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三千世界・終熄(13)

第六話「鉄粉の砂時計」

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 エラン・ヴィタール 最奥部
 背の低い、刈り込まれた草地が続く。大きな木が一本生えていて、その向こうに巨大ながら質素な屋敷が構えられていた。
 木の根元には、スタイル抜群な狐耳の女性が座っていた。彼女の視線の先で、ホットパンツにパーカージャケット姿の少女が、風景画を描いている。
「全くお主は、来る日も来る日も絵ばかり描きおって。よう飽きんのう」
 狐耳の女性が言うと、パーカーの少女がキャンバスに目を向けたまま返す。
「そういうゼナちゃんこそ、いっつも器君のこと考えてるじゃん。お互い様だよ」
「それは――そもそもわしは主《あるじ》に仕えるために作られたのじゃから、今こうして事実上、主君を変えている現状は異常なのじゃ」
「うーん、それってどういう気持ちなんだろ。恋心かな?慕う気持ちだったり、性欲だったりするかも?」
「こういうのもなんじゃが、たぶんお主には一生理解できぬぞ、この気持ちは」
「いーなー、器君羨ましいなー。ゼナちゃんみたいな美人さんに全力で好かれてみたいなー」
「クカカカッ、ダメじゃ。既にこの身の純潔は主に捧げておるでな、誰の手に汚されることは許されぬ」
「えー、ケチぃ」
「お主にはゼロがおるじゃろ」
「ゼロ君は好敵手《ライバル》だもん。一番の友達だから、平等な関係なんだよ?」
「存外に面倒な部類分けをしておるな」
「えへへ、それほどでも!」
 と、女性《ゼナ》の方が気配に気付く。立ち上がり、ある一方を向く。それに気付いた少女が、同じ方向を向く。
「どったの、ゼナちゃん?」
「この気配に気付かぬわけではあるまい、ホシヒメ。特異点のおでましじゃ」
 空間が歪み、二人の前にレメディたちが現れる。
「ここがエラン・ヴィタールかぁ……教科書とか歴史書で見るよりよっぽど平和だけど」
「だよな。宇宙の核が住んでるンなら、もっとすげえ感じだと思ってたぜ」
 レメディとヴィルが感想を言い合っていると、若干遠い位置にいたゼナとホシヒメが近づいてくる。
「お主らが特異点じゃな。待っておったぞ」
 口を開いたゼナに、レメディはまず礼をする。
「えっと、レメディです。あなたは?」
「わしはゼフィルス・ナーデルじゃ。気軽にゼナと呼ぶがいい」
 ゼナは若干開いた左手を、翻してホシヒメを指差す。
「で、こっちの見るからにやかましそうなのがホシヒメじゃ」
 紹介された彼女は元気よく右腕を挙げる。
「はいはいはいはーい!ご紹介に与りましたホシヒメでーす!本当は王龍ローカパーラなんだけど、紆余曲折あってこうなってまーす!」
 勢いよく右腕を下げ、ゼナが続ける。
「とまあ、そういうことじゃ。ま、わしらのことは気にせんでもいい」
「ついてきてねー」
 二人は踵を返し、屋敷へ向かう。レメディたちもそれに従って進む。ゼナが屋敷の扉を開けると、金髪の少女と、灰色の長髪の幼女が彼らを迎える。
「やっと来たか。妾は随分……ふぁ~ッ、待ちくたびれたぞ」
 幼女は欠伸と一緒に言葉を吐き出すと、少女が礼儀正しくお辞儀をして続く。
「お待ちしておりましたわ、特異点。我が主がお待ちです。こちらへどうぞ」
 少女が廊下の奥へ進むのを、レメディとヴィルは続く。ロータたちはゼナに促され、幼女と共に客間へ向かった。
 長い廊下を歩く最中、レメディは少女へ声をかける。
「あの、あなたの名前は?」
 少女は行儀よく手を前で組んだまま歩いており、そのまま言葉を返してくる。
「マドルですわ。王龍フィロソフィア、とも言いますけれど」
「王龍……」
「心配しなくても、あなたたちの命を取るつもりはありませんの。私はあくまでも、バロン様に仕える身。この身の純潔を捧げることで、お支えしていますのよ」
 廊下の奥にある扉に辿り着き、マドルがノックする。
