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終章「The last battle in shangri-la eden」
千秋楽土「天国の外側」(通常版)
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人々の世に平和が満ち 争いが途絶える時
その環より弾き出され 彷徨う亡者が現れる
満ち足りた平和は 満ち足りぬほどの命を生み出し
供された命は 平和を内より食い破る手先となる
やがて命は亡者に辿り着く 朽ちた鎧に魂が宿る
平和に満ちた天国を粉砕し 我らの楽土を拓かんと
亡者たちは己が力を競い合い 果てなき戦乱を呼び起こす
顕現するは最後の楽園 天国の外側
極まる力を携えた亡者は かの地にて雌雄を決す
原初零核シャングリラ・エデン 第一期次元領域
バロンたち一行が細く連なった岩の道を進み続けていると、やがて景色が変わっていく。キューブの波は消え、中空に浮かんでいた巨大な空間も消えているが、紛れもなく、元のシャングリラの次元領域だった。
「すぅー……はぁー……っ」
無限に続く暗黒の平地に、エメルが立っていた。満ち足りた表情で深呼吸する彼女はバロンを見つめ、そして瞳孔を極端に収縮させて目を見開く。
「待っていましたよ、バロン。この瞬間を……数え切れぬほどの時間、待ち続けていました……いくつもの宇宙を滅ぼし、あなたへの愛憎を燃え募らせてね……!」
エリアルとシマエナガを残し、バロンは前へ進む。
「……エメル……」
「あなたもそうでしょう。争いに狂ったもの同士、欲しいものはただ一つ」
エメルは目を元に戻し、穏やかな表情で右手を上げ、掌を見る。
「全ての万物を凌駕する、究極至高の力を手にすること……」
右手を握り締め、再び目を見開いてバロンを直視する。
「そのためにあなたを愛して、憎んで、想い続けて……!」
手を開き、眼前を薙ぐ。
「もう待ちきれないッ!あなたをこの手で殺して、私の心を壊す!そして私は、最強の力を手に入れるッ!」
「……いいだろうエメル。ここがお前の墓場だ」
「クハハハハッ!」
エメルの姿が消え、瞬時に拳を届かせる。バロンは両腕に鋼を纏わせたうえで交差させて防御するが、それでも悍ましいほどの破壊力が飛び散る。
「……流石の拳だな、エメル」
「うふふ……古代世界の時は、あなたが全てを取り戻してはいなかった……でも今はッ……!」
素早く拳を引き戻すと、もはや後隙など微塵も考慮されていない純粋な殴打を連打する。呆れるほどの破壊力が一撃ごとにバロンの全身を迸り、馬鹿馬鹿しいほど空気が振れる。
「……ふっ、凄まじい拳だな。ここまでの剛力を以てしても、まだ高みが欲しいか……」
「それはあなたとて同じことでしょう!?」
エメルは猛打を続け、喜びの満ちた叫びで返す。バロンはようやく右拳を左腕で弾き、フリーになった両者の拳が激突する。圧縮された空気を弾けた闘気が拡散させ、痛烈な爆音を響かせる。
「アグニとの決着をつけたあなたは、すでに目的を果たした。人生における最大の敵を葬り去ったあなたは……」
「……お前の目的は僕を殺すことじゃない。あくまでも僕を殺すのは手段でしかない。僕は既に、求めていた最強の力に辿り着いている」
「だからこそあなたを殺す価値があるッ!」
拳を離し、右手を振る。常に竜化している彼女の右手には鋭利な爪が並んでおり、振り抜くだけで刃を生み出す。更にその上から左腕を突き出し、圧搾された絶類なる闘気が迸る。瞬時に表皮を鋼で覆ったバロンは爪の振りをひっかき傷程度に抑え、続く左腕からの闘気を受け流しつつ指先から繰り出される斬撃を与えて擦れ違う。
「エンブルムの……」
エメルは笑いながら振り返る。同じようにバロンも向き直っており、構えを取る。
「……僕は戦った相手を忘れはしない」
バロンは右手に光の球を生み出し、それを握り潰して炸裂させる。
「……〈九界浄土・三千世界〉」
膨大な輝きが周囲を包んで焼き尽くす。だがエメルはそんなものなどお構いなしに一気に距離を詰める。だが当然バロンも読んでおり、先に一歩踏み込んで両腕で一閃する。エメルはギリギリで速度を殺し、腕を開いて隙を見せたバロンへ鉄山靠からのアッパーカット、続けて全身から闘気の嵐を放出して追撃する。初撃は怯みもせず、次撃は僅かに頭を振られることで躱され、闘気の嵐を受けつつも左拳を腹に極める。続いてエメルがアッパーに使っていた左手を戻し、バロンの右胸に突き刺し、そのまま左太腿まで切り裂く。その左手を掴まれ、勢いをつけて投げ飛ばされる。重ねて地面から鋼の棘が大量に現れ、エメルはそれに削られつつも受け身を取って着地する。
