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三千世界・黎明(11)

第七話「清らなるは混濁より溢れる」

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 大橋門都ウベルリ
 高原を越えた先に聳えるエレイアールの山々を越え、神都タル・ウォリルを横目に進み続ける。するとマーナガルムと呼ばれる大峡谷にかけられた大橋が見えてくる。その大橋を中心に発展した都市こそ、ここウベルリである。
 一行が街に足を踏み入れると、そこでは多様な種類の車両が行き交っていた。石造りの古風な街並みながら、タイムパラドックスでも起きているかのような車の流れは、いかにこの街が古来より栄えているかを物語っている。
「なんというか、人体でシフルエネルギーを生成できるってとんでもないことですね」
 レメディが歩きながら呟き、ヴィルが頷く。
「確かにな。山を越えても全然疲れねえとは思わなかったぜ」
「だよね。スクラカンからエリファスまでそこまでかからなかったし、あそこから陽が沈む前に戻ってこられるなんて」
 その後ろで、エストがロータへ話しかける。
「それで、この後のご予定はどうなされてるんですか?」
「宿を取って後は自由時間だけど」
「なるほど宿ですか」
「先に言っておくけど、レメディと同じ部屋にはさせないから」
「あら、残念ですわ。宿など取らずとも、私の王龍結界で休めば良いかと思いましたのに」
「……」
 と、前の二人の会話にアストラムが加わる。
「てめえら、故郷なんだろここ。実家とか寄らなくていいのか?」
 レメディが若干気まずそうに首を傾げる。
「うーん、今両親がどこにいるのかよくわかんないんですよね……」
「どういうことだ?」
 ヴィルが疑問に答える。
「レメディんとこの両親は色んなとこ飛び回ってンすよ。だから逆に会えたら奇跡っつーか、そんな感じっす」
「そうなのか。じゃあてめえんとこはどうなんだ、ヴィル」
「俺んとこはついこの間二人で帰ったんでわざわざ行くほどじゃねえっすよ。っていうか週末は二人でいっつも帰ってるし。なあレメディ」
「うん。だから故郷だからと言って懐かしい感じはしないですよ」
「ふーん、そんなもんか」
 一行が街中を進んでいくと、大橋の前に辿り着く。レメディが立ち止まる。
「みんな……」
 続く四人も頷く。漂ってきたのは死の臭い、とてつもなく恐ろしい気配だった。

 異界・紅月の死闘場
 射し込んできていた夕陽が消え、中天に紅月が煌々と輝きを振り下ろす。大橋とその周囲のみを包んでいるのか、紅い薄膜の向こうでは多くの車両が立ち往生していた。仕方なく一行が大橋を進むと、ちょうど中央に差し掛かったタイミングで空から赤い片刃の大剣が突き刺さる。複合金属で作られた大橋から突如水が沸き立ち水面から凄まじい飛沫を上げて竜人が現れる。水色と白を基調としたその姿は、威厳に満ちていた。
「来ましたか」
 竜人は右手を大剣の柄頭に乗せる。
「あなたは……?」
 レメディが警戒感を露にしつつ問うと、竜人は続ける。
「私の名前はアミシス。皆さんとは砂漠で会いましたね」
「あなたが次の魔人ですか?」
 アミシスは少し目を伏せ、そして一行へ視線を向ける。
「そうです。ですが、ここで戦うことはない」
「それはどういう――」
 返答を待たず、彼女は大剣を逆手で引き抜いて再び突き立てる。すると凄まじい激流が起こり、大橋を両断する。
「アメンネスで待っています」
 水に溶けてアミシスは消えた。同時に、大橋は崩壊を始める。
「ちっ……!」
 ロータが飛び、レメディとヴィルに鎖を巻き付け引き上げる。アストラムとエストは空《くう》を蹴って追随して立ち退く。

 大橋門都ウベルリ
 異界を抜け、一行が対岸まで辿り着く。同時に異界が消え、大橋がマーナガルム大峡谷へ崩落していく。
「大橋が落ちちゃってるんですけど、これ大丈夫なんですか!?」
 レメディが動揺すると、アストラムが首を横に振る。
「大丈夫なわけねえだろ。少なくとも、交通の便は死ぬほど悪くなるだろうな。まあ……極端な話、俺たちがやるべきことには影響がねえ。行くぞ」
 ロータがやれやれと肩を竦める。
「そんな深刻そうに言わなくても、どうせシフルエネルギーで構築するんだから三日くらいで元に戻るでしょ」

