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三千世界・原初(7)

三章 傲慢の氷塊(通常版)

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 玉座に座った大柄な竜人が焼かれた人間の腕を頬張り、手羽先のように骨だけを口から取り出す。
「やはり人間は不味い。食事自体が必須ではないが、こうも毎日人間では飽きるものだ」
 玉座の横に行儀よく立っている料理人らしき人間に竜人は銃を向ける。料理人は恐怖に駆られて逃げ出す。竜人が銃の引き金を引き、エネルギーの銃弾が吐き出される。不規則な軌道を描き、料理人の頭部を貫いた銃弾は内部で膨れ上がり、爆発しつつ料理人を消し飛ばす。竜人は銃を懐に戻す。
「そう言えば」
 竜人は同じ食卓についている赤髪の少女を見る。
「レベン、汝は兄を探しに来たのではないのか」
 レベンと呼ばれた少女は食事に貪りつき、一段落してから竜人の方を見る。
「違うよ~。おねーちゃんがここにいろって言うからここにいるの。そーいうアレクセイはなんでここにいるのぉ?」
 ちょうど日光が射し込んできてアレクセイと呼ばれた竜人の全身が露になる。重厚な鎧に赤いマント、凶悪としか言い様の無い顔の彼は、一つ咳払いをする。
「我が王に言われたまでのこと。汝とそう変わらん」
「じゃあ、アレクセイが私のお兄ちゃんしてよ!」
「断る。汝の言う兄は、ただ汝を肯定し、その全てを許容するだけの装置だ。汝の心を受け止めるのは、もはや己を持たぬ虚空のみ……」
 アレクセイは立ち上がり、レベンを撫でる。
「んっ……んふー……」
「だが我が汝の世話を任されている間は、多少は面倒を見てやろう。行くぞ、旧き時代の勇者を歓迎しにな」
 アレクセイが手を離すと、レベンも椅子から飛び降りる。

 ギーベリムードラスチ
 エリアルたちは砂漠を離れ、雪原を歩いていた。
「ううっ、流石に寒いわね……」
 エリアルが肩を震わせると、メイヴが横からドヤ顔で近寄ってくる。
「何よ」
 そう尋ねると、メイヴは鼻息をふんすとする。
「アタシは全然寒くないわ」
 エリアルはメイヴから視線を外して、バロンとシンを見る。
「二人は寒くないの?特にバロンとか、ほぼ上裸みたいなものだけど」
 確かにシンは元より重装備だったが、バロンは上半身はインナーだけだった。
「……寒いと言えば寒いが、そこまで影響を受けるほどじゃない」
 バロンがそう言うと、シンが続く。
「どこかで暖を取らなければね。いくら君やメイヴが寒さに強くても、体力の消耗はよくない」
「……そうだな。だが……」
 バロンが周囲を見渡す。地平線が見えるところまで延々と平原が広がっており、人の気配はない。
「……今は歩き続ける他無い」
 一行が前へ進もうとしたとき、眼前に二人の人間が現れる。片方は赤髪のツーサイドアップの少女で、もう片方は大柄な竜人だった。
「待ってたよ!」
 少女が元気にそう言う。
「我はアレクセイ・ミイハロヴィチ・ロマノフ。この国一帯を統治している。彼女はレベン・クロダ。我が同胞だ」
 アレクセイが自己紹介すると同時に、レベンはわざとらしく媚びた動きで決める。メイヴが舌打ちし、バロンが会話を受けとる。
「……何の用だ」
 アレクセイが右腕で銃を構える。
「汝らの力を測ろうと思ってな」
 そして左腕を上げると、周囲の景色が変わっていく。

