。
「……今、あなたにふれていると、安心するし、胸が速くなる」
「私もです」
迷いもなく肯定してくれる紬に、至は息をも奪われる。これは。この感情の、名前は。
「こういうのを何て言うんでしょうね。俺は未熟だから分からないや」
「それなら、私も未熟者です」
未熟者が二人、唇を合わせた。
まるで、それが自然の摂理であるかのように。
温かい気持ち、身を焼くような衝動。それらを飼い慣らせないまま、だがこの感触を温度を感動を、至は手放せない。
唇を食んで、舌を甘噛みして。なぞりあう、確かめ合う行為が、互いの欲をどんどん煽る。
だが、焚きつけるようなものではなくて、ただ紬を大事にしたい。奪い去りたい気持ちもあるが、紬と共に、この先にあるものを、至は味わいたい。
何度も、何度も、ふやけそうになるほどキスをして。やがて「身体に力が入らなくなった」と蹲って赤面した、可愛い年上の彼の手を引いた。式台に紬を座らせる。至も彼の隣に腰掛けた。
甘えるように、紬の身体に縋り付いた至は、自分でも知らないうちに、微笑んでいたことに気付く。
今なら、弱くてみっともない自分すらも、さらけ出せるかもしれない。
「紬さん、俺は……性行為が、怖い」
「……はい」
「恐らく、幼少時のトラウマ、というやつですね。俺の両親は運命の番でした。でも父は、母を道具のように扱って、無理矢理妊娠させて、ついに母は死んでしまいました。身体の弱いひとだったから、妊娠の負荷に耐えられなくて」
「それは……とても悲しかったでしょうね」
男として惨めな至を、紬は受け入れ、慰めてくれた。瞼の裏が熱くなった至は、目を閉じた。
「母が、俺を竹細工と出会わせてくれました。この別荘に、眞下師匠を呼んでくれて」
過去の中の唯一の光。それが眩くて、至はそれに導かれるよう、道を歩いた。
「師匠は、虫籠を作ってくれました。俺は譲と蟋蟀を捕まえて遊んで、母が俺たち兄弟を見守ってくれて。……でも翌日には、母と引き離されました。俺の不用意な言葉の所為で」
至にとって、それは一生の後悔だ。大きな傷と言ってもいい。
紬は、その無残な傷跡を知っても、至から目を背けない。それが至には甘酸っぱくて、苦しい。
「母を容赦なく殴った父と、辛そうにしながら詫びる母を、俺は忘れられない。俺の所為でまた、ひとが傷つくんじゃないかって。俺もいつか──父のように番に手を上げるんじゃないかって。そう思うと、生殖そのものが怖くて」
紬を苦しめるんじゃないかと、心のどこかで至はずっと思っていた。
しかし。
「なのに今、紬さんを抱きたいんです。何なんでしょうね、矛盾している」
自嘲した至の頬に、柔らかな感触。それが紬の唇だと気付くと、身体がかっと熱くなる。思わず手を握る。
「……私も実は、少し怖かった、です」
握り返されながら、紬の告白に、至は目を見開いた。
「オメガなのにと思われるかもしれませんが、性行為をしたことがなくて」
「え?」
「だから、今、至さんにしてほしい自分が、よく分かりません」
紬がまた微笑むから。口付けをして押し倒す。だって、きっともう、二人とも我慢なんてできないから。
互いに衣服を脱がせ合って。紬の裸体の美しさに、至は魅入られる。髪の白い紬は、本当に全身が真っ白で、雪兎みたいだ。
「この髪」
紬のほのかに柔らかい頬を滑らせ、髪を梳く。手のひらにすり寄ってくる紬が可愛くて、堪らず口付け。
「ずっと、紬さんに似合うと思っていました。肌と同じ色で、きれいです」
「……至さん、もしかして、口説いていますか」
「いけませんか?」
それに、きれいなものをきれいと言うのが口説くというのなら、至は永遠にだって紬を口説いていたい。そうしてほんのり桜色に色付く肌を堪能して、口付けていたい。
「……そんな素振り、ずっと見せなかったくせに」
ちょっと膨れっ面の紬に、至は首を傾げる。そんな可愛い顔で、怒られるような覚えがなくて。
「これでも、あなたに拒絶されるたび、傷ついていたんですよ」
「それは…………誠に申し訳ありません」
心の通わないセックスなど、暴力だと至は思っていた。だがそれは至が、紬から伸ばされた手に気付いていなかっただけ、だったのかもしれない。
(俺は、意外と鈍感だったのか?)
