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第五章

救いの手を払う者⑥

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木本先生が二人に焚き付けるような言葉を投げかけたのは校長の指示だと言ったが、厳密に言うとそうではない。

僕が校長にそう指示するように言った。

山之内と多部。二人の生徒はこのままだと自暴自棄になって暴力事案を起こす恐れがある。

有名校で暴力事案発生。そんな事が世間で噂されると学校のイメージダウンは免れない。なんとか手を打たなければならないと僕は校長に直談判した。

「何か考えが?」

校長室に座る校長は、二人の個人票を見ながら聞いてきた。

「飴と鞭を使い分けます」
僕は、実行した方法を校長に説明した。

「うまく行くのかね」

「分かりません。でも、山之内も多部も、希望がないから自暴自棄になる。絶対に越えられないハードルを示された後に、希望の糸が垂れていたらそれを掴もうとするのが人間の心理です」

校長は顔を上げ、僕の目を覗き込む。

「いつからそんな姑息な手を思いつくようになったのかね」と笑いながら聞いてくる。

「いいだろう。やってみるといい。君をこの学校に雇った時点で、ある程度の教育権は任せるつもりでいた」

校長は立ち上がり、窓の外を見る。
外では運動部が熱心に大会に向けて練習をしていた。

「世の中は弱肉強食。学校=競争社会。その信念を恥じるつもりはない。私は、学生の間に世の中の厳しさを痛感するべきだと、今でもそう思っている。‥そんな学校は、息が詰まるかね?」

薄く笑ってそう言う。その瞳は悲しみを帯びている。

いつか、僕が校長にぶつけた言葉。
あの時の校長は催眠下にいた筈だ。何故、今その台詞が出てくる。

「この学校を改革をすると言ったな。全ての能力に優れた人材を育成するのではなく、一芸でも秀でた人材が尊重される学校にすると」

「はい」

「その為には、トップに立つ必要がある。私はこの学校では嫌われ者だ。民衆の意見を無視する支配者だのと言われて来た。代々受け継がれて来た歴史の重みは、中々、辛いぞ」

頑張りたまえ、と最後は校長が僕の肩をガシッと掴んできた。
一瞬だが、学生の頃に戻ったような錯覚に陥る。

重い何かを背負わされたような気がした。

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もうすぐ新学期が始まるというのに、未だに僕は悪夢にうなされていた。

何度も何度も、あの三ヶ月のリアルな体験が、夢に出てくる。

夢の中の僕はまるで別人で、自分を支配者だと信じ込んでいる。

それを、少し離れたところから見ている自分がいて、必死で訴えている。

もう、止めてくれ。
許してくれ。

頭を抱え、もがき苦しむ僕に対して、江口が囁く。

『一生苦しめ。絶対に許さない』

その言葉で、僕は飛び起きる。

「——はぁ、はぁ」

全身汗で濡れ、鼓動は全力疾走をしたかのように早くなっている。

布団から起き上がり、水を口に含む。
洗面所に行き、顔を洗った。

いつまで、この悪夢を見続ければいいんだ。

食事は喉を通らず、日に日に痩せて来ている。
鏡に映る自分の頬は痩せこけ、まるで病人だ。

一瞬、死のイメージが自分の中で沸き起こる。
何を、馬鹿な事を。
そのイメージを振り払うように、僕は何度も水で顔を洗った。しっかりしろ!と強く言い聞かせているその時、ピコン、とスマホが鳴った。

時刻は深夜2時を回っている。

こんな時間に、誰だ?

スマホを開き、届いたメッセージの送り主の名前を見て、僕は固まる。

その送り主は、江口遊人だった。

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