 王龍結界 スグラァツ・コート
 一瞬にして周囲の景色は古風な大聖堂へ変わる。
「メシア教とは違う宗派の建築法で作られたもののようだな」
 シンがそう言うと、アレクセイが続く。
「何に信仰を捧げるにしても、人の心は弱い。故に信心を昂らせるデザインが必要なのだよ。純然たる竜である我には必要の無いものだがな」
 アレクセイはもう一丁の銃を抜く。
「真竜と戦い、疲弊しているだろうが、容赦はしない。二人ずつ我らが相手をしよう」
 そう言われ、バロンとエリアルがアレクセイの、シンとメイヴがレベンの前に立つ。
「では始めよう」
 アレクセイが銃弾を放つ。二人は左右に分かれて躱すが、あろうことか銃弾は放たれた後で軌道を変え、エリアル目掛けて飛んでいく。
「……バカな!」
 バロンが咄嗟に鋼の盾で弾を防ぎ、エリアルは杖を使ってアレクセイの眼前へワープし、膝蹴りを放つ。アレクセイは銃身の下についた刃でガードし、そのまま上へ銃を撃ち放ってその反動で腕を高速で下ろし、銃でエリアルの腹を突いて発砲する。銃弾がエリアルの脇腹を貫き、爆発して肉を剥ぎ取る。宙を舞うエリアルをバロンが受け止め、続いて放たれる銃弾をバロンが辛うじて鋼の盾で防ぐ。エリアルは自力で傷を癒して立ち上がる。
「どうなってんのよ、それ……」
 エリアルがアレクセイの銃に向けて呟く。
「ロマノフ家がザキエルに作らせたものだ。放つ際に定めた標的へ、弾に内蔵したシフルが尽きるまで偏向し続ける。奴が言うには六発目で自分の大切な者を貫くらしいが――まあ、この世に呪いや能力と言う縛りは無用だろう。職人の世迷い言だ」
 バロンが銃を見て続く。
「……いや違う。作られた最初の形から大きく変容している。もはやそれは……お前の体そのものだ」
「どうでもいいことだ。定められた能力、与えられた限界、最大限使い込み、デメリットを踏み倒しメリットに変える。それが正道だろう」
 ガンプレイのように魔銃をクルクルと回し、大道芸のようにジャグリングする。視線は二人に向いたままだが。そのまま三丁目の魔銃を尾てい骨辺りのホルスターから抜き、三丁でジャグリングを続ける。そして順に銃を納め、一丁だけを二人へ向ける。
「さあ、勝負を続けよう」
 鞭が叩きつけられる激しい音が響き、レベンがふわりと空中を舞う。シンが大剣から放つ光の刃も躱し、空中で追撃してくるメイヴの攻撃も腕から展開される血塗れの布が作り出す防壁に防がれる。両者が着地し、向かい合う。
「見た目の割にしぶといようね」
 メイヴが苛つきを隠さずにそう言う。レベンは無表情で、心底楽しくなさそうにしている。
「詰まんない。私のことを大切にしてくれない奴は、どんな生物でも生きてる価値がない」
 レベンは右腕から布を伸ばし、メイヴを狙う。鞭で弾き返すが、布は千切れて腕のようになり、メイヴを掴む。
「なぁっ……!?」
 メイヴはすぐ逃れようとするが、想像以上の剛力で押され、全身が軋むのを感じる。シンが大剣で布を切り裂き、メイヴは床に落ちる。
「むぅ、邪魔しないでよ」
 レベンは抑揚なく言い放つ。
「くっ……なんでアンタは……」
 メイヴが言おうとしたことを察したのか、レベンが遮るように答える。
「私の理想のお兄ちゃんを探すため」
「は……?」
「それが私の戦う理由。私のことを褒めてくれて、愛してくれて、愛されてくれて、私のことだけをずぅぅぅぅぅぅぅぅっと、永遠に大切にしてくれる、私のお兄ちゃんを探してるの。だから、お兄ちゃんになれない人はぐちゃぐちゃにして殺すの。女の人だけじゃない、お兄ちゃんになれない全ての生命体を殺し尽くせば、いつかはお兄ちゃんに会えるよね」
 立ち上がってメイヴが思わず怯む。
「全身を撫でられるようなこの寒気……この女、相当に邪悪ね……!」
 シンも剣を構え直す。
「そのようだね……」
 切り落とされた布が修復され、両腕から出た布が拳状になり、レベンの頭上で拳を鳴らすような動きをする。
「安心してよ。苦しめて殺すのは得意だから」
「ったくもう……!」
 メイヴが鞭を床に叩きつけ、しならせてレベンに届かせる。レベンはまた飛び上がるが、空中でシンとぶつかり合う。布の拳を打ち破られ、シンが光の刃を叩きつける。レベンは床に激突し、シンが着地する。
「あちらは勝負がついたか」
 バロンの拳を魔銃で受け止めつつアレクセイが呟く。
「……ずいぶんと余裕だな……!」
「当然だ。我は末席なれど王龍である。力を失った宙核と神子ごとき、我一人で十分すぎる。尤も、この宇宙では我と汝が全力でぶつかっては耐えられんだろうがな……」
 アレクセイがバロンを弾き返し、ターンする。
「汝らの力はよくわかった」
 そしてレベンを担ぎ上げ、一行をちらりと見る。
「検証に付き合ってくれた礼だ。受けとるがいい」
 光が降り注ぎ、一行の傷が治り、活力が湧いてくる。
「……これは……」
「人間用に調整した純シフルだ。王龍には無用のものでな」
 結界の消滅と共に、アレクセイの姿も消えた。

 ギーベリムードラスチ
 王龍結界の消滅で景色が元に戻り、エリアルたちは一息つく。
「何なのよ、急に……」
 シンが剣を地面に突き刺す。
「少女の方はともかくとして、アレクセイの方から本気の殺意は感じられなかったね」
 バロンが続く。
「……何が目的かは全くわからんが、奴は色々と事情を知っていそうだ。エリアル、奴らを追わないか」
 エリアルは杖で体を支える。
「もちろん……腹に弾を食らって黙ってるほどお人好しじゃないしね」
「それにしても――」
 メイヴが近寄る。
「あのレベンとかいう女、どう贔屓目に見てもヤバイ女だったわね」
 シンが苦笑する。
「同じ悪女同士、気に食わないところがあったようだね」
 メイヴが即座に言い返す。
「アタシは悪女じゃないわ。寧ろアタシはこの究極の肉体を使って天国に導いてあげてるの。でもあの女は……あいつの血そのものが、余りにも強大で邪悪に見えたの」
 エリアルがくしゃみをする。
「なんでもいいから早く暖を取らない?寒くてしょうがないんだけど」
 その言葉で、一行は雪原を歩いていく。

