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三千世界・終熄(13)
第四話「今、失った愚かさを」
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グランシデア王国 廃城セミラム・グラナディア
アミシスが水面を歩いていると、やがて沈んだ城の前に辿り着く。
「ここがグランシデア……」
「そや」
独り言のつもりで呟いたが、右から相づちが聞こえてアミシスはそちらへ向く。そして、その声の主を見て驚く。
「あなたは……!」
右腕が結晶を纏い竜化し、巫女服を模した袴に身を包んだ、茶髪の幼女。
「ルクレツィアさん……!」
「なんや、お化けでも出たみたいな顔しはって。ウチはこの通り、生身でピンピンしとる。ウチの方こそ、アンタは死んだ思うてたんやけどな。なぁ、水都竜神アミシス・レリジャス」
アミシスは水面下から赤い片刃の大剣を呼び出す。
「まさかあなたが九竜を……?」
「九竜……?ああ、まあそやんな」
「どうして……」
なおも疑問符が浮かぶアミシスへ、ルクレツィアは飄々とした態度も崩さずに答える。
「どうしてシャングリラの記録では、死んだはずのウチが目の前に居るのか、っちゅうことやろ?ちゃあんと教えてやるがな、それくらい。水都竜神様もご存じの通り、ウチはメビウス事件の途中でホシヒメに負けて、んでわざわざウチはあいつに吸収されずに、無の有へ漂うことを是とした。んで異史でも、ウチは死んではないんよな。異史ではウチはヴァナ・ファキナに吸収されたまんま放置されててん。ほんで噂の特異点がヴァナ・ファキナをさっき仕留めた。やから、あいつの中に眠ってた異史のウチの体に、正史のウチの魂が融合して、今ここにおるっちゅうことやな」
「異史の体に、正史の魂を入れ込んだなんて……」
「歩んだ人生が違うだけの同じ存在なんやから、別に驚くこともないやろ。少なくとも不便は何もないで?」
アミシスはしっかりと両足で水面を捉え、両手で大剣を持つ。
「最強の凶竜……いつかは手合わせしたいと思っていました。あなたが今、どのような状態であろうと、その姿は紛れもなく、ミ・ル・ルクレツィアそのもの」
右手に持ち替え、構える。
「はんッ、水都竜神様から直々にラブコールなんて、嬉しいもんやなぁ。ならウチも本気で踊ったるわ」
ルクレツィアの顔を、面頬のように透明な結晶が覆う。
「言っとくけど、ウチは強いで?タイマンで負ける理由なんてひとつもあらへん」
彼女は口をニッと開き、白い歯を見せる。皮肉っぽい頬の動きと、笑っていない瞳が、その表情の愛おしさを増加させている。
「なあ、アンタは戦いが嫌いやったよな?なんでや?力もある、権力もある、永遠の若さもある……ほだら、なんで戦わへんのや?」
「それが……私の望みだから。アルマと共に永遠に平和を守り続ける、そのためだけに力を手にしたまでのこと」
「なるほど。どいつもこいつも口々に言う、いわゆる愛っちゅうヤツか。よくある話やな……ウチはそういうの嫌いやってん。正史で最後にホシヒメに言われたことも、ウチは正直気に食わん。楽しいから戦うのと、戦うが楽しいのは、体感的にはどう違うっちゅうんや?」
「娯楽と快楽の境界ですよ。安心できる場所に身を置く娯楽と、狂騒に包まれる快楽では、楽しさの意味合いが違う。私や姫殿下は、安楽を求めているんです。友や大切な人と、色々な愛を育むには、そこしかないから」
「まあ、ええ」
ルクレツィアは刀の柄に手をかける。
「結局何が正しいかは後の時代が……要は勝者が決めるだけや。あの時はホシヒメが正しかったことは間違いない。それは変えようのない事実や」
「でも……」
「そう。ウチがここに蘇ったっちゅうことは、もう一回その正しさの真偽を確かめなあかん」
赤い刀身の太刀が抜かれ、左手を添える。
「Let's dance!」