「流石はバロン。その辺の王龍ならば、この攻防で死んでいますよ」
エメルは悠長に立ち上がり、肩を払う。
「……光栄だな」
皮肉っぽく返し、バロンは傷を修復する。
「私とあなたは共に剛拳の使い手ですが……私はより剛を求め、あなたは戦った相手から柔を受け継いだ。少々驚きましたよ。アグニの拳だけでなく、クロザキの技も使うとは」
「……ふっ」
バロンは右腕を構え、そこからどす黒い暗黒闘気を放つ。そして振り抜き、暗黒闘気を纏った真空刃を放つ。エメルはすまし顔で立ち、それだけで真空刃を破砕する。
「パラワン、ですか。なるほど、アーヴェスの拳とパラワンの技を合わせれば、素手でも自在に斬撃を繰り出せると」
エメルは余裕綽々で笑みを浮かべつつ目を開く。竜化している四肢に赤いラインが走り、蒸気が漏れる。
「打ち倒した者の全てを受け継いで戦い続ける……だからこそあなたは暴力の頂点にある」
距離を詰め、単純に左拳を繰り出す。バロンは右腕で弾きつつ一歩踏み込み、撃掌を叩き込む。強烈な衝撃で後退させられたのを利用してエメルは浮き上がりつつ左回し蹴りを放ってバロンの腹を切り裂き、瞬時に着地して両拳を地面に叩きつけて衝撃と共に前方に波動を起こす。エメルはそのまま姿勢を戻しつつ駆け、右手を伸ばしつつ開く。指の本数だけの斬撃が放たれ、バロンは光となって回避する。エメルは左腕から蒸気を解き放って大爆発を発生させる。が、既に背後を取っていたバロンには届かず、逆に拳を繰り出す。
「そうでなくては――」
エメルは喜びに満ちた声を発しつつ、即座に振り返って拳を交える。前腕部で競り合わせ、まるで鍔迫り合いのように力を込め合う。
「……正直に言うと、古代世界でのあれは少々心残りだった。あれだけはな……アグニに一度敗れたのも、クロザキに二度も敗北を確信させられたのも構わないが……」
「ああ、あれは発破をかけるという名目で、私が我慢できなかっただけのことですよ。でも……それがあなたの執着を搔き立てたのなら僥倖ですね……!」
均衡を保っていた二人の拳が離れる瞬間、抑えつけられていた力が暴発し、思わず両者が防御してしまうほどの力が響き渡る。
「……死力を尽くし、敗れるのなら……世界が滅びたとしても、僕個人としてはどうでもいい。だがお前と言う最高の手合を前にして、あんな無様な戦いで決着など認めるわけにはいかない」
「ふふふ……世界を守るという憑き物が消えて、あなたも随分むくつけき表情をするようになりましたね」
そう言われて、バロンは自分の頬に触れる。自然と口角が上がっていたのを確認して、手を離す。
「……ふん、気が付かなかったな。意外と楽しみにしていたらしい。そう考えると……僕は随分と勿体ないことをしてきたか。エンブルムとの戦いに不足はなかった。だがバンギやアグニたちは……」
「そのためにあなたは、倒した敵の全てを引き継ぐのでしょう?暴力の頂点であると同時に、戦いの狂騒を忘れ得ぬために」
「……行くぞエメル。僕の拳でお前を葬る」
「どこからでも、いつでもどうぞ」
バロンが身を捩って左腕を振り抜くと、巨大な波濤のごとき闘気が湧き出て進む。エメルが優雅に飛び上がり、左踵落としで闘気を両断し、それに伴って絶大な威力の真空刃を繰り出す。バロンは空中に行き、両者の拳が激突する。隙を潰すように拳を次々に重ねていく。
「……!」
「ふふ……!」
両者ともに感付いたか、それとももっと良い手があるのにも関わらず誘いに乗ったのか、示し合わせたように妙な笑みを向け合う。嵐の前の静けさが過ぎた後、二人は猛烈な拳の連打を放ち合う。
「……技術も読み合いもあったものではないな」
「そうでしょうか?それにしては、拳がちゃんと触れ合うような気がしますね」
一発一発が即死級の腕力を備えた連打を重ねつつも、二人はまるで談笑のように穏やかに言葉を交わす。
「暴力……重なる拳から、漲る闘気から、伝わる意思……しかとわかりますよ、あなたがどれだけ戦いに飢えていたか」
「……お前がどれだけ、己の心を僕への愛情で埋め尽くそうとしているかを」
エメルがバロンの右拳を強く弾く。左拳を右手で受け止め、左手で彼の胸を狙う。爪を立てて放たれたそれは胸の中央を大きく抉るが、腕を掴まれて離脱を封じられる。そのまま両手からエメルへ直に闘気を流し、抵抗するように四肢から蒸気が迸る。
「そろそろ温い戦いにも飽きてきましたか?」
「……そうだな。出し惜しみは面白くないな」
二人は離れるために拳を叩きつけ合い、生じた反動で距離を離しつつ着地する。
「……エリアル!」
「準備オッケーよ!」
バロンの言葉に、後方で観戦していたエリアルが応える。彼女が手を合わせて祈り、バロンは竜化する。瑠璃色の表皮のそれは、黒鋼を越えた形態〝玉鋼〟だ。