 洞窟
 雪原をしばらく進むと、程よい洞穴を見つけ、一行はその中へ入る。シンが集めた薪に、バロンが闘気で火を付ける。暖かい光が、洞穴の内部を満たす。
「はぁ~生き返るわ~」
 エリアルがバロンに抱きつきながらそう言う。
「……」
 バロンは緊張した面持ちで押し黙る。それを見てシンが笑う。
「はは。バロンはずいぶんとわかりやすいご仁だな。それでは誰の眼にもバレバレというものだ」
「……すまない」
 バロンはそのまま眠りについたエリアルの髪を恐る恐る撫でる。
「……なぜか……タンガロアで彼女を見た瞬間から、彼女から感じる魅力が衰えたことがない」
 シンは微笑む。
「ふふ、素晴らしいことだ。愛というものは尊く、美しい。出会って僅かしか経っていないだろう君たちから、とても遠くから繋がっている絆を感じるよ。まあ尤も……始まりが正しいとは言い難く感じるけれどね」
 バロンはその言葉に引っ掛かりを覚え、焚き火越しに見えるシンへ視線を向ける。
「……どういうことだ?」
「神の御業さ。君たちの宿命が見える」
「……まあ、今はいい。アレクセイがどこにいるのか、お前は見当がついているのか」
 そこにメイヴが会話に加わる。
「アタシが知ってるわ。アタシたちはミレニアムから真っ直ぐ北上してきたわよね」
 バロンとシンが頷く。
「このまま北に進めば、あいつが治める都市につくわ。ネビィディマヤ・トゥンマって名前の都市にね」
 バロンが続ける。
「……ネビィディマヤ・トゥンマ……見えざる闇、無明の闇ということか」
「ま、それがどういう意味かはわかんないけどね。とりあえず休みましょ。流石に疲れたわ」
 メイヴはそう言うと、バロンに寄りかかって眠る。バロンは何とも言えない視線をシンに向ける。
「はは、私にはどうすることもできない。教団員以外に戒律の順守を強制するわけにもいかないからね。まあ、好きにしてくれ。私は入り口を見張っている」
 そう言うとシンは立ち上がり、入り口へ去っていった。バロンはエリアルとメイヴへ交互に視線をやる。
「……(腕に伝わる二人の心音がくすぐったく感じる……この上ない暖かさと、懐かしさを禁じ得ない)」
 バロンはぼんやりとそう思いながら、目蓋を閉じた。

 ――……――……――
 凄まじい冷気を感じて、バロンは目覚める。腕に感じていた温もりは消え、二人の姿はない。というより、洞窟内ですらない。
「……なんだ、ここは……」
 肌を切り裂くほどの冷気が周囲の空気に閉じ込められ、バロンは身動きすら出来ずにいた。
「魂の温度、貴様はそれを感じたな」
 虚白の空間に響き渡る声に、バロンは懐古を覚える。
「……お前は」
 声に問うが、声は構わず続ける。
「アレクセイの城まで来るがいい。淫奔の女王と、神子も連れてな」
 突然吹雪が吹き荒れ、視界が白く潰える。
 ――……――……――

「起きてくれ、バロン」
 シンに肩を揺すられ、バロンは目覚める。既にエリアルとメイヴは身支度を整えていた。
「……どれくらい寝ていた」
「ふむ、私が外で陽の流れを見ていた分には……半日ほどといったところかな」
「……すまない、僕が一番起きるのが遅かったか」
「気にすることではないよ。急いては事を仕損じると言うだろう?」
「……フッ」
 バロンは微笑すると、立ち上がる。エリアルが三人の前に立つ。
「私たちはこれから、アレクセイの居城があるネビィディマヤ・トゥンマに向かうわ。いいわね?」
 三人は頷き、エリアルが洞窟の出口へ進んでいく。

 ネビィディマヤ・トゥンマ ロマノフ王宮
 個室のベッドに横たえたレベンの横に、アレクセイは片膝立ちで佇んでいた。
「哀れな小娘だ。既に老獪に至っても遜色無いほどの肉体の時を過ごしているにも関わらず、体も、精神も、汚れきった邪悪のままだ」
 手短にレベンに手当てを済ますと、アレクセイは立ち上がる。
「かくも儚き命よな。我は汝のために祈ろう。汝の彷徨する魂が、いつの日にか器へ注がれることを」
 そしてアレクセイはその部屋を去る。廊下に出たアレクセイは、眼前から走り寄ってきた配下の竜人から報告を受けるために立ち止まる。
「なんだ」
 アレクセイが口を開くと、竜人も続く。
「報告がございます。地下の先帝の骸より、シフル反応がありました」
「わかった。下がれ」
 竜人は浅く礼をすると、去っていった。
「先ほど感じたのは奴の気配だったか」
 アレクセイは込み上げてくる笑いを抑えられずにはいられなかった。
「父よ……貴方の全てを貪り尽くすと決めてから幾星霜、ようやくそれが叶うということか。ふっ、ふくくくく……」
 張り詰めた冷気が漂う廊下に、邪悪な笑い声が木霊する。
「竜も人と変わらぬか。所詮は儚き理想、アルヴァナの掌の上でしかない」
 アレクセイは、ただ感情を殺して廊下を歩いていく。

