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三千世界・原初(7)

第一話 「明快な澱み」

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 アヴァロン
 清楚な白い邸宅の庭で、青い頭の竜人と、金髪の男が剣を構えて向かい合っていた。
「モルドレッド、なぜお前が……」
 金髪の男がそう言う。
「アーサー、一つのことを極めたとしても、それがもたらす恩恵には限界がある。既に俺は騎士道を極めた。いや、騎士道から得るものは何もなくなった。ただそれだけのことだ」
 アーサーは闘気を吹き出す黄金の剣を、モルドレッドは紅い鉈のような長剣をぶつけ合う。
「やはりランスロットの言うとおりだな……武器に意思を乗せる禁術……そんなものは、子供だましのゴミに過ぎないと!」
 モルドレッドの一閃が黄金の剣をへし折り、そのまま紅い剣はアーサーの喉笛に突き立てられる。
「安心しろ、アーサー。貴様の命は俺が使ってやる。せいぜい騎士の誇りを胸に眠れ」
 剣を引き抜くと、アーサーが倒れる。モルドレッドが踵を返すと、物陰からランスロットが現れる。
「ランスロ……いや、エンブルムと呼んだ方がいいのか」
 モルドレッドがそう言うと、ランスロットはそれを無視してアーサーの死体へ近づく。
「アヴァロンにある不確かな状態に止めを刺せばいい……よく考えたものだ、ライオネル」
 ランスロットは欠けた黄金の剣を持ち上げる。
「何かの役には立つだろう。モルドレッド、その切っ先を拾ってくれ」
 モルドレッドは黄金の剣の折れた半分をランスロットに渡す。
「しかし哀れな男だ。黄泉によって傀儡となった領民に延々と攻め立てられ、カムランでモルドレッドに負け、一縷の希望を託し、残った少ない家臣の力でここに辿り着いて、無意味に死ぬ……」
 ランスロットはアーサーの顔を足で小突く。
「お前もクラレントを捨てて良かっただろう。聖剣と言うものが如何に脆いかよくわかったはずだ」
「ああ。力とはかくあるべきだ。剣という無機質を、意思で強化しても何の意味もない。そして騎士道は……」
 モルドレッドは庭に置かれたテーブルを切り裂く。
「何の価値もない」

 ギリシャ
「んっ……」
 エリアルが重い体を持ち上げて起き上がると、そこは石造りの広大な都市だった。
「あれ、私何してたんだっけ……」
 思考を巡らせてみるが、アレクセイに撃ち抜かれてから全く記憶がない。周囲を見渡すと、所々凍りついている。通りには殆ど人の姿がなく、一人だけ通りの中央に佇んでいる女性がいた。エリアルがその女性に近寄る。
「あのー……」
 その声に反応すると、女性は振り返る。思わず、エリアルは怯む。その女性の顔は、人間の顔に必要なパーツが全て消去されており、しかも全身を不規則に震わせていた。エリアルを捕捉したらしい女性は、唐突に襲いかかる。エリアルは大きく飛び退き、なおも突進してくる女性の顔面に杖を突き刺す。そして勢いよく捻り、首が折れる鈍い音と共に女性は石畳に崩れる。
「ここも、もう九竜の支配下にあるってことかな……」
 エリアルが周囲を確認し、とりあえず先に見える丘へ歩きだそうとした時、足元の女性が首が捻れたまま起き上がる。
「(あれで死なないってことは……体内がシフルそのもので動くような仕組みになりかけてるってこと……?)」
 エリアルは手早く女性の手足をへし折り、丘へと急いだ。
 ――……――……――