「……さあ来い!」
その言葉に続き、エメルは目を伏せて両手を広げる。穏やかに深呼吸して、目を見開くと同時に凄まじい力の渦が彼女を包む。
「我が身が求めしは究極の力。天地を結び、境界を滅する、大いなる威力!来たれ我が闘争本能!我が名、〝災厄〟!」
渦を貫いて光の翼が三対現れ、続いて両腕が出現し、力んで渦を全て蹴散らす。眼前の煙を薙ぎ払うように尾を振るい、災厄は天を仰いで咆哮する。ついに現れたその姿は、まさに機械竜と言うべき外見で、極限まで有機的な印象を排除しておきながら、だが機械にありがちな軋みや駆動部、動力を必要とする脆さは見受けられない。
「……それがお前の竜化体……」
「あなたに見せるためだけに辿り着いた、最強の姿。それがこの、災厄ですとも。さあ――」
災厄は口から空前絶後の破壊力を持った光線を吐き出す。玉鋼は当然のように躱し、光線は闇の彼方まで……遥か彼方で交戦する竜と天使の群れをほぼ壊滅させてなお遠くまで突き進んでいくのが見える。
「……なるほど。確かにこれだけの力、古代世界では無理だったな」
「そもそも宇宙なんて、人の私が少し力を振るうだけで消えてなくなるんですから」
災厄が強烈な絶叫を発すると、空間が砕け散り、次元門が解放される。猛烈な純シフルの激流が迸り、間もなく次元門が塞がる。高く飛び上がった玉鋼は大量の鋼の槍を打ち出す。災厄の翼が輝き、無数の光弾が放たれ、器用に槍を打ち落とし、再び口から光線を吐き出す。玉鋼は左腕に水と鋼の盾を生み出し、光線に真正面から突っ込む。不利を悟った災厄は一気に出力を上げて撃ち切り、一瞬だけ玉鋼の動きを鈍らせ、右腕を突き出す。凶悪な爪が盾に突き刺さり、災厄は左翼を巨大化させて振り下ろす。玉鋼が先手を打って水と鋼の流体を張ることで翼を阻み、右腕に鋼の刃を纏わせ、左腕と攻防を繰り広げたあと災厄の右腕を切り裂き、そして左翼の一撃を喰らって吹き飛ばされる。その一撃で右腕が切断され、虚空に消える。
着地と同時に右腕を再生すると、災厄も同じように傷を癒す。
「……痺れるな。背筋が震えて頭が沸騰しそうだ」
「私もですよ、ふふ……この語り合い、この瞬間を待っていた」
翼から光弾を放つ。豪雨のようにあえて狙いをつけずに乱雑に撒き散らし、玉鋼は自身の進路にあるもののみノーモーションで鋼を放って打ち消し進む。災厄は三度目の光線を吐き出し、自分の足元から前方へ縦に薙ぎ払う。だがこちらも水と鋼の盾に阻まれ、先ほどと同じように押し込まれる。今度は光線を噛み砕いて爆発させ、盾を打ち消す。そして互いに防御を失った状態で会敵し、先手を打って災厄がエネルギーを握って右手で薙ぐ。玉鋼は水の力で若干後退することで直撃を避け、彼女の右腕を掴んで薙ぎ倒す。倒れつつも災厄は尾の先端による刺突を繰り出し、鋼の槍を先に撃たれて尾が地面に釘付けになる。続いて胸元に左拳が突き刺さり、反射的に翼から凄まじいエネルギーが放出され、強引に起き上がって玉鋼を吹き飛ばす。重ねて明確に狙いをつけ、更に出力を上げて光弾を撃ち込む。
「全てはこの世を、あの世を、無の無さえも越えて最強となるために!」
災厄は唸り、力み、翼を瞬時に巨大化させる。
「暴力が更なる暴力を呼び、最後には何も残らぬことを……!」
翼が振り下ろされる。見た目にそぐわぬ滑らかな動作で繰り出された攻撃を玉鋼は真正面から受ける。災厄にも極悪な反動が走るほどの壊滅的な威力が響き渡り、形容しがたい鈍い音が発される。
「しかし……ッ!あなたを葬るのに、この程度の力でなど勿体なさすぎる……ッ!」
翼をぶつけたまま、災厄は全身に迸る純シフルを胸部に集中させ、それを光線に変えて撃ち放つ。口からの光線の威力を遥かに上回る、戯けた破壊力の光線が突き進む。玉鋼は思わず瞠目し、そして笑みを浮かべる。直撃に合わせて全身全霊を込めて闘気を発し、力を打ち消す。
二つの力のぶつかり合いは無尽蔵に肥大化していく。
「すごい……」
外野として観戦していたシマエナガが思わず呟く。
「この二人だからこそ出来る、生物の限界を遥かに超えた暴力のぶつかり合い……まだまだ私の知らない景色があるわね、バロン……」
エリアルが続く。玉鋼の体から噴き出す闘気が勢いを増すほど、彼女の体も蒼く輝く。
「バロンの昂ぶりが直に伝わってくる……遠慮なしにガンガン力を使って……!」
「マスター……」
シマエナガがエリアルの手を握る。
「微力ながら、私もマスターのお役に……!」
「もちろん!行くわよ、シマエナガ!」
二人が頷き、シマエナガの体から緑色の輝きが放たれる。
二つの力の激突によって膨れ上がったエネルギーが瞬間暴発し、天へ渦巻く柱となる。周囲の暗黒が黄金に塗り替えられ、その場の全員が更に漲る。