 ロマノフ王宮・カタコンベ
 暗闇と冷気の中を歩いていく。アレクセイは耳元を通りすぎていく風に父親の呪詛を感じて口角を上げる。墓地の中を進み、一際大きな棺がある部屋へ辿り着く。棺からは王龍であるアレクセイさえ怯むほどの凶悪な冷気が漏れ出しており、アレクセイは寒さに耐えて棺を開ける。その中には、一人の竜人が安置されていた。
「貴方から眼を奪ったあの日を思い出す。我が王に我が全てを捧げる前の最後の日を」
 竜人の死体は、何かに突き動かされるようにアレクセイへ右手を伸ばす。
「アレ……ク……セイ……!」
「おや、まだ動けたか」
 アレクセイは躊躇なく死体へ銃弾を撃ち込む。右手が千切れ、今度は左手を伸ばしてくる。続いて銃弾を撃ち、左手も千切れる。
「うぐ……」
 呻く竜人の頭を、アレクセイは荒々しく掴んで顔を近づける。
「父上、もはや貴方が成すことはない。九竜ももはや覚醒した。我が王の未来のため、最期は我の手で送ろう」
 そして竜人を突き飛ばし、トドメの銃弾を撃ち込む。竜人の体内で銃弾が爆発し、そのミイラのような体を消し炭にする。崩れた体から氷の球体が現れる。
「行くぞ、アレクセイ。この世界は余りにも窮屈だ」
 球体から言葉が発せられる。
「ピシャペリ・カサト。我らはあくまでも我らが王のために協力しているだけに過ぎない」
「当然だ。全ては終熄のためにある」
「ふん、我らは共に貧乏くじを引かされたらしい」
「アルヴァナの考えたことだ。仕方あるまい」
 球体はアレクセイへ吸収される。
「今回は序盤の捨て駒に過ぎぬということだ」
 その言葉に、アレクセイは諦めたように苦笑する。

 ネビィディマヤ・トゥンマ
 エリアルたちは雪原を抜けて、ようやく都市まで到着する。
「で、メイヴ。ロマノフの城ってどこよ」
 エリアルがメイヴの方を向く。
「城っていうか王宮よ。だいたい、こういうのは都市の中央にあるものよ」
 一行が視線を正面に向ける。そこには石造りの建物が延々と続いており、張り詰めた静寂の中で外灯がぼんやりと光を放っている。
「……いやな雰囲気だ。街全体が僕たちを待ち構えているような……」
 バロンがそう言うと、エリアルが身を震わせる。
「うう、寒っ。温度以外の寒気がしてる気もするけど……」
 一行は都市の入り口で話していると、薄く立ち込めた霧の向こうから燕尾服に身を包んだ竜人が近づいてくる。一行は構えるが、竜人は穏やかな笑みを浮かべており、敵意はないようだった。
「お待ちしておりました。エリアル様とそのお仲間ですね?」
 やけに丁寧な竜人の態度に困惑しつつも、エリアルは頷く。
「アレクセイ様がお待ちです。私めについてきてください」
 竜人は踵を返す。一行はそれについていく。静寂の中に足音だけが響き、建物からは物音や光すら漏れていない。メイヴが竜人へ訊ねる。
「ねえ、この街っていっつもこんな感じなの?」
「いえ、今日はアレクセイ様より戒厳令が発令されておりましてね。誰も外へ出るなと」
「アレクセイが……」
 メイヴはバロンへ囁く。
「ここにも九竜がいるのなら、人間をここに留まらせてるのって……」
「……迅雷の時と同じ、トゥンマの人々全てを九竜の贄にするつもりか……」
 二人は頷く。それから少し経って、一行は王宮へ辿り着く。

 ロマノフ王宮
 竜人に導かれるまま、王宮の広間へ入る。竜人が振り返る。
「皆様はここでお待ちください」
 竜人は奥へ消えていった。バロンが口を開く。
「……みんな、少しいいか」
 改まった態度に、エリアルとシンが身を引き締める。
「……ここに来るまでにメイヴと話していたんだが、戒厳令で市民を外に出さない理由……」
 シンが続く。
「ミレニアムの時と同じように、住民を全て次元門の贄とするってことだろう?」
「……そういうことだ。この世界を守るため……とは言わないが、どうにかして止めないといけないだろう」
 そんな話をしていると、奥の方からアレクセイが現れる。
「よく来たな、宙核、神子。先ほどはとんだ無礼を働いてしまった。心よりお詫び申し上げたい」
 アレクセイが頭を下げるより早く、エリアルが答える。
「別にいいけど、なんで私たちをここに招いたの?」
「答えは単純だ。貴様たちが、九竜の復活を促すための、最も重要な存在だからだ」
「どういうこと?」
「こういうことだ」
 アレクセイは急に抜銃し、エリアルの左胸を撃ち抜く。
「あぐっ……」
 エリアルは力なく崩れ、バロンが駆け寄って抱き止める。メイヴが後ろから声を荒げる。
「なんで!?一発食らったくらいじゃどうにもならないでしょ!」
 アレクセイは銃をバロンの脳天に向ける。
「愛と非情さのバランス、それこそシフルを励起させる重要なピースだ。メイヴ、貴様ならこういう時はどうするのだ?」
 メイヴは急に話を振られて驚く。
「アタシは……」
「わからないか?まあ無理もあるまい……」
 アレクセイは銃を納め、踵を返す。
「用が済むまではここにいてもらおうか」
 そして指を鳴らすと床が抜け、四人は落ちていく。