 丘に辿り着くと、周囲の景色を見渡す。東の方から巨大な氷塊が空を覆っており、西の空からは金色の粒子が流れ、降り注いでいた。エリアルが呆然とその景色を眺めていると、横から感じたことのある気配が現れてそちらへ向き直る。そこにはメイヴが立っていた。
「メイヴ!」
「意識を取り戻したみたいね、よかったわ」
「メイヴ、ここはどうなってるの?」
 エリアルが訊ねると、メイヴはその場に座る。エリアルもそれに従う。
「左から来てるあの金色のやつが、アタシの国を襲った九竜・黄泉の力よ。あれを食らってあいつの侵食に負けたが最後、『怠惰であることを忘れる』の」
「怠惰であることを忘れる?」
「つまり、生物として最低限必要な機能と本能だけを残して自我が消失するってことよ。食べる、警戒する、外敵を排除する、子孫を残す、寝る、そういう生きるために最低限必要なことしか出来なくなるの。えーっと……わかりやすく言えば、生活の質を上げる行動の全てが塞がれるってことよ」
「なるほど……だからさっきの女の人は……」
「間違ってもここの人間に話しかけようとか思わないでよ。群れの野生動物みたいなもんなんだから、刺激したら後が面倒よ」
「それが……さっき一人殺っちゃった」
「ったく……さっさとバロンとシンを見つけてアタシの国に行くわよ」
「わかった」
 二人は丘を降りていく。
 ――……――……――
 街に戻ると、メイヴはエリアルの方を向く。
「アンタがずっと寝てたから言うけど、アタシたち、あれから雹雨と戦って、大技食らってここまで吹っ飛ばされたのよ」
「そうなの?」
「だから、バロンたちがちゃんとここにいる保証は無いわ。ある程度探しても見つかんなかったら、先に進むわよ」
「了解したわ」
「で、手がかりが何もないんだけど、アンタとバロンって何か連絡手段無いの?」
「騒ぎでも起こせばあっちから来てくれるんじゃないの?」
 と、答えの無い会話を二人がしていると、突然大きな鐘の音が鳴り響く。同時に、どこからともなくふらふらと住人が出てきて、音の方へ向かっていく。
「私たちもあっちに行ってみましょ」
 エリアルがそう言うが、メイヴが苦い顔をする。
「本当に行くの?バレた時の責任アタシは取らないわよ」
「バレても大丈夫でしょ、たぶん」
 二人は住人の列から距離を取りつつも先に進んでいく。

 コロセウム
 住人の列は闘技場に吸い込まれていく。二人も闘技場へ入り、観客席より更に後方からフィールドを眺める。フィールドには男が二人突っ伏しており、そのどちらも見たことがあった。
「ちょっ、二人ともあそこにいるじゃない」
 メイヴが小さい声で言う。エリアルは頷きで答え、フィールドに注視する。程なくして、フィールドに紅い剣を持った青い頭の竜人が入ってくる。
「あれってまさか」
 エリアルが呟き、メイヴが続ける。
「あいつがアタシの国を攻めたときの指揮官……!行くわよ、エリアル!」
 メイヴが駆け出し、フィールドに飛び込む。エリアルも僅かに遅れて飛び込み、竜人の前に立つ。
「見つけたわよ、このクソッタレ!」
 メイヴが竜人へ指を差すと、竜人は極めて冷静に返す。
「貴様はコノートの女王か。僅かな仲間を引き連れてここまで戻ってきたと言うことか?」
「その通りよ!今度こそアンタをギッタギタにしてやるんだから!」
「五月蝿い小娘だ」
 竜人はエリアルに視線を向ける。
「貴様は……ふん、なるほどな。まあいい、ここで全員を始末すれば、楽にこの世界を終わらせ、浄化できる」
 悠長に構えている竜人を余所に、エリアルがバロンとシンを回復させ、二人は起き上がる。竜人は一行を一瞥し、剣を抜く。
「我が名はモルドレッド。九竜・黄泉の尖兵、その指揮官なり」
 そして剣を肩に乗せる。
「行くぞ」
