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三千世界・黒転(3)

前編 第十三話

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 トップスシティ コルンツ家
 カーテンの隙間から朝日が射し込んできて、レイヴンとロータは目を覚ます。
「おはよう……兄様」
「ああ、おはよう。さてと、今日は理事長サマんところに行くぞ。みんなを起こしに行こうぜ」
「うん」
 そしてリビングに全員が揃い、簡易的な朝食を摂る。
「私はどうすれば……」
 アーシャが呟き、レイヴンが頭を捻る。
「普通に返していいもんかねえ。お嬢さんの傷は癒えてねえだろ?医療系の魔法使えるやつはいるか?」
 その場に居る全員が首を横に振る。
「父上はどういうつもりかはわかりませんが、姉上と兄上は私が傷付くことも計算の内のはずです。でも、私は……レイヴンさんと一緒に居たいです」
「ほう?こんな辺境のならず者とお姫様が一緒に冒険を続けるってか?」
 アーシャは真っ直ぐレイヴンを見つめる。
「わかったわかった。ついて来たいなら来ればいいだろ。どうせこの仕事の最後に首が飛ぶわけだしな」
 レイヴンは笑いながら言うが、他の誰一人として笑っていない。
「ま、とにかく出掛けるんだから着替えて来いよ、アーシャ、ミリル。リータとロータの使ってない服とかあるだろ」
 ミリルがロータを引っ張り、アーシャと共に二階へ上がっていった。
「マイケル、ありがとな」
「へ?俺何かしたッスか?」
「俺が居ない間リータを守ろうとしてくれたことだよ」
「い、いや!礼を言われるほどのことじゃないッス。実際守れなかったし、俺なんか全然ダメッスよ!」
「それでもだ。素直に感謝しとけ」
 しばらくして、三人が降りてくる。ロータはいつも通りの制服で、ミリルはオーバーオールで、アーシャは赤いカーディガンにホットパンツ、薄汚れたキャップを身に付け、髪を後ろで纏めていた。
「ずいぶんおめかししたな、お嬢さん」
 アーシャの頭をポンポンしながら、レイヴンは笑う。
「お嬢さんではありません。似合っているでしょうか」
「いいんじゃないか?俺にはよくわからんが」
「そうですか……」
「ま、とにかく行こうぜ」
 気のない反応をしたアーシャを余所に、レイヴンは玄関へ向かった。

 グランシデア王立学園 理事長室
 レイヴンが乱雑に扉を開け、シュバルツシルトの前の机に資料とPDAを放り投げる。
「そいつが戦利品だ、理事長サマ」
 皮肉たっぷりに言い放つが、シュバルツシルトは微笑むだけだった。
「ご苦労様、レイヴン君。そんな怖い顔して、何かあったのかな?」
「よく言うぜ。演技派だよ、あんた」
「はて、何のことかな?」
「エリナが言ってた我が王ってのはお前のことなんだろ?俺を試すためだけにあそこまでの長旅をさせたってこった。詰まんねえマネしやがって」
 シュバルツシルトは肩を竦め、気の抜けた笑みを浮かべる。
「ま、余りにも露骨だったからね。都合が良すぎるし、タイミングも、私の台詞も、暗喩と言うには余りにもお粗末で、雑なフラグだったと反省しているよ」
「つまりだ、リータを連れ去ったのもお前の命令なんだろ」
「その通り。いつでも彼女を殺せるし、ジャンクヤードに売り払うのもいいかもね」
「ちっ、あんな掃き溜めに女を一人で捨てたらどうなるかぐらい、お前もわかってるだろ」
「もちろん。さて、それはあなた自身の仕事の失敗に繋がるわ。だ・か・ら。もう一仕事してもらうわ」
「ったく、これだから手練れの女は嫌なんだ」
「嬉しいこと言ってくれるわね。おほん」
 シュバルツシルトは大袈裟に咳き込み、向き直る。
「次はアルスヴァーグ氷山にある遺跡に行って欲しいの。リグゥとヴェヱダ……その二人がそこを根城にしているらしいから。目障りな観客には消えてもらうわ」
「殺せ、そういうことか?」
「人は等価交換にこそ罪悪感を覚えるものよ。グランシデア王国そのものがアルスヴァーグ氷山とアルバージュ雪谷の丁度中間に位置してるから、昨日より楽でしょう?ほら、義妹の命が惜しいのなら急ぎなさいな。あなたが遅れたら……そうね、ペイルライダーにリータを処断させる、というのも面白いかもしれないわね」
「……。はあ。大した外道だぜ。全く追い詰められてねえな」
「当然でしょう?まだ王の居ない将棋をしてるようなものだもの。盤上に役者が全員揃ってすらいない、不完全な舞台で沸く観客は居ないでしょう?ピエロはあなたなのよ?ならば、主役を立てねばね」
「そうかい。ならせいぜい荒らしてやるよ、あんたの詰め将棋」
「それがキリングジョークになることを願うわね」
「ケッ、どうせあんたのことだ、その遺跡にも大したもんはねえんだろ」
 レイヴンは吐き捨てるように鼻で笑うと、他の四人に手で促し出ていった。
「所詮は道化。狂ったように踊ることしかできないわ。面白おかしく、完璧な盤面を荒らしてちょうだい。それこそ、私たちの思う壺なのよ」
 シュバルツシルトは珍しく爆笑し、すぐに真顔になる。
「アルヴァナ、あなたの妄執がどれだけの人を、竜を、獣を巻き込んでいるかちゃんと理解している……?人は生まれながらにして六つの罪に苛まれているとは言え、罪あるものを裁くのは罰ではなく、愛なのよ……」
 憂いを帯びた瞳で、晴れ渡る空を見上げた。

 グランシデア王国 西門
「あんな喧嘩腰で良かったんですか、レイヴンさん」
 アーシャが心配そうに呟く。
「いいんだよ、別に。ああいうやつは敬意なんてどうでもいいのさ。そんなもんは自己満足だって理解してる」
「なんか雰囲気悪かったよね」
 ミリルがその会話に加わる。
「私たちのことを歯牙にもかけてない感じ」
「実際そうだろうな。俺たちが束になってかかっても傷すら付けられんだろうよ」
 レイヴンはやれやれと首を振る。
「与えられた使命には……相応の対価がある……」
 ロータが本を閉じ、レイヴンへ近付く。
「兄様……私が絶対に兄様を手に入れるから……次元門の鍵になんて絶対させない……」
「頼りにしてるぜ、ロータ。まあ、無理は禁物だがな。さて行こうぜ、また遺跡探索だ」
 一行は門へ向かった。
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