上 下
373 / 385
終章 未来へ

さようなら、またいつか、どこかで

しおりを挟む
「みんな、忘れ物はないか?」
「はーい」
「大丈夫」
「じゃあ……」
 
 グレンさんが砦の入り口の扉を閉め、鍵をかける。
 
 3月31日。
 今日で砦の契約は終わり。
 みんなとも、今日でお別れ……。
 
「昨日、ほんとに楽しかったなあ……」
 
 わたしのつぶやきにみんなそれぞれ微笑を返したりうなずいたりしてくれる。
 
 ――昨日はみんなで「お別れパーティー」をした。
 ストックしてある食材を全部使い切るため、腕によりをかけて色んな料理を作った。今まで食べたおいしいものをいっぱい。
 久々にベルのラーメンも食べた。やっぱりおいしい。
 食の神ジャミルの料理は最上級においしい。なんだかもう、格が違う。レシピもいくつかもらっちゃった。
 
 本当に、本当に楽しかった。……だけど同時に、たまらなく寂しい。
 二度と会えなくなるわけじゃない。でも、もうみんなで楽しくおしゃべりしながらごはんを食べるなんて、滅多にできなくなるだろうから……。
 
「……羨ましい。私も参加したかったよ」
 
 セルジュ様が残念そうに眉を下げ、笑う。
 今日で解散すると聞いて、午前中の執務を休んで来てくれたのだ。
 最後の1ヶ月は彼もここで過ごした。短い期間だったけれど、確かに仲間だった。
 
「セルジュ様。セルジュ様もどうか、これを持っていってください」
 
 そう言ってわたしは彼に鉢植えと、ラッピングされた一輪の花を手渡した。
 鉢には、ルカが砦で育てていた勿忘草が植わっている。もうひとつの花は……。
 
「ありがとう、もらっていくよ。……こっちのピンク色の花は何だろう?」
「ネリネの花です。花言葉は、"また会う日を楽しみに"……」
 
 わたしの言葉を聞き、セルジュ様は「そうか」と微笑む。
 去年の秋、テオ館長にもこの花を渡した。そして今日、同じ花をみんなに。
 "また会う日を楽しみに"――みんなもきっと同じことを思ってくれているはず。
 
 砦の扉を閉めたけれど、まだ誰も歩き出さない。
 
 ――そうだよね。思い出がいっぱいだもん。
 色んなことがあったよね。みんなは何を思い出してるのかな。
 仲間の顔を見回すと、初めて会ったときのことや印象深いエピソードが頭をよぎる。
 
 ルカは不思議な子だったなあ。お水かけられた時はビックリしたしヘコんだなあ。今こんな風に仲良く楽しくおしゃべりできてるの、嘘みたいだな。
 
 5年ぶりに再会した幼なじみのジャミル。いきなり怒鳴られてションボリしちゃったなあ……。闇の剣のせいで苦しい思いしたけど、カイルと再会して仲直りもできて、本当によかった。
 
 そういえばベルは、最初グレンさんに夢中だったっけ。グレンさんにいっぱい話しかけて、それで距離も近く見えて……今思ったらわたしあの時、ちょっと嫉妬しちゃってたかも。それがどういうわけか、ジャミルと恋人に……でも、2人ともすごく幸せそう。よかったなあ……。
 
 カイルとあんな形で再会するなんて夢にも思わなかった。副隊長になってから、ほんとにいっぱい頼っちゃったな。頼れるお兄さんって感じだけど、話してみると確かに幼なじみのカイルで……今も不思議な感じ。
 
 フランツは大丈夫かな。ルカにセルジュ様、シリル様が色々と元気づけてくれてるみたいだけど……また会えたら、元の無邪気な笑顔を見せてくれるといいな。ルカとはどうなるのかな? 今度ルカに聞いてみよう。
 
 セルジュ様がいてくれてよかった。イリアスのこと、グレンさんとカイルだけだったらきっとうまくいってなかった。立場も身分も違うけど全然威張ったりしなくて、優しくてかっこよかったな。……グレンさんと出会ってなかったら、キャーキャー言ってたかも。
 
(グレンさん……)
 
