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三千世界・黎明(11)

第九話「マタドール・ラプソディー」

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 異界・紅月の死闘場
「わあってる!行くぞレメディ!」
「はい!」
 アストラムとレメディがフィールドへ飛び出し、ヴィルが合流する。周囲の雰囲気は明らかに異常であり、観客席からは次々とシフルの粒子が上がっていく。ゲートの向こうから現れたのは、既に骸骨の姿となったマタドールだった。
「この戦場に蓄積された戦いの馨り……実に耽美だ。貴公もそうは思わぬか、特異点《まれびと》よ」
「……」
 レメディは生唾を飲み、前へ出る。
「私を前にして、恐れを抱きつつも歩を止めぬその魂、実に遖《あっぱれ》。ここで殺してしまうには惜しすぎる……だが」
 斜めに下げていた視線を上げ、虚無を宿した眼窩でレメディを見る。口端から蒸気が漏れ、眼窩には血のような瞳が宿る。
「強者と戦い、生と死の狭間を生き抜くことこそ、私が求めたもの」
 マタドールはカポーテとサーベルを構える。
「さあ構えよ。貴公がこのマタドールを越え、我が王を貫く牙となるか。私が貴公をこの地に果たし、再び悠久を戦い続けるか。全てを懸けて、勝ち取って見せよ!」
 長剣を抜き放ち、両者は準備を整える。壮絶な殺意が渦巻く最中を、灰色の蝶が舞う。それを合図に、マタドールが先手を取って超光速の刺突を放つ。レメディは殆ど反射の領域で、ギリギリ受け止める。刃が触れ合った場所から煙が立ち上る。マタドールはサーベルを乱雑に振り始め、産み出される真空刃が防御の上から傷を刻んでいく。レメディも防戦一方ではあるが攻撃を往なし、左腕に闘気を宿らせてサーベルを弾き返して、瞬時に踏み込んで長剣を振り下ろす。その切っ先はカポーテに飲まれ、その影から猛烈な刺突が繰り出される。レメディは対応しきれずにそれを喰らい、全身に裂傷を負って仰け反る。しかし追撃に放たれた縦斬りを背中側に躱し、大外から振りながら切り上げる。マタドールはその狙いを察し、即座に飛び退いて躱す。レメディは態勢を建て直し、長剣から漲る闘気で傷を塞ぐ。
「月光の聖剣……月《セレナ》より下りし、バアルの遺産か」
「こんな殺気は、今までの人生で一度も感じたことはありませんでした……」
 乱れた呼吸を整え、レメディは全身の緊張をほぐす。
「良き腕だ、特異点《まれびと》。私と斬り結び、そこまで心を穏やかに出来るとはな」
「……。行きます」
 レメディが一歩踏み込むと、マタドールはカポーテを翻し、その向こうから刺突を放つ。地面を走る真空刃が生成され、逆手に持たれた長剣を振り抜いて二つの衝撃波を生んで迎撃し、二段目の終わりに順手に持ち替える。両者は同時に刺突し、切っ先が掠めて得物が擦れ違う。レメディの肩の防具が、マタドールの脇腹の布が切り裂かれ、レメディは切り上げつつ宙返りし、マタドールはカポーテを振るい、その裏側に蓄積された大量の斬撃を放つ。レメディは闘気の足場を作って左手で跳ね上がり、もう一度宙返りして斬撃から逃れ、急降下して突きを放つ。またもカポーテで躱されるが、闘気の壁を生んで踏みつけて一気に距離を離し、切っ先に莫大な闘気を集めて突進する。マタドールはそれをまともに受け、大きく後退する。
「……」
「……」
 両者沈黙し、そしてマタドールは笑う。衣装が大きく破れ、臓腑たる無明の闇が露になる。
「なるほどな……今のは効いたぞ、特異点《まれびと》……!」
 力み、全身から無明の闇を発する。
「行くぞ特異点《まれびと》、勝敗が決するまで躍り続けようぞ!」
「お待ちなさい」
 熱り立つマタドールへ、観客席から声が響く。その場にいる全員がそちらへ視線を向けると、先程の少女――エストが立っていた。
「エストエンデ……よもや貴公、横槍を入れるつもりではあるまいな」
「横槍を入れる気はありませんわ。ですけれど、今の彼ではこのまま死合えば本当に死んでしまうでしょう。また戦うにしても、アルヴァナへと黙って見送るにしても、今は己の敗けを認め、彼の勝利を称えるべきでは?」
 マタドールは視線をレメディへ向ける。レメディもつられるように視線を合わせる。
「生前の闘牛を思い出してご覧なさい。猛り狂う牛の一撃が直撃した時どうなるか、あなたが一番知っているはず」
 その言葉で、彼は無明の闇を鎮め、サーベルとカポーテを消す。
「確かに貴公の言うとおりだ、エストエンデ。余りにも死を忘れた私は、一撃の持つ重さをも忘れ去っていたようだ……」
 開いた左手には小さな楔が浮いており、それが自らレメディの下へ行く。
「これは……?」
 楔を掴んだレメディは、まじまじとそれを見つめる。
「基礎の楔……それが貴公を、魔人との戦いへの道、そしてバロンの下へと誘うだろう。だが努々忘れるな。これから貴公が進むのは鮮血の道、全ての陰謀が集う、終の決戦への道程だ」
 マタドールはそう告げて、ゲートの向こうへ去っていった。

 闘技場 フィールド
 周囲の雰囲気が元に戻り、明るくなる。闘技場は人の気配はしなくなり、異様な静けさに包まれる。レメディは気が抜けたようにため息をつき、長剣を納める。
「よくやった、レメディ!」
 ヴィルが後ろから肩を組む。
「えへへ、ありがとうヴィル。でも――」
 レメディが視線を上げると、エストが微笑んでいるのが見えた。エストは手すりを越えてフィールドに着地し、歩み寄ってくる。
「どうしてあなたは、シフルに変わらずに……」
 レメディが単純な疑問を向けると、ゲートから現れたロータが言葉を発した。
「簡単な話。どうして気付かなかったのか知らないけど、彼女は王龍。隷王龍エストエンデ。王龍ニヒロに仕える内の一体」
 エストはその紹介に、屈託のない、偏りまくった笑みを浮かべる。
「その通りです。私は〈禍つ星、漆黒の戸張〉……隷王龍エストエンデです」
「隷王龍エストエンデ……どうして僕たちを助けるようなことを……?」
「そうね……うふふ、お姉さんね、可愛い男の子が大好きなの。屈強にせよ、軟弱にせよ、ね……?」
 エストはするりとレメディの手をとって、目線を合わせて優しく微笑む。
「君が魔人との戦いを越えて、素敵な男になれるように……お姉さん、ずっと応援するからね」
 手を離し、名残惜しそうに視線を流しながらエストは踵を返す。そのままフィールドの壁に次元の穴を開けて去っていった。
「なんだあの人……」
 レメディが困惑していると、ロータが眼前に現れる。
「今は気にしなくていい。それよりも、今はあなたたちの体を休めることが優先。ホテルに戻るよ」
 レメディとヴィルは頷き、一行は闘技場を去った。
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