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異世界生活1日目の話をしよう。9
しおりを挟む街の入口で貰った板(エルさんが僕の代わりに受け取ってくれていたらしい)を中央役場の受付で提出し、僕用の通行許可証を発行して貰った僕達は、近くにあるそこそこ人気のある飲食店の端っこに陣取っていた。
エルさん達の宿泊している宿屋へ向かう前に、三人で夕食を取ることにしたのだ。
「ところで…イク。お前、身分証は持ってるのか?」
麦芽酒という飲み物を片手にホーンブルの串焼きという肉料理を齧りながら、エルさんが聞いてきた。
「へ?身分証ですか?…いえ、持っていません」
身分証って、前の世界での免許証とか保険証とかそういうのだよね?
この世界に生まれたばかりの僕は、当然身分証などそんな物を持っている筈もなく、そもそもこの世界ではどんな物が身分証代わりになるのかもわからなかった。
「…なら、明日は今日の素材を売りがてらギルドに行って、ついでにイクの身分証も作るぞ」
「そうだな…この街では通行料を支払えば身分証が無くても入ることが出来るが、王都なんかの一部限られた場所では通行料を支払っても入れない場所もある。公的な身分証は持っておいた方が良いだろうな」
明日の予定について何やら真剣に話している二人の間で、僕はエルさんから取り分けて貰った串焼き肉をちびちびと齧りつつ、レニーさんが注文してくれた果実水を一口こくり、と飲む。
うーん…
二人に注文して貰った物だから文句は言えないのだけれど、お肉はちょっと固くて筋張っていて、何より調味料の味が殆どしない。
せめてもう少しだけでいいから、塩味が欲しい…。
お肉の味自体は牛に近いような味だから、煮込みとかだったら美味しくなりそうなのに…なんだか勿体ないなぁ。
果実水はこちらもやはり薄味で、申し訳程度にフルーツみたいな香りがする程度。
昼間のオレンジジュースが恋しい…。
あれ?
待てよ?
そういえば僕…あの時のオレンジジュース、どうしたんだっけ?
「…こら。イク、聞いているのか?」
「…ひゃい?」
食事の味に意識を全て持ってかれていた僕の頬を、痛みを感じない程度の力でふにふに、とレニーさんに摘ままれた。
「明日のお前のことについて話してるんだ。ちゃんと聞いておきなさい」
そう言って優しく僕に笑い掛けるレニーさんの薄茶色の瞳が綺麗で、思わずじっと見つめてしまう。
ふと、そういえば、エルさんも金色の綺麗な瞳をしていたなと思い、エルさんの方を見ると…意思の強そうなその美しい眼差しと目が合った。
「…どうした?飲みたいのか?イクに麦芽酒はまだ早いぞ?」
クツクツと可笑しそうに笑うエルさんは、陶器っぽい作りの分厚い白いカップをこちら側に傾け、琥珀色の液体を僕に見せた。
「え!?違っ……あの、レニーさんもエルさんも綺麗な瞳の色だなぁって思って、その…つい見入ってしまって…」
「「…はぁ?」」
僕が肉串を食べる手を止め、机の下で手をもじもじさせながらそう言うと、二人は揃って変な顔をして声を揃えた。
「なに言ってんだ?綺麗なのはイクの方だろ。お前みたいな深い綺麗な碧の瞳、俺は生まれて初めて見たぞ」
え?青?
僕の目、今青いの?
「俺もだ。それにその絹糸のような美しい銀髪にその容姿…あまり自覚がないようだが、正直…イクはかなり目立っているぞ?自分でわかっているのか?」
え?嘘でしょ!?
僕、銀髪なの!?
しかも目立ってるって…
なにそれ、聞いてないよ~!
二人からそう言われて途端に不安になった僕は、ちらりと周りを一瞥する。
すると、視界の端に結構な数の人の目がこのテーブルに集中していることが伺え、空恐ろしくなる。
神様、僕の目の色と髪色は不自然じゃない程度の色にしてくれるんじゃなかったの~!?
しかし僕は一縷の望みをかけて、二人に問い掛けてみる。
「…あの、ひょっとして周りの皆さんは僕ではなく、エルさんとレニーさんが格好良いから注目されているのでは…?」
しかし、そんな僕の望みは秒で消え去ったわけで。
「「そんなわけがないだろう」」
二人から取り付く島もなく一蹴された僕は、もうこれ以上何も喉を通る気がしなくて、ため息を一つつくと食事を終えたのだった。
「……ご…御馳走様でした…」
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