 ロマノフ王宮・礼拝堂
 アレクセイはゆっくりと進み、最奥の祭壇の前で跪く。
「人も竜も、愛ゆえに狂う。貴方もそうなのでしょう、聖上」
 祭壇から、黒い鎧を身に纏った狂竜王が現れる。
「そうだな。そなたには話したことがあったか」
「はい、一度だけ。奈野花を失った貴方は……」
 狂竜王はその言葉を遮るように礼拝堂の最前列の長椅子に腰かける。
「意思あるものを意思あるものたらしめる要素はなんだと思う、アレクセイ」
 問いかけられ、アレクセイは立ち上がる。
「揺るぎなき覚悟を持つかどうか」
 狂竜王は微笑むような吐息を吐き出す。
「違う。それは強者と弱者を隔てる一つの要素でしかない。意思が産み出すのは、自らの生殺与奪権だ。懸命に生きようとするのも、ただ漠然と生きようとするのも、全てを諦めて死のうとするのも、好奇心から死のうとするのも、全ては意思から生殺与奪権が生まれるからだ。自分の命の行方を、自分で裁定する。それが意思あるものの特権だ」
 狂竜王はくたびれたため息を吐き出す。
「生も死も、一つの命の形態でしかないがな。被造物であるそなたたちは死のうと思えば死ぬことが出来る。ディードぐらいだろう、この世の理から自ら外れ、己を無に還したのは。創造主は自らを滅ぼす力を持っていないものだ」
「聖上……」
「私たちはあくまでも同輩だ。そなたたちに必要以上に畏まらせぬようそう呼ばせているが……アレクセイ、そなたは私をどう思っている」
「我は貴方を尊敬している。自らの無限の命に抗い、愛したものと同じ墓穴に入ろうとしている貴方を」
「ふっ……そなたもまた、己に忠を尽くすか。揺るぎなき覚悟……それがそなたの意思だと」
 アレクセイは黙って頷く。
「ここで宙核を待つとしよう。あと僅かで、この世界も役目を終える」

 ロマノフ王宮・カタコンベ
 バロンはエリアルを抱えたまま、カタコンベの石床に着地する。周囲には霜や氷柱が無数に見え、異常なほどの冷気が立ち込めていた。ふとバロンが壁を見ると、そこにはラータとベリエが居た。
「やあ、バロン」
「……お前たちは……」
 ラータは無警戒で近寄ってくる。バロンは身構えるも、ラータはなおも近づき、エリアルへ視線を落とす。
「あらら、これは面倒なことをされたね」
 エリアルの左胸から溢れ出る血液を見て、ラータがそう言う。
「……どうなっているかわかるのか」
「もちろん。君がさっきから闘気でこの傷を癒そうとしていることもね。けど無駄だ。これ、暗黒闘気でつけられた傷だよ」
「……暗黒闘気?」
「逆方向に流れる闘気のことさ。変質した魔力とも言えるね。普通、僕らの体には闘気と魔力、そして僅かなシフルが流れているだろ?だから異物である暗黒闘気に強い拒否反応を起こすのさ。尤も、シフルの扱いが上手ければ暗黒闘気すら効かないんだけど」
「……どうすればいい」
「今の状態は不当に本来の生命力の働きが抑え込まれている状態だ。本人の生命力を外部から励起させればいい。シフルを活性化させるのさ」
「……だが、そうは言っても……」
「感情の動きがあればいいのさ。痛みを忘れるほどの。例えば……」
 ラータは手で合図してベリエを跪かせ、鼻を折った後思いっきり腹に蹴りを加える。ベリエは悶えるが、その表情は恍惚としており、折れた鼻が瞬時に修復されていた。
「こういう風にね」
「……」
 バロンは躊躇しつつも、エリアルにそっと唇を重ねる。すぐに離れて顔を見ると、エリアルは寝ぼけ眼で微笑んでいた。
「心なんて軽いものだよ。君たちも、僕たちもね」
 ラータはバロンを見つめてそう言う。
「でもまぁ、傷の侵食は治まったようだね。僕たちは先に行ってるよ」
 ラータとベリエはカタコンベの奥へ去っていった。
「……なんだったんだ」
 バロンはエリアルの左胸にそっと手を当て、闘気を流す。すると左胸の大穴は即座に塞がった。
「……よし」
 エリアルをおぶり、バロンはラータたちを追って歩き出す。バロンは左右を注意深く確認しながら進む。多くの棺が所狭しと乱雑に置かれており、僅かな気味の悪さを感じる。
「……」
 しばらく歩いて、バロンはあることに気づく。時おり、棺の中から呻き声が聞こえるのである。
「……(この冷気の中、食事も無しに人間が生きているとも考えにくい……それに、アレクセイほどの手練れならば、シフルの量で生きているか死んでいるかくらい見分けられるはず……)」
 そこまで考えて、思考が止まる。
「……(わかるからわざと誤って埋葬しているのか……!九竜が開く次元門の贄とするために……!?)」
 バロンは足早に棺の森を駆け抜けていく。明かりの点いた一室に出ると、そこにある朽ちた椅子……の横でベリエを椅子に座っているラータが居た。
「やあ。君の奥さんは無事かい?」
「……ああ。呼吸も安定してきている……別に妻ではないが」
「見たかい、あの棺?君も気付いただろうけど、あれは健全な竜人を棺に押し込めてるんだよ。体は九竜・雹雨の冷気で動けないけど、脳は生きてるから苦痛ではあるだろうね」
「……なんのためにそんなことを」
「このクソ女を見ればわかるよ」
 ベリエはバロンへ顔を見せる。欲情しているかのように紅潮した顔からは、椅子になっている現状への喜びの念が見てとれた。
「こいつは喜んでるけど、まあ苦しみも喜びも産み出す感情エネルギーとしては結局同じだ。意図的に苦しませてシフルエネルギーを励起させ、より効率よく復活のための力を蓄えていたんだね」
「……なるほどな」
「ま、もう助けても、例え殺しても遅いよ。こいつらは随分前からこうされてるみたいだし」
 ラータは踵でベリエの腹に蹴りを入れる。
「……ラータ、僕は一つ疑問がある」
「ん?何かな」
「……アレクセイは、なぜ僕たちをここに落とした。邪魔なら最初に会った時点で仕留めればよかっただろうし、利用するにしてもエリアルと僕を人質にシンとメイヴの武装を解除できたはずだ」
「そんなの簡単だろ?殺さない方が利用価値が高いからだよ」
「……そういうものか。もう一ついいか」
 ラータは黙って頷く。
「……九竜は何のためにこの世界を壊していっているんだ」
「それはもっと簡単な話。貸したものを取り立てに来てるだけだよ」
「……?どういうことだ」
「九竜は人の……いや、獣も、竜ですら扱いきれないほどの強大な力だよ。それを一片でも残しておけば、今後の計画に支障が出ると思ったんだろう」
「……よくわからんが、それ以上もそれ以下もないんだろう」
「お利口だね。じゃ、先へ進もうか」
 ラータがベリエから降り、先へ進む。ベリエは息を荒げつつ立ち上がって後を追う。
「……妙な連中だ」
 バロンもラータの後を追って暗闇を進んでいく。

