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三千世界・原初(7)

第四話 「艶めく色香」

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 金城山・大仏殿
 玄海が扉を開いて中に入ると、獣の咆哮のごとき嬌声が鳴り響いており、左右の檻の中にいる蟲たちがその声に答えて猛り狂い、異様な活気に満ちていた。祭壇の上で蟲に犯され続けているメイヴは白目を剥いて喘ぎ続けており、見るに耐えないと言った様子で不知火が腕を組んで柱に寄りかかっていた。玄海と共に入った宗方は顔をしかめ、不知火は玄海に気づいて歩み寄ってくる。
「五月蝿くて敵わん。蟲の苗床はお前の管轄だ、どうにかしてくれ」
「ふむ、彼女を食わせてから三時間ほどか。まだ壊れかけで済んでいると言うのは、やはり彼女がそうとう優秀な雌だと言うことだな」
 玄海は懐から取り出した蟲笛を鳴らすと、左右の蟲は落ち着き、メイヴを孕ませ続けていた巨大蟲もメイヴを吐き出す。メイヴの股間からは夥しい量の液体が滴り落ち、凄まじい速度で小刻みに震えては絶頂する。周囲に立ち込めた雌の臭いに不知火は吐き気を催して大仏殿から出る。宗方は深くため息をつき、メイヴへ近づく玄海に随伴する。
「大丈夫か、女王」
 当然、余りにも激しい生殖行為によって正常な意識を失っているメイヴに玄海の声は届かず、溶けたスカートの裾が千切れ落ちる。
「玄海殿、これは余りに……」
 悲惨な光景に、宗方が掠れた声を出す。
「宗方、どれほどの蟲を女王は産んでくれた」
 玄海はメイヴにも、宗方にも興味が無いようで、必死に頑張った巨大蟲を愛でていた。
「は……はっ。先ほど餌を置きに来たときは、外の堀に八割ほど」
「ほう。それは素晴らしい。全ての千切雲に阿蘇と同じかそれ以上の蟲を供給できるな」
 上機嫌にそう言い放つ姿に宗方が困惑していると、玄海は嬉々として宗方の方に向く。
「見たまえよ宗方。この彼女の生き生きとした光沢を。子孫を残せた喜びを全身で表してくれているのだ」
 玄海は巨大蟲に猫のようにじゃれつき、巨大蟲も嬉しそうに触手で玄海を撫でる。
「は、ははっ……左様ですか……」
「女王の腹の中に残った蟲たちを産ませたら、彼女はしばらく安静にさせておけ。食事や投薬、邪眼による定期的な催眠を行う。過ごしやすい場所を……そうだな、わえの部屋に寝かせておけ」
「はっ」
 宗方は会釈すると、縛り上げられた粘液まみれのメイヴを抱え、大仏殿から飛び去る。
「是非とも壊さずに、このまま永遠に女王にわえの愛しい蟲たちの子供を成して欲しいものだな……」
 玄海はうわ言を呟きながら、大仏の裏にある勝手口から外に出ていった。天井に張り巡らされた梁の上からその様を見ていたシンは、思わず口に手を当てる。
「おいたわしや……。どうにかして彼女を救わないと、またここに連れてこられて蟲の餌食に……こうしちゃいられない」
 シンが大仏殿から去ろうとすると、背後に不知火が立っていた。
「なっ……」
「お前が玄海の言っていた苗床候補か」
 不知火はシンの首を掴み、床へ放り投げる。シンは軽く宙返りして着地し、背の大剣を抜く。不知火も着地し、刀を抜く。
「君はシラヌイ、だね?」
 不知火は頷く。
「我が名は黒田不知火。この大仏殿の主だ」
「なんのために、あんな酷いことを……!」
「我らが失った、全てを取り戻すため」
「なん――」
 シンが二言目を紡ぐ前に不知火は一太刀加え、至近距離で左眼を開き、シンは倒れる。
「悪鬼修羅と謗られようとも、我らは長きに渡り苦汁を、辛酸を舐めてきた。その失い、苦しみに奪われ続けた人生を、定めを取り戻すのだ」
 シンを抱え上げ、不知火はその場を去った。