 ウェスプ草原
 大橋の崩壊で騒然としているウベルリを後にした一行は草原に出て、先を急ぐ。夕陽は完全に沈み、夜の闇が周囲を包む。
「アメンネスって、ウチの学生が行方不明になったっていう場所ですよね」
 レメディの言葉をロータが受けとる。
「そう。合宿でここまで来ていたんだけど、コーチや担当の教授諸とも全員がアメンネス近くの湖で行方不明になった。今アメンネスの情報は外部に出てないから……内部がどうなってるのかはわからない」
「魔人……アミシスさんがやったってことでしょうか」
「その線はある。わざわざアメンネスで待ってると言ったことと、アメンネスが水の豊富な場所であるということ……アミシスは、水を司る竜神だから、水場の近くなら普段以上に強力なはず」
「明人さんの仲間なら、何らかの理由があって一般の人を巻き込んだってことですよね」
「たぶんね。レメディたちと同じように、異界に立ち入れてアミシスと戦い、そのまま死んだのかも……」
「そうですね……」
 会話が詰まったタイミングで、レメディが切り出す。
「ところで、今日はこのまま強行軍でアメンネスまで行くんですか?」
「ああ、それね……」
 待ってましたと言わんばかりにエストがロータを押し退け、会話に加わる。
「お姉さんの王龍結界で休もうかって話してたの♪どうかな、特異点くん?」
「王龍結界って休めるんですか?」
「うん♪だって中身は自分で決めるでしょう?アルマやイ・ファロイの高級スイートルームだって再現できるよ?」
「は、はぁ……。うーん、いつでもそうやって休めるなら、もうちょっと進んでもいいかも……」
 と、そこでヴィルが加わる。
「いいや、休めるときに休んだ方がいいぜレメディ。今日は既に、エリファスで派手にやりあってる。無理して進んで、この先のアミシスさんとかシラヌイとの戦いに支障が出たら良くないだろ?」
「んー……そうだね。今日は休もう」
 レメディはエストへ視線を向ける。
「エストエンデ、お願いしていいかな?」
「もちろん!お姉さんは君の言うことなんでも聞いてあげるよ♪」
 エストは満面の笑みで返す。彼女は目を伏せ、両手を広げる。すると夜闇を侵食するように景色が変わっていく――

 王龍結界 エストルリ・シルヴ・ルミナス
 エストの言葉に偽りなく、黒を基調とした高級感溢れるリビングが産み出される。彼女は手近に産み出された革のロングソファに座り、レメディを隣へ招く。
「結構です」
 レメディは右手で断ると、そのまま隣の部屋へ去っていった。エストは甲斐性もなくヴィルへ視線を流す。するとヴィルは特に躊躇なく横に座る。
「あらあら、おまけの方はすぐに座ってくれるのね」
「同じようにレメディを思ってる同士なンすから、特に気にする必要もないっすよ」
「ほー……どうやら、特異点と言ってしまうと色々語弊がある関係なんですね、君たちは……」
 エストが素直に感心し、ヴィルの太ももにやらしく絡ませていた手を離す。
「彼がレメディ、君がヴィルヘルム……でいいのかな?」
「そうっすよ」
「じゃあヴィルくん、今日はゆっくりしよっか」
「まあ、そうっすね」
 二人がぎこちない会話を繰り広げ、やがて時が経ち、ヴィルとエストがそれぞれの寝室へ消えた後、ロータとアストラムはキッチンカウンターについていた。
「スクラカンのビジネスホテルとはエライ違いだな、ったく」
「王龍結界をこういう風に使われるのは予想外だけど……まあ、エストを味方につけてラッキーだったってわけね」
「なあおばさん、結局よぉ、このまま魔人との戦いを続けてどうすんだ?」
「……。もちろん、アルヴァナへ仕向ける。無明竜を貫き、全てを終わらせる牙にする」
「この世界は犠牲になってもらう、ってか。そいつはアルヴァナも考えていることだろうよ。空の器は狂竜王が差し向けてんだろ?超越世界がどうなろうが、産み出したバロンでさえどうでもいいんだろうよ。……あいつら……レメディたちも、良くも悪くも俺たちに近いみたいだ。この後に起こることがわかっているのかは知らんが……この世界を手放すことに、少し躊躇が無さすぎるようにも感じる」
「ヴィルはあくまでも、レメディを支えることに心血を注いでいるだけのようね。けれど……レメディは、私たちが想像していたよりも遥かにバロンへの造詣が深いらしい」
「と言うと?」
「すべきこと、やりたいことのために犠牲にするもの……目的のために邪魔なものを、切り捨てる能力が高いということ。きっと彼は、ヴィルが人間らしい弱さで敵に回ったとしても、決して容赦はしない」
「だろうな。俺もそんな感じがするぜ。まあ、俺たちの血筋からして、大切な人や家族が敵に回った程度で怯んでちゃ、やりたいことも出来ないんだろうが」
「そう。愛し合っていること、思い合っていることが、戦わない理由とはなり得ないから……」
 ――……――……――
 大橋門都ウベルリ
 崩壊した大橋の根本にて、明人は夜風を受けて佇んでいた。そこへ鎧姿のアリアが並ぶ。
「何してるのです?」
「昔のことを思い出してた。ヴァナ・ファキナとの融合で消えてた記憶が元に戻ってるんだ。それをちょっとね」
 アリアは黙し、続きを待つ。
「最初俺は、全部を無に帰そうとしてたんだ。世界に暮らすのは、どいつもこいつもクソだって決めつけてな」
「色んな世界を巻き込んで、そのお陰で私と明人くんは出会えたのですよね」
「そやね。そんで、旧Chaos社の動乱、メビウス事件、そして三千世界での最終決戦……俺はどうでもいい奴らに怒ってたのを、ようやく自分の中に目的を見つけることが出来たんだ」
「……。君がそこに辿り着くのだけは、私は絶対に止めるのですよ」
「わかってる。そんときは、俺らは殺し合うだけだろ」
 二人は見つめ合う。
「ふふ……殺し合う前には、たっくさん新しい命が必要なのですよね?」
「そらな。別に世界を消したくなくなったからと言って、世界が好きなわけじゃないけどさ」
「残される側のエゴを、少しは食らえなのです」
「じゃ、帰る前にちょっとしようぜ」
 彼らはそのまま、夜闇へ消えていった。
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