「……く、くくく……」
耐えきった玉鋼は思わず声を出して笑う。
「……技術でも殺意でもない、ただひたすらに純粋な力のぶつかり合い……それがこんなにも素晴らしいとはな……!」
災厄は翼を元に戻し、純シフルの流れを整える。
「当然でしょう……!真の意味で最強となったあなたと、そんなあなたを殺すためだけに長き時を巡り続けた私が戦っているのですから……ッ!」
「……舞台は整った。ならばあとは役者を揃えるのみだ……」
玉鋼が腕を胸の前で交差させると、彼の体が凝縮される。元のバロンと変わらぬ背丈まで戻り、鎧を纏ったような竜人となる。
「ふふ……あなたのその姿、ようやく見ることが出来ました……!」
災厄も同じように自分の力を凝縮させ、元のエメルと同じ頭身へ戻る。だがその姿は、赤黒く強靭な表皮に覆われた竜人となっている。
「……竜骨化……」
「竜の力を越える、生物の究極形態。それが竜骨化。もちろん、この場にいる全員が知っているとは思いますが」
「……まさしく全身全霊、これが終着点というわけだな……!」
二人はゆっくりと構える。次の瞬間がもたらす喜びに対し、武者震いをするように。
「いざ……」
「……尋常に……!」
両者躊躇いなく前進し、拳を一度重ねる。それだけで、境界線を生み出すがごとく強烈な力の波が弾け飛ぶ。続けて放たれた拳骨でバロンが叩き伏せられるが、追撃に合わせて飛び上がることにより、爪先でエメルを切り裂きつつ体勢を戻し、両腕に光を蓄え、それを槍に変えて撃ちこむ。瞬間エメルは絶叫し、右腕を突き出して猛進する。槍が即座に打ち砕かれ、バロンはギリギリで受け流す。急ブレーキを仕掛けて反転し、今度は左腕を突き出して突っ込む。バロンは闘気の流れを生み出してエメルの進路を逸らせ、エメルは続いて反転しつつ地面を叩きつけて波動を飛ばし、バロンの闘気を押し込んでよろめかせつつ、莫大と言う言葉すら生温いほどの闘気の塊を繰り出す。無回転のまま、直進した闘気はバロンへ直撃する。
「……うぐ……あぁッ!」
バロンは呻いて大きく後退させられる。
「……骨身に沁みるな、お前の全力は」
エメルは抑えきれないとばかりに身悶えする。
「拳を交えたくて仕方ないんですよ……全身沸騰しそうなくらい昂って……!ねえ!バロンッ!」
瞬間移動から拳が繰り出され、だがバロンは受け流し、至近距離からアッパーを直撃させる。エメルは攻撃の直前に細かく瞬間移動を織り交ぜ、至近で闘気を爆破させ、距離を取って回し蹴る。足に遅れて強烈な衝撃が過ぎ去り、接近からの右腕の振り上げ、止めに咆哮から衝撃波を解き放つ。だがバロンは僅かな挙動と受け流しを組み合わせて全ての攻撃を無力化し、エメルを通り過ぎつつ両腕を水平に開いて斬撃を加え、鉄山靠から撃掌をエメルの背に叩き込んで大打撃を与える。攻撃を予知したバロンは続けて飛び上がり、足元へ光の槍を放つ。読み通りにエメルが現れ、槍が直撃する。回転しつつ急降下して指先から斬撃を繰り出し、エメルを巻き込む。咄嗟に放った拳と拳が再び激突し、両者は止まる。
「……」
「我々は共に、新世界には生きられぬもの……特異点の生み出す新たなコトワリの世界には、ね……」
「……僕たちが呼吸できるのは、天国の外側だけだ」
「全ての規範、欲望から逃れた、戦いだけの世界……戦闘狂の楽園……」
拳を離し、構え直す。
「……なあ、エメル」
バロンの僅かばかりに気の抜けた問いに、エメルは意識を向ける。
「……このまま、本気で殴り合ったとして……勝敗が決すると思うか」
「ふふ……このまま終わらぬ死闘を永遠に……それも悪くありませんが、私の目的はあなたを殺すこと……」
「……そうじゃない。レメディがアルヴァナと決着をつけるまでに、ということだ……このまま流して、新世界で決着をつけるか?」
「もしかして……これ以上に全力を出せと?既にお互い、内側に溜まった力が爆発しそうなのに?」
「……ふっ……」
竜骨化していて表情は窺えないが、バロンは挑発するように笑う。
「く、くふっ……その獰猛な覇気……ならば私も応えねば!」
お互いに力み、昂ぶりに任せて闘気やらシフルやら、おおよそ攻撃に転用できる全ての力を放出する。
「……行くぞォッッッッ!」
轟音と形容できるほどの足音を立てながら二人は駆け寄る。技や隙などもはや頭の中に無いように、思いっきり引き付けてから拳を繰り出す。漲る力が拳先を逸らし、前腕部が擦れて大爆発を起こす。構わずエメルの拳がバロンの胸を叩き、バロンの拳がエメルの顎を揺らす。子供の喧嘩のような雑な攻防ながら、一撃ごとに筆舌に尽くしがたい衝撃が轟き渡る。
「マスター……」
その様を見ていたシマエナガが、心配そうに言葉を絞り出す。呆れたようにエリアルが鼻息を一つすると、続く。