 憧れだった司書のお兄さん。アルバイトの雇い主の、やる気のないとぼけた隊長さん。
 誰よりも大事な人。これからもずっと隣にいる人。
 カイルにガストンさん夫婦――昔の彼を知る人はみんな、彼が「変わった」と言う。それはわたしの影響だとも。
 自分では分からない。だって、わたしに人を変える力なんてないもの。
 
 ――わたしはどうなんだろう? わたしは彼との付き合いで何か変わったかな? 素敵な大人の女性になってるかな……なんて。
 
「!」
 
 色んなことに思いを馳せていると、肩に手を置かれた。グレンさんだ。
 
「……そろそろ行こう」
「グレンさん……」
 
 ――ああ、ほんとにほんとにお別れなんだ。
 砦はこれからも変わらずここにある。だけど、もうわたし達の場所じゃない……。
 
「……っ」
「……レイチェル」
「ごめんなさい……、だって、だって、寂しいよぉ……」
 
 グレンさんがわたしの頭を撫でてくれる。
 
 ――泣かないって、笑顔でお別れするって決めてたのに、結局泣いてしまった。
 ベルとルカが手に持った花を置いてわたしの元に歩み寄り、手をぎゅっと握ってくれた。2人も目に涙を溜めている。
 
「大丈夫よ……あたしもルカもポルト市街にいるんだもの。ね、時々3人で集まりましょ」
「秘密の、ラーメン女子会……」
「あっ、いいわね! ふふふ」
「……ベル、ルカ……、ヒッ、うぇぇ……」
「泣かないで、レイチェル……」
 
 ベルが、いつもみたいにわたしをぎゅっと抱きしめてくれた。しばらくしてから身を離し、グレンさんに目を向けて口を開く。
 
「隊長。最後に、締めの言葉が欲しいですわ」
「"締め"? ……俺が?」
「はい。隊長ですもの」
「ええ……?」
 
 突然水を向けられたグレンさんがうなりながら小考する。
 彼は戦いに関しては饒舌だけど、こういうことはたぶん苦手だ。でも……。
 
「ええ……、みんな、お疲れさま。みんなも俺も、この集まりがなくてもそれぞれ生きてはいたと思う。けどもし、ここで誰にも出会ってなかったら……心の空洞に気づかないまま日々を過ごしていた。俺は今もフラフラしているか、最悪命をっていたと思う。1年間、楽しかった。だが、楽しいことばかりではなかった。心が引き裂かれるようなことがいくつもあった。でも今、こうやって立っている。レイチェルの存在で救われたが、彼女だけでは駄目だった。みんながいたから、俺はこれからも歩いて行ける。……ありがとう」
 
(グレンさん……)
 
 ――彼が思いを伝えるとき、その言葉はいつもまっすぐで温かい。
 思いを乗せた言葉が心の奥深くまで入り込んできて、また涙があふれてきてしまう。見れば、ルカとベルも涙を流していた。
 
「今日で解散だけど、永遠の別れじゃない。でも、一旦お別れだ。ありがとう……さようなら。またいつか、どこかで――」
 
 彼がそう言ったのと同時に、鐘の音が風に乗って聞こえてきた。正午を告げる鐘の音だ。
 楽しい時間が終わったことを教えられているみたいで、胸がギュッと締め付けられる。
 
 寂しい。でもさっき彼が言ったように、永遠の別れじゃない。
 それぞれ別の道を行くことになるけど、みんな心は繋がっている。
 
 ――ありがとう、さようなら。
 ここに来られて良かった。みんなと出会えて、仲良くなれて、嬉しかった。
 
 また会おうね。
 みんな、大好きだよ――。
しおりを挟む
感想 109

あなたにおすすめの小説

【完結】人生2回目の少女は、年上騎士団長から逃げられない

櫻野くるみ
恋愛
伯爵家の長女、エミリアは前世の記憶を持つ転生者だった。  手のかからない赤ちゃんとして可愛がられたが、前世の記憶を活かし類稀なる才能を見せ、まわりを驚かせていた。 大人びた子供だと思われていた5歳の時、18歳の騎士ダニエルと出会う。 成り行きで、父の死を悔やんでいる彼を慰めてみたら、うっかり気に入られてしまったようで? 歳の差13歳、未来の騎士団長候補は執着と溺愛が凄かった! 出世するたびにアプローチを繰り返す一途なダニエルと、年齢差を理由に断り続けながらも離れられないエミリア。 騎士団副団長になり、団長までもう少しのところで訪れる愛の試練。乗り越えたダニエルは、いよいよエミリアと結ばれる? 5歳で出会ってからエミリアが年頃になり、逃げられないまま騎士団長のお嫁さんになるお話。 ハッピーエンドです。 完結しています。 小説家になろう様にも投稿していて、そちらでは少し修正しています。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

