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三千世界・黎明(11)

第三話「朝霜の甘露」

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 研究室
 レイヴンがデスクに腰掛け、ロータとアーシャが乱雑に置かれた椅子に座る。
「で、ここに来るまでの間に何があったの」
 ロータが口火を切る。アーシャが続く。
「いつも通りレイヴンさんを起こして、歩いて大学へ向かっていたんですが……途中で王龍結界のような異界に引きずり込まれたんです」
 レイヴンがその話題を受けとる。
「ちょうどお前くらいの背丈の黒騎士がそこに居てな。名前は聞けなかったが……装飾から見ても、アルヴァナの手先だと俺は思うな」
 アーシャが更に続ける。
「私が剣になっても捌ききるのが難しいほどの精度・速さ・怪力を兼ね備えた強烈な拳術をぶつけてきまして……」
 ロータが驚く。
「兄様とアーシャが力を合わせても……?」
「はい。あちらも本気ではなかったようで、しばらく交戦すると逃げていきました」
「私たちは三千世界での戦いの時よりも、バロンやホシヒメの力でちゃんと強くなっているはず……それでも軽くあしらえないのなら、アルヴァナの息がかかっている尖兵だとしてもおかしくはないか」
 レイヴンは肩を竦める。
「朝からとんだ重労働だぜ。だが、短時間でもわかったことはある。あの戦意の澄み方からして、純度の高いシフルエネルギー……俗に言う、純シフルを扱えるんだろうが、闘気にこだわっているように見えたな」
 アーシャも頷く。
「それは私も思いました。全身から発する青い闘気は、バロンさん曰く竜骨闘気というもので、かなり極端に闘気に偏っていなければ使えないらしいんです」
「竜骨闘気……竜化の最終形態、〝竜骨化〟ドラゴエクソトランスが放つもの……ゼロと同じ」
「ええ。正直私たちよりロータさんの方が強いので、次に邂逅したときはお願いします」
「ふん……わかった。ところで……」
 ロータはレイヴンの方を向く。
「ん、どうしたロータ」
「アーシャがちょうど都合いい感じになったからって朝からするのはどうかと思うよ。ヴァナ・ファキナの呪いを断ち切った以上、兄様はただ性欲強いだけのイケメンなんだから……」
「それはお嬢さんの方に言ってくれ。メビウス事件の前にした約束のせいで責任取らされてるんだよ」
「へえ。どんな」
「それは――」
 レイヴンが躊躇なく言おうとすると、アーシャが大声で遮る。
「待ってくださいレイヴンさん!ロータさんも!これはデリケートな問題ですから!」
「別にいいだろ。あいつの中に俺の所業を知ってる奴が追加で三人も居ることだしよ」
「そうですけど……もっとこう特別感が欲しいんですよ!」
 アーシャの言葉にロータが微笑む。
「いや、十分特別だと思う。兄様がここまで一途なんて、見たことないから」
「ええ!?今でも十分ふしだらだと思いますよ!!」
「ま……それもまた人それぞれってことで」
 ロータが強引に話を締め、立ち上がる。
「研究室だって借り物だから。あんまり汚さないでね、兄様」
 そのまま、研究室を立ち去る。入り口の扉が閉じられて、レイヴンとアーシャの視線が合う。
「じゃあほどほどに汚すか」
「へぇぁ!?さっきの話の流れでよくそれが……」
 レイヴンは遠隔操作で研究室の電子ロックをかけつつアーシャの唇を奪って手近なソファに押し倒す。
「もうバカなんじゃないですか!?せっかくメビウス化から戻ってもやること変わんないじゃないですか!」
「イチャイチャ出来る時にした方がいいって言ったのはどこのどいつだ?ん?」
「んもう……」
 二人はくんずほぐれつしながら、しばし時が過ぎていった。
 ――……――……――
 日が傾き始めて、レメディとヴィルの二人はレイヴンの研究室に来ていた。
「えーっと……」
 レメディがバツが悪そうに目を逸らす。ソファの上にアーシャが眠っており、ブランケットがかけられていた。
「先生のことは尊敬してるんですが、流石に奔放すぎると言うか」
 デスクチェアに座ったレイヴンは肩を竦める。
「学期の真ん中は暇でな」
「先生たちがいいなら、僕たちも大人なんで気にしませんけど。それで、僕たちをここに呼んだのは……」
 レメディが話題を本題に寄せ、レイヴンが手を叩く。デスクの引き出しからチラシを出し、二人に投げ渡す。
「IUViC?なんですか、これ」
 レメディの問いに、レイヴンは即答する。
「インターユニバーシティチャンピオンシップ。まあこの世界の大学から、学生を二人以上選出した三人チームを代表として出場させる、武術の全国大会みたいなやつだな」
 ヴィルが会話に加わる。
「もしかして、俺たちをこれに出場させるンすか?」
「そうだ。ヴィルは座学があれで、レメディは実技があれだろ?これで優勝すれば、学校側も多少の成績不良は黙認してくれるだろ」
 レメディが困惑の表情を浮かべる。
「武術大会で優勝って……」
 不敵な笑みを浮かべたレイヴンが遮る。
「無理、か?確かに、やらずに後悔するよりやって後悔する、なーんてことは実際には不利益しかねえ。コストと経験の価値が釣り合うことは珍しいからな。だが意外と、どうにかなるかもしれないぜ?」
 ヴィルがハッとする。
「そうか、三人目……三人目にセンセーが来てくれれば!俺かレメディのどちらかが勝てば次に進めるってことっすね!」
「俺は参加しない」
「ええ!?」
 レイヴンが欠伸をする。
「仕事があるに決まってんだろ」
 と、扉が開き、ロータが現れる。
「私が同行する。暇だし」
 ヴィルが感動を露にする。
「ロータさん……ッ!」
 レイヴンがデスクチェアを回転させて窓の方を向く。
「実はもう登録は済ませてあってな。一回戦は来週だ」
「でええ!?」
 レメディとヴィルは同時に驚く。
「ま、その辺は頼むぜロータ」
「わかってる、兄様」
 ロータはレメディたちへ向く。
「これに参加する人は、明日から課題無しの特別欠席扱いになる。ということは、明日からずっと鍛えることになるから、今日はもう帰って休んで」
「わ、わかりました」
 二人は立ち上がり、ロータの横を通りすぎる。
「兄様、朝言ったのにアーシャが気絶するまでしたの?」
「そこまでしないと満足しないからな、そこのお嬢さんは」
「ふん……ふふ、幸せそうで何より。メビウス化してた兄様は、正直見るに耐えなかった」
「あん時は俺も意識はあったんだがな。随分と気味の悪い言葉を捲し立ててたが、俺もあれは堪えたぜ?」
「まあ結果として、メビウスも、ヴァナ・ファキナの呪いも解けた。ミリルたちは冥福を祈ることしか出来ないけど……ある程度は、丸く収まった」
 レイヴンはデスクチェアから立ち上がり、アーシャの眠る横に座る。
「ティータイムにしようぜ、いつも通り」
「うん」
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