「見守るしかないわ。それが、バロンと共にある者の務めよ」
殴打が交わることで生まれる衝撃が、引き続き迸る。
その環より弾き出され 彷徨う亡者が現れる
満ち足りた平和は 満ち足りぬほどの命を生み出し
供された命は 平和を内より食い破る手先となる
やがて命は亡者に辿り着く 朽ちた鎧に魂が宿る
平和に満ちた天国を粉砕し 我らの楽土を拓かんと
亡者たちは己が力を競い合い 果てなき戦乱を呼び起こす
顕現するは最後の楽園 天国の外側
極まる力を携えた亡者は かの地にて雌雄を決す
原初零核シャングリラ・エデン 第一期次元領域
バロンたち一行が細く連なった岩の道を進み続けていると、やがて景色が変わっていく。キューブの波は消え、中空に浮かんでいた巨大な空間も消えているが、紛れもなく、元のシャングリラの次元領域だった。
「すぅー……はぁー……っ」
無限に続く暗黒の平地に、エメルが立っていた。満ち足りた表情で深呼吸する彼女はバロンを見つめ、そして瞳孔を極端に収縮させて目を見開く。
「待っていましたよ、バロン。この瞬間を……数え切れぬほどの時間、待ち続けていました……いくつもの宇宙を滅ぼし、あなたへの愛憎を燃え募らせてね……!」
エリアルとシマエナガを残し、バロンは前へ進む。
「……エメル……」
「あなたもそうでしょう。争いに狂ったもの同士、欲しいものはただ一つ」
エメルは目を元に戻し、穏やかな表情で右手を上げ、掌を見る。
「全ての万物を凌駕する、究極至高の力を手にすること……」
右手を握り締め、再び目を見開いてバロンを直視する。
「そのためにあなたを愛して、憎んで、想い続けて……!」
手を開き、眼前を薙ぐ。
「もう待ちきれないッ!あなたをこの手で殺して、私の心を壊す!そして私は、最強の力を手に入れるッ!」
「……いいだろうエメル。ここがお前の墓場だ」
「クハハハハッ!」
エメルの姿が消え、瞬時に拳を届かせる。バロンは両腕に鋼を纏わせたうえで交差させて防御するが、それでも悍ましいほどの破壊力が飛び散る。
「……流石の拳だな、エメル」
「うふふ……古代世界の時は、あなたが全てを取り戻してはいなかった……でも今はッ……!」
素早く拳を引き戻すと、もはや後隙など微塵も考慮されていない純粋な殴打を連打する。呆れるほどの破壊力が一撃ごとにバロンの全身を迸り、馬鹿馬鹿しいほど空気が振れる。
「……ふっ、凄まじい拳だな。ここまでの剛力を以てしても、まだ高みが欲しいか……」
「それはあなたとて同じことでしょう!?」
エメルは猛打を続け、喜びの満ちた叫びで返す。バロンはようやく右拳を左腕で弾き、フリーになった両者の拳が激突する。圧縮された空気を弾けた闘気が拡散させ、痛烈な爆音を響かせる。
「アグニとの決着をつけたあなたは、すでに目的を果たした。人生における最大の敵を葬り去ったあなたは……」
「……お前の目的は僕を殺すことじゃない。あくまでも僕を殺すのは手段でしかない。僕は既に、求めていた最強の力に辿り着いている」
「だからこそあなたを殺す価値があるッ!」
拳を離し、右手を振る。常に竜化している彼女の右手には鋭利な爪が並んでおり、振り抜くだけで刃を生み出す。更にその上から左腕を突き出し、圧搾された絶類なる闘気が迸る。瞬時に表皮を鋼で覆ったバロンは爪の振りをひっかき傷程度に抑え、続く左腕からの闘気を受け流しつつ指先から繰り出される斬撃を与えて擦れ違う。
「エンブルムの……」
エメルは笑いながら振り返る。同じようにバロンも向き直っており、構えを取る。
「……僕は戦った相手を忘れはしない」
バロンは右手に光の球を生み出し、それを握り潰して炸裂させる。
「……〈九界浄土・三千世界〉」
膨大な輝きが周囲を包んで焼き尽くす。だがエメルはそんなものなどお構いなしに一気に距離を詰める。だが当然バロンも読んでおり、先に一歩踏み込んで両腕で一閃する。エメルはギリギリで速度を殺し、腕を開いて隙を見せたバロンへ鉄山靠からのアッパーカット、続けて全身から闘気の嵐を放出して追撃する。初撃は怯みもせず、次撃は僅かに頭を振られることで躱され、闘気の嵐を受けつつも左拳を腹に極める。続いてエメルがアッパーに使っていた左手を戻し、バロンの右胸に突き刺し、そのまま左太腿まで切り裂く。その左手を掴まれ、勢いをつけて投げ飛ばされる。重ねて地面から鋼の棘が大量に現れ、エメルはそれに削られつつも受け身を取って着地する。
「流石はバロン。その辺の王龍ならば、この攻防で死んでいますよ」
エメルは悠長に立ち上がり、肩を払う。
「……光栄だな」
皮肉っぽく返し、バロンは傷を修復する。
