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終章 未来へ

さようなら、またいつか、どこかで

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「みんな、忘れ物はないか?」
「はーい」
「大丈夫」
「じゃあ……」
 
 グレンさんが砦の入り口の扉を閉め、鍵をかける。
 
 3月31日。
 今日で砦の契約は終わり。
 みんなとも、今日でお別れ……。
 
「昨日、ほんとに楽しかったなあ……」
 
 わたしのつぶやきにみんなそれぞれ微笑を返したりうなずいたりしてくれる。
 
 ――昨日はみんなで「お別れパーティー」をした。
 ストックしてある食材を全部使い切るため、腕によりをかけて色んな料理を作った。今まで食べたおいしいものをいっぱい。
 久々にベルのラーメンも食べた。やっぱりおいしい。
 食の神ジャミルの料理は最上級においしい。なんだかもう、格が違う。レシピもいくつかもらっちゃった。
 
 本当に、本当に楽しかった。……だけど同時に、たまらなく寂しい。
 二度と会えなくなるわけじゃない。でも、もうみんなで楽しくおしゃべりしながらごはんを食べるなんて、滅多にできなくなるだろうから……。
 
「……羨ましい。私も参加したかったよ」
 
 セルジュ様が残念そうに眉を下げ、笑う。
 今日で解散すると聞いて、午前中の執務を休んで来てくれたのだ。
 最後の1ヶ月は彼もここで過ごした。短い期間だったけれど、確かに仲間だった。
 
「セルジュ様。セルジュ様もどうか、これを持っていってください」
 
 そう言ってわたしは彼に鉢植えと、ラッピングされた一輪の花を手渡した。
 鉢には、ルカが砦で育てていた勿忘草が植わっている。もうひとつの花は……。
 
「ありがとう、もらっていくよ。……こっちのピンク色の花は何だろう?」
「ネリネの花です。花言葉は、"また会う日を楽しみに"……」
 
 わたしの言葉を聞き、セルジュ様は「そうか」と微笑む。
 去年の秋、テオ館長にもこの花を渡した。そして今日、同じ花をみんなに。
 "また会う日を楽しみに"――みんなもきっと同じことを思ってくれているはず。
 
 砦の扉を閉めたけれど、まだ誰も歩き出さない。
 
 ――そうだよね。思い出がいっぱいだもん。
 色んなことがあったよね。みんなは何を思い出してるのかな。
 仲間の顔を見回すと、初めて会ったときのことや印象深いエピソードが頭をよぎる。
 
 ルカは不思議な子だったなあ。お水かけられた時はビックリしたしヘコんだなあ。今こんな風に仲良く楽しくおしゃべりできてるの、嘘みたいだな。
 
 5年ぶりに再会した幼なじみのジャミル。いきなり怒鳴られてションボリしちゃったなあ……。闇の剣のせいで苦しい思いしたけど、カイルと再会して仲直りもできて、本当によかった。
 
 そういえばベルは、最初グレンさんに夢中だったっけ。グレンさんにいっぱい話しかけて、それで距離も近く見えて……今思ったらわたしあの時、ちょっと嫉妬しちゃってたかも。それがどういうわけか、ジャミルと恋人に……でも、2人ともすごく幸せそう。よかったなあ……。
 
 カイルとあんな形で再会するなんて夢にも思わなかった。副隊長になってから、ほんとにいっぱい頼っちゃったな。頼れるお兄さんって感じだけど、話してみると確かに幼なじみのカイルで……今も不思議な感じ。
 
 フランツは大丈夫かな。ルカにセルジュ様、シリル様が色々と元気づけてくれてるみたいだけど……また会えたら、元の無邪気な笑顔を見せてくれるといいな。ルカとはどうなるのかな? 今度ルカに聞いてみよう。
 
 セルジュ様がいてくれてよかった。イリアスのこと、グレンさんとカイルだけだったらきっとうまくいってなかった。立場も身分も違うけど全然威張ったりしなくて、優しくてかっこよかったな。……グレンさんと出会ってなかったら、キャーキャー言ってたかも。
 
(グレンさん……)
 
 憧れだった司書のお兄さん。アルバイトの雇い主の、やる気のないとぼけた隊長さん。
 誰よりも大事な人。これからもずっと隣にいる人。
 カイルにガストンさん夫婦――昔の彼を知る人はみんな、彼が「変わった」と言う。それはわたしの影響だとも。
 自分では分からない。だって、わたしに人を変える力なんてないもの。
 
 ――わたしはどうなんだろう? わたしは彼との付き合いで何か変わったかな? 素敵な大人の女性になってるかな……なんて。
 
「!」
 
 色んなことに思いを馳せていると、肩に手を置かれた。グレンさんだ。
 
「……そろそろ行こう」
「グレンさん……」
 
 ――ああ、ほんとにほんとにお別れなんだ。
 砦はこれからも変わらずここにある。だけど、もうわたし達の場所じゃない……。
 
「……っ」
「……レイチェル」
「ごめんなさい……、だって、だって、寂しいよぉ……」
 
 グレンさんがわたしの頭を撫でてくれる。
 
 ――泣かないって、笑顔でお別れするって決めてたのに、結局泣いてしまった。
 ベルとルカが手に持った花を置いてわたしの元に歩み寄り、手をぎゅっと握ってくれた。2人も目に涙を溜めている。
 
「大丈夫よ……あたしもルカもポルト市街にいるんだもの。ね、時々3人で集まりましょ」
「秘密の、ラーメン女子会……」
「あっ、いいわね! ふふふ」
「……ベル、ルカ……、ヒッ、うぇぇ……」
「泣かないで、レイチェル……」
 
 ベルが、いつもみたいにわたしをぎゅっと抱きしめてくれた。しばらくしてから身を離し、グレンさんに目を向けて口を開く。
 
「隊長。最後に、締めの言葉が欲しいですわ」
「"締め"? ……俺が?」
「はい。隊長ですもの」
「ええ……?」
 
 突然水を向けられたグレンさんがうなりながら小考する。
 彼は戦いに関しては饒舌だけど、こういうことはたぶん苦手だ。でも……。
 
「ええ……、みんな、お疲れさま。みんなも俺も、この集まりがなくてもそれぞれ生きてはいたと思う。けどもし、ここで誰にも出会ってなかったら……心の空洞に気づかないまま日々を過ごしていた。俺は今もフラフラしているか、最悪命をっていたと思う。1年間、楽しかった。だが、楽しいことばかりではなかった。心が引き裂かれるようなことがいくつもあった。でも今、こうやって立っている。レイチェルの存在で救われたが、彼女だけでは駄目だった。みんながいたから、俺はこれからも歩いて行ける。……ありがとう」
 
(グレンさん……)
 
 ――彼が思いを伝えるとき、その言葉はいつもまっすぐで温かい。
 思いを乗せた言葉が心の奥深くまで入り込んできて、また涙があふれてきてしまう。見れば、ルカとベルも涙を流していた。
 
「今日で解散だけど、永遠の別れじゃない。でも、一旦お別れだ。ありがとう……さようなら。またいつか、どこかで――」
 
 彼がそう言ったのと同時に、鐘の音が風に乗って聞こえてきた。正午を告げる鐘の音だ。
 楽しい時間が終わったことを教えられているみたいで、胸がギュッと締め付けられる。
 
 寂しい。でもさっき彼が言ったように、永遠の別れじゃない。
 それぞれ別の道を行くことになるけど、みんな心は繋がっている。
 
 ――ありがとう、さようなら。
 ここに来られて良かった。みんなと出会えて、仲良くなれて、嬉しかった。
 
 また会おうね。
 みんな、大好きだよ――。
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