宮廷の九訳士と後宮の生華

狭間夕
キャラ文芸
宮廷の通訳士である英明(インミン)は、文字を扱う仕事をしていることから「暗号の解読」を頼まれることもある。ある日、後宮入りした若い妃に充てられてた手紙が謎の文字で書かれていたことから、これは恋文ではないかと噂になった。真相は単純で、兄が妹に充てただけの悪意のない内容だったが、これをきっかけに静月(ジンユェ)という若い妃のことを知る。通訳士と、後宮の妃。立場は違えど、後宮に生きる華として、二人は陰謀の渦に巻き込まれることになって――

とある虐げられた侯爵令嬢の華麗なる後ろ楯~拾い人したら溺愛された件

紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
侯爵令嬢リリアーヌは、10歳で母が他界し、その後義母と義妹に虐げられ、 屋敷ではメイド仕事をして過ごす日々。 そんな中で、このままでは一生虐げられたままだと思い、一念発起。 母の遺言を受け、自分で自分を幸せにするために行動を起こすことに。 そんな中、偶然訳ありの男性を拾ってしまう。 しかし、その男性がリリアーヌの未来を作る救世主でーーーー。 メイド仕事の傍らで隠れて淑女教育を完璧に終了させ、語学、経営、経済を学び、 財産を築くために屋敷のメイド姿で見聞きした貴族社会のことを小説に書いて出版し、それが大ヒット御礼! 学んだことを生かし、商会を設立。 孤児院から人材を引き取り育成もスタート。 出版部門、観劇部門、版権部門、商品部門など次々と商いを展開。 そこに隣国の王子も参戦してきて?! 本作品は虐げられた環境の中でも懸命に前を向いて頑張る とある侯爵令嬢が幸せを掴むまでの溺愛×サクセスストーリーです♡ *誤字脱字多数あるかと思います。 *初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ *ゆるふわ設定です

公爵子息に気に入られて貴族令嬢になったけど姑の嫌がらせで婚約破棄されました。傷心の私を癒してくれるのは幼馴染だけです

エルトリア
恋愛
「アルフレッド・リヒテンブルグと、リーリエ・バンクシーとの婚約は、只今をもって破棄致します」 塗装看板屋バンクシー・ペイントサービスを営むリーリエは、人命救助をきっかけに出会った公爵子息アルフレッドから求婚される。 平民と貴族という身分差に戸惑いながらも、アルフレッドに惹かれていくリーリエ。 だが、それを快く思わない公爵夫人は、リーリエに対して冷酷な態度を取る。さらには、許嫁を名乗る娘が現れて――。 お披露目を兼ねた舞踏会で、婚約破棄を言い渡されたリーリエが、失意から再び立ち上がる物語。 著者:藤本透 原案:エルトリア

赤毛の伯爵令嬢

ハチ助
恋愛
【あらすじ】 幼少期、妹と同じ美しいプラチナブロンドだった伯爵令嬢のクレア。 しかし10歳頃から急に癖のある赤毛になってしまう。逆に美しいプラチナブロンドのまま自由奔放に育った妹ティアラは、その美貌で周囲を魅了していた。いつしかクレアの婚約者でもあるイアルでさえ、妹に好意を抱いている事を知ったクレアは、彼の為に婚約解消を考える様になる。そんな時、妹のもとに曰く付きの公爵から婚約を仄めかすような面会希望の話がやってくる。噂を鵜呑みにし嫌がる妹と、妹を公爵に面会させたくない両親から頼まれ、クレアが代理で公爵と面会する事になってしまったのだが……。 ※1:本編17話+番外編4話。 ※2:ざまぁは無し。ただし妹がイラッとさせる無自覚系KYキャラ。 ※3:全体的にヒロインへのヘイト管理が皆無の作品なので、読まれる際は自己責任でお願い致します。

処理中です...