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三千世界・終幕(5)

レイヴン編 第一話

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 古代世界・ヨーロッパ砂漠
 頬に熱量を感じて、ロータは起き上がる。先程のレイヴンとの激戦で負ったダメージでふらつくが、何とか踏ん張る。
「ここは……」
 辺りを見回すと、レイヴンが倒れていた。ロータは急いで駆け寄り、上体を起こす。
「兄様!」
 どうやら気絶しているだけのようで、ロータはほっと胸を撫で下ろす。
「兄様……」
 ロータは気絶しているレイヴンを抱き締め、その首筋に顔を埋めて匂いをこれでもかと嗅ぐ。しばらくそれを続けていたが、何者かの気配を感じて顔を上げる。素早く身を翻し、右手で攻撃を受け止める。光が不自然に透過している空間が歪み、トラツグミが現れる。その右腕の装着された剣の一撃を、ロータは受け止めたのだった。
「誰」
「私はトラツグミ。Chaos社の顧問をさせていただいております」
 ロータはトラツグミを投げ飛ばし、トラツグミは華麗に着地する。
「失礼。攻撃を加えるつもりはございませんでしたが、一応あなた様の反応速度を試させていただきました」
「私と兄様の関係を邪魔するやつは……殺す……」
「我々はあなた様と戦うつもりはございません。ただ一つ、提案が――」

「うーん……いくら私がマゾだからって焼き土下座は嫌だよぉ……むにゃ……」
 リータが砂漠の上で気持ち悪い笑みを浮かべて気絶したまま悶えていると、セレナに蹴り起こされる。
「んはぁ!?」
「リータさん、起きてよね。ここがどこかもわかんないんだし」
 そう言われてリータが飛び起きると、周囲にはエリナ、マイケル、ミリル、アーシャ、アルバ、アリア、エルデがいた。
「あれ?お兄ちゃんとロータとゼナさんは?」
 エルデがリータへ歩み寄る。
「私たちが目覚めたときにはもういらっしゃいませんでした。ご主人様かゼナさんがここに来たのなら、私たちを置いてどこかへ行くことは考えにくいので、恐らく別の場所に」
 エリナが続いて近寄ってくる。
「この熱砂の中にずっと居るのは危険だ。えっと、マイク」
 エリナはマイケルの肩を人差し指でツンツンつつく。
「ほえ?どうしたッスか、エリナ」
「私たちが先行して、避暑地を探しましょ」
「わかったッス。ミリル、行くッスよ」
 マイケルとミリルが砂漠を進む。エリナはリータたちを見る。
「私たちが先に見てくるから、これを渡しておく」
 エリナはアリアにデバイスを投げ渡す。
「これはなんなのです?」
「ミリルと通信できるわ。こっちの情報はそっちに渡せないと、先行する意味がないでしょう」
「わかったのです」
 エリナは頷き、マイケルたちを追う。

 ドイツ区・ドーントレスドーン
 マイケルたちは砂漠を越えて、都市部へ辿り着く。アスファルトで舗装された道路は、激戦の残り香のように破壊されており、道沿いにある無数の商店やオフィスビルも、無惨に崩壊している。
「何があったッスか……」
「明らかにここで大規模な戦闘があったようね……ミリルちゃん、アリアに随時連絡し続けてね」
「わかってます。兄貴は頼りになりませんからね」
「ふふっ、言えてる」
 エリナは道端に倒れている、統一された兵装の死体の山に近付く。
「どうしたッスか、エリナ」
「こっち来て、二人とも」
 マイケルとミリルもその死体の山に近付く。
「こんなに砂漠から近いのに、腐乱さえ始まってない。それに、全員が同じ戦闘服を着てるわ」
「確かにそうッスね……」