 モルドレッドが肩で突っ込んでくると、バロンが咄嗟に前に出て攻撃を防ぐ。モルドレッドは剣の柄で小突き、膝蹴りを加え、空いた方の拳を放ち、体を捻って剣を振り上げる。バロンは上体を反らして躱す。
「やっぱアンタ……!」
 一連の攻撃を見ていたメイヴが声を漏らす。
「騎士でもなんでもない戦い方じゃない!」
 モルドレッドは距離を取り、メイヴを見る。
「当然だろう。タイマンで戦っているだけありがたく思え」
 シンが光の刃を放つと、モルドレッドは剣の腹でそれを往なし、瞬時にシンへ接近して拳を放ち、シンが躱したところに蹴りを入れ、怯んだところを勢いよく切り裂く。後ろから振り抜かれたメイヴの鞭がモルドレッドの剣に絡まるが、モルドレッドはわざと剣を手放し、メイヴへ突っ込む。対応が遅れたメイヴの顔面を掴み、そのままの勢いで地面に叩きつける。モルドレッドは再びバロンと向かい合う。
「俺は力が欲しい。あの黒騎士に二度と負けないようにな」
「……何を欲していようが、僕たちはここでお前に勝つ」
 剣が地面に突き刺さり、モルドレッドはそれを握る。
「全てを俺の糧にさせてもらう」
 モルドレッドが地面を引きずりながら剣を振り上げ、攻撃と共に砂を巻き上げてバロンの視界を奪う。鋭い回し蹴りを放ち、バロンは右腕で防ぎ、左腕で鋭く反撃する。砂が晴れ、振り下ろされた紅い剣を白刃取りのように受け止める。
「貴様は圧倒的な力の前にひれ伏したことはあるか」
「……少なくとも、戦力差で諦めたことはない」
「俺はその恐怖を知っている。この身を貫く絶望、その全てをな」
「……何を言っている」
 バロンは剣を弾き返し、すかさず腹に拳を加えて吹き飛ばす。モルドレッドは瞬時に受け身を取る。
「俺はこの時代に生きるものではない。この世の理へ反逆するためにここにいる」
 治療されたシンが横から光の刃を放つ。モルドレッドは視線すら合わせずそれを防ぐ。
「貴様らに問おう。善意や道徳を守ることが、本当に正しいのかを」
 バロンが拳を構え直す。
「言葉は無用、か……」
 モルドレッドが素早く剣を振り下ろし、バロンが右腕で防ぐ。モルドレッドが更に体術を組み合わせようとした時、横からシンが剣を振りかぶり、モルドレッドは回避する。そこへすかさずメイヴが鞭を振り、シンの光の刃も着弾する瞬間、それらの攻撃が炎の壁に防がれる。
「!」
 モルドレッド自身が一番驚いていると、観客席から一人の竜人が飛び降りてくる。
「モルドレッド、そこまでにしておくんだ」
「ライオネル……」
「ランスロットが言っていたことを忘れたか?」
「……。チッ」
 モルドレッドは剣を納め、ライオネルが合流してくる。ライオネルはバロンたちへ向き直る。
「君たちも後で来るといい。騎士道……いや、善意と慈悲の墓場、ブリテンにね。円卓の騎士は我々が一通り壊滅させたし、アルスターもコノートも、もはや土地ごと消えてなくなってるから安心するといい」
「なっ……!?」
 メイヴがその言葉にひどく動揺する。ライオネルたちは炎に包まれて瞬時に消え失せ、観客たちはそそくさと出ていく。
「……メイヴ……」
 バロンがメイヴへ近づく。
「元々アタシが一人で興した国だし……アタシを逃がすためにアイツらと最後まで戦ったって言うのはわかるわ……」
 メイヴは力強く瞬きをする。
「アタシのために死んでいった奴らのためにも絶対にアイツらをぶっ倒すわ」
 エリアルがメイヴの肩に手を置く。
「元々そういう約束だったでしょ。行こう、みんな」
 その言葉に頷き、一行はコロセウムを後にした。
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