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大人になった僕ら

36.送り火(1)

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 智の仕事用のゴミ箱を狙って、使用済みのコンドームを投げ入れた。智はそれに文句も言えないほどにぐったりしている。まあ、僕の所為だが。

「気持ち好かった?」
「んー? うん……」
「そう。疲れちゃった? 仕事できそう?」
「うーん……」

 もううめくばかりの智だ。可愛い、そして、愛おしくて憎らしい。
 だが、智が駄目になったならば、僕たちは共倒れだ。
 だから、こんな風にセックス依存になられても、困るのだ。
 智を抱きたくないわけじゃない。だけれど、愛のないセックスで善がり、心の深くにあるおりを、更に深くへと押し込める智を見ているのは、僕が辛い。

「智、初盆、しようか」
「はつぼん? 何……言って……」

 ぼうっとしたまま鸚鵡返しをしていた智が、不意にはっとして顔を上げた。

「初盆なんて帰らないって言っただろ! 誰があの女のために」
「そうだね。でも智、そのままでも苦しそうだからさ。区切り付けよう」
「嫌だって! あんな場所、あそこは嫌だ……!」
「そうだね。だったらさ、ここでやっちゃえばいい」

 そうして智が驚きで口も利けずにいる間に、僕はベッドの下に潜り込む。
 掴んだのは、3月からずっとほこりを被っていた、ペールブルーのキャンドルの入った、段ボール箱だ。何て軽いんだろう、魂みたいだ。

「何言ってんだ。何の用意もしてないのに」
「そんなもの、したくもないだろ。だったらさ」

 僕は思いきって、荷物ラベルをべりっと剥がす。智の喉から、潰れた蛙みたいな呻き声が漏れる。

「早音、何を」
「送り火の代わりに、これ、灯そうよ」

 僕の手の中にあるのは、あのペールブルーの美しいキャンドルだ。
 智の青い顔色が、土気色になる。
 だが僕は、言葉を続ける。止めるわけにはいかなかった。

「ちゃんと送り火焚いてさ、君の母親が迷わないようにしないと。だから、全部燃やしちゃおうよ、これ」

 そうしないと、智がいつまでも『その執着』に囚われ続ける気がした。
 早春に作ったキャンドルを母親の許に送りそびれたまま、智は立ち止まっている。そんな気がしてならない。
 だから、彼女の象徴ごと、無くしてしまうのが一番だ。
 なのに智は、首を振った。

「イヤ、だ」

 視線だけがキャンドルに釘付けだ。頭を振って拒絶しているのに。

「智」
「誰があの女のためにそんなことするかよ。これは、一点ものだから高く売るんだ」

 売る気なんて毛頭ないくせに、智が強がるから、僕は皮肉をそのまま歪んだ笑みにすることしか出来ない。

「いつ売るの。春どころか、梅雨時期も終わったのに」

 それこそ売る気のない象徴だろうと、暗に含めば。

「くそ」

 挑発にまんまと乗った智が、裸のままこちらに向かってくる。そんな彼が可愛いと思う。だからこそ、苦しみ続けるのが可哀想なのだ。
 しかし智は、キャンドルに火を点けるのを躊躇った。
 仕事用のライターの火を点けては消し、目を伏せて、唇を噛んでいる。
 僕が代わりにやってやることは、できない。智が自分の手で燃やさないと、意味が無いのだ。
 僕の唯一できることは、彼の背中を押すことだけ。

「智。これがないと、困るの?」
「……困んねえよ!」

 怒りと羞恥に発火した、智の瞳とライター。ついに木芯に火が着いて、ゆらり、ゆらりとオレンジ色が揺れる。
 智が膝を震わせた。急いで抱き寄せる。互いに裸なのを思い出す。『初盆』の儀式中なのに、滑稽だ。
 腕の中の智は項垂れて、こちらからは金髪しか覗くことができない。泣いてはいないだろうことしか、分からない。
 今どんな気持ちでいるのか、知りたかった。だけれど、それを吐露してくれるほど、智は強くも弱くもないだろうから。

「良い香りだね。これ、何を混ぜてるの」
「お前に言って分かるのか?」
「もしかしたら分かるかも」

 そんな風に気を紛らわせてやることしかできない。智がふっと笑う。

「サンダルウッドとフランキンセンスと」
「ごめん」
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