 三人が死体の山をまじまじと見ていると、建物の角から同じ兵装の三人組が現れる。
「居たぞ!HQ、異世界人《DWH》を発見、これより交戦する」
 三人組は腰からマチェーテを引き抜く。マイケルとエリナはミリルを守るように前に出る。
「ロータちゃんにやられた傷はどうッスか?」
 マイケルがしたり顔で聞く。
「そっちこそ、気を抜かないように」
 エリナはマイケルに槍を投げ渡す。切りかかってきた兵士を、エリナは瞬時に切り捨てる。もう一人もマイケルに串刺しにされ、力尽きる。残った一人は首元から光を放ち、車輪に張り付いたローブの天使へ変貌する。天使は炎を放つも、エリナの電撃で弾かれ、そのまま、マイケルの槍で頭から切り裂かれる。二人は武器を納める。
「どうやらこいつらがこの死体の山と同じやつらっぽいッスね」
「そうね」
 二人の間をミリルが走り、倒れた兵士の装備を調べる。
「シー、エイチ、エー、オー、エス……カオス……Chaos社。これはChaos社とかいう組織の兵装らしいね」
「Chaos社……」
 エリナは思案顔になる。
「どうしたッスか」
「いえ、我が王から聞いたことがあって……確か、古代世界を牛耳る組織だったはずよ」
「ってことは、ここは古代世界ッスか?」
「わからないわ。ただ、こんな建物は私たちの世界では帝都にしかないし、帝都は湖起動のための被害を受けていないはず」
「さっきのやつら、俺たちを探していたような口ぶりだったッスから、一旦合流した方がいいッスね」
 マイケルの言葉に、二人は頷く。崩壊を免れている建物に入ってしばらくして、リータたちが現れる。そして、セレナがマイケルたちに近付く。
「Chaos社の兵士が居たようね」
「みたいッス。何か知ってるッスか?」
「ええ、とてもよく知ってるわ。なんせ私たちと共にいたゼナ……ゼフィルス・ナーデルはChaos社の兵器だもの」
 その場にいたアルバ以外の動きが止まる。セレナは硬直したエリナに視線を向ける。
「あなた、本当にシュバルツシルトから何も教えてもらってないのね」
 エリナは沈黙する。
「まあいいわ。ここは2022年に起きた第三次世界大戦――通称〝黙示戦争〟の余波で砂漠化した東、及び南ヨーロッパの程近くにある旧ドイツ領、ドーントレスドーン」
 リータが首をかしげる。
「あれ?でもさっきどこかわからないって……」
 セレナが肩を竦める。
「流石に砂漠のど真ん中に投げ出されたらすぐにはわからないわ。でもここがヨーロッパなら、話は早い。たぶんレイヴンは旧イギリス領、バーミンガムの地下にある研究施設――DAAディヴァニティ・アガスティア・アドベント――に運ばれてる」
「いぎりす?」
 アリアが問う。
「イギリスはここから南下した旧フランス領、ロストレミニセンスから海を渡った先にある島国よ」
「でも兄貴がいるって確信がないッス」
 マイケルの言葉に、セレナも頷く。
「これはあくまでも私の推測。だからまず初めに、ヨーロッパ支部のビルに向かうわ」
「支部?」
「ドイツ区はChaos社のヨーロッパ支部がある。リベレイトタワーって言うんだけど、そこにはヨーロッパ地域の情報が全て集まってくる。DAAの内部情報は無いだろうけど、少なくともレイヴンたちがどういう経路でどこに行ったのかくらいはわかるはず」
 と、セレナが話し終わると共に、ボロ布をローブ代わりにした幼女が建物に入ってくる。セレナとアルバはその幼女に警戒感を示す。
「アルバ、こいつ……」
「デミヴァンプ……ですよね……」
 セレナはアルバと小声で話す。幼女は深くフードを被っており、妖艶な瞳の色が見え隠れする。
「アンタたち、リベレイトタワーに行きたいの?」