軽く身震いさせ、面頬が白く濁る。水面を強く蹴り、凄まじい加速でルクレツィアが突進してくる。アミシスが左手を振って激流を起こし、飛沫を盾にする。激流は挟み込むように生まれており、だがルクレツィアは回避などせずに突っ込み、一太刀で飛沫を切り捨て、翻って納刀しつつ、大上段から紫電を纏いながら超高速の抜刀術を繰り出す。
「ッ……!?」
近接格闘に優れているわけでもないアミシスは容易に切り裂かれ、後退する。一瞬何が起きたかすら理解できなかった彼女は、反射的に胸の傷に触れる。
「(太刀筋が見えなかった……!)」
「〝大道芸にしては中々のものだ〟」
ルクレツィアはわざとらしく声を低めてそう言う。が、それがゼロの物真似であることはアミシスには伝わらなかった。
「なんという速さの斬撃、とても常人の業とは……」
「常人やないことくらいわかりきってるやろ。いちいち驚かれても、ウチはなんも言えんで?」
素早いステップで距離を詰め、わざと大振りな蹴りで牽制する。アミシスは身を引きつつ両者の合間に水を作り、その影から大振りに大剣を薙ぐ。わざと、と言うようにルクレツィアは全身を使って蹴りを構えたにも関わらず、足を半分伸ばした時点でも余裕を持って足を戻し、刀と肩で構えて大剣を受け流し、強烈な横薙ぎを加え、更に切り上げる。続けてルクレツィアは水面に刀を突き立てながら突進し、飛沫と共に切り上げる。流れるようにサイドステップで回り込み、上段を始点として二連斬りを打ち込み、動作中に納刀して追加の二連斬りを繰り出す。軽く、どちらかというと鋭さを重視したその攻撃は、肉厚の大剣に阻まれてダメージをもたらさず、アミシスは水の刃を伴いつつ逆手で薙ぎ、順手に変え、両手で叩き割る。刀を左手で支えて受け止め、火花を散らす。
「鈍い、鈍いなぁ、アンタ」
「確かにあなたより、剣速は足りないかもしれませんが……」
「ちゃうちゃう、そういうことやない……」
刀が大剣を押しきり、逆手に持った刀の柄頭でアミシスの顎を突き、刀を両手で持ち、回転させて荒く二度切り下ろす。大剣の咄嗟の防御に阻まれ、鋭く切り返される。ルクレツィアは身を屈め、後退しつつ納刀し、切り返しの届く寸前に紫電を纏わせて居合い抜きを見せる。確実に切り裂いたはずだったが、アミシスは水に変わっていた。
「ほう――」
即座に体の制御を戻したルクレツィアは、死角から飛んできた大剣を凌ぐ。しかし、竜化したアミシスに水で出来た波動を放たれ吹き飛ばされる。ルクレツィアが水面を滑り、刀がその近くに突き刺さる。
両者は立て直し、ルクレツィアは刀を掴む。
「まあ言うてみれば、ウチらは竜の姿が本当の姿。この姿で殺り合った方がええっちゅうことやな」
回転しながら戻ってきた大剣をアミシスは掴み、窮屈そうに両翼を広げる。ルクレツィアは首を鳴らし、手遊びとばかりに刀をくるくる回しながら手と手を渡らせる。
「なぁ、聞いてくれや水都竜神。ウチらのようなしがない殺人鬼の言い訳を」
アミシスは小さく、細かく頷く。
「ウチは凶竜として、あの世界に生まれた。知っての通り、凶竜には親はいない。どんな見た目か、どんな使命かも、そのときの自然サマの気分で決まるんや。ウチの使命はただひとつ。〝世界を平和にすること〟や。まあウチも、流石に最初の内は平和のために頑張ったんよ?麻薬カルテルをぶっ壊したり、暴力団をいくつも解体したり、財閥企業を木っ端微塵にしたり……あれが楽しくなかったかっちゅうと、好き放題に生きもん斬れるのが楽しくないわけないわな」
ルクレツィアは抜け目無く納刀する。
「でも、そっちも為政者なら知ってるやろ?そーいう悪っちゅうのは、この世から無くならへん。それどころか、ウチは次第に善悪がなんなのかわからなくなってもうた。そっからウチは自分の使命なんかすっかり忘れて、雇い主の正義に従うだけの傭兵になったんや」
「あなたにも、そんな苦い過去があったんですね……」
「苦い?ちゃうよ、ウチは自分の人生、苦かったり辛かったりしたことは一瞬もないんよ。退屈やったときはあるけどな。ウチがこれで言いたいんはただひとつ。社会通念やら道徳やら、そんな下らんもんから来る、便宜上の〝絶対的な正義〟……そんなもんは、結局こうやって、個人の闘争が取り戻されると同時に塵になるっちゅうことや」
「……」
「誰にでも正義っちゅうもんはある。けど、それで私刑をかましていいのは……当人と真剣で斬り結んだヤツだけや」
ルクレツィアは竜化し、黒銀の四足竜が姿を表す。
「長話になってもうてすまんな。じゃ……いざ参る!」
ルクレツィアは挨拶代わりに結晶を撒き散らし、尾で振り抜いて着火する。猛烈な爆発が視界を潰し、だがアミシスはルクレツィアの足元の水を巨大な顎へ変化させて噛み砕かんとし、ルクレツィアはそれよりも速く後退する。だがその着地点を潰すように水で出来た巨大な鯨が湧き出て、ルクレツィアは空中に跳ね上げられる。小魚を模した大量の礫を放って追撃すると、高速で逃げ回りながら結晶を撒いてフレアのように礫の誘導を妨害しつつ、急降下して右前足を振り抜き、竜巻を五つ巻き起こす。鯨が落下にて追撃するが、ルクレツィアの吐き出した爆炎によって破壊され、右前足を叩きつけて斬撃を飛ばし、もう一度振り抜いて竜巻を飛ばす。続けて中空を駆け抜けて左前足で一閃しつつすり抜ける。大剣に阻まれるが、大挙して押し寄せてきた竜巻がアミシスを押し潰す。しかしそれでも、ルクレツィアの足元から次々と鯨が噴出し、各々の大技の影響で徐々に海が荒れ出す。ルクレツィアは鯨の群れの合間を縫いながら、竜巻を振り払ったアミシスに肉薄し、剛腕の一撃と、それに続く大量の斬撃で押し飛ばす。荒れる海面にルクレツィアが着地する。
「アンタは死に場所が欲しかったっちゅう話を聞いてるんやけど、ほんならウチが介錯したるよ?」
アミシスは刻まれた傷を労りながら笑みを浮かべる。
「ふふ……確かにあなたの太刀筋なら、死に損ねることも無さそうですけど……でも私は、ここに九竜を倒すために来たんです。あなたそのものは、前座に過ぎない」
「あんな、言っとかなあかんことを言うの忘れててんけどさ、ウチは九竜と関係あらへんのよな」
「……。はい?」
「正確に言うんやったら、そもそも九竜の結界なんてもんはない。そもそもが、バロンがアンタらを気遣って、宿敵との決着をつける舞台を用意しただけのことや」
「なぜ、そんなことを……」
「最終決戦に望む存在を、少しでも減らしたいゆうことやろな。原初三龍はこのタイミングでは動きたくないやろし、ここまで来れば九竜も用無し、でも折角なら九竜に最後の派手な舞台を与えたい……アルヴァナの同志への餞っちゅう役目もあるわけやな」
「ここにいるはずだった九竜は……」
「ここに居たんは暴嵐の真竜、クンネ・スレイマニエ。なんや、ヴァナルガンドとかいうヤツがウチを紹介して来たんやけどなぁ、ま、お互いに理由が無いっちゅうことやから、全部ウチの力になってもらったわ」
「なるほど、つまり」
「そ。つまり、水都竜神様はもう死んでええっちゅうことや。アルマの居らん世界で、アンタはよう頑張った。後は、アンタ自身がどういう終わらせ方がええか、決めぇや。ウチが協力できることやったら、最後まで付きおうたる」
アミシスとルクレツィアの視線が交わされる。アミシスの目から闘志が消えていくのを見て、ルクレツィアは余韻を残すように目を伏せる。
「ええんやな?」
アミシスは敢えて言葉で返さず、頷く。
「ウチは最大限尊重するで、その選択」
ルクレツィアが歩み寄り、アミシスは海面を穏やかにさせる。
「一瞬で終わるんやけど、遺言とか辞世の句とかあるやろか?」
「私の意思を思って、自由に行動させてくれた明人さんへ最大限の感謝を。そして――アルマ、今度こそ……そちらへ行きます」
アミシスが促し、ルクレツィアは躊躇無く彼女の腹を貫き、首を吹き飛ばす。腹から前足を引き抜くと、アミシスの体は仰向けに倒れ、海へ溶けていく。
「死が二人を別ったところで、か。ウチには永遠に理解できんことかもしれへんな」
ルクレツィアは頭をもたげ、彼方を仰ぎ見る。
「待っててや、ゼロ兄。ウチのとっておきのとっておき、見せたるわ……!」
羽ばたき、急速にその場を去っていった。
アミシスが水面を歩いていると、やがて沈んだ城の前に辿り着く。
「ここがグランシデア……」
「そや」
独り言のつもりで呟いたが、右から相づちが聞こえてアミシスはそちらへ向く。そして、その声の主を見て驚く。
「あなたは……!」
右腕が結晶を纏い竜化し、巫女服を模した袴に身を包んだ、茶髪の幼女。
「ルクレツィアさん……!」
「なんや、お化けでも出たみたいな顔しはって。ウチはこの通り、生身でピンピンしとる。ウチの方こそ、アンタは死んだ思うてたんやけどな。なぁ、水都竜神アミシス・レリジャス」
アミシスは水面下から赤い片刃の大剣を呼び出す。
「まさかあなたが九竜を……?」
「九竜……?ああ、まあそやんな」
「どうして……」
なおも疑問符が浮かぶアミシスへ、ルクレツィアは飄々とした態度も崩さずに答える。
「どうしてシャングリラの記録では、死んだはずのウチが目の前に居るのか、っちゅうことやろ?ちゃあんと教えてやるがな、それくらい。水都竜神様もご存じの通り、ウチはメビウス事件の途中でホシヒメに負けて、んでわざわざウチはあいつに吸収されずに、無の有へ漂うことを是とした。んで異史でも、ウチは死んではないんよな。異史ではウチはヴァナ・ファキナに吸収されたまんま放置されててん。ほんで噂の特異点がヴァナ・ファキナをさっき仕留めた。やから、あいつの中に眠ってた異史のウチの体に、正史のウチの魂が融合して、今ここにおるっちゅうことやな」
「異史の体に、正史の魂を入れ込んだなんて……」
「歩んだ人生が違うだけの同じ存在なんやから、別に驚くこともないやろ。少なくとも不便は何もないで?」
アミシスはしっかりと両足で水面を捉え、両手で大剣を持つ。
「最強の凶竜……いつかは手合わせしたいと思っていました。あなたが今、どのような状態であろうと、その姿は紛れもなく、ミ・ル・ルクレツィアそのもの」
右手に持ち替え、構える。
「はんッ、水都竜神様から直々にラブコールなんて、嬉しいもんやなぁ。ならウチも本気で踊ったるわ」
ルクレツィアの顔を、面頬のように透明な結晶が覆う。
「言っとくけど、ウチは強いで?タイマンで負ける理由なんてひとつもあらへん」
彼女は口をニッと開き、白い歯を見せる。皮肉っぽい頬の動きと、笑っていない瞳が、その表情の愛おしさを増加させている。
「なあ、アンタは戦いが嫌いやったよな?なんでや?力もある、権力もある、永遠の若さもある……ほだら、なんで戦わへんのや?」
「それが……私の望みだから。アルマと共に永遠に平和を守り続ける、そのためだけに力を手にしたまでのこと」
「なるほど。どいつもこいつも口々に言う、いわゆる愛っちゅうヤツか。よくある話やな……ウチはそういうの嫌いやってん。正史で最後にホシヒメに言われたことも、ウチは正直気に食わん。楽しいから戦うのと、戦うが楽しいのは、体感的にはどう違うっちゅうんや?」
「娯楽と快楽の境界ですよ。安心できる場所に身を置く娯楽と、狂騒に包まれる快楽では、楽しさの意味合いが違う。私や姫殿下は、安楽を求めているんです。友や大切な人と、色々な愛を育むには、そこしかないから」
「まあ、ええ」
ルクレツィアは刀の柄に手をかける。
「結局何が正しいかは後の時代が……要は勝者が決めるだけや。あの時はホシヒメが正しかったことは間違いない。それは変えようのない事実や」
「でも……」
「そう。ウチがここに蘇ったっちゅうことは、もう一回その正しさの真偽を確かめなあかん」
赤い刀身の太刀が抜かれ、左手を添える。
「Let's dance!」
軽く身震いさせ、面頬が白く濁る。水面を強く蹴り、凄まじい加速でルクレツィアが突進してくる。アミシスが左手を振って激流を起こし、飛沫を盾にする。激流は挟み込むように生まれており、だがルクレツィアは回避などせずに突っ込み、一太刀で飛沫を切り捨て、翻って納刀しつつ、大上段から紫電を纏いながら超高速の抜刀術を繰り出す。
「ッ……!?」
近接格闘に優れているわけでもないアミシスは容易に切り裂かれ、後退する。一瞬何が起きたかすら理解できなかった彼女は、反射的に胸の傷に触れる。
「(太刀筋が見えなかった……!)」
「〝大道芸にしては中々のものだ〟」
ルクレツィアはわざとらしく声を低めてそう言う。が、それがゼロの物真似であることはアミシスには伝わらなかった。
「なんという速さの斬撃、とても常人の業とは……」
「常人やないことくらいわかりきってるやろ。いちいち驚かれても、ウチはなんも言えんで?」
素早いステップで距離を詰め、わざと大振りな蹴りで牽制する。アミシスは身を引きつつ両者の合間に水を作り、その影から大振りに大剣を薙ぐ。わざと、と言うようにルクレツィアは全身を使って蹴りを構えたにも関わらず、足を半分伸ばした時点でも余裕を持って足を戻し、刀と肩で構えて大剣を受け流し、強烈な横薙ぎを加え、更に切り上げる。続けてルクレツィアは水面に刀を突き立てながら突進し、飛沫と共に切り上げる。流れるようにサイドステップで回り込み、上段を始点として二連斬りを打ち込み、動作中に納刀して追加の二連斬りを繰り出す。軽く、どちらかというと鋭さを重視したその攻撃は、肉厚の大剣に阻まれてダメージをもたらさず、アミシスは水の刃を伴いつつ逆手で薙ぎ、順手に変え、両手で叩き割る。刀を左手で支えて受け止め、火花を散らす。
「鈍い、鈍いなぁ、アンタ」
「確かにあなたより、剣速は足りないかもしれませんが……」
「ちゃうちゃう、そういうことやない……」
刀が大剣を押しきり、逆手に持った刀の柄頭でアミシスの顎を突き、刀を両手で持ち、回転させて荒く二度切り下ろす。大剣の咄嗟の防御に阻まれ、鋭く切り返される。ルクレツィアは身を屈め、後退しつつ納刀し、切り返しの届く寸前に紫電を纏わせて居合い抜きを見せる。確実に切り裂いたはずだったが、アミシスは水に変わっていた。
「ほう――」
即座に体の制御を戻したルクレツィアは、死角から飛んできた大剣を凌ぐ。しかし、竜化したアミシスに水で出来た波動を放たれ吹き飛ばされる。ルクレツィアが水面を滑り、刀がその近くに突き刺さる。
両者は立て直し、ルクレツィアは刀を掴む。
「まあ言うてみれば、ウチらは竜の姿が本当の姿。この姿で殺り合った方がええっちゅうことやな」
回転しながら戻ってきた大剣をアミシスは掴み、窮屈そうに両翼を広げる。ルクレツィアは首を鳴らし、手遊びとばかりに刀をくるくる回しながら手と手を渡らせる。
「なぁ、聞いてくれや水都竜神。ウチらのようなしがない殺人鬼の言い訳を」
アミシスは小さく、細かく頷く。
「ウチは凶竜として、あの世界に生まれた。知っての通り、凶竜には親はいない。どんな見た目か、どんな使命かも、そのときの自然サマの気分で決まるんや。ウチの使命はただひとつ。〝世界を平和にすること〟や。まあウチも、流石に最初の内は平和のために頑張ったんよ?麻薬カルテルをぶっ壊したり、暴力団をいくつも解体したり、財閥企業を木っ端微塵にしたり……あれが楽しくなかったかっちゅうと、好き放題に生きもん斬れるのが楽しくないわけないわな」
ルクレツィアは抜け目無く納刀する。
「でも、そっちも為政者なら知ってるやろ?そーいう悪っちゅうのは、この世から無くならへん。それどころか、ウチは次第に善悪がなんなのかわからなくなってもうた。そっからウチは自分の使命なんかすっかり忘れて、雇い主の正義に従うだけの傭兵になったんや」
「あなたにも、そんな苦い過去があったんですね……」
「苦い?ちゃうよ、ウチは自分の人生、苦かったり辛かったりしたことは一瞬もないんよ。退屈やったときはあるけどな。ウチがこれで言いたいんはただひとつ。社会通念やら道徳やら、そんな下らんもんから来る、便宜上の〝絶対的な正義〟……そんなもんは、結局こうやって、個人の闘争が取り戻されると同時に塵になるっちゅうことや」
「……」
「誰にでも正義っちゅうもんはある。けど、それで私刑をかましていいのは……当人と真剣で斬り結んだヤツだけや」
ルクレツィアは竜化し、黒銀の四足竜が姿を表す。
「長話になってもうてすまんな。じゃ……いざ参る!」
ルクレツィアは挨拶代わりに結晶を撒き散らし、尾で振り抜いて着火する。猛烈な爆発が視界を潰し、だがアミシスはルクレツィアの足元の水を巨大な顎へ変化させて噛み砕かんとし、ルクレツィアはそれよりも速く後退する。だがその着地点を潰すように水で出来た巨大な鯨が湧き出て、ルクレツィアは空中に跳ね上げられる。小魚を模した大量の礫を放って追撃すると、高速で逃げ回りながら結晶を撒いてフレアのように礫の誘導を妨害しつつ、急降下して右前足を振り抜き、竜巻を五つ巻き起こす。鯨が落下にて追撃するが、ルクレツィアの吐き出した爆炎によって破壊され、右前足を叩きつけて斬撃を飛ばし、もう一度振り抜いて竜巻を飛ばす。続けて中空を駆け抜けて左前足で一閃しつつすり抜ける。大剣に阻まれるが、大挙して押し寄せてきた竜巻がアミシスを押し潰す。しかしそれでも、ルクレツィアの足元から次々と鯨が噴出し、各々の大技の影響で徐々に海が荒れ出す。ルクレツィアは鯨の群れの合間を縫いながら、竜巻を振り払ったアミシスに肉薄し、剛腕の一撃と、それに続く大量の斬撃で押し飛ばす。荒れる海面にルクレツィアが着地する。
「アンタは死に場所が欲しかったっちゅう話を聞いてるんやけど、ほんならウチが介錯したるよ?」
アミシスは刻まれた傷を労りながら笑みを浮かべる。
「ふふ……確かにあなたの太刀筋なら、死に損ねることも無さそうですけど……でも私は、ここに九竜を倒すために来たんです。あなたそのものは、前座に過ぎない」
「あんな、言っとかなあかんことを言うの忘れててんけどさ、ウチは九竜と関係あらへんのよな」
「……。はい?」
「正確に言うんやったら、そもそも九竜の結界なんてもんはない。そもそもが、バロンがアンタらを気遣って、宿敵との決着をつける舞台を用意しただけのことや」
「なぜ、そんなことを……」
「最終決戦に望む存在を、少しでも減らしたいゆうことやろな。原初三龍はこのタイミングでは動きたくないやろし、ここまで来れば九竜も用無し、でも折角なら九竜に最後の派手な舞台を与えたい……アルヴァナの同志への餞っちゅう役目もあるわけやな」
「ここにいるはずだった九竜は……」
「ここに居たんは暴嵐の真竜、クンネ・スレイマニエ。なんや、ヴァナルガンドとかいうヤツがウチを紹介して来たんやけどなぁ、ま、お互いに理由が無いっちゅうことやから、全部ウチの力になってもらったわ」
「なるほど、つまり」
「そ。つまり、水都竜神様はもう死んでええっちゅうことや。アルマの居らん世界で、アンタはよう頑張った。後は、アンタ自身がどういう終わらせ方がええか、決めぇや。ウチが協力できることやったら、最後まで付きおうたる」
アミシスとルクレツィアの視線が交わされる。アミシスの目から闘志が消えていくのを見て、ルクレツィアは余韻を残すように目を伏せる。
「ええんやな?」
アミシスは敢えて言葉で返さず、頷く。
「ウチは最大限尊重するで、その選択」
ルクレツィアが歩み寄り、アミシスは海面を穏やかにさせる。
「一瞬で終わるんやけど、遺言とか辞世の句とかあるやろか?」
「私の意思を思って、自由に行動させてくれた明人さんへ最大限の感謝を。そして――アルマ、今度こそ……そちらへ行きます」
アミシスが促し、ルクレツィアは躊躇無く彼女の腹を貫き、首を吹き飛ばす。腹から前足を引き抜くと、アミシスの体は仰向けに倒れ、海へ溶けていく。
「死が二人を別ったところで、か。ウチには永遠に理解できんことかもしれへんな」
ルクレツィアは頭をもたげ、彼方を仰ぎ見る。
「待っててや、ゼロ兄。ウチのとっておきのとっておき、見せたるわ……!」
羽ばたき、急速にその場を去っていった。
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虐げられた令嬢、ペネロペの場合
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ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。
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