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第五章

救いの手を払う者④

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「あれ?入人くん帰らないの?」

後ろから美兎ちゃんが声をかけてきた。横には目を瞑りながら立っている夢野がいる。美兎ちゃんが学校でその呼び方をすると言う事は、夢野は夢の中だろう。

「ちょっと、やる事があってね」

「そっかぁ。じゃあお先に帰るね。‥また遊びにきてね」

小声で耳打ちをし、悪戯っぽく舌を出す。
「行くよ、数理ちゃん!」ひょいっと隣にいる夢野を背負って美兎ちゃんは走り出した。

「元気だな‥。転ぶなよ」
美兎ちゃんに向かって小声で呟く。僕は目的地に向かって歩き始めた。

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「あっ、大門先生!」

廊下を歩いていると、慌てた様子の真野先生と遭遇した。

真野、未来。
出来ることなら僕が一番会いたく無い女性だ。彼女こそ催眠アプリの一番の犠牲者なのだから。

「あの、木本先生見ていませんか?」

「木本先生‥?いや、見ていませんね。どうされましたか?」

「その、つい先ほど木本先生と廊下ですれ違ったんですけど、顔に痣があったような気がして。気のせいかも知れないんですが。声をかけたんですけど上の空でして」

視線は僕を通り越してその先に向かられている。両手を組む姿は祈っているようにも見える。
相変わらずだな、この人は。

「あぁ。どちらに向かいました?」

「突き当たりを右に曲がりました」

あの方向は、焼却炉だ。
どうやら、思った通りの展開になってそうだな。

「大門先生?」

「あ、すみません。大丈夫、僕に任せてください」

失礼します、と少し頭を下げてその場を立ち去ろうとすると、真野先生が僕の手を掴んだ。

瞬間、身体がそれを拒絶し、真野先生の手を乱暴に払ってしまう。

驚いた顔で見てくる真野先生。その、純粋な瞳とあどけなさが残る表情。しかし、直ぐに、映像が切り替わる。虚の瞳と挑発するような態度でにじり寄ってくる真野先生の姿が、とてもリアルに現れる。

「——はぁ、はぁ」

息が上手くできない。ぐらぁっと視界が揺れ、そのまま倒れそうになる。

「大門先生!」

今度は手を強く握られる。「ゆっくり、深呼吸して下さい」と言い、僕の掌をリズム良くトン、トンと叩く。

リズムと共に深呼吸をすると、段々と落ち着いて来た。

「落ち着きました?」

天使のような笑顔。
真野先生は、そっと手を離す。

「タッピングタッチって言って、緊張や不安の緩和に効果があると言われてます」

「‥ありがとうございます」

このままじっと見ていると、涙が溢れそうで僕はその場を離れる。

あれから大きく変わったこととしては、僕自身。僕が催眠アプリを使って操った生徒や教師の乱れる姿が、まるで今起こっているように映像として現れ、それが現実と交差する。

それは酷く、精神的に来るもので、その映像が現れる度、自分が底に沈んでいく感覚を覚えた。

僕を、救おうとしないでくれ。
真野先生に対して心の中で訴えた、

これは僕自身の罰なんだ。
決して救いを求めてはいけない事なんだ。

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