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15章 祈り(中)
30話 迷い
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「あっ! グレンさん、カイル。お帰りなさい!」
「ああ……ただいま」
「ただいま」
教会から帰ってきたグレンさんとカイルを出迎える。
2人が教会へ行った目的は、あの血の宝玉の杖に憑いている"何か"を浄化してもらうため。
セルジュ様の話では出かけたのは昼前らしいけど、今はもう夕方だ。
やっぱり、モノがモノだけに浄化は難しかったんだろうか?
2人とも、何か疲れた顔をしている――。
「えと、あの……うまく、いったんでしょうか……?」
「ああ。……すまない。儀式が終わったあと少し話し込んでいて、遅くなってしまった」
「話……? シリル様とですか?」
「ああ」
「諸々の話は、また会議の時にするよ」
「あ……うん」
「レイチェルは、具合はもう悪くないのか」
「えっ? あ、はい。昨日は頭痛かったですけど、家で一晩寝たら治りましたよ」
「……そうか。それは、よかった」
言いながらグレンさんは少し笑ってみせる。
笑ってるけど、またあの遠い目をしている……。
何があったんだろう?
問う間もなく、グレンさんは2階へ続く階段へと歩みを進めていく。
「あっ、グレンさん……」
「……少し、部屋で休む。会議にはちゃんと顔を出すから」
「……はい」
「カイル」
「んっ?」
「先にセルジュに今日のことを報告しておいてほしい」
「ああ、分かった」
「それと、会議の進行も頼む。俺は……今日は無理だ」
「……任せろ」
グレンさんはカイルの言葉に「ありがとう」と小さく返し、階段を上っていく。
「あ……」
――どう動くべきか分からない。
そのまま立ち尽くしていると、肩にポンと手が置かれた。カイルだ。
「今はそっとしといてやろう」
「カイル……」
「ちょっと色んなことがありすぎてさ」
「……うん。でも、『無理だ』なんて……」
「そうだなあ……珍しい。でも、内にこもってるわけじゃない証拠だよ。『別に』『なんでもない』『大丈夫』とかって言ってなかったでしょ」
「そっか……そうだね」
「俺も、今日のことはどういう気持ちを抱けばいいか分からなかったからなあ……」
そうつぶやきながら、カイルもまた階段の方へ。
「セルジュ様に報告しに行くの?」
「うん。またあとで」
「うん……」
軽く手を振ってから、カイルは階段を1つ飛ばしで足早に駆け上がっていく。
グレンさんと同じに、カイルも何か心に溜め込んでいるようだ。
(『どういう気持ちを抱けばいいか分からない』……か)
一体教会でどういうことがあったのかな……?
◇
それから2時間ほど後、食事を終えてから今日の話し合いが始まった。
進行役はセルジュ様とカイルだ。さっき話していた通りグレンさんは聞き役。今、わたしの隣に座っている。
グレンさんはどんな話の時も背筋を伸ばして真面目に聞いているのに、今日はいつもと違う。
背を丸めてうつむき、机の上で手を組み合わせている。こちらに目線を向けることはない……。
「……じゃあ、始めようか。まずは、あの杖のことから……」
――カイルの口から語られたのは、にわかには信じがたい内容だった。
あの血の宝玉の杖は、光の塾の幹部フェリペ・フリーデンという人の遺体から作られていた。
シリル神父の術で杖に閉じ込められていたフェリペの魂が具現化し、シリル神父は彼と対話を試みた。
一通り話を聞いたあとシリル神父はフェリペに懺悔を促し、フェリペは彼自身が思いつく限りの罪を告白。
シリル神父はそんな彼を赦し、フェリペはシリル神父に何度も礼を言いながら天に昇っていった――。
「…………」
(ああ……)
……だから、グレンさんとカイルは落ち込んでいたんだ。
フェリペ・フリーデンのことは新聞にも載っている。
「信仰の名の下に多くの人間を死に追いやった、悪逆非道の男」――それが、世間一般の人が彼に抱くイメージだ。
もちろんシリル神父も彼のことを知っている。世間に公表されていない情報すら知っていたという。
それなのに1時間にも満たない時間でフェリペの苦しみを理解し、彼の罪を詳らかにして断じた上で罪を悔いさせ、赦した。
――それと同じように、わたし達も?
そんな、そんなこと……。
「……私達は、私達にできることをすればいい」
「!」
重苦しい空気の中、最初に言葉を発したのはセルジュ様だった。
みんなの視線がセルジュ様に集まる。セルジュ様は少し苦笑いして、また言葉を続けた。
「シリル殿はベテランの聖職者だ。私達が、あの方と同様のことをできるはずがない。……できないからといって、気負う必要はないだろう」
「……セルジュ」
「フェリペ・フリーデンは、内に抱えていた恨みを無関係の他者に向け発散しようとした。それは大勢の者の恨みを買い、ある日全く同じ目に遭わされ、その果てに死んだ。彼を殺したのは、被害者の1人であるイリアスだ。そのイリアスもまた、恨みの矛先を無関係の他者に向けて苦しめ、踏みつけにしつづけている。憎しみの対象に直接手を下しても、恨みは決して晴れない。……私達の"赦し"は、彼らと同じ轍を踏まないためのものだ。恨みの連鎖をここで断ち切り、未来へ進む」
そこまで言ったところでセルジュ様は目を閉じて大きく溜息をついた。
一拍おいてからまた息を吸い、覚悟を決めたように前を見据え――。
「……だから、イリアスの話とは別に、そろそろ"作戦"を話し合っていこう」
「作、戦」
その言葉に、全員息を呑む。
――作戦。それは……。
「イリアスの寿命が来るまで、あと3日。どうやってイリアスを討つのか、本格的に話し合っていかなければいけない……」
「ああ……ただいま」
「ただいま」
教会から帰ってきたグレンさんとカイルを出迎える。
2人が教会へ行った目的は、あの血の宝玉の杖に憑いている"何か"を浄化してもらうため。
セルジュ様の話では出かけたのは昼前らしいけど、今はもう夕方だ。
やっぱり、モノがモノだけに浄化は難しかったんだろうか?
