26 / 37
3章 変調
1話 違和
しおりを挟む
「おはよ~、ロラン君~」
「っ……早く、降ろせ……」
「うん。おはよ――って」
「く……」
5日目の朝。
今日もトモミチの身体の上でがっちりと抱きしめられている。
腕が解かれる気配がない――やはり、挨拶をしなければ解放されないらしい……。
「おは……よう」
「はい、おはよう」
トモミチが僕の背中を軽く叩き、腕の拘束を解く。
「…………」
――最近の僕はおかしい。
魔力供給のあと、毎回顔と身体が上気したように熱い。
「早く腕を離せ」と言いながら、そうされると何か落ち着かない……。
(違う、そんなこと今はどうでもいい……)
考えを振り払うように頭を振り、立ち上がる。
早く立ち去りたいが、今日はこいつに話さなければいけないことがある。
「おい、お前。……食事を摂っていないそうじゃないか」
僕の言葉にトモミチは「ああー……」と、あくびか返事か分からない声を出しながら起き上がり、バツが悪そうに頭を掻く。
「……ハハッ、バレたかー」
昨夜トモミチに魔力供給をしたあとアンソニーが僕の部屋にやってきて、「トモミチが水以外の物を摂取していないようだ」と報告してきた。
アンソニーはニヤついた顔とふざけた態度が標準装備の男だが、職務には忠実だ。
契約時に「特別な用事がない限り僕のところに来るな」と告げたらそれを守り、本当に報告すべきことがあるときだけ僕の部屋にやってくる。
内容は〝泥人形〟の状態が悪いとか、溶けたとか、良くないものが大半だ。
今回のこれも良くないことに入ると判断してのことだろう。
しかし、ホロウが食事を摂らないのは別に珍しいことではない。むしろそれが標準だ。
10日を経るまでホロウは〝人型の泥〟でしかない。魔力の供給さえしっかり受けていれば、生命維持のための食事は必要ない。
そう説明するもアンソニーは何か納得がいかないようで、「本人から話を聞いてやれ」と言ってきた。
「……なぜ、私が。お前が聞けばいいだろう」
「だって先生が一番カレと話してるじゃない」
「は……話していない。あれはあの男が一方的に喋っているだけで」
「とにかくお願いねぇ。アタシってば、とーっても多忙なのよぉ~」
「あ、おい……!」
僕の返事など聞かず、アンソニーは舞うようにその場を立ち去っていった……。
…………
……
そういうわけで、僕がこいつに事情聴取をする羽目になってしまった。
話すと長いし抜け出せないから、接触は最低限にしたいのに。
大体、「話を聞け」と言われても何を聞けばいいのか……。
「……なぜ、食べない。理由があるのか」
「うーん、食欲全然なくてさ~。……食べなヤバいかな、やっぱ」
「魔力の供給さえ受けていれば問題はないが」
「そっか」
「…………」
「…………」
「…………」
――会話が終了してしまった。
いつもいらない情報をペラペラペラペラとよく喋るのに。
(……別に、それでいいじゃないか?)
トモミチは食欲がないから食事をしない。魔力供給を受けていれば、食事をしなくとも問題はない。
ゴーチエだって、ホロウの食事の管理などしていなかった。
10日を経て人間となったあとも食事をしなければ健康を損なうだろうが、それは僕が知ったことではない。
僕は静かに過ごしたい。
ここで会話が終わるなら、願ったり叶ったりじゃないか――?
「しょ……、食欲が、湧かない、……理由はあるのか」
「え?」
「食べなくとも問題はないが、その……、レミとアンソニーが、お前が食事をしないことを気にしている」
「そっかあ……うーん」
ベッドから足を下ろすと、トモミチは膝に肘をついて口元に手を当て考え込む。
しばらくの間のあと、言いにくそうに口を開いた。
「あのー……、色がさあ……」
「色?」
「うん。青が多いやん? あれが、どうもな……」
トモミチの言う通り、ニライ・カナイの食べ物は青系統が多い。肉も魚も野菜も卵もほとんど全てだ。
しかしトモミチの住む国においてそれらは毒々しく、かつ食欲を削ぐ色に分類されるらしい。
「……食文化否定してんとちゃうんやで。ただどうしても、食う気起こらんくて」
「どんな色ならそう感じないんだ」
「せやなあ、茶色とか赤とか黄とか、あとは白とか?」
「…………」
――こちらからすれば、それらの色の方がよほどに毒々しい。
食べろと言われたら躊躇する――つまりトモミチは今、同じ心境なのだろう。
ニライ・カナイには異世界人の暮らす街が多数ある。その街の食材店へ行けば、ある程度は用意できるはずだが……。
「っ……早く、降ろせ……」
「うん。おはよ――って」
「く……」
5日目の朝。
今日もトモミチの身体の上でがっちりと抱きしめられている。
腕が解かれる気配がない――やはり、挨拶をしなければ解放されないらしい……。
「おは……よう」
「はい、おはよう」
トモミチが僕の背中を軽く叩き、腕の拘束を解く。
「…………」
――最近の僕はおかしい。
魔力供給のあと、毎回顔と身体が上気したように熱い。
「早く腕を離せ」と言いながら、そうされると何か落ち着かない……。
(違う、そんなこと今はどうでもいい……)
考えを振り払うように頭を振り、立ち上がる。
早く立ち去りたいが、今日はこいつに話さなければいけないことがある。
「おい、お前。……食事を摂っていないそうじゃないか」
僕の言葉にトモミチは「ああー……」と、あくびか返事か分からない声を出しながら起き上がり、バツが悪そうに頭を掻く。
「……ハハッ、バレたかー」
昨夜トモミチに魔力供給をしたあとアンソニーが僕の部屋にやってきて、「トモミチが水以外の物を摂取していないようだ」と報告してきた。