 一方その頃、メイヴとシンは同じカタコンベの別の場所にいた。
「まさかあんな仕組みになっているとは。竜の考えることはわからないね」
 シンが後頭部を掻きながらそう言う。
「……」
 メイヴが黙っていると、シンが顔を覗き込んでくる。
「ちょぉ!?いきなり何よ!」
 メイヴが飛び退くと、シンは困ったように笑う。
「いえ、君が辛気臭い顔をしていたから、何かあったのかとね。やはり、先ほどのアレクセイの問いは君にとって重大なことなのかい?」
「うぅん……わからないわ。さっきからずっと頭ん中にモヤがかかってみたいに思考が纏まらなくて……」
 シンが微笑む。
「答えが出ない時は無理して悩んでも仕方がないよ」
「困ったときは神様が助けてくれる人は楽ね」
 皮肉っぽくメイヴがそう言うと、シンはまた笑う。
「そう。主が助けてくれるからこそ、私たちは日々苦しみに抗い、懸命に生きるんだよ。私がこう言うのもなんだけど、我々は一元的な善行を善しとしているからね」
「ふん……じゃ、アンタの言葉を信じて考えるのをやめるわ。で、ここからどこに行けばいいとかわかる?」
「よじ登って床をぶち抜く、とかはどうだろう?」
「どうだろうじゃないわよ。人間が作った建物ならまだしも、竜が作った建物でそれはないでしょ」
「闇雲に進むのはよくないけど、でもどういう構造なのかもわからないから……」
「こう言う時は適当に進むのが一番ね」
 メイヴはシンの言葉を遮って暗闇へ進んでいく。
「そうだね、それが正解だ」
 シンもメイヴに続く。
「それにしても、少し北上しただけでこんな豪雪地帯に出るなんて、面白いよね」
「そうかしら?アタシの治めてたコノートもまあ雪が降るわよ」
「雪は白くて綺麗だよね」
「慣れると鳩のクソにしか見えないわよ?」
「はは、雪は非常食にはならないよ」
 二人は他愛もない会話をしながら暗闇を進んでいき、偶然開けた場所へ出る。そこには壁にかけられた無数の棺があり、その中から呻き声が漏れだしていた。
「何よ、これ」
「さあ……ただ、生きている何かを棺に閉じ込めていることは確かだ」
「助けた方がいいのかしら」
「私はおすすめしないね。困っている人は助けるべきだが、埋葬されてなお生きているのなら他の都合があるに違いない」
「あっそ。そう言うところは薄情なのね」
「生き埋めにされるならそれだけの理由があったはずだよ」
「まあいいわ。先に行きましょ」
 二人は棺だらけの部屋を後にする。

 ロマノフ王宮・礼拝堂
「流石は宙核と言ったところか。下らん善意や好奇心に負けて棺を開いたりはしていないようだ」
 アレクセイが長椅子から立ち上がる。
「聖上よ。我は貴方の計画に従い、彼らの力を測ろう」
 狂竜王は頷き、アレクセイは礼拝堂を後にした。
「アレクセイ……そなたもまた、失えるものへの渇望で生きているのか……」