「バロン様、お客様を連れて参りましたわ」
 そして扉を開く。
 デスクには優しげな大男が座っていた。背後の大きな窓から注ぐ光は、先ほど感じた屋外の、晴れやかなものとは異なり、冷ややかな印象を与える。
「……やあ。初めまして……いや、久しぶり、かな?」
 優しげな大男……そう、まさしくバロン・エウレカその人は、レメディとヴィルへ軽めの挨拶をする。そしてデスク前の、膝丈のテーブルに備え付けられたソファに座るよう促す。二人は並んでソファに座り、マドルは部屋から去る。
「……レメディ、ヴィルヘルム……ここまで随分長い旅だったろう。まずは、労おう」
 再びマドルが現れ、三人の前にそれぞれコーヒーを差し出す。そして彼女はバロンの横に立つ。
「……前会ったことを君が覚えているか、僕は把握しかねているが……確か、コーヒーは嫌いではなかったな?」
 言葉で返さずただ頷きで返すレメディを見て、ヴィルが彼を肘で小突く。
「おい、どうしたンだよレメディ。バロンさんが聞いてンじゃねえか」
「……」
 レメディはヴィルにすら固い動作の頷きで返す。
「わかった、お前緊張してんだろ」
「うんうん」
 二人のそんなやり取りを見て、バロンが微笑む。
「……ははは。いいじゃないか。僕も立場上、色んな奴に会うが……初対面の相手に緊張するくらいは、誰にでもある。だが……あまり悠長に構えてもいられない。緊張しているところ悪いが、本題に入りたい」
 バロンはカップを手に取り、コーヒーを啜る。すぐにカップを置き、話し始める。
「……ここに来るまでに随分と多くの竜や獣たちに、色々と言われてきただろう。君はアルヴァナを討ち、新たな世界を創ろうとしている……原初三龍たちは特に、アルヴァナがいなくなり、君が王座に就く寸前を狙うはずだ。君は……」
 左腕をやおら広げると、光が集まってエリアルが現れる。
「原初三龍はそれぞれ、自分だけが居ればいい世界、永遠に混沌に包まれる世界、そして現行のシステムを引き継ぐ世界……を望んでいるけど、あなたは具体的に未来のイメージがある?」
 エリアルが問うと、レメディは一旦深呼吸してから口を開く。
「僕は……世界は、あるがままにあることこそが、一番正しいと思っています。人が環境を作り替えることも、どんな恣意性によって変化することをも、世界の恒常性から来るものだと。察するに、今の世界は、アルヴァナが自害するために全てが回っている。原初三龍たちも、各々の思うがままに新世界へ干渉しようとしている。僕はただ、世界という枠組みを維持する存在となり、世界のあるがままの行く末を見届けたい……です」
 バロンが頷く。
「……そうか。僕とは大違いだな。僕はなりたくて宙核になったわけじゃない。それこそ、君の言うような、あるがままの流れでそうなっただけだ。故に、僕は大いに世界へ干渉した。アルヴァナの掌の上でな。だが一つ聞いておきたいが……君の言葉は実に耳障りがいい。君はもし、看過できない出来事が起きても、ただの傍観者として、世界の流れに任せることが出来るか?」
 僅かな沈黙が流れて、バロンが再び口を開く。
「……いや、済まない。理想に対して、ただの想定を訊ねても意味などなかったな」
 バロンはエリアルを見る。彼女も視線を合わせる。そして頷き合い、視線をレメディへ戻す。
「……君は……僕の力を受け継ぐ覚悟があるか」
 レメディは静かに頷く。
「僕はあなたを、ずっと目標にしてきました。でも今は、あなたを越えていかないと出来ないことがしたい」
「……それでいい。君に面倒を押し付けるようになって忍びないが……それが君の望みなのだと、自分を納得させておく」
 バロンは自身の胸元から光の珠を産み出す。
「……これが宙核、その力の塊だ。受け取ってくれ」
 光の珠が動き出し、そしてレメディの胸へ入る。
「バロンさん、僕はあなたの名に恥じぬ戦いをしてみせます」
「……ああ、任せたぞ」
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