「私とあなたは共に剛拳の使い手ですが……私はより剛を求め、あなたは戦った相手から柔を受け継いだ。少々驚きましたよ。アグニの拳だけでなく、クロザキの技も使うとは」
「……ふっ」
バロンは右腕を構え、そこからどす黒い暗黒闘気を放つ。そして振り抜き、暗黒闘気を纏った真空刃を放つ。エメルはすまし顔で立ち、それだけで真空刃を破砕する。
「パラワン、ですか。なるほど、アーヴェスの拳とパラワンの技を合わせれば、素手でも自在に斬撃を繰り出せると」
エメルは余裕綽々で笑みを浮かべつつ目を開く。竜化している四肢に赤いラインが走り、蒸気が漏れる。
「打ち倒した者の全てを受け継いで戦い続ける……だからこそあなたは暴力の頂点にある」
距離を詰め、単純に左拳を繰り出す。バロンは右腕で弾きつつ一歩踏み込み、撃掌を叩き込む。強烈な衝撃で後退させられたのを利用してエメルは浮き上がりつつ左回し蹴りを放ってバロンの腹を切り裂き、瞬時に着地して両拳を地面に叩きつけて衝撃と共に前方に波動を起こす。エメルはそのまま姿勢を戻しつつ駆け、右手を伸ばしつつ開く。指の本数だけの斬撃が放たれ、バロンは光となって回避する。エメルは左腕から蒸気を解き放って大爆発を発生させる。が、既に背後を取っていたバロンには届かず、逆に拳を繰り出す。
「そうでなくては――」
エメルは喜びに満ちた声を発しつつ、即座に振り返って拳を交える。前腕部で競り合わせ、まるで鍔迫り合いのように力を込め合う。
「……正直に言うと、古代世界でのあれは少々心残りだった。あれだけはな……アグニに一度敗れたのも、クロザキに二度も敗北を確信させられたのも構わないが……」
「ああ、あれは発破をかけるという名目で、私が我慢できなかっただけのことですよ。でも……それがあなたの執着を搔き立てたのなら僥倖ですね……!」
均衡を保っていた二人の拳が離れる瞬間、抑えつけられていた力が暴発し、思わず両者が防御してしまうほどの力が響き渡る。
「……死力を尽くし、敗れるのなら……世界が滅びたとしても、僕個人としてはどうでもいい。だがお前と言う最高の手合を前にして、あんな無様な戦いで決着など認めるわけにはいかない」
「ふふふ……世界を守るという憑き物が消えて、あなたも随分むくつけき表情をするようになりましたね」
そう言われて、バロンは自分の頬に触れる。自然と口角が上がっていたのを確認して、手を離す。
「……ふん、気が付かなかったな。意外と楽しみにしていたらしい。そう考えると……僕は随分と勿体ないことをしてきたか。エンブルムとの戦いに不足はなかった。だがバンギやアグニたちは……」
「そのためにあなたは、倒した敵の全てを引き継ぐのでしょう?暴力の頂点であると同時に、戦いの狂騒を忘れ得ぬために」
「……行くぞエメル。僕の拳でお前を葬る」
「どこからでも、いつでもどうぞ」
バロンが身を捩って左腕を振り抜くと、巨大な波濤のごとき闘気が湧き出て進む。エメルが優雅に飛び上がり、左踵落としで闘気を両断し、それに伴って絶大な威力の真空刃を繰り出す。バロンは空中に行き、両者の拳が激突する。隙を潰すように拳を次々に重ねていく。
「……!」
「ふふ……!」
両者ともに感付いたか、それとももっと良い手があるのにも関わらず誘いに乗ったのか、示し合わせたように妙な笑みを向け合う。嵐の前の静けさが過ぎた後、二人は猛烈な拳の連打を放ち合う。
「……技術も読み合いもあったものではないな」
「そうでしょうか?それにしては、拳がちゃんと触れ合うような気がしますね」
一発一発が即死級の腕力を備えた連打を重ねつつも、二人はまるで談笑のように穏やかに言葉を交わす。
「暴力……重なる拳から、漲る闘気から、伝わる意思……しかとわかりますよ、あなたがどれだけ戦いに飢えていたか」
「……お前がどれだけ、己の心を僕への愛情で埋め尽くそうとしているかを」
エメルがバロンの右拳を強く弾く。左拳を右手で受け止め、左手で彼の胸を狙う。爪を立てて放たれたそれは胸の中央を大きく抉るが、腕を掴まれて離脱を封じられる。そのまま両手からエメルへ直に闘気を流し、抵抗するように四肢から蒸気が迸る。
「そろそろ温い戦いにも飽きてきましたか?」
「……そうだな。出し惜しみは面白くないな」
二人は離れるために拳を叩きつけ合い、生じた反動で距離を離しつつ着地する。
「……エリアル!」
「準備オッケーよ!」
バロンの言葉に、後方で観戦していたエリアルが応える。彼女が手を合わせて祈り、バロンは竜化する。瑠璃色の表皮のそれは、黒鋼を越えた形態〝玉鋼〟だ。
「……さあ来い!」
その言葉に続き、エメルは目を伏せて両手を広げる。穏やかに深呼吸して、目を見開くと同時に凄まじい力の渦が彼女を包む。
「我が身が求めしは究極の力。天地を結び、境界を滅する、大いなる威力!来たれ我が闘争本能!我が名、〝災厄〟!」
渦を貫いて光の翼が三対現れ、続いて両腕が出現し、力んで渦を全て蹴散らす。眼前の煙を薙ぎ払うように尾を振るい、災厄は天を仰いで咆哮する。ついに現れたその姿は、まさに機械竜と言うべき外見で、極限まで有機的な印象を排除しておきながら、だが機械にありがちな軋みや駆動部、動力を必要とする脆さは見受けられない。
「……それがお前の竜化体……」
「あなたに見せるためだけに辿り着いた、最強の姿。それがこの、災厄ですとも。さあ――」
災厄は口から空前絶後の破壊力を持った光線を吐き出す。玉鋼は当然のように躱し、光線は闇の彼方まで……遥か彼方で交戦する竜と天使の群れをほぼ壊滅させてなお遠くまで突き進んでいくのが見える。
「……なるほど。確かにこれだけの力、古代世界では無理だったな」
「そもそも宇宙なんて、人の私が少し力を振るうだけで消えてなくなるんですから」
災厄が強烈な絶叫を発すると、空間が砕け散り、次元門が解放される。猛烈な純シフルの激流が迸り、間もなく次元門が塞がる。高く飛び上がった玉鋼は大量の鋼の槍を打ち出す。災厄の翼が輝き、無数の光弾が放たれ、器用に槍を打ち落とし、再び口から光線を吐き出す。玉鋼は左腕に水と鋼の盾を生み出し、光線に真正面から突っ込む。不利を悟った災厄は一気に出力を上げて撃ち切り、一瞬だけ玉鋼の動きを鈍らせ、右腕を突き出す。凶悪な爪が盾に突き刺さり、災厄は左翼を巨大化させて振り下ろす。玉鋼が先手を打って水と鋼の流体を張ることで翼を阻み、右腕に鋼の刃を纏わせ、左腕と攻防を繰り広げたあと災厄の右腕を切り裂き、そして左翼の一撃を喰らって吹き飛ばされる。その一撃で右腕が切断され、虚空に消える。
着地と同時に右腕を再生すると、災厄も同じように傷を癒す。
「……痺れるな。背筋が震えて頭が沸騰しそうだ」
「私もですよ、ふふ……この語り合い、この瞬間を待っていた」
翼から光弾を放つ。豪雨のようにあえて狙いをつけずに乱雑に撒き散らし、玉鋼は自身の進路にあるもののみノーモーションで鋼を放って打ち消し進む。災厄は三度目の光線を吐き出し、自分の足元から前方へ縦に薙ぎ払う。だがこちらも水と鋼の盾に阻まれ、先ほどと同じように押し込まれる。今度は光線を噛み砕いて爆発させ、盾を打ち消す。そして互いに防御を失った状態で会敵し、先手を打って災厄がエネルギーを握って右手で薙ぐ。玉鋼は水の力で若干後退することで直撃を避け、彼女の右腕を掴んで薙ぎ倒す。倒れつつも災厄は尾の先端による刺突を繰り出し、鋼の槍を先に撃たれて尾が地面に釘付けになる。続いて胸元に左拳が突き刺さり、反射的に翼から凄まじいエネルギーが放出され、強引に起き上がって玉鋼を吹き飛ばす。重ねて明確に狙いをつけ、更に出力を上げて光弾を撃ち込む。
「全てはこの世を、あの世を、無の無さえも越えて最強となるために!」
災厄は唸り、力み、翼を瞬時に巨大化させる。
「暴力が更なる暴力を呼び、最後には何も残らぬことを……!」
翼が振り下ろされる。見た目にそぐわぬ滑らかな動作で繰り出された攻撃を玉鋼は真正面から受ける。災厄にも極悪な反動が走るほどの壊滅的な威力が響き渡り、形容しがたい鈍い音が発される。
「しかし……ッ!あなたを葬るのに、この程度の力でなど勿体なさすぎる……ッ!」
翼をぶつけたまま、災厄は全身に迸る純シフルを胸部に集中させ、それを光線に変えて撃ち放つ。口からの光線の威力を遥かに上回る、戯けた破壊力の光線が突き進む。玉鋼は思わず瞠目し、そして笑みを浮かべる。直撃に合わせて全身全霊を込めて闘気を発し、力を打ち消す。
二つの力のぶつかり合いは無尽蔵に肥大化していく。
「すごい……」
外野として観戦していたシマエナガが思わず呟く。
「この二人だからこそ出来る、生物の限界を遥かに超えた暴力のぶつかり合い……まだまだ私の知らない景色があるわね、バロン……」
エリアルが続く。玉鋼の体から噴き出す闘気が勢いを増すほど、彼女の体も蒼く輝く。
「バロンの昂ぶりが直に伝わってくる……遠慮なしにガンガン力を使って……!」
「マスター……」
シマエナガがエリアルの手を握る。
「微力ながら、私もマスターのお役に……!」
「もちろん!行くわよ、シマエナガ!」
二人が頷き、シマエナガの体から緑色の輝きが放たれる。
二つの力の激突によって膨れ上がったエネルギーが瞬間暴発し、天へ渦巻く柱となる。周囲の暗黒が黄金に塗り替えられ、その場の全員が更に漲る。
「……く、くくく……」
耐えきった玉鋼は思わず声を出して笑う。
「……技術でも殺意でもない、ただひたすらに純粋な力のぶつかり合い……それがこんなにも素晴らしいとはな……!」
災厄は翼を元に戻し、純シフルの流れを整える。