 金城山・忍屋敷
 宗方は湯浴みを済ませ、寝間着に着替えさせたメイヴを運んでいた。
「いつ見ても慣れんな、あの蟲は……それになぜ、なぜ衣服をも溶かす強力な液体に長時間触れて体に何の被害もないのか……」
 独り言をぼそぼそと呟いていると、メイヴが朧気な意識を取り戻す。
「こ……こは……?」
「目覚めたか。ここは我ら不知火忍軍の屋敷だ」
「アンタ……は……?」
「俺は宗方。玄海様と不知火様の、身辺の世話をしている使用人だ。貴重かつ有用な苗床であるお前の体調の管理を任されている」
 宗方は障子を開け、大きな本棚がいくつもある、四足の竜用の部屋に入る。大きな敷布団にメイヴを寝かせ、宗方は事前に用意していたお盆の上で薬を調合し始める。
「ね、ねえ……」
 メイヴが弱々しく訊ねる。
「何だ。逃げようとしても無駄だぞ。なんとしてでも連れ戻す」
「そういうんじゃなくて……」
「ではなんだ」
「アタシ……どれくらいあの蟲に犯されてたの……?」
「四時間近く。お前ほど頑丈で良質な苗床は初めて見た。誇るといい」
 雑談もほどほどに、紙に乗った粉薬をメイヴに差し出す。
「飲むといい」
 メイヴは口を頑なに閉ざす。
「無理もないか。仕方あるまい」
 宗方は紙を一旦お盆に戻し、右の義眼を外し、青く輝く玉を右眼に嵌め込む。そしてメイヴの眼を覗き込む。
「よし、口を開いてくれ」
 言われるがままにメイヴは口をあんぐりと開け、宗方はそこへ粉薬を注ぎ込む。
「飲み込め」
 湯呑みを渡し、メイヴはその茶を飲み干す。宗方は眼を付け替え、そしてメイヴは正気を取り戻す。
「ちょっと!そんなよくわかんない薬、無理矢理飲ませないでよ!」
 大声でがなるメイヴに、宗方はやれやれと首を振る。
「お前がすぐに飲まないからだろう。心配しなくても、今飲ませたのは疲労回復と、上がりすぎた性感を正常に戻すためのものだ」
「へ?」
 メイヴは体の火照りが引いていくのを感じた。
「ま、まあ……ありがと」
「蟲の苗床にされるものは、想像を絶する恐怖に悶えると聞く。お前が壊れるその日まで、せいぜい丹精込めて尽くしてやる」
「その……流石にこんなこと言うのは恥ずかしいんだけど……」
 言いにくそうにしているメイヴに、宗方は片膝立ちで向かい合う。
「結構……気持ちよかった、かも……」
「そ、そうか……それを聞けば玄海様もお慶びになられるだろう……」
 気まずい沈黙が流れて、宗方が口を開く。
「そうだ。腹は減っていないか?俺は男だからわからんが、子を産むと言うのは疲れるだろう。玄海様がお前のために食事を用意している」
 メイヴが答えずにいると、メイヴの腹が鳴る。
「腹の蟲が鳴る……というのは流石に冗談にならんか。玄海様の手料理は絶品だ。心配せずともな。そこで安静にしておけ、俺が運んでくる」
 宗方が立ち上がり、部屋から去る。宗方が廊下に出ると、ちょうど目の前に玄海が現れる。
「女王の容態は?」
「良好です。体力を消耗していた以外は特に何も。子宮や膣の異常は起きていませんし、精神面も安定しています」
「ならば良し」
「玄海様、彼女に用意した料理は?」
「食堂に置いてあるが。ああ、体力を消耗していたのか。わえが持ってこよう」
「いえ、ここは俺が。玄海様は彼女のお側に」
「わかった」
 宗方が玄海の横を通っていき、玄海は自室に入ってメイヴの横に座る。マニュピレーターのようになった尾の先端で煙管を掴み、玄海は口に咥える。
「アンタって煙草吸うのね」
「わえのは単なる呼吸器だ。体内の蟲も定期的に老廃物を出さねばならんからな」
 メイヴが上体を起こす。
「寝ておけ。貴殿の体に何かあっても困る」
「たくさんの男から丁寧に扱われるのは久しぶりね。悪くないわ」
「暇だろう。わえ秘蔵の本を読んでも構わんぞ」
 玄海は煙管を机に置き、棚から本を一冊取りだし、メイヴに渡す。
「えーっと……『九つの竜の浮世草』?」
「昔、黒い西洋鎧の騎士から買い取ってな。正直、内容は噂話の類いを再編纂した程度のものだが……書かれている内容のそのものが中々興味深いものだ」
「へぇ」
 メイヴは本を読み始める。
「ふわぁ~……」
 玄海は大きな欠伸をする。
「岩成を攻め落としてから寝ておらんだか……」
 そして外へ視線を外すと、ちょうどそこに千切雲が一匹現れる。
「玄海様」
「どうした」
「谷底で遭遇した巨獣の件ですが」
「ああ、あれか。進展があったのか?」
「いえ、我々の想像を絶するほどの強大な戦闘力ゆえ、足止めするのがやっとでございます」
「では、そのまま押し留めよ」
「はっ。それと……同伴していた銀髪の男は、大仏殿に潜んでいたため、不知火様が捕獲しました」
「牢に繋いでおけ。しばらくは要らん」
 千切雲は礼をすると、霞のように消え去る。
「ねえ、銀髪の男って……」
「貴殿が気にすることはない。わえたちの話だ」
 メイヴは一瞬シンの顔が頭を過ったが、この状況で考えても仕方ないと思って意識を本に戻した。
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