 ロマノフ王宮
 ラータが頭上の扉を開けて、王宮の一室へ出る。ベリエとバロンも続いて部屋に出て、バロンが扉を閉めようとすると洞窟の奥から声がする。
「ちょっと閉じないで!」
 バロンが穴の中を見ると、メイヴとシンが見えた。二人も部屋に出て、バロンが改めて扉を閉じる。
「エリアルは大丈夫なの?」
 メイヴがバロンへ問う。
「……ああ、無事だ」
「そう」
 メイヴは至極そっけなくそう言うと、ラータへ視線を向ける。
「ねえ、こいつらは?」
 バロンが答える前に、ラータが口を開く。
「僕の名前はラータ。で、こっちの間抜けがベリエ」
 ベリエはお辞儀をする。メイヴは腕を胸の前で組む。
「味方?」
 ラータははにかむ。
「一応ね」
「ふーん」
 適当に相槌をしてメイヴはバロンへ向き直る。
「で、アレクセイをぶん殴りに行くんでしょ」
「……ああ」
 同時に、部屋の正面の扉が開けられる。そこには、傷の治療のために包帯を巻いたレベンがいた。ラータとベリエ以外の四人が身構える。
「アレクセイが呼んでたよ」
 レベンがそう言うと同時に、廊下から凄まじい冷気が流れ込んでくる。
「えっとね、それとぉ……なるべく急いでって言ってた!」
 レベンは言うべき事を告げると走り去っていった。
「……どういうことだ」
 バロンの言葉に、ラータが続く。
「行けばわかるってことさ」