「当然でしょう……!真の意味で最強となったあなたと、そんなあなたを殺すためだけに長き時を巡り続けた私が戦っているのですから……ッ!」
「……舞台は整った。ならばあとは役者を揃えるのみだ……」
玉鋼が腕を胸の前で交差させると、彼の体が凝縮される。元のバロンと変わらぬ背丈まで戻り、鎧を纏ったような竜人となる。
「ふふ……あなたのその姿、ようやく見ることが出来ました……!」
災厄も同じように自分の力を凝縮させ、元のエメルと同じ頭身へ戻る。だがその姿は、赤黒く強靭な表皮に覆われた竜人となっている。
「……竜骨化……」
「竜の力を越える、生物の究極形態。それが竜骨化。もちろん、この場にいる全員が知っているとは思いますが」
「……まさしく全身全霊、これが終着点というわけだな……!」
二人はゆっくりと構える。次の瞬間がもたらす喜びに対し、武者震いをするように。
「いざ……」
「……尋常に……!」
両者躊躇いなく前進し、拳を一度重ねる。それだけで、境界線を生み出すがごとく強烈な力の波が弾け飛ぶ。続けて放たれた拳骨でバロンが叩き伏せられるが、追撃に合わせて飛び上がることにより、爪先でエメルを切り裂きつつ体勢を戻し、両腕に光を蓄え、それを槍に変えて撃ちこむ。瞬間エメルは絶叫し、右腕を突き出して猛進する。槍が即座に打ち砕かれ、バロンはギリギリで受け流す。急ブレーキを仕掛けて反転し、今度は左腕を突き出して突っ込む。バロンは闘気の流れを生み出してエメルの進路を逸らせ、エメルは続いて反転しつつ地面を叩きつけて波動を飛ばし、バロンの闘気を押し込んでよろめかせつつ、莫大と言う言葉すら生温いほどの闘気の塊を繰り出す。無回転のまま、直進した闘気はバロンへ直撃する。
「……うぐ……あぁッ!」
バロンは呻いて大きく後退させられる。
「……骨身に沁みるな、お前の全力は」
エメルは抑えきれないとばかりに身悶えする。
「拳を交えたくて仕方ないんですよ……全身沸騰しそうなくらい昂って……!ねえ!バロンッ!」
瞬間移動から拳が繰り出され、だがバロンは受け流し、至近距離からアッパーを直撃させる。エメルは攻撃の直前に細かく瞬間移動を織り交ぜ、至近で闘気を爆破させ、距離を取って回し蹴る。足に遅れて強烈な衝撃が過ぎ去り、接近からの右腕の振り上げ、止めに咆哮から衝撃波を解き放つ。だがバロンは僅かな挙動と受け流しを組み合わせて全ての攻撃を無力化し、エメルを通り過ぎつつ両腕を水平に開いて斬撃を加え、鉄山靠から撃掌をエメルの背に叩き込んで大打撃を与える。攻撃を予知したバロンは続けて飛び上がり、足元へ光の槍を放つ。読み通りにエメルが現れ、槍が直撃する。回転しつつ急降下して指先から斬撃を繰り出し、エメルを巻き込む。咄嗟に放った拳と拳が再び激突し、両者は止まる。
「……」
「我々は共に、新世界には生きられぬもの……特異点の生み出す新たなコトワリの世界には、ね……」
「……僕たちが呼吸できるのは、天国の外側だけだ」
「全ての規範、欲望から逃れた、戦いだけの世界……戦闘狂の楽園……」
拳を離し、構え直す。
「……なあ、エメル」
バロンの僅かばかりに気の抜けた問いに、エメルは意識を向ける。
「……このまま、本気で殴り合ったとして……勝敗が決すると思うか」
「ふふ……このまま終わらぬ死闘を永遠に……それも悪くありませんが、私の目的はあなたを殺すこと……」
「……そうじゃない。レメディがアルヴァナと決着をつけるまでに、ということだ……このまま流して、新世界で決着をつけるか?」
「もしかして……これ以上に全力を出せと?既にお互い、内側に溜まった力が爆発しそうなのに?」
「……ふっ……」
竜骨化していて表情は窺えないが、バロンは挑発するように笑う。
「く、くふっ……その獰猛な覇気……ならば私も応えねば!」
お互いに力み、昂ぶりに任せて闘気やらシフルやら、おおよそ攻撃に転用できる全ての力を放出する。
「……行くぞォッッッッ!」
轟音と形容できるほどの足音を立てながら二人は駆け寄る。技や隙などもはや頭の中に無いように、思いっきり引き付けてから拳を繰り出す。漲る力が拳先を逸らし、前腕部が擦れて大爆発を起こす。構わずエメルの拳がバロンの胸を叩き、バロンの拳がエメルの顎を揺らす。子供の喧嘩のような雑な攻防ながら、一撃ごとに筆舌に尽くしがたい衝撃が轟き渡る。
「マスター……」
その様を見ていたシマエナガが、心配そうに言葉を絞り出す。呆れたようにエリアルが鼻息を一つすると、続く。
「見守るしかないわ。それが、バロンと共にある者の務めよ」
殴打が交わることで生まれる衝撃が、引き続き迸る。
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