そうかもしれない。他人の心の機微など、あまり気にしたことがない至だ。
だが今、紬の心の中なら、何処まででも入り込んで見ていたいし、自分が付けた傷があるなら、手当してやりたい。
「すいませんでした。俺の付けた傷は──ここですか?」
「……っん」
紬の胸の頂を、そっと舐め取る。ふれて欲しそうに、色付いていたから。その可愛い主張が、至を誘うためにされているのが、下半身に熱を齎して、至を堪らなくさせる。
「はぁっ……いたる、さん」
そんな甘ったるい声で呼ばないで欲しい。心の内が暴れそうで、落ち着かなくて、困る。
胸を舐る度に蕩けていく紬の表情が、愛らしくて仕方がない。こんな男に、身を委ねられている、愉悦。
「ああっ……そこ、そんなに、舐める、場所では」
「そうですか? 紬さん、気持ち好さそうですよ」
「ん……もう、馬鹿っ……!」
羞恥心をあらわにした紬の頬に、キス。その間にも指でいじめるのを忘れない。こんなにぷっくりと、触ってほしいと叫んでいる場所が、他にあるだろうか。──至はそう思ったが、身体全体に目を遣れば、もう欲をたぎらせている彼の雄は桃色だし、微かに覗く秘所は愛液を滴らせて式台を濡らしている。
「困るな」
欲望が膨らみすぎて、困る。
「あなたが、どこもかしこも美味しそうで」
これほど白いから、熟れた果実であることを気付かなかったことが愚かすぎて、至は自分を殴ってやりたくなる。
「紬さん。つむぐ」
「……っ、至さん」
呼び合う、だけで、脳がやられる。息がどんどん苦しくなって、至の胸の中に星が降る。その星はきっと、紬の肌のように白い。
指を添えた、紬の桃色の幹。熱くて、粘膜特有の湿っぽさ。自分の赤黒いものとまるで違う、優美ですらあるそれを擦っていると、先端からどんどん溢れる、透明。指にまとわりつかせると、至がふれるのを喜んでいるかのように、もっともっと露をこぼす。
「あっ……そこ、駄目です、弱い、から……ぁ」
紬がいやいやと首を振り、自分の手のひらに爪を食い込ませている。皮膚が、可哀想だから。そんな言い訳をして、至は紬の腕を彼の顔の横に倒し、自分の指と彼の指を、そっと絡めた。途端に、紬が泣きそうに眉を歪めたので、目許にキスを。
「紬さん、見てもいいですか。あなたの……俺を受け入れてくれる場所」
真摯に彼を見つめると、紬は顔中を朱色に染めて、だがゆっくりと、足を開いてくれた。
白い足の付け根、潤んで赤い、紬の秘所。
(参ったな)
きれい、とか、美しい、なんて言葉では足りない。確かにそうではあるのだけれど、魅惑的で、どうしようもなく至を興奮させる場所だ。
「ごめんなさい。加減が、できないかもしれない」
だってもう至は、紬の身体の事情も聞かず、入りこんでしまいたい。かき乱して、彼を嬲って、淫らな顔を至に見せて欲しい。際限なく膨らむ、欲望。
「至さん」
こんなに至の手で乱されていても、紬の声は何処か清廉だ。凛とした花のようで、それを手折る直前の悦楽に、はまってしまいそうになる。
「もう、私を、めちゃくちゃにして」
「……そんなこと言われた男が、どんな気持ちになるか、分かりますか」
「……さあ」
「こうです」
苦しいほどに勃起した自身の雄を、至は、ねちゃりと濡れた蕾に押し当てる。奪いたい、欲しい、一つになりたい。
一瞬だけ怖がってでもいるような表情をした紬が、至の手をぎゅっと握った。
「……至さん。信じなくていいです。でも、戯れ言を、聞いて」
「はい」
紬の頬に、額に、キスを落としながら返事をする。きっと、紬にとっては大事なことなのだろうから。
「私はあなたの運命の番です。内緒ですよ」
「……紬さんがそう言うなら、信じます」
そして、そのまま、紬の中に突き入れた。
頭を振り乱したいほどにそこは甘やかに柔らかく、それでいて甘噛みされているように締め付けてくる。
(気持ちが、好い)
紬の手を握りしめると、握り返される、というより折れそうなほどに力を込められる。
「は……だ、め、気持ち、好い」
紬のか細い喘ぎが、至の理性を破壊する。
快感を逃がそうとでもしているのか、吐息を荒げて身を捩る紬にのしかかり、彼を身動きすら取れなくさせる。そのまま、激しく抽送を繰り返す。包まれる、摩擦する、心地よさ。
「あんっ、や、いた、るさ……」
「辛く、ないですか。ごめんなさい、加減ができない」
「だい、じょうぶ。もっと……」
強請る姿が、声が、扇情的すぎて。
ふつり、ふつりと、次なる欲望が湧いて、至の胸の中で暴れる。
「駄目だ。紬さんを困らせるつもりはないのに」
自分が自分で嫌になる。だが、それでも、紬に乞いたかった。
「あなたがどう感じて、俺で善がるのか、最後まで見たい」
「……いたるさん」
目を見開いた彼が睫まで白いのを、今更意識させる。この、何度もまばたく瞳は、どう潤むのだろう。
「すいません、忘れてください」
「至さん……中に、ください」
眩しそうに笑った紬に、息を呑む。
「いや、それは」
「いいんです。あなたで、私をいっぱいにして」
紬は繋いだ手を離し、至の首に抱きついた。密着した肌と肌、紬の言葉。それだけで達してしまいそうだ。
もはやこの行為はセックスではなく、至があれほど恐れた生殖にすり替わってしまう、のに。
その先にあるものを、紬と手を繋いで、見てみたくなった。
(ああ)
この感情は、何という名前なのだろう。
もし至が知ることができたなら、紬に一番に教えたい。きっと彼の心の中にも、同じものがあるから。
「紬さん」
奥へ奥へと狙って紬を突き上げ、きゅう、と締め上げるような内壁の動きに、搾り取られる。堪えきれずに、最後の力で彼を抉ると。
「あ、ああっ……!」
二人の間で、紬の吐き出した精がべとつく。だが、同じものを今、紬の胎内にも、注いでいる。脳が焼け切れそうな、快楽。
「至、さん」
「紬さん」
呼び合うまま、再び唇を合わせた。もうこの男を至は何処にもやりたくないし、できることなら何処かにしまって至だけを見て欲しい。恐ろしいほどの独占欲は、まだ息の整わない紬を抱き上げた。
「……至さん?」
「俺の部屋で、もう一度、しませんか。あなたをもっと、味わいたい」
このまま想いが加速したなら、また紬を傷つけるかもしれない。だのに、歯止めが利かない。
白い肌も、熱い粘膜も、あの美しい髪の一筋まで、奪って鳴かせて、至だけを見て欲しいのだ。
「はい」
頷いた紬は、永遠に知らなくていい。至の胸に巣くう情欲の、深さも重さも。
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田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
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