 王龍結界 アンリッシュ・アローガンス・ガーベージ
 バロンたちが王宮の廊下を走り、アレクセイと会った広間に戻ると、全体が凍りついていた。シンが髪に降りた霜を払う。
「迅雷と同じ気配がするよ。もう既に、王龍は解き放たれているんじゃないか?」
「その通りみたいだね」
 ラータが頷く。反対の廊下から、アレクセイが現れる。
「既に傲慢の真竜である九竜・雹雨は解放させてもらった。……少々小狡い方法ではあったが、ちょうどよい時間稼ぎだった」
 巨大な氷が王宮の壁を貫いて次々に現れる。
「ロシアもタンガロアやミレニアムのように地図から消えてなくなる。今回の物語に希望も結末もない。あるのは将来の展望、それだけだ」
 アレクセイが銃を抜く。
「ふむ」
 ラータが鼻を鳴らす。
「少々厄介だね。バロン、僕が力になろうか?」
「……と言うと?」
「アレクセイか雹雨のどちらかを僕とベリエが相手してあげるよ」
「……ならば九竜を頼む」
「わかった」
 その場から去ろうとするラータに、バロンが続けて話す。
「……例え負けたとしても、どうにかして生きて帰ってくれ。まだお前には聞きたいことがある」
 ラータは振り返らず、ベリエと共に去った。一行はアレクセイへ向き直る。
「我も始源世界の貴様たちを直接見たわけではないが……緣というものは不思議だな。人と人との宿命こそ、この世界を壊す力を産み出すということか……」
 メイヴが鞭を構える。
「ポエム読んでる暇があるなら、早く戦わない?アンタをはっ倒して、九竜を止めないといけないから」
「止められんさ。例え我を倒せてもな。言ったはずだ、この物語には将来への展望以外ないと」
「九竜にこの星を滅ぼされたら将来も何もないでしょ」
「所詮、この世界までは序章に過ぎぬ。よりよい終熄のためのな」
 天井から超巨大な氷柱が落下し、日の光が射し込んでくる。
「我々は失うことの恐れではなく、失えないことへの恐れによって死に至る。定められた終焉が訪れないことの苦痛を、体が何よりもわかっているからだ」
 アレクセイは銃をくるくると弄ぶ。そして銃口を一行へ向ける。
「誰しも、表面で思うことと深層で思うことは異なる。意識するしないに関わらず。誰しもが死にたくないと願い、そして死にたいと願い続ける。それは生物的な個体維持の本能から明白に、我々の奥深くに刻み込まれている」
 バロンが眉間に皺を寄せる。
「……僕たちは死ぬために生きている。それ自体は否定しない。だが、それだからなんだと言うんだ」
 アレクセイは銃の構えを解く。
「何もない。あくまでも傲慢な説法をしただけだ」
 王宮の内部を侵食する氷は勢いを増している。
「さて、雹雨を止めに行くのなら我を倒せ。正解はそれだけだ」
 広間の中央の落とし穴から氷塊が床を貫いて現れる。
「……エリアルを頼む」
 バロンは背負ったエリアルをシンに渡す。
「君はどうする」
「……僕は奴と戦う。メイヴ、シン。ラータの方に行ってくれ」
 メイヴが反論しようとするが、シンが手で抑える。
「わかった。君も無理はしないでほしい」
 バロンが頷くと、二人は出口へ向かって走っていった。
「貴様一人か、宙核」
「……不満か」
「どうでもよい」
 アレクセイが銃のトリガーを引く。バロンが鋼の盾を産み出すと、銃弾は盾を回り込むようにカーブする。それを拳で破壊し、肩を突き出してバロンは高速でタックルを放つ。アレクセイは銃を横にしてそのタックルを往なし、飛び上がって距離を取る。
「神は何ゆえ傲慢だと思う」
「……誰かから望まれている、それが彼らの拠り所にあるからだ」
「これ以上ない答えだ」
 バロンが鋼の槍を飛ばす。アレクセイは邪眼を開き、空中で槍を霧散させる。
「望むものと望まれるものの天秤の均衡を保つのは難しいものだ」
「……目に見えないものを測ること自体が間違っている」
 バロンは邪眼の作用で鈍った体を強引に動かし、アレクセイへ接近する。
「ほう、流石だなバロン。我の邪眼の力でも縛りきれないとは」
 再び銃弾が放たれ、バロンに命中する。しかし、バロンは怯まずに、寧ろ邪眼の支配から逃れて通常の速度を取り戻す。不意を突かれたアレクセイはバロンの拳を受けて吹き飛ばされるが、すぐに受け身を取る。
「まだ楽しむとしようか、バロン」
 ――……――……――
 ラータが凍りついた街中を抜けて、冷気の根源に辿り着く。ちょうど頭上には巨大な次元門が開かれており、地上の生命がシフルになって吸い込まれていた。冷気の根源が形を成し、氷の竜が姿を現す。
「貴様か、ラータ」
「そうだよ、雹雨。久しぶりだね」
 氷の竜は口を開き、猛吹雪を吐き出す。
「我ら九竜がこのようなことをしているのも、全て貴様らコルンツが前の宇宙で面倒なことをしでかしたからだ、わかっているのか」
「もちろん。だから、今度は僕が君らの計画を手伝ってあげてるんじゃないか。……ま、今回は倒させてもらうよ」
「舐めるなよ、小童が。私は雹雨。傲慢の真竜、ピシャペリ・カサトである。貴様らのような矮小な存在に遅れなど取らんわ!」
 ピシャペリ・カサトが翼を生やして身動ぎするだけで氷の波濤がラータへ向けて怒涛となって押し寄せる。ラータは右手から暗黒闘気の壁を産み出してそれを防ぐ。
「僕には僕の、君には君の事情があるからね。敵対するのはしょうがないことさ」
 ラータの横にベリエが立ち、長い棒を取り出す。その先端から巨大な三日月状のエネルギーの刃が産み出される。
「そうですね、ラータくん。お兄さんクソヤロウを消し炭にするためには仕方のないことです」
 ラータが微笑む。ピシャペリ・カサトは戦闘用の形態――足がなく、巨大な二本の腕と翼を生やした状態――になる。
「神よ人に傲慢であれ。いずれ貴様らは凍てつき、投げ捨てられる塵芥である」
 そう言い終えるや否や、腕を叩きつけて爆発的な冷気を放つ。ベリエが鎌を構える。
「行きますよ!瘴毒熱閃‐ポイゾナスフレイムレン‐!」
 ダサい技名を叫びながら、ベリエが鎌を振り抜くと毒々しい色の炎が冷気の勢いを弱め、ベリエ自身が肉壁になって攻撃を防ぐ。
「相変わらずゴミみたいな出力と名前だね!」
 ラータがベリエを踏み台にして飛び上がり、右手から召喚した紫色の魔法陣から極大の光線を放つ。ピシャペリ・カサトは咆哮だけでそれを打ち消し、逆に氷の光線を放つ。真黒の鎖が幾重にも紡がれ、それを往なす。偏向した光線は街並みを破砕しながら凍結させていく。上空を覆っていた厚い雲が瞬時に冷却されて氷塊となって落下してくる。
「やれやれ……相も変わらず人間とは力量の差がありすぎるね……!」
 ラータは頭上に光線を放って氷塊を粉砕し、ベリエが熱を纏った鎌を振るって破片を焼き尽くす。空中の二人目掛けてピシャペリ・カサトが拳を放つ。
「おっと」
 ラータがベリエを抱えて時空魔法で瞬時に着地して拳を躱す。拳に握られた家が握り潰され、破片が落下してくる。そこに、後方から光の刃が飛んできて破片を打ち砕く。ラータが振り向くと、メイヴと、エリアルを抱えたシンが居た。
「おや、バロンは?」
「バロンはアレクセイと一人で戦っている。私たちは九竜を止めに来た」
「へえ、そう来たか」
 ラータは正面へ向き直り、指を指す。
「あれが雹雨の真竜、ピシャペリ・カサト」
 ピシャペリ・カサトは拳を戻し、一行を見下ろす。
「ようやく来たか、神子、そしてメイヴ。健勝なようで安心したぞ……貴様らが居なければ宙核を活用するのは不可能だからな」
 遠くから轟音が聞こえてくる。
「まずいね」
 ラータが鎖を産み出し、一行をピシャペリ・カサトと同じ高度に上げる。同時に轟音の正体――凄まじい冷気の奔流――がやってきて、地上を飲み込んでいく。ピシャペリ・カサトは頭上の次元門を見上げる。
「無明の闇こそが、全ての万物を満たすものならば」
 視線をエリアルたちに戻す。
「神子はアレクセイに付けられた傷で動けんようだな」
 ピシャペリ・カサトはやれやれと首を振る。
「私のやるべきことは終わった。帰らせてもらう」
 周囲の空気が一気に張り詰め、時が止まったような静寂が訪れる。
「おや、もっとまずいね」
 ラータがそう言い終わるより先に、ピシャペリ・カサトに膨大な冷気が集まっていく。
「凍てつきし時の流れ、人の意思の導く先へ」
 冷気が解放された瞬間に、ラータが一気に魔力を解き放って壁を作り出す。
「〈傲慢の滅亡、真なる時代を告げよアローガンス・デスエンド・トゥルース・イェラ・アウェイキン〉!」
 莫大な冷気に全てが飲まれ、全員の視界が白く染まったあと、暗転する。
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