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三千世界・時諦(6)

第六話 「愚か者につける薬はない」

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 禁忌地域
 殆ど壊れていないフランスの街に到達し、一行は装甲車から降りる。
「ここが禁忌地域。立ち入った者は黒髪の死神に殺され、生きて帰ることはない……っていうのは冗談だけど、誰も立ち寄らないね」
 グラナディアがそう言うと、ストラトスは周囲を見渡す。
「その割には建物は全然壊れてないっすね」
「イギリスが主戦場だったからね。対岸の拠点としてここは使われていた。だからロストレミニセンスと呼ばれているのさ。失われた五百年前の街並みを残し、それを後世に反復し続ける。昔の世界を今見た方が、正確に俯瞰できるってものさ」
「それでどこへ行くっすか」
「もちろん、君とアルバの生家さ。アルバはともかく、君は記憶にないだろうがね」
「そこへ行って何をするんすか」
「居なくなったものの痕跡を知りたいだろう?母親のことにしろ、父親のことにしろ」
「まあ確かに……情報は多ければ多いほど価値の高い判断ができる……そういうことっすか」
「そういうことだよ。さて、コルンツ邸へ行こうか」
 一行はアスファルトの道路を歩き、いくつかの大通りを越え、町外れにある大きな屋敷の前に辿り着く。
「随分大きい家ね」
 シエルが感嘆の声を漏らす。
「そりゃそうでしょう。この家にどれだけの人数が住んでたと思ってるの」
 木陰から聞き覚えのある声がして、一行はそちらを向く。そこには、シフルとセレナが立っていた。
「またあんたらか」
 ストラトスが呆れ気味に言い放つと、セレナは肩を竦める。
「一応レイヴンの子供の中では年長者だからね。解説役は必要じゃないかしら」
 両者が向かい合っていると、屋敷の扉が不意に開く。ホシヒメにそっくりな女性がそこに立っていた。同時にセレナが舌打ちする。女性は顔に複数の痣が浮かんでおり、日常的な暴力を受けていたことを臭わせる。
「おかえり、セレナ、アルバ、ストラトス。そして初めまして、シフル、シエル、千早」
 女性は深くお辞儀をする。
「あんたは……」
 ストラトスが疑問を投げ掛ける前に、セレナが答える。
「リータ・コルンツ。私の母親」
「この人が……セレナより全然優しそうだぜ」
「バカね。メンヘラなだけよ。誰にも嫌われたくなくて、全員に嫌われたただの間抜け」
 セレナの罵詈雑言に、リータは穏やかに目を伏せたまま頷く。
「そう……言われてもしょうがないよ。私はお兄ちゃんのこと……いや、お兄ちゃんに好いていてもらえる自分を作るので必死だったから」
 リータは目を開く。
「ちょうどいいタイミングであなたたちは来てくれた。今ロータは、ヨーロッパレジスタンスへ攻め込んだ」
 その言葉に、ストラトスとシエルとアルバは驚愕する。
「バカな……」
「ロータのことだから加減しないだろうし、五分もかからずレジスタンスは全員死滅する。でもその僅かな時間でいいのなら、この家を好きに探索してください」
 リータは横へ退き、道を空ける。
「そうかい。なら、好きにさせてもらおう」
 グラナディアが屋敷へ入る。それに、ストラトスたちが続く。セレナはリータと正面で向かい合う。リータは俯いたまま顔を上げない。
「あなたは何のために生きているの」
 セレナが問うと、リータは徐に口を開く。
「お兄ちゃんの罪を、この世から消し去るため」
「あの男が許されることは永遠にないわ」
 リータは顔を上げ、悲愴に満ちた表情で首を横に振る。
「違うの。お兄ちゃんを赦して欲しい訳じゃない……寧ろ罰するために、お兄ちゃんの生きた証を完全に消し去る。私や、ロータ、Chaos社を滅ぼすの」
「でもロータおばさんは違う。その傀儡であるあなたも、彼女に逆らえないでしょ。いつものご機嫌取りは治ってないみたいね」
「わかってくれなくてもいい」
 セレナは呆れて、屋敷の中へ入っていく。シフルは立ち止まり、リータを見上げる。
「ええっと……何か?」
 リータがしゃがんで視線を合わせる。
「彼女は割り切ろうと必死になっている。全ては幼少期に貴方や父親から、親と子の愛ではなく、一方的な蹂躙を強いられたのが原因だ」
「……。返す言葉もありません。夫の愛を逃さないために、娘を生け贄のように扱うなんて、惨いことをしたと自覚しています」
「自覚しても過去の罪は消えない。だが未来の展望を祈ることはできる。貴方はセレナが言っていたよりかは、そこまで非道になりきれないようだな」
 シフルは振り返り、遠目に見える街を眺める。
「ロストレミニセンス……貴方はかつて覚えたことを、何をより強く思い出す?貴方の時間は、一体何を望んでいる?」
 シフルが視線を合わせると、リータはシフルの赤いヘッドライトの光に、吸い込まれるような感覚を覚える。
「あ……れ……」
 シフルは僅かに笑いの感情を現す。
「本当に貴方は騙されやすい人だ。セレナが意思で律しているとすれば、それがない貴方は都合のいい傀儡だ。容易に肉便器に成り果てるだろうし、誰かの思いのままに操られて、一生を無為に使い果たす」
 意識を失って倒れるリータを、尻尾のマニュピレーターでつまみ上げる。
「ありがとう、母君。貴方はとても使いやすい。セレナにもそう伝えておこう」

