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第二章

下準備④

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「相談というのは、木本先生の事なんです」

「木本、先生‥。木本先生?木本先生、やっぱり何かあるんですか」

ちょっとまて‥!もう覚醒しやがった。
俺は慌てて催眠アプリを起動する。

「私‥は‥」

大きく見開かれた目が次第に細くなる。

駄目だ。気になる部分を刺激するとすぐに覚醒する。
暗示をかける必要がある。

「いいですか。あなたは最後まで大門先生の話を聞きますよ。途中、疑問に思っても口を挟まない。それが、あなたが望むことにつながります」

「大門先生の話、口、はさまない」

これでいけるか。
俺は続ける。

「実は、木本先生は男子高校生に虐められているのです」

「いじ、め‥」

出かかる言葉を必死に飲み込もうとしている。よし、暗示は聞いている。

「しかし安心して下さい。その虐めは大門先生が解決してくれます。あなたはそれについて心配する必要はありません」

ほっとしたように少し力が抜けた気がした。
もちろん、これで終わりなわけがない。ここからが本番だ。

「しかし、メンタルはズタズタに引き裂かれています。そこで、真野先生が彼を救ってあげて下さい」

「すくう‥?」

虚な表情で首を傾げる。
いまいちピンときてなさそうだが、それでいい。今から植え付けるのだから。

「次、木本先生があなたを尋ねてきたらギュッと抱きしめてあげましょう」

「ギュッと、抱きしめる、なんて、出来るわけないじゃないですか!」

真野未来は顔を赤くして立ち上がった。

「くそ!」

俺は催眠アプリを起動する。
ふらっと一瞬揺れてその場に直立不動になる。

☆2の百合智永ですら、認めたくない質問には覚醒したのだ。
しかし、催眠深度はアプリを見せれば見せるほど深くなる事は知っている。
大切なのは、根気だ。

「真野先生。あなたは何故養護教諭になったのですか?」

「わたし、傷ついた人、救う為」

「そうですよね。木本先生は傷ついています。見捨てるのですか」

「木本先生、見捨てたく、ない」

「ですが、今あなたは傷ついた木本先生を拒否している。このままではあなたが木本先生を虐めていることになるのです。いいのですか」

「いや、です。でも、彼が、いるから」

「あなたの彼氏は、人助けをするあなたを嫌いになるのですか?そんな酷い人なのですか」

無茶苦茶な言い分だと自分でも思うが、催眠アプリを見せながら問いかけるとは思考は楽な方向へと働く。
気持ちのいい光に導かれるように、考える事をシンプルにしたくなる。

今、彼女の中では木本先生を救いたい気持ちと彼氏に申し訳ない気持ちで天秤にかけているのだろう。
なら、こちらに傾けるよう少しの後押しをすればいい。

「‥いいえ。彼は、私の優しいところ、好きだって」

「なら大丈夫。むしろ、あなたは今まで抱きしめた事、抱きしめられた事がない?」

「あり、ます」

「嫌な気分でした?」

「い‥いえ。あったかい、気持ち」

「抱きしめる、ハグとは本来癒す効果があるのです。是非、あなたの力を貸していただきたい。それが、木本先生を救います」

「私が、ハグをすると、木本先生、救う」

「ただし、彼はとても傷ついている。ただ抱きしめるだけでは癒されません。耳元で、息を吹きかけるように、彼の名前を呼んであげましょう」

「耳、息を‥吹きかける‥?」

少し眉が下がり、困惑した顔になるが、俺は強引に進める。

「そうしなければ、木本先生は傷ついたままです。それは嫌ですよね?」

「‥傷ついたたまま‥いやです」

なんとかこれでいけるだろうか。
納得できない部分がある気もするが。

「木本先生が保健室に来て、【お願いしたい事が】と言われると、あなたは抱きしめたくなる」

「木本先生、お願い‥はい」

「3つ数えるとこの暗示はあなたの深いところに染み込みます。そして、【白衣の乱れ】というキーワードを聞くと、あなたはまた今の状態に戻る。いいですね?」

「はくいのみだれ、深い、ところ。‥はい」

3.2.1‥で指をパチンと鳴らす。

虚な目から光が戻り、真野未来は俺の顔を見てきた。

「あ、あら?大門先生」

「はい。どうしました?」

「どうした、っていうか‥あれ、どうしたんだろ‐‐‐」

「【白衣の乱れ】」

何かを言い切る前に、キーワードを口にした。それを聞き、真野未来が催眠状態に戻る。

よし、よし!

キーワードによる予備催眠も成功だ。
これで、出来ることの幅が広がった。
着々と下準備ができる。

俺はもう一度指を鳴らし、催眠を解く。

ぼぅっとしている彼女に笑いかけ「それでは先生、また」とだけ言って保健室を出た。
「あ、あのぉ」と困った顔も唆るが、すまないな、真野未来。

本当なら今すぐにでも次のステージに進みたいが、俺はこれから行く所がある。

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