2人とも、何か疲れた顔をしている――。
「えと、あの……うまく、いったんでしょうか……?」
「ああ。……すまない。儀式が終わったあと少し話し込んでいて、遅くなってしまった」
「話……? シリル様とですか?」
「ああ」
「諸々の話は、また会議の時にするよ」
「あ……うん」
「レイチェルは、具合はもう悪くないのか」
「えっ? あ、はい。昨日は頭痛かったですけど、家で一晩寝たら治りましたよ」
「……そうか。それは、よかった」
言いながらグレンさんは少し笑ってみせる。
笑ってるけど、またあの遠い目をしている……。
何があったんだろう?
問う間もなく、グレンさんは2階へ続く階段へと歩みを進めていく。
「あっ、グレンさん……」
「……少し、部屋で休む。会議にはちゃんと顔を出すから」
「……はい」
「カイル」
「んっ?」
「先にセルジュに今日のことを報告しておいてほしい」
「ああ、分かった」
「それと、会議の進行も頼む。俺は……今日は無理だ」
「……任せろ」
グレンさんはカイルの言葉に「ありがとう」と小さく返し、階段を上っていく。
「あ……」
――どう動くべきか分からない。
そのまま立ち尽くしていると、肩にポンと手が置かれた。カイルだ。
「今はそっとしといてやろう」
「カイル……」
「ちょっと色んなことがありすぎてさ」
「……うん。でも、『無理だ』なんて……」
「そうだなあ……珍しい。でも、内にこもってるわけじゃない証拠だよ。『別に』『なんでもない』『大丈夫』とかって言ってなかったでしょ」
「そっか……そうだね」
「俺も、今日のことはどういう気持ちを抱けばいいか分からなかったからなあ……」
そうつぶやきながら、カイルもまた階段の方へ。
「セルジュ様に報告しに行くの?」
「うん。またあとで」
「うん……」
軽く手を振ってから、カイルは階段を1つ飛ばしで足早に駆け上がっていく。
グレンさんと同じに、カイルも何か心に溜め込んでいるようだ。
(『どういう気持ちを抱けばいいか分からない』……か)
一体教会でどういうことがあったのかな……?
◇
それから2時間ほど後、食事を終えてから今日の話し合いが始まった。
進行役はセルジュ様とカイルだ。さっき話していた通りグレンさんは聞き役。今、わたしの隣に座っている。
グレンさんはどんな話の時も背筋を伸ばして真面目に聞いているのに、今日はいつもと違う。
背を丸めてうつむき、机の上で手を組み合わせている。こちらに目線を向けることはない……。
「……じゃあ、始めようか。まずは、あの杖のことから……」
――カイルの口から語られたのは、にわかには信じがたい内容だった。
あの血の宝玉の杖は、光の塾の幹部フェリペ・フリーデンという人の遺体から作られていた。
シリル神父の術で杖に閉じ込められていたフェリペの魂が具現化し、シリル神父は彼と対話を試みた。
一通り話を聞いたあとシリル神父はフェリペに懺悔を促し、フェリペは彼自身が思いつく限りの罪を告白。
シリル神父はそんな彼を赦し、フェリペはシリル神父に何度も礼を言いながら天に昇っていった――。
「…………」
(ああ……)
……だから、グレンさんとカイルは落ち込んでいたんだ。
フェリペ・フリーデンのことは新聞にも載っている。
「信仰の名の下に多くの人間を死に追いやった、悪逆非道の男」――それが、世間一般の人が彼に抱くイメージだ。
もちろんシリル神父も彼のことを知っている。世間に公表されていない情報すら知っていたという。
それなのに1時間にも満たない時間でフェリペの苦しみを理解し、彼の罪を詳らかにして断じた上で罪を悔いさせ、赦した。
――それと同じように、わたし達も?
そんな、そんなこと……。
「……私達は、私達にできることをすればいい」
「!」
重苦しい空気の中、最初に言葉を発したのはセルジュ様だった。
みんなの視線がセルジュ様に集まる。セルジュ様は少し苦笑いして、また言葉を続けた。
「シリル殿はベテランの聖職者だ。私達が、あの方と同様のことをできるはずがない。……できないからといって、気負う必要はないだろう」
「……セルジュ」
「フェリペ・フリーデンは、内に抱えていた恨みを無関係の他者に向け発散しようとした。それは大勢の者の恨みを買い、ある日全く同じ目に遭わされ、その果てに死んだ。彼を殺したのは、被害者の1人であるイリアスだ。そのイリアスもまた、恨みの矛先を無関係の他者に向けて苦しめ、踏みつけにしつづけている。憎しみの対象に直接手を下しても、恨みは決して晴れない。……私達の"赦し"は、彼らと同じ轍を踏まないためのものだ。恨みの連鎖をここで断ち切り、未来へ進む」
そこまで言ったところでセルジュ様は目を閉じて大きく溜息をついた。
一拍おいてからまた息を吸い、覚悟を決めたように前を見据え――。
「……だから、イリアスの話とは別に、そろそろ"作戦"を話し合っていこう」
「作、戦」
その言葉に、全員息を呑む。
――作戦。それは……。
「イリアスの寿命が来るまで、あと3日。どうやってイリアスを討つのか、本格的に話し合っていかなければいけない……」
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