 屋敷
 グラナディアはロータの部屋の扉を開け、それにストラトスたちも続いて入る。
「ここがロータの部屋かな」
 大きな本棚がいくつもあり、それ以外には仕事机とそれに備え付けられた椅子しか無かった。グラナディアは机の上に散らかった資料を纏めて、一枚ずつ読んでいく。
「真滅王龍ヴァナ・ファキナ、ねえ……千早、何か知ってるかい?」
 千早が鼻で笑う。
「あなた様がそれを言いますか?」
「ははっ、それもそうかな」
 二人が談笑している横で、アルバは部屋を物色する。シエルとストラトスは部屋を離れ、レイヴンの部屋へ入る。レイヴンの部屋は乾いた甘い匂いが漂っている。
「ちっ……精液の匂いが充満してるとは……くっさ」
 シエルが悪態をつく。
「ったく、やっぱ最低だぜ」
 ストラトスが手を顔の前で振りながら、部屋を調べる。ベッドの横のキャビネットの上には、赤子のストラトスの写真、無愛想なロータと笑顔のアルバとレイヴンの写真、笑顔のリータとセレナとレイヴンの写真があった。
「親父なりに子供は大切だと思ってたってか?下らねえ、全部あんたのせいだ」
 ストラトスが吐き捨てる。同時に、シエルがアルバの写真を手に取る。そして裏を見ると、レイヴンが書いた字があった。
「『可愛い可愛い俺たちの娘 この子の健康を願う』……。あのさ、ストラトス。あなたのいうレイヴンって、本当のレイヴンなの?」
「さあな。どっちにしても、まだガキだった母さんを孕ませたのは事実だ。それにその写真はアルバのやつだろ。俺のを見ろよ」
 シエルはアルバの写真を置き、ストラトスの写真を手にとって裏面を見る。
「『ミリルの分まで幸せに生きられるように 龍の呪いから逃れられるように』だって。本当にあなたがそこまで憎むほど悪い人なのかしら?」
「だから知らねえって」
 ストラトスのその態度に、シエルは少しイラつきを覚える。
「ねえ、ストラトス。あなたは自分の家族のこと、本気で知ろうとしてないでしょ?」
「はぁ?なんでそうなるんだ」
「だって、レイヴンのあなたが知らない一面を知ろうとする度に、すごく拒絶するじゃない」
 二人の間に沈黙が流れる。
「あんたに何がわかんだよ……」
「はぁ、またそれ?わかるわけないでしょ、あなたじゃないんだから。結局あなたは口だけで、自分の家族を直視するなんてことはできないのね。まあいいわ。旅の目的はChaos社の野望を止めること。あなたの古傷の原因を探ることじゃないし」
 シエルは肩を怒らせて廊下を歩き、外へ出ていった。ストラトスがしばらく呆然と立ち尽くしていると、千早とアルバが近寄ってくる。
「ストラトス様?どうかなされました?」
 千早がストラトスの顔を覗き込む。
「いや……シエルがどこに行ったかわかるか?」
「シエル様なら外へお行きになられましたけれど」
「わかった」
 すぐに部屋を出ようとするストラトスの手を、アルバが握る。
「あの……辛い過去を認めるのって……すごく辛いと思うんです……でも、ちゃんと過去を認めたら……もっと生きやすくなるって……思います……」
「アルバ……君は過去を認めたのかい?こんな家族に生まれて、不当な扱いを受けてきたことを……」
「私は……この家を狂わせた、全ての元凶だから……認めようと認めまいと……私は鎖に繋がれたまま……」
「どういう――」
 ストラトスの鼻先を、短剣が掠めていく。三人が部屋の入り口を見ると、セレナが立っていた。
「事実はこの家にある、それだけよ」
 セレナはキャビネットへ近づき、自身が写った写真を殴り壊す。
「こんなもの……」
 セレナが砕けた写真立てに視線を落としていると、外から物音が聞こえた。
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