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第十話「紅茶には砂糖をひとつ」

【三章】大きさが違うケーキを並べて

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 砂糖を入れないとコーヒーを飲めない位に子供っぽい所があるのだと、目が離せなかった。自然と視線は向いてしまっていて、居心地が悪かったのだと思う。それでも、その言葉はナイフで抉られる事だと知らないのだろうかと、杏は葵のベッドに顔を乗せて涙を零す。凛が背中を擦ってくれていて、その優しさは嬉しいと同時に悲しくもなる。だって杏は凛ではないのだ。どんなに頑張ってもなれないもう一人の自分。小さい頃から比較されるのが当たり前で、『どっちがどっちなのか判らない』といつも言われていた。素直な凛に好意を向ける者は多い。そんな凛に嫉妬して素直になれない自分が嫌いだった。凛になりたいと何度も思った。でも自分は北川杏という少女だという事実は絶対に変わらないのだと、何度も突き付けられて来た。自分が凛と同じ学校に行っていたのなら、凛より先に葵と仲良くなれたかもしれないし、隣にいたのは自分だったのかもしれない。だけど杏は比較されたくなくて電車で通える女子高に進学した。そうしなければ良かったのだろうか。どうしたらいいのか解らなくなるくらいにぐちゃぐちゃと好きな人の布団を濡らしている。
 扉が閉まる音と静かな足音が聞こえても、涙は止まらなくて。顔を上げて布団を汚してしまった事を謝らなければいけないのに、標本にされた様に身体が動かない。ただ、背中を擦る温もりが変わった事には気付いた。

「僕は双子じゃないから、感じ方は理解してあげられないけど、でも双子じゃなくても人と比べられる事は辛いよ」

 ゆっくりと背中を撫でられるその感覚が心地いい。

「陽兄はさ、昔から素直じゃないんだ。それに女の子の前ではいつも照れちゃう人でさ」

 背中を一回撫でられて、その後頭を軽く撫でられた。こんな風に優しく包んでくれる人は久々で、尚更早く出会いたかったと思ってしまう。

「杏は十分可愛いし、凛とは違う魅力がある。そんな杏の事が僕は好きだよ」
「……え」

 思わず顔を上げれば、太陽に照らされたと錯覚をする程に眩しい笑顔で見つめられていた。一番聞きたかった言葉。だけどその意味は求めていたものでない事を理解してしまった。だって葵の笑みは大切な友人へ向けるものだ。交際経験が豊富な杏には解ってしまう。瞳に溢れていた涙が零れて、葵は左指で涙を拭う。
 でも、その指が違う人だったらいいのかもしれないなんて、浮かんだ人物に杏は目を丸くした後小さく顔を振る。どうしてその顔が浮かぶのか解らない。今こうなっている原因は彼にあるのに、目の前にある様な表情かおで見つめて欲しいなんて思ってしまいそうで。きっと混乱しているから、兄妹である葵に重なってしまうだけ。

「杏はさ、陽兄の事は嫌い?」
「……嫌い…………じゃない……」
 
 素直な気持ちを口にすると、葵は嬉しそうな笑みに変わった。どうしてそんな表情かおをするのか杏は解らずじっと見つめてしまう。やっぱり兄妹なんだなって思う位に似ている顔は美しくて。

「僕は杏の味方だよ。杏を傷つけるなら、陽兄でも許さないし、暫く帰って来ないでって言う事も出来る」
「……え?」
「そうして欲しいなら今すぐに帰ってもらうけど……杏はどうして欲しい?」

 視線を下げて杏は考える。今彼の事を拒絶したらしばらく会う事はないのだろう。次に会うのがいつなのか想像が出来ない。そう思うと不安になってしまって、ゆっくりと顔を上げると、優しく微笑む顔は本当に望んでいる顔ではない。まだ混乱しているのかもしれない。先程から葵に重ねてしまう顔が頭から離れなくて、だからリビングにいた時も目が離せなかった。知りたいと思ってしまった。これは混乱しているのではなく本心だ。このまま会えなくなる方が辛いと思って、だけど瞳は少し揺らいでしまう。揺らいだまま視線を合わせると真っ直ぐに向けられた瞳で理解してしまった。

「葵……あたしは……、好き……だよ」
「うん……」
「背中、擦ってくれてありがとう」

 両手で涙を拭って葵に向けて笑顔を見せる。少し腫れてしまった目は力強かった。立ち上がったその背中には蝶の羽が生えている気がする程に堂々としていて、葵と凛を交互に見た後、前を向いた。

(好きなの)

 自分の想いを胸に抱いたまま、少女は前を向き続ける。
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