 幼女は笑うように囁く。セレナが前に出て、頷く。
「へえ、そうなんだ。じゃあ、ついてきてよ」
 そして踵を返し、街を歩き出す。
「なんか怪しくないッスか」
 マイケルは怪訝な表情で幼女の後ろ姿を見る。
「無視してリベレイトタワーに行くっていうのが最善だと思いますけど」
 エルデが口を開く。
「いや……どうやらついていくしかなさそうね」
 セレナが幼女の進む先へ視線を向ける。アスファルトの道の先に、土埃に霞む塔が見える。
「あいつはChaos社の兵器、人口過密地域調整用疑似吸血兵器・マレ。あいつがここに来た時点で、Chaos社は私たちの場所を知ってるってこと。素直にあいつについていってリベレイトタワーに行くしかない」
 一行はセレナの言葉に従い、マレを追って進む。マレはビルの残骸を軽々と飛び継ぎ、リベレイトタワーへ近づいていく。
「兄貴みたいな移動速度ッスよ、あの子!?」
 マイケルが感嘆の声を上げる。
「そりゃそうよ。見た目は女の子でも、中身はブラジルの大半を壊滅させた兵器なんだから」
 セレナが力を抜いたま先頭を駆ける。マレがリベレイトタワーを囲む壁を飛び越え、一行は、壁の門の前で止まる。
「あれ?開いてないよ?」
 リータが門をガンガン叩き、アルバがそれを止めようとしてタイミングがなくあたふたしている。
「こういうのは押し通るに限る」
 エリナが悪魔化し、剣で門に切りかかろうとしたとき、上からマレが飛び降りてくる。そして、ローブを脱ぎ捨てる。美しく長い金髪が溢れ落ち、赤い瞳が開かれる。
「ちゃんと着いてきたわね。誉めてあげるわ」
 細く白い手を構えて、マレは臨戦態勢をとる。
「ま、アタシが最初に力を測ってあげるわ。血も欲しくなってきたところだし」
 マレの後ろからリータが叫ぶ。
「お兄ちゃんのこと知らない?」
 マレはリータの方を振り向かずに答える。
「自分で見た方が面白いでしょ?」
 そして勢いよく腕を振り抜きつつ振り返る。咄嗟に反応したアルバがリータを押し倒す。マレの五本の指から放たれた斬擊が門に傷をつける。
「私の役目はアンタたちを測るだけ」
 セレナが前に出て、長剣を抜く。
「こいつは私が頂くわ」
 それを見たのと同時に、マレが凄まじい速度で詰め寄り、腕を振り下ろす。セレナは即座に抜いた短剣で受け止めるが、その華奢な体からは想像もつかないほどの凄まじい膂力に僅かに押し返される。
「やるわね、DWH」
 余裕の笑みを浮かべるマレの顔を見て、セレナは溜め息をつく。
「全く、あなたはいつもそういう風に、明人に都合よく利用されて、そして捨てられるだけ」
 マレの腕を弾き、短剣で足を払い、長剣で弾き飛ばす。マレは左腕でガードしつつ受け身を取る。そして左腕から垂れた血を棘にしてセレナへ投げつける。セレナは長剣を回転させて棘を絡めとり、マレの目の前に瞬間移動して踏み込みつつ長剣の突きを放つ。マレは右腕で防ぐが、大きく吹き飛ばされる。マレはすぐに立ち上がり、落ちてきたローブを着直す。
「流石はレイヴンの血族。完全に生身なのにこんな蛮力を発揮できるなんてね。せいぜい、感動の再会をしてくるといいわ」
 マレはセレナの追撃を躱すように、ローブの光学迷彩を起動して去っていった。と同時に、門が開く。
「レイヴンさん……」
 アーシャが呟き、リータが駆け寄ってアーシャの手を握る。
「大丈夫だよ、お兄ちゃんの強さは私たちがよく知ってるでしょ?」
「そうですね……あの人は無事に違いないですね!なんせいつだって無駄口を叩いてましたし!」
 アーシャは元気よく頷き、一行は門を潜り抜ける。
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