アンソニーはニヤついた顔とふざけた態度が標準装備の男だが、職務には忠実だ。
契約時に「特別な用事がない限り僕のところに来るな」と告げたらそれを守り、本当に報告すべきことがあるときだけ僕の部屋にやってくる。
内容は〝泥人形〟の状態が悪いとか、溶けたとか、良くないものが大半だ。
今回のこれも良くないことに入ると判断してのことだろう。
しかし、ホロウが食事を摂らないのは別に珍しいことではない。むしろそれが標準だ。
10日を経るまでホロウは〝人型の泥〟でしかない。魔力の供給さえしっかり受けていれば、生命維持のための食事は必要ない。
そう説明するもアンソニーは何か納得がいかないようで、「本人から話を聞いてやれ」と言ってきた。
「……なぜ、私が。お前が聞けばいいだろう」
「だって先生が一番カレと話してるじゃない」
「は……話していない。あれはあの男が一方的に喋っているだけで」
「とにかくお願いねぇ。アタシってば、とーっても多忙なのよぉ~」
「あ、おい……!」
僕の返事など聞かず、アンソニーは舞うようにその場を立ち去っていった……。
…………
……
そういうわけで、僕がこいつに事情聴取をする羽目になってしまった。
話すと長いし抜け出せないから、接触は最低限にしたいのに。
大体、「話を聞け」と言われても何を聞けばいいのか……。
「……なぜ、食べない。理由があるのか」
「うーん、食欲全然なくてさ~。……食べなヤバいかな、やっぱ」
「魔力の供給さえ受けていれば問題はないが」
「そっか」
「…………」
「…………」
「…………」
――会話が終了してしまった。
いつもいらない情報をペラペラペラペラとよく喋るのに。
(……別に、それでいいじゃないか?)
トモミチは食欲がないから食事をしない。魔力供給を受けていれば、食事をしなくとも問題はない。
ゴーチエだって、ホロウの食事の管理などしていなかった。
10日を経て人間となったあとも食事をしなければ健康を損なうだろうが、それは僕が知ったことではない。
僕は静かに過ごしたい。
ここで会話が終わるなら、願ったり叶ったりじゃないか――?
「しょ……、食欲が、湧かない、……理由はあるのか」
「え?」
「食べなくとも問題はないが、その……、レミとアンソニーが、お前が食事をしないことを気にしている」
「そっかあ……うーん」
ベッドから足を下ろすと、トモミチは膝に肘をついて口元に手を当て考え込む。
しばらくの間のあと、言いにくそうに口を開いた。
「あのー……、色がさあ……」
「色?」
「うん。青が多いやん? あれが、どうもな……」
トモミチの言う通り、ニライ・カナイの食べ物は青系統が多い。肉も魚も野菜も卵もほとんど全てだ。
しかしトモミチの住む国においてそれらは毒々しく、かつ食欲を削ぐ色に分類されるらしい。
「……食文化否定してんとちゃうんやで。ただどうしても、食う気起こらんくて」
「どんな色ならそう感じないんだ」
「せやなあ、茶色とか赤とか黄とか、あとは白とか?」
「…………」
――こちらからすれば、それらの色の方がよほどに毒々しい。
食べろと言われたら躊躇する――つまりトモミチは今、同じ心境なのだろう。
ニライ・カナイには異世界人の暮らす街が多数ある。その街の食材店へ行けば、ある程度は用意できるはずだが……。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
偽物の番は溺愛に怯える
にわとりこ
BL
『ごめんね、君は偽物だったんだ』
最悪な記憶を最後に自らの命を絶ったはずのシェリクスは、全く同じ姿かたち境遇で生まれ変わりを遂げる。
まだ自分を《本物》だと思っている愛する人を前にシェリクスは───?
神様の胃袋は満たされない
叶 青天
BL
『神様の胃袋は満たされない』
幼なじみBL×執着×依存
神様とは 一体誰のこと?
二人は互いの胃を満たせるのだろうか
「私の知っている××××は、とても素直で、よく気がきいて…… 神様みたいないい子でした」
☆文学フリマにて頒布した本を掲載しております。
転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる
塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった!
特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。
乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について
はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
病んでる愛はゲームの世界で充分です!
書鈴 夏(ショベルカー)
BL
ヤンデレゲームが好きな平凡男子高校生、田山直也。
幼馴染の一条翔に呆れられながらも、今日もゲームに勤しんでいた。
席替えで隣になった大人しい目隠れ生徒との交流を始め、周りの生徒たちから重い愛を現実でも向けられるようになってしまう。
田山の明日はどっちだ!!
ヤンデレ大好き普通の男子高校生、田山直也がなんやかんやあってヤンデレ男子たちに執着される話です。
BL大賞参加作品です。よろしくお願いします。
11/21
本編一旦完結になります